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指輪をぐっと握りしめ、ランドリック様は高らかに宣言する。
会場がざわりとし、ルピナお義姉様は目を見開いた。
「貴方はわたしを愛しているはずだわ。貴方の命を救ったわたしを。そうでしょう⁈」
「辺境で命を救ってもらった、それは確かだ。けれどそれをしたのはお前じゃない。そこにいる、ロザリーナだ!」
くるりと振り返ったランドリック様は、真っ直ぐにわたしを見つめている。
嘘でしょう?
コツコツと靴音を響かせ、ランドリック様がわたしに歩み寄る。
「私は愛する人を間違えたりはしない。この婚約指輪は、貴方に。私が愛しているのは、ロザリーナ。君だけだ」
すっと手を取られ、薬指に指輪がはめられる。
これは、夢?
ランドリック様が、わたしを……?
涙がこみあげてくる。
気づいて下さった?
ルピナお義姉様の身代わりで、何もかもが劣るわたしに。
「すぐに助けに来れなくて、すまなかった」
ぐっと腕を引き寄せられ抱きしめられる。
身代わりが知られてしまったなら、もう終わりだというのに、それでも嬉しくて、わたしはランドリック様の腕を振りほどけない。
「は、ははっ、ランドリック様、馬鹿なことをおっしゃらないで。今日は、ルピナ・アイヴォンと、ランドリック・ルトワールの婚約式だわ。そうでしょう?」
「いいや、違うね。アイヴォン伯爵家と、ルトワール王家との婚約式だ」
ルピナお義姉様の引きつった声に、ランドリック様は冷静に答える。
事態を見守っていたアイヴォン伯爵夫人が、手にした招待状を開きなおす。
「そんな、確かにそう書いてあるわ。こんな事って……っ」
震える伯爵夫人を誰もが見つめる中、パシャリと水音が響いた。
「きゃああああああああああああああっ!」
続くお義姉様の悲鳴に振り返る。
頭から何かを被せられたお義姉様が、顔を両手で覆って叫び出す。
「綺麗ないろ、きらきら」
水色の髪の修道女だ。
その手にはいつのまにか小瓶が握られている。ぽたぽたと零れる緑の液体は、離れていても異臭を放っている。何が入っていたの?
「いやっ、いやっ、わたくしの顔が痛い、苦しいっ!」
お義姉様の輝く銀髪はかけられた液体のせいで所々赤黒に変色し、異質に縮れだしている。美しい顔は爛れ、髪と同じように赤黒く変色し始めている。
(と、とにかく癒さなくては)
お義姉様に駆け寄ろうとしたが、ランドリック様に阻まれる。
「ランドリック様?」
「駄目だ、危険だ! 何の薬品かわからない」
「ですが、お義姉様を助けなくては」
ぐっと腕に力を込められて、阻まれる。
「貴方に、とてもお似合い。ねぇ、覚えてる? 沢山、血が出たのよ。たくさん」
歌うように、水色の髪の修道女が言う。城の衛兵たちが彼女を抑え、そのヴェールをはぎ取った。
「カミーユ・ラングウィール伯爵令嬢……」
ランドリック様が痛ましげに顔を歪めた。
彼女は騎士に押さえつけられているというのに、幸せそうに微笑んでいる。唄うように何かを話しているが、何を言っているのか意味をなしていないようだ。
ランドリック様の腕の力が緩んだすきに、わたしはお義姉様に駆け寄る。
痛みに蹲るお義姉様に、治癒魔法をかける。
けれど、上手くいかない。
「いや、わたくしの顔が、顔がっ、こんなのっ」
磨き上げられた大理石の床に映った顔に、お義姉様がさらに悲鳴を上げる。
(癒しが効かない? いえ、効いてはいるわ、でもこれは……)
指先に触れた薬品が、わたしの指にも痛みをもたらす。
(毒、だわ。これは、毒。ありとあらゆる薬草を混ぜ合わせてしまっているのだわ)
異臭は、かぎ慣れた匂いも混じっている。
修道院で毎日扱っていた薬草たちだ。
けれど、どんなに効能の高い薬草でも、無意味に混ぜ合わせてしまえばそれは薬ではなく毒になる。
わたしに毒は治せない。
苦しむお義姉様に、それでもわたしは治癒魔法を施す。
「嫌、”い”や……っ」
喉にも毒が入ってしまったのか、お義姉様の声はがさがさにしわがれて聞き取れない。
「お義姉様、どうか落ち着いて下さいっ、これは、毒です。毒は、お義姉様しか癒せません。どうか、落ち着いて自分自身に治癒魔法を」
「煩いっ、全部、全部、お前のせいでっ!」
力いっぱい突き飛ばされて、わたしはランドリック様に抱き止められる。
暴れるルピナお義姉様を、やはり城の騎士達が取り押さえて大聖堂を連れ出された。





