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「ルピナの薬は本当によく効くわね」


 患者に薬湯を飲ませながら、モナさんが感心したように言う。

 センナギ草を煎じて混ぜた薬湯は、咳が酷く喉が腫れだした患者にも効果が高い。


 ランドリック様の手配で喉の腫れがみられる患者を修道院の離れに隔離している。

 本来は素行が悪すぎる修道女を隔離する目的で作られたという別邸は、患者で溢れる治療院では隔離しづらかった患者の臨時の治療室として丁度良かった。修道院と治療院と同じ敷地内にあるから、治療にもあたりやすい。


「それにしても、ランドリック様ってやっぱり凄いわよね。季節外れのゼカ風邪をクゼン病と見抜くなんて。おかげで悪化する前に処置できそうじゃない?」


「そうですね。王宮からも即座に薬の手配をして頂けましたし、王都中が病に蝕まれることもなさそうです」


 ランドリック様は患者の隔離を指示しただけではなく、王宮から王宮治癒術師を連れてきて診断にあたってくれたのだ。


 そして判明した病名がクゼン病。

 ゼカ風邪とよく似た症状だけれど、致死率はゼカ風邪の何倍もある危険な病だ。


 特に喉の腫れがやっかいで、腫れが酷くなると呼吸困難を起こしてしまう。


(センナギ草を栽培しておいて本当に良かった)


 王宮から支給された薬はとても高価で、おいそれとは使えない。

 けれどセンナギ草を混ぜた薬湯なら、普段の安価な薬湯に混ぜるだけでそれなりの効果が見込めるのだ。


 運悪く症状が悪化した場合は、王宮から支給された薬を使えば一命は取り留めることができる。魔力不足のわたしの治癒魔法だけでは、同時に何人も悪化した場合はきっと最悪の事態を招いていただろう。


 気軽に使える薬ではないにしても、いざという時に助けることができる薬が手元にあるというのは、心強い。


「あっ、薬湯用のセンナギ草なくなっちゃった」


「それなら、部屋から摘んできますね」


 足早に自室へ向かうと、洗濯かごにシーツを乗せて走り去る修道女とすれ違う。


(……あの明るい小麦色の髪の色は、グリフェさん?)


 いつもなら侍女のリーズルさんとルッテさんと三人で行動しているのに、お一人で行動しているのは珍しい。


(…………?)


 部屋の鍵が開いている。

 どくんと、心臓が嫌な音を立てた。

 自分の部屋だというのに、そっと、ドアを押す。


「っ!」


 思わず叫びそうになる。

 センナギ草が軒並みなくなっている。

 今朝まで沢山育っていたセンナギ草が、すべて引っこ抜かれているのだ。

 あるのは透かしの入った白い長方形の鉢植えが二つと、散乱した土だけだ。


(どうして……)


 あれは、いまこそ必要な薬草なのに!


(モナさんの部屋は⁈)


 彼女の部屋にもセンナギ草を育てている。

 わたしは急いで部屋を飛び出して、隣のモナさんの部屋のドアに手をかける。


 そして開かないことにほっと胸をなでおろす。

 開かないということは、まだ誰も入っていないはずだと思えたから。

 けれど絶対ではない。


(モナさんに確認してもらわないと)


 センナギ草が無事ならいい。

 数本分けてもらえれば、またわたしの部屋でも栽培できる。

 もしモナさんの部屋のセンナギ草も全滅なら、かなりまずい。


 薬草園で見つかったのは偶然なのだ。

 あの時は他の薬草がちょうどよい影を作っていた場所だったから育っていたが、本当ならまた生えたとしても日当たりの良いあの場所では、育たない。


(とにかく、モナさんに部屋の中を確認してもらわないと)


 部屋の前を去ることにも不安が生じるが、ここでじっとしていても始まらない。

 わたしは、来た時よりも急いで離れに戻ってモナさんに事情を話すことにした。





「あぁ、あたしの部屋は無事だったみたいね」


 開け放たれた部屋の奥に、毎日見ていたくねくねの薬草が見える。

 モナさんの部屋のセンナギ草は、ちゃんとまだ生えていたことにほっとする。


「とりあえず今日の分はこのセンナギ草を混ぜるとして、ルピナの部屋でまた育てるのもちょっと不安よね」


「そうですね……どうしてこんな事をしたのか……」


 わたしの部屋はまだ荒らされたままの状態だ。センナギ草以外の被害は確認していない。とはいっても高価なものなど最初から何も持っていないから、確認するまでもないとは思う。


