◇ランドリック視点◇
不覚だった。
頭を打ちぬかれた魔獣の王たる魔獣王コカトリスが、最後のブレスを吐いた。
咄嗟に半身をひねったが、ブレスを避けきるまでには至らない。
(くそっ、毒の影響か!)
魔獣の王は、魔黒蛇の尾で俺の腕を噛み、思いっきり振り払う。
麻痺が出た身体は、そのまま川の中に吹き飛ばされた。
「ランドリック様!」
ルピナの叫び声が聞こえたが、朦朧としてもう身体を自分の意思で動かすことができない。
そんな俺の身体に、誰かが必死でしがみ付いた。
濁流に流されているのがわかるのに、しがみ付く相手を逃してやることさえままならない。
(ここで、死ぬのか……?)
もう身体の半分は俺の意識外にある。
石化を食らったのは初めてだったが、感覚から失うものだったらしい。
――そうして。
おそらく俺は意識を失っていたのだろう。
けれど暖かなものが身体を満たし、失っていた半身の感覚が戻ってくる。
抱きしめられる身体を感じ、重すぎた瞼を、何とかこじ開けようともがく。
「る、ピな……? よせ、それ以上魔力を、つかう、な……」
この暖かな温もりは、ルピナの治癒魔法だとわかった。わかったが、そのまま使わせるわけにはいかない。
ルピナの魔力は既に限界を超えているはずなのだ。
あの魔の森で、王宮騎士はもちろんのこと、あれほどつらく当たってきたフォースナーにまで治癒魔法を惜しみなく使ったのだ。
騎士たち全員を包み込んだ魔力は、いま与えられている暖かさとなんら変わらない。
ルピナは、分け隔てなく、癒し切ったのだ。
そんな彼女がこのまま魔力を使えばどうなるか。
止めたいが、口も身体も自由にはならない。
ぼやけた視界は、けれど次第にはっきりと輪郭を取り戻す。
俺を覗き込むルピナの顔に、ヴェールが無かった。
露わになったその顔は、王宮で見慣れたルピナの顔そのもので、けれど、瞳の色はルピナよりも柔らかく、澄んだ藍色。
きっと、毎日のようにあの女と顔を合わせていた俺でなければ、気づかなかっただろう微妙な色の違い。涙をためて必死に俺を癒す姿に、胸が痛む。
(俺は、何を見ていたんだ……)
最初から、違っていたのだ。
詰られ、殴られ、こんな場所に来る必要など、この人にはなかったはずなのに。
すまないと、心から詫びたい。
動かない身体を無理にでも動かし、涙に濡れる頬にそっと、手を延ばす。
少しでも、彼女の力になれるように。
止めても彼女は治癒の力を使い続けるだろうから。
俺を癒す力が一気に強まり、身体の自由が戻っていく。
灰色だった指先が元の肌色に戻るのと、ルピナと呼ばれ続けた彼女が意識を失うのは同時だった。
(絶対に、失うものか)
俺は、彼女を強く抱きしめた。





