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   ◇◇◇◇◇◇


 数日後。

 わたしの祈りは届かなかった。


 治療院には溢れんばかりの患者でひしめき合っていた。ベッドの数もすべて埋まり、床に蹲る人すらいる。換気を徹底しても溢れる臭気は嫌がおうにも増し、気力を削いでいく。


「苦し……息が、できな…………っ」


「しっかりして! 大丈夫よ、これを飲んで。少しでもいい、飲み込んで!」


 モナさんが支えてくれている患者の口に、センナギ草を混ぜ込んだ薬湯をそっと流し込む。呼吸が苦しいほど腫れあがった喉では飲み込むのも一苦労だろう。それでも、何とか飲み下してくれた。


(もう、後わずかだわ)


 センナギ草を煎じた薬湯は、あと数人分しかない。

 わたしの部屋で育てだしたセンナギ草はまだ薬として使えるほどではない。モナさんの部屋に隠してあったセンナギ草も、すぐに使い切ってしまった。


 ランドリック様の指示に従って隔離していたけれど、そもそも治療院で収容できる人数をとうに超えてしまっている。


 苦し気にうなされながら寝込む患者の腕は、赤く爛れ始めている。クゼン病の末期症状だ。これが出てしまうと、完治しても、そのままでは皮膚に赤い痣のような跡が残ってしまう。色が皮膚に定着する前に治しきらないと、一生残る。


 毒ではないから、わたしの治癒魔法で消すことができるのが救いだろうか。

 けれどいまは痕を消すよりも、病の治療が最優先になる。だから、痕が残ったとしてもその痕を消すことができるのはいつになるかわからない。


(ルピナお義姉様なら、すべての人を癒せるのに)


 どうしてわたしはこんなにも治癒魔法が上手く使えないのか。

 無意味に容姿だけ似ているよりも、たぐいまれな治癒魔法こそいま欲しているのに。

 修道女の中でも病に倒れる者たちが出始めている。


「うわっ、きったねぇ!」


 離れた場所で男の叫び声と、水がまかれるような音が響いた。饐えた臭いが辺りに充満する。


「ごめ、ごめんなさい……っ」


 口を押えて涙する女性の足元に、吐瀉物が広がっている。


「謝ることなんかない、こっちへ!」


 グリフェさんが駆け寄って、女性を抱きしめるようにタオルで汚れた衣類を拭いだす。自分の衣類が汚れるのも厭わずに、そのまま女性を部屋の外に連れていく。


「……あの子は、患者には丁寧なのよね」


 ぽつりとつぶやくモナさんに、わたしも頷く。

 わたしへの嫌がらせは止まないが、グリフェさんはどんなに酷い状態の患者へも、嫌悪感を出さないのだ。


(どうして、ずっと憎まれているのかはわからないけれど……)


 貴族令嬢同士という間柄だからとモナさんは言うけれど、彼女からは常に強い憎しみを感じるのだ。ルピナお義姉様とは違うけれど、強い負の感情は間違いないと思う。


「どうか、もう少し堪えてくださいね。必ず、助けますから」


 薬湯を使えない分、治癒魔法で症状を和らげていくしかない。

 重篤な患者を中心に、モナさんの助けをえながらわたしは患者たちに治癒魔法を施していく。


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