 けれどセンナギ草も高価なものでは決してないのだ。お母様がたまたま独自に見つけた効能だから、高値で取引されているものでもない。

 センナギ草を盗むぐらいなら、薬草園で高値の薬草を盗んだほうがよほどお金になるだろう。


「当分、あたしの部屋でセンナギ草は育てるわ。あと院長にも事情話してもっと育てられる態勢を整えてもらいましょ。効能は確認できてるんだしね」


 モナさんは笑ってそう請け負ってくれたけれど、わたしは俯きたくなる。


(センナギ草……足りるかしら)


 わたしの部屋のセンナギ草があれば、十分間に合うはずだった。けれどモナさんの部屋の分だけでは、喉の痛みを訴えている患者さんに対して不十分に思えた。


(……普通の薬湯だけでも、症状が治まってくれればいいのだけれど)


 明日からはセンナギ草は節約しなければならないだろう。     



   ◇◇◇◇◇◇

      

「嘘でしょ、あたしの部屋までなんで⁈」


 モナさんが絶句する。

 彼女の部屋の中は、昨日のわたしの部屋と同じように、センナギ草が盗まれて部屋に土が散らばっていた。


「……でも全部ではありませんね?」


 わたしは部屋の惨状を見ながら確信する。モナさんの部屋には、四個の白い鉢植えがあったはずだ。けれど今ここにあるのは二つ。


 センナギ草を見つけた時、モナさんはわたしに長方形の白い鉢植えを二つ用意してくれた。その後も、センナギ草が順調に増えたから、同じものをわたしに二個、モナさんの部屋用に四個用意していた。


「一応ね、万が一に備えて入れ替えておいたのよね」


 いいながら、クローゼットを開ける。


「え、この中にですか?」


 まさかのである。

 修道服の下に白い長方形の鉢植えが二つある。センナギ草は萎れるどころか元気に生い茂っている。


「日当たりが悪ければいいわけでしょ? だから避難させておいたのよ。流石にこの中にあるなんて誰も思わないじゃない」


 盲点だった。


「ルピナとあたしがセンナギ草を育てていることは知ってる人は知ってたじゃない? だから、ルピナの部屋が荒らされたのを見て、一応の対策はしておいたんだよね。あと、あんたなら見ればわかると思うけれど、部屋の鉢植えの方は偽物よ」


 散らばった土の間に落ちていた薬草を拾ってわたしに見せる。


「葉っぱもうねっていませんし、これは、ただの雑草では……」


「そそそ。でもさ、大事そうに生えてたら見分けつかないでしょ。犯人も判んなかったんじゃないかな。本物は収穫済みで、それは引き出しに入れておいたんだよね」


 すっと机の引き出しを開けると、丁寧に布に包まれたセンナギ草が姿を現した。

 くすくすと笑うモナさんは頼もしい。   

 

「全滅かと思いました……」


「そうよねー。犯人もそう思ったはずよ。だから当分の間はあたしの部屋もあんたの部屋も荒らされないんじゃないかな」


「そうしてもらえれば、またわたしの部屋で栽培ができますね」


「患者は増え続けているしね。薬はいくつあっても足りないから、クローゼットの中で育てきっちゃいましょ。あとそうね、院長先生には、部屋が荒らされてセンナギ草がほぼ全滅したことにして欲しいって伝えておくわ」


「犯人を騙すのですか?」


「うん。どのみち、いまある量じゃ患者すべてには行き渡らないと思う。重症になってから治療院に来る患者も後を絶たないでしょ」


 そうなのだ。ランドリック様が王都に御触れを出してくれて、咳が出たら隔離するように指示を出している。けれどその命に背いて、少しぐらいならと無理をして悪化させる例が後を絶たない。病の終息には、もうしばらく時間がかかるだろう。


「犯人の目的は何なのでしょうね……」


 センナギ草を盗むことに何の意味があるのか。


「そこがわかんないのよねー。この薬草って万能薬じゃないしさ。センナギ草を駄目にしたいんだろうっていうのは何となく感じるから、全滅と思わせるんだけどね。ま、わかんないもんは考えても仕方ないし。あたしたちはいま出来ることをやっちゃいましょ」


 確かにモナさんのいう通りだと思う。目的がわからないのは不安だけれど、考えてもわからないのは事実だ。それなら、残ったセンナギ草で少しでも多くの薬を作ったほうがいい。


 院長先生には隠れて栽培する事情を話し、センナギ草は全滅したことにしてもらった。いまあるのは以前採集した分であるともしてもらった。


 そしてモナさんとわたしの部屋の鍵を新しく変えてもらった。どうやって鍵を開けたのかはわからないが、合鍵などを犯人に持たれていた場合でも、当分は大丈夫だろう。


(あとは、センナギ草が育つまで、これ以上重傷者が増えないことを祈るだけだわ)


 モナさんから無事だったセンナギ草を分けてもらい、わたしはクローゼットの中に鉢植えをそっと隠した。

 

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ランドリックに叱られて逆恨みするのはともかく、治療に必要な薬草をネコババするとは
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