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「大したことないわねぇ、元聖女様の癒しの力なんて」
「だから婚約破棄されたのよ」
「あらやだ、わたしは性格が悪すぎて破棄されたって聞いたわよ」
くすくすと聞えよがしの修道女達の陰口を聞きながら、わたしは患者の包帯を巻きなおす。
修道女達は皆、ローブを頭からすっぽりとかぶり、厚手のレースのヴェールで顔を隠している。見えるのは髪の色ぐらいだろう。だから、振り返ったとしても、誰が陰口を言っているかなどはわからない。
薬では治しきれない患者の複雑に折れた骨を癒しの力で治し、薬の効く細かい傷には薬を塗りこめ、包帯を巻く。
ルピナお義姉様なら、こんな事をしなくとも癒しの力だけで完治できたのだろう。けれどわたしはお義姉様ではない。
庶子とはいえアヴォン伯爵家の血を引くわたしにも、癒しの力は受け継がれた。
お義姉様とは違い毒も消せなければ、傷を即座に癒し切る事もできない。
それでも治癒魔法は貴重だ。だから、アヴォン伯爵家ではわたしが治癒魔法を使用することは禁じられていた。
ルピナお義姉様が許さなかったのだ。
わたしが治癒魔法を使えることを知っているのはアヴォン伯爵と夫人、そしてルピナお義姉様と侍女のベネットだけだ。
癒しの力を多少なりとも使えれば政略結婚の駒としてより使い道が増えるのだが、王子の婚約者で聖女であったお義姉様の機嫌を損ねたくない一心で、アヴォン伯爵からも使用を禁じられていた。だからわたしは、どれほどひどく鞭で叩かれようとも、自分自身の身体を治癒魔法で癒したこともない。
怪我や病で苦しむ多くの人々を癒しの力で癒していくのだが、効率などもわからず魔力は無尽蔵でもない。聖女の称号を一度は得たルピナお義姉様だと思っている周囲の修道女たちが、まともに癒せないわたしに向ける目は厳しい。
わたしがルピナお義姉様の代わりに入れられたこの王都の修道院は、治療院が併設されている。
ロルト辺境伯としては北方の戒律の厳しい、いわば罪人を入れる修道院へ送りたかったようだが、それは他の貴族たちに止められた。
お義姉様の治癒魔法が惜しまれたからだ。
修道院には日々祈りを捧げる人々が訪れる。
併設の治療院では、治癒術師と薬師がいる。修道女たちはここでは助手や薬師が多く、修道院の庭には様々な薬草が植えられている。
軟膏や飲み薬、解毒薬など、治癒魔法に頼らない治療もあり、治癒魔法に比べれば安価で平民にもまだ治療を受けやすい。
修道院に入れられて、すでに二週間。
お義姉様ほど治癒魔法に長けていないわたしは、解毒薬を中心に薬の作り方を教わり、軟膏も作れるようになってきた。
けれど周囲の目はまだ冷たい。
ルピナ・アイヴォン伯爵令嬢の名は、この修道院の中でも悪名高かったようだ。
お義姉様に虐げられて心を病み、この修道院に通う下級貴族のご令嬢もいるのだとか。
わたしは、ルピナお義姉様ではない。
ロザリーナだ。
けれどルピナお義姉様として顔を隠しこの場にいるのだから、皆のお義姉様に対する憎しみをわたしが受けてしまうのは当然なのだろう。
茶色く染めていた髪は、いまは銀色に戻してある。
誰もが、わたしをルピナお義姉様だと信じている。
伯爵家に戻る事もできない。
ルピナお義姉様がロザリーナとして、わたしとして過ごしているのだから。
わたしにはもうここにしか居場所はない。
絶え間なくささやかれる陰口を聞きながら、わたしは次の患者の所に歩き出した。
お義姉様ほどではなくとも、わたしにある癒しの力を求めている患者はまだまだ沢山いるのだから。精一杯、癒していきたい。
お母様が生きていた頃に教わった薬草知識もある。
修道院でも教わっているが、薬師として生計を立てていたお母様の知識は、少々独特だったようだ。通常の塗り薬に魚の鱗を粉にして混ぜると傷跡がごく薄くなることを知ったのも、お母様の知識だ。
滲みづらい塗り薬の調合もある。
修道院ではそれぞれの修道女に仕事が割り振られている。
日替わりだったり、週替わりだったり。
ここで学んだ薬学知識とお母様に教わった知識とで、わたしは呑み込みが早いと言われて調剤も担っている。
(予備の塗り薬も大分在庫が減ってきたわね……)
患者が増えているのもあるが、裏庭の薬草畑の採取量が減っている。早めに調合しておいた方がいいだろう。
そう考えていたわたしに、院長が声をかけてきた。
「面会、ですか?」
「そうです。支度なさい」
わたしに面会、ということはルピナお義姉様の関係者だろうか。
ロザリーナとしていたとしても面会は誰からもないだろう。わたしはずっと病弱ということにされ、社交は一切制限されて友人もいないのだから。
けれどルピナお義姉様に面会するような知人も知らない。
あのパーティーでの一件以来、お義姉様は親しい友人達からも縁を切られている。探ろうなどとしなくとも、お義姉様がヒステリックに叫んでいたからすべて筒抜けだった。
(入れ替わりを見抜かれたりはしないかしら……)
知られれば、アイヴォン伯爵家も自分も終わりだ。王家を謀った罪で、死罪を賜るだろう。
ふっと息を吐く。
院長の後をついていきながら、窓に映る自分の姿を確認する。
ローブを纏い、ヴェールで顔はわからない。
唯一見えている髪は、お義姉様と同じ緩く波打つ銀髪だ。わたしの方がお義姉様よりも白い銀髪だけれど、二人並んで見比べない限り、わからないだろう。
(大丈夫、大丈夫よ……)
緊張する気持ちを落ち着けさせながら、わたしは面会室にはいる。
瞬間、怒りに満ちた声が響いた。
「ルピナ……っ」