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 路地裏の奥から、ガタンっという音が響いた。


(っ、まさか……っ)


 音のした路地裏に駆け込む。

 そこには、子供の口を塞いで今まさに連れ去ろうとしている男が!


「何をしていらっしゃるのですかっ。その子を離してください!」


「へぇ? こいつは俺の子だけど」


 わたしを見るなり、男はにやりと笑ってそんな事を言う。

 あり得ないだろう。

 子供も必死に顔を振って男の手を振り払おうとしている。


 目が合った。


(えっ、メイナちゃん?!)


 大きな男の手で口をふさがれていたからよく見えていなかったが、チェルおばさまの一人娘だ。断じてこの男の子ではない。


「その子は知り合いの一人娘です。貴方は、その子をどこに連れていくおつもりなのですか」


「………それにこたえる義理はねぇよなぁ」


「それは……っ」


 メイナちゃんを取り返そうと足を踏み出した瞬間、背後から羽交い絞めにされ、口をふさがれる。


「んんーーーーっ、うーーーーーっ」


 首をひねって背後を見れば、見知らぬ男がわたしを捕らえている。いつの間に近づかれていたのだろう。少しも気が付かなかった。


「暴れるなっ、大人しくしろ!」


 ぐいっと腕をねじり上げられ、涙がこぼれる。口を塞がれていなかったら、悲鳴も漏れていたはずだ。


「ちょっと予定外だが、こいつも連れていくか」


「うっす」


 にやつく男達は、わたしとメイナちゃんをどこへ連れて行こうというのか。

 身体をひねって拘束を振りほどこうとするが、きつく掴まれている腕はびくともしない。


「暴れるなって言ってんだろーが!」


 パンっと思いっきり頬を叩かれた。叫ぼうとしたが、痛みと恐怖で声が出ない。

 メイナちゃんをみるとぐったりとしている。気を失っているのだろうか。


(助けなきゃ……っ)


 そう思うのに、震える身体は言う事を聞いてくれない。


「……こいつだけここで済ませるか」


 なにを?

 思った瞬間、修道服を掴み上げられた。


(えっ、破かれる?!)


 そう身構えたのと、男が吹っ飛ぶのが同時だった。

 蹴りだ。

 突然男が蹴られたのだ。

 震える足では立っていることができなくて、わたしはその場に座り込む。


「ここで、何をしている?」


 目線は男達に向けたまま、わたしに尋ねてくるのはランドリック様だ。

 どうして彼がここに?

 見上げたまま答えることができないわたしに、彼は鼻を鳴らす。


「てめぇ、いきなり何しやがる!」


 蹴られた男が殴りかかってくるが、ランドリック様はそれをあっさりと避けて、腰に下げていた剣を抜く。


「ここで死ぬか、牢の中で死ぬか。選べ」 


「ふっざけんなっ!」


 飛びかかってきた男を、ランドリック様はため息とともに切り捨てる。

 そしてそのまま、じりじりと逃げようと後ずさっていたもう一人の男も逃がさない。


「ガキは返すっ、見逃してくれよっ」


「寝言は寝て言え」


 命乞いも無視して、ランドリック様は男を追い詰める。


「こ、このガキがどうなっても……うっ!」


「目障りだ」


 有無を言わさず、メイナちゃんを掴む男の腕を切りつけた。

 地面に落ちる前に、ランドリック様はメイナちゃんを抱きとめる。

 それと同時に、バタバタと慌ただしい足音共に護衛騎士と思われる人たちが路地裏に駆け込んできた。


「ランドリック様、これはっ」


「遅い。誘拐未遂と婦女暴行未遂だ。急所は外してあるから、牢屋で依頼主を吐かせろ」


「「「はっ!」」」


 ビシッと敬礼をし、護衛騎士達はランドリック様の命令に従う。

 慣れた手つきで男どもの傷を止血し、縛り上げて待機させておいたであろう馬車へ運び込む。


 わたしは、ランドリック様の腕に抱かれたメイナちゃんを見て、ほっとする。気を失っているだけで、怪我などはしていないようだ。


 どうして彼がいたのかはわからないが、そのお陰でわたしたちは助かったのだ。

 立ち上がろうとすると、片手を差し出された。


「助けて頂いて、ありがとうございます……」


 お礼を言い、手を添えると、赤い瞳が驚いたように見開かれ、わたしの手をぐっと引き寄せる。


「あの…………?」


「この手は……」


 ランドリック様は呆然としたように呟いてわたしの手を握り、眉間にしわを寄せる。

 わたしの手は、何ともない。

 長年の水仕事でできたあかぎれのある荒れた手は、いつも通りだ。特にこれと言って怪我を負っていないのだ。

 

「離して頂いても……?」


 立ち上がれたので、もう支えて頂く必要はない。


「あ、あぁ……」


 動揺を抑えきれない声色に首をかしげるが、お礼を言ったためだろうか。

 ルピナお義姉様なら、お礼どころか罵声を飛ばしそうだと気づいた。


「う、うぅん……っ」


「メイナちゃん、目が覚めたのね」


 ランドリック様の腕の中にいたメイナちゃんが、うっすらと目を開ける。


「あっ、わっ、はなせはなせはなせーーーーーっつ!」


「おいおい、暴れるな危ないぞっ」


 上手く抱き方を変えながら、ランドリック様はぼこぼこ殴って暴れるメイナちゃんを、落とさないように小さな身体に腕を回す。


「やだやだやだっ、どこに連れて行こうとするのはなしてっ」


「誤解だ! 俺はどこにも連れて行かないし、むしろ攫われるところだったんだぞっ」


「ほへ?」


 暴れるのをやめて、メイナちゃんがきょとんとランドリック様を見上げる。


「小汚いおっちゃんから奇麗なおっちゃんになってる!」


「おっちゃんって……お前なぁ、俺はまだ十八歳だぞ」


 心底げっそりとしながら、ランドリック様はため息をつく。

 おもわず、ふふっと笑ってしまった。

 再びランドリック様がわたしを怪訝な目で見る。


(あぁ、いけない。ルピナお義姉様ならきっとこんな時に笑ったりはなさらないわ)


 修道院ではお義姉様を知っている人がいないから大丈夫だけれど、ランドリック様は第三王子。お義姉様の元婚約者であるダンガルド様の弟君だ。お義姉様のことをよく知っているのだから、入れ替わりに気づかれないように気をつけなくては。


 でも、わたしにルピナお義姉様のような高飛車なふるまいなどできるわけがない。

 わたしにできることは、可能な限り速やかにランドリック様から距離をとることだ。


「メイナちゃんもう歩けるかしら? どこも痛い所はない?」


 あれだけ激しく暴れていたのだ。おそらく大きな怪我はしていない。けれど癒しの魔法はかけておいた方がいいだろう。

 抱っこされたままのメイナちゃんの頭を撫でながら、そっと、治癒魔法を施す。小さな身体全身を包むようにかけてみると、やはり大きな怪我はないようだ。

 けれど擦り傷や打撲はあったから、こっそり治療しておいた。


「うん、なんかどこも痛くないねっ? おっちゃん、ありがとう!」


 前半はわたしに、後半はランドリック様に言いながら、メイナちゃんが腕の中から降りようとする。


「あ、あぁ、元気なら、まぁ……」


 戸惑うようなランドリック様は、そっとメイナちゃんを地面に下ろしてくれた。

 メイナちゃんの手を握り、わたしはもう一度ランドリック様にお礼を口にして、路地裏を抜けていく。

 背後にずっと視線を感じていたが、わたしは気づかないふりをしてそのまま立ち去った。

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