◇ランドリック視点◇
(フォースナー殿は何をしたいんだ?)
ルピナとヴェッタが休むテントを視界の隅に入れたまま、俺は木陰に潜む。
末の妹であるミミエラ・ロルト辺境伯令嬢をルピナは傷つけた。
その報復に今回の一件を企んだのはわかっている。
ルピナにそれ相応の瑕疵をつけて、王都ではなくそれ相応の過酷な修道院へ送ろうとしているのも理解している。
それを防ぐために、俺が一緒に辺境伯領へと来た。
だが、先ほどの毒キノコは何だ?
おそらくルピナも気づいていたように思うが、間違って混入するようなものではないだろう。辺境伯家の兵士のように毒キノコだと知らなければそのまま口にするだろうが、そもそも食材として持ち込まれているようなものではない。
ならばなぜ混入したのかと考えると、一連の騒動からフォースナー殿が疑わしくなってくる。
ルピナが毒の治療を拒んだとしても、その一件だけではルピナを王都から追い出すのは困難だ。事前に毒の治療はできないと伝えてあるのだから。
フィンっと小さな音が鳴り、耳飾りからヴェッタの声が響く。
『ルピナは強制的に眠らせたよ。気を張りすぎてるからあのままじゃ寝られないだろうから』
「そうだな。助かる」
『どういたしまして。中は守り切るから、外はよろしく』
再びフィンっと小さくなってイヤリングが沈黙する。
王族である俺に敬語がないのは、彼女の実年齢が見た目よりずっと上だからだ。
あまりにも理不尽過ぎる辺境伯の要望に、ヴェッタを連れてこれたのは正解だった。
それでも、ルピナが殴られるのを止められなかったが。
あれほど事前にルピナと無関係の人材だけを集めたというのに、失態だった。
治癒魔法で治せるとはいえ、いままで男に殴られたことなどなかっただろう。
いや、そもそも人に殴られること自体がなかったはずだ。
それなのに、気丈に振る舞って、フォースナー殿の無理な提案も飲み込んだ。
魔獣の王の討滅前にこれほど事が起こるのなら、実際に戦闘になったときどこまで守り切れるのか――。
軽く頭を振って、いやな考えを追い払う。
そして同時に、不審な人物がルピナのテントに近づいてくるのが見えた。
(何をする気だ?)
辺境伯家の騎士だ。
テントはヴェッタの結界に守られている。
中に押し入ることなどできないが、様子がおかしい。
うつろな目をした騎士は、ふらふらとテントに向かって剣を抜き、おぼつかない足取りで振り下ろす。
当然テントには傷一つ付きはしないが、放置しておくわけにはいかない。
「ここで何をしている? お前たちのテントは離れた場所だろう」
聞こえていないはずがないというのに、騎士はまだテントを切りつけようとしている。
「やめないか、何を考えている⁈」
ぐっと肩を掴んで引き寄せると、たたらを踏んで騎士が倒れ込んでくる。
剣は取り落とし、目は相変わらず焦点が合っていない。
(なんだ? これは何が起こっている?)
いやな汗が背筋を伝う。
ぶつぶつと何かを言っているが、聞き取れない。
(まさか毒?)
思った瞬間、急に騎士が激しく暴れ出す。
「待て、落ち着け、頼むっ」
奇妙な動きと呻き声を出した騎士を咄嗟に羽交い絞めにする。騒ぎに気付いた騎士達がそれぞれのテントから出てくる。
「我が辺境伯家の騎士に何をしている!」
フォースナーが駆け寄ってきて叫ぶが、状況を見ろと言いたい。
「見てわかるだろう。幻覚か何かを見ているようだ。言葉が意味をなしていない。手荒な真似はしたくないが、いつまでもこのまま押さえてはいられない」
「おい、そこのお前! 彼を縛り上げろ」
明らかに動揺しながらもフォースナーは近くの騎士に命令して、暴れて逃れようとする騎士を縛り上げる。
(ルピナを害そうとしたわけではないのか?)
フォースナーの指示だと思っていた。
ルピナを害するために寄越したのだと。
けれど騎士の様子は明らかに常軌を逸しているし、フォースナーも狼狽えている。演技には見えない。
――――キィイイイイイイン――――
嫌な鳴き声が響き渡った。





