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(やはり、門限には間に合わなかったわね)
メイナちゃんをチェルおばさまに送り届けて魚を受け取り、急ぎ足で修道院に戻ったのだがすでに門は閉じられていた。
門の脇の魔導ベルを鳴らすと、門が開く。
どういった原理かはわからないが、修道院の関係者であるものだけは、この魔導ベルを鳴らすと自動で門が開くようになっている。
洗濯物もまだ取り込めていないから、やることはまだまだある。
買い出しを頼まれた食材は料理長のバンダさんに、治療衣と包帯は補充棚に補充して、干場に向かう。
「あら?」
洗濯物がない。
投げ捨てられている様子もない。
きょろきょろと見渡していると、一人の修道女が近づいてきた。
思わず、一瞬身体が強張った。
けれどそんなわたしに彼女は明るい声で話しかけてくる。
「洗濯物はあたしが取り込んでおいたから、もう大丈夫よ」
取り込んでおいた?
わたしが来てからというもの、洗濯物はいつもわたしが洗うようになっていた。取り込むのも当然わたしだ。水を使い洗う作業は特に手が荒れるから、嫌がる修道女は多いのだ。
「信用できない?」
わたしが困惑しているのを、彼女はそう受け取ったようだ。
「いえ、驚いてしまって……すみません」
「あははっ、まぁ、そうだよねぇ。今日はあたしは仕事があんまりなかったからさ。そだ、あたしのことってわかる?」
「隣の部屋の、モナさん……?」
少し自信がないのは、常に全員ヴェールを被っているからだ。背格好と髪の色、そして声で判断するしかない。肩より少し長めの黒髪と、声の感じでおそらくモナさんだと思う。
「正解! あんたが街に遊びに行ったって聞いてたけど、ほんとは違うんでしょ?」
「遊びに? いえ、買い出しでしたが……」
町へは修道院の用事以外で出たことはない。なぜ遊びに出かけたことになっているのだろう?
「やっぱりねー。今日さ、修道院にまた第三王子様が来てくれてたのよ。ルピナに会おうとしてるのを知ったグルフェ達が、あることないこと言ってるのがちょっと聞こえたからね。とりあえず、厨房に行こう」
「え、えっと……」
「もう夕食終わってるからね。門限遅れたのも買い出しがルピナだけだったせいでしょ。料理長に頼んどいたから、ルピナの食事もとっておいてあると思う。さ、行こう!」
ぐいぐいと腕を引っ張られて、わたしは厨房へ向かう。
そこには本当にわたしの分の食事があった。
先ほどもあった料理長のバンダさんが腕を組んで仁王立ちしている。いつもどおり厳めしい顔立ちだが、怒っているわけではなさそうだ。
「あの、でも、規則違反では……」
「たまたま、残った食事があったんだ。厨房の皆は残った食事を食べるのが常だ。今日はお前さんは厨房を手伝った。だからこれはお前の分だ」
「つまりそうゆうことにして食べなさいってことよ」
ホカホカと湯気の立つ温かいスープと、温めなおしたパン。
二人の心遣いに涙が出てくる。
「ちょっ、ルピナ泣いてる? 大丈夫?」
モナさんが慌てて背をさすってくれる。
「どうして……こんなに優しくしてくださるのですか……。わたしは、治癒魔法もうまく使えていないのに……」
期待されていたはずなのだ。
あの、聖女がやってくると。
悪評が多々あれど、ルピナお義姉様はまさしく聖女。
毒すらも解毒できる、歴代最強の聖女だった。
毎日毎日患者様を診ているからわかる。
併設の治療院には治療師たちも務めているが、修道女達の仕事は多忙を極めている。
悪女であれ聖女がくるのなら、高位の治癒魔法で一気に治療できる患者は多く、仕事が楽になったはず。
なのに身代わりとしてきたわたしは、毒どころか治癒魔法すらおぼつかない。
修道女達の落胆はさぞ大きかっただろう。
「だってあんた、毎日毎日頑張ってるじゃない。ほんとは高位の治癒魔法が使えるのにサボってるっていうやつらもいるけどさ。あたしには、ルピナが手を抜いているようには見えないんだよね。治癒魔法って精細だっていうし? 環境が変わって上手く使えないことだってあると思うのよ」
ポンポンと、背中を優しく触れられる。
ヴェールを被っていてもわかる。モナさんはいま、本当にわたしを思ってくれているのだ。
(身代わり、なのに……。お義姉様みたいに、わたしは治癒魔法を操れないのに……)
修道院のお荷物であるわたしを、お義姉様の身代わりすらまともに果たせない、出来損ないのわたしを。
「ありがとう……ございます……っ」
涙の止まらないわたしを、モナさんはずっと抱きしめてくれていた。