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諸々の手続きを終えて修道院へ戻ると、すでにわたしたちの婚約を知る修道院の皆に祝福で出迎えられた。
「ルピナ! 本当におめでとう!」
モナさんがわたしに飛びついてくる。
「ありがとうございます」
「無事に帰ってきただけじゃなくて、ランドリック様と婚約って! そのうち上手くいったらいいなとは思ってたけど、最高じゃない!」
ぎゅうぎゅうと、ヴェール越しにも満面の笑顔なのが伝わってくる雰囲気で抱き着かれて、わたしは帰ってこれたことを実感する。
(ロルト辺境伯領へ向かった時は、無事に戻れる気がしませんでしたものね)
歓迎されているとは言い難かったロルト辺境伯領での出迎えは、けれど帰るときには深い謝罪と感謝を伝えて頂けた。
ルピナお義姉様がミミエラ・ロルト様を傷つけたのは事実だけれど、わたしが辺境伯家のフォースナー様と、多くの騎士を救ったのも事実だからと。
わたしが無事にロルト辺境伯の城で過ごせたのは、ランドリック様はもちろんのこと、フォースナー様と辺境伯家の騎士様達が、ロルト辺境伯を説得して下さったらしい。
城を出る時、ミミエラ様にもお会いできた。
まだお心はきっと傷ついていらっしゃるにもかかわらず、兄を救ってくれてありがとうと言って頂けた。
わたしも、彼女にルピナお義姉様として謝罪できて、少しでも心を軽くできたことをうれしく思う。
何もかもが、良い方に向かっている。
修道院の皆に祝って頂きながら、わたしはそんなのんきなことを、思ってしまった。――これから、地獄が待っているとも気付かずに。
◇◇◇◇◇◇
その日は、唐突にやってきた。
いつものように、モナさんと一緒に薬草を煮詰めている時だった。
「ルピナちゃんにお客さんだよー」
「こら、ピッカ! いつも言ってるでしょ、走らないの」
「あ、モナちゃんごめんなさいっ、つい急いじゃった。院長先生に早くつれて着てって言われたから」
「ランドリック様かな。ルピナ、ここはあと少しだから、来客室に行ってきていいよ」
「ありがとうございます、すぐに戻りますね」
ランドリック様は諸々の手続きのためにしばらく来れないと言っていた。
けれど時間を作って会いに来てくれたのかもしれない。
どうしてもそわそわする気持ちから、速足気味になる。修道院の白いタイルが敷き詰められた廊下まで、陽の光に照らされて輝いているかのようだ。
来客室のドアをノックすると、院長先生に中へ促される。
(えっ)
どうして。
部屋に入った瞬間、わたしは、息を呑んだ。
心臓が嫌な音を立てる。知らず、指先が震えだす。
「御機嫌よう、ルピナお義姉様。ご婚約おめでとうございます」
艶やかに、華やかに。
この世のすべてが自分のものであるかのような笑みをたたえた彼女。
藍色の瞳は微笑んでいながらも決して本当には笑ってはいない。弧を描く薄い唇から紡がれる言葉は、いつだってわたしを苛んだ。
ルピナ・アイヴォン伯爵令嬢。
本物の彼女が、悠然と佇んでいた。





