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即興短編

縦ロールはアナスタシア、横のひとはワタスティン

 ホホホホホホ! 皆様ごきげんよう!


 初めましてですかしら? ワタクシ、シーココガルド伯爵家令嬢アナスタシアと申しますのよ。以後お見知り置きをっ!


 本日はお城で舞踏会に参加いたしますの。あっ、いえ、武闘会ではなくってよ? ワタクシよく「お強そう」とか評価されますけど、意外と華奢ですの。この豪華バリバリなドレスを脱がせてみれば見れますわ。まぁ、脱がせませんけど。


 お城の門を潜る時に、門番たちが噂する声が聞えて参りました。


「あっ。あのきらびやかに輝く純金色の縦ロールは!」

「縦ロールはアナスタシア様だ!」

「……と、いうことは──横のひとは」

「横のひとはワタスティン様に違いないよ!」

「ワタスティン様だ!」

「ワタスティン様だ!」

「お美しい! 噂に聞いていた以上だ!」


 あぁ……。


 ムカつきますわ。


 こういう時、ワタクシはいつも、ワタクシの横についている銀髪のヤサオトコに、こう言ってやりますの。


「まぁ、いいわね、ワタスティン! 見た目が綺麗すぎるとお得ね! 中身はどうあれ……」


 するとワタスティンはいつもうんざりとした顔をして、刺すような目つきでワタクシを見つめますのよ。

 あぁ……。従者のくせに生意気!


「お嬢様。そのセリフを聞くのはこれで763回目でございやす」

 数字をいつも間違えることなく、そう言いますのよ。小癪!

「俺はお嬢様のボディーガード。見た目なんぞどうでもよござんす」


 目にも鮮やかな青色の、立派なコートに身を包んで、いつでも馬に飛び乗れる頑丈なブーツの靴底を石畳に鳴らし、銀髪に縁取られた端正な顔をしたこの美青年が元ヤ◯ザだなんて、誰が思うでしょう?

 元々は貧しい町人の家に産まれてすぐに孤児になり、幼いながらもそのコ◯シのテクを買われて盗賊団の首領に育てられそうになっていたところを、うちのお父様が彼の◯ロシのテクを見込んでワタクシの用心棒に雇いあげたのでございますけれど、あれからもう10年、しっかりと貴族の教育を受け、もう17歳になるくせに、いまだに中身はガサツですのよ。言葉遣いなんて、ほんとうに、◯ロシ屋さんみたい!




 お城の中に入ると、貴婦人たちがワタクシを見てお声をあげられます。


「んま! なんてご立派な縦ロール!」

「キンキラなあの縦ロールは……アナスタシア様だわ!」


 ワタクシも得意になったりはいたしません。

 どうせ次には「横のひとは……」とか言い出すんでしょうもの。

 大体、どうしてワタクシのことは縦ロールしか話題になさいませんの? これじゃ縦ロールがワタクシそのものみたいじゃない!


「──と、いうことは、横のひとは……」

 ほうらほら、来たわ。

「横のひとは……あれが噂のワタスティン様!?」

 思った通り。

「なんてお美しいの! あんなお方が近衛兵長だなんて!」

 ワタクシのことなんて縦ロール以外はどうでもよくなって、皆様ワタスティンにばかり夢中になりますの。……きぃっ!




 舞踏会が始まると、淑女の方々は皆、ワタスティンの前にお群がりになられます。ええ、それはもう、ハエ……いえ、有名人の追っかけの娘のように。


「ワタスティン様! 私と踊ってくださいません?」

「私、お相手がおりませんの」

「いえいえ! 私よ! ワタスティン様は私と踊るの!」

「きいぃっ! 貧乏貴族令嬢は引っ込んでらっしゃい!」


「悪ィが、お嬢さんがた。俺はボディーガードだ。踊りに来たんじゃねェ」

 ワタスティンはそう言ってハエでも追い払うように……いえ、キラキラ輝く砂粒を払い退けるようにすると、ワタクシを追って参ります。


 慌ててワタクシは逃げるのです。だって、あいつが側にいると、お相手をしてくださる殿方を逃してしまうんですもの。


「失礼。アナスタシア・シーココガルド伯爵令嬢とお見受けします」

 そう言って、長身・容姿端麗・お家はお金持ちのジュリアン・ポチョムキン公爵家令息様がワタクシにお声をかけてくださいました!

「よろしければ私と一曲、踊ってはくださいませんか」


 またとないチャンス!


 ここでお気に召していただければ、彼との結婚へ一直線ですわ!


 しかも彼って確か次男! 長男はめんどくさいし、三男は微妙だし──『ちょうどいい!』の次男坊ですわ!


「ええ……。ワタクシのほうこそ、よろしければ」


 ワタクシがそう言い、手を差し出したところで、ワタスティンが前を塞ぎました。ちょっ……!


「悪ィが、兄さん。他をあたってくんな」

「何だね、君は? その言葉遣い……平民か? 部外者は退いていてくれないか」


「俺はコイツのボディーガードでさぁ。アナスタシアお嬢様に手を一本でも触れてみろ。テメェのその高い鼻がぺっちゃんこに潰れるぜ」


 ワタスティンが鋭い目で睨みつけます。

 この目に睨まれたら──昨日は永遠の愛を誓いあった恋人たちも、震え上がってお互いを盾にして逃げ出すといいます。


「ぼ……、暴力反対。誰だ、こんな野蛮なヤツを城に入れたのは?」


「ごめんなさい」


 ワタクシがぺこりと謝ると、ジュリアン・ポチョムキン様は大きな魚のように逃げてしまわれました。あぁ……!


 床に倒れてどなたかの名を連呼したことが、貴方にはおありになりますでしょうか? ワタクシはひとしきり連呼しました。ジュリアン様……、ポチョムキン様! と……。





 ワタスティンを振り切ってワタクシが逃げておりますと、またお声をかけてくださる方がいらっしゃいました。


「やぁ、縦ロールはアナスタシアちゃんじゃないか! ボクと一緒に踊ってくんない?」


 第三王子のバカラッティ様でした!


 王族よ! 王族!


 このお方は……さながら地上の星!


 頑張りどころよ、ワタクシ……ファーイトっ!♡


 相手が王族ならさすがのワタスティンも──


「おい、テメェ」

 横から◯ロシ屋の目をして、ワタスティンがまた邪魔をしに来ました。

「ブッ殺すぞ。お嬢さんに近づくんじゃねェ」


 でも大丈夫。バカラッティー王子はご存知ですもの。ワタスティンが平民上がりの、今では生意気にも近衛兵長に昇り詰めた、口は悪いけど才能のある若者だってこと。


「やぁ、横のひとはワタスティン近衛兵長じゃないか」

 思った通り、王子様は怯むことなく、上から目線で挨拶をされました。

「悪いけど今日はアナスタシアちゃんはボクの貸し切りにさせてもらう……よほぐっ!」


 ワタスティンの拳が王子様のみぞおちにめり込みました。

 こっ……、こんなことをしてただで済むと思うの!? 不敬罪で即死刑よ、ワタスティン!?


 そう思って腰を抜かしかけていると、ワタクシの手を握ってワタスティンが駆け出しました。





 無理やり走らされて、ドレスは乱れるわ、髪はハネまくるわで、ワタクシもう、ボロボロ……。

 ベランダに連れ出されると、ワタスティンがようやく止まりました。


「わっ……ワタスティン……!」

 ハァハァ、ゼェゼェ……。荒い息が収まらないけど言わなくては……!

「なぜワタクシの邪魔をするの!? あんたが一緒にいたらワタクシ、いつまで経っても結婚なんて出来ませんわっ!」


 するとワタスティンが狼のような目でワタクシを見つめ、綺麗な満月をバックに、言いました。


「あんたは俺のもんだ。誰にも渡さねェ」


 まぁ……。


 まぁ! まぁ! まぁ! 知らなかったわ!


 ワタスティンたら、ワタクシのことを愛してしまっていたのね!


 きょうだいのように育ったから、てっきりワタクシのことなんて妹のように思っているものだと思ってたわ。

 まぁまぁまぁ! ワタクシの美しさが罪なのかしら!?


 するとワタスティンが言いました。


「俺とお嬢様はいわばコンビみたいなものなんでごぜェやす。『縦ロールはアナスタシア、横のひとはワタスティン』──これはもう、歌の一節のようにひとつになっているのでごぜェやす。だから……あんたは一生俺のものだ!」


 よくわからないけど……ワタクシとワタスティンはどうやら見えない糸で繋がっているようです。


「だから……逃げるぞ!」


 王子様を殴ったワタスティンはお尋ね者になりました。

 城の奥から大勢の近衛兵が出てきて、剣を振り上げて追いかけて参ります。


 あっは……! こんなスリルも楽しいものかもね!





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― 新着の感想 ―
アナスタシア、そのうちワタスティンに染まってボニー&クライドみたいなシリアルキラーカップルになったりして。
[一言] 拝読させていただきました。 アナスタシアも根っ子のところは無頼ですね。
[良い点] ワタスティン、乱暴ですがある種の男気も感じる男ですね。 こんな恋もありなのかもしれない、と思いました。
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