花輪くんは花が嫌い
大輪の花のような、麗しい見た目の美少年。花輪くんはこの町でも評判の美少年だが、同時に花嫌いでも有名だ。
道端に咲いているタンポポ。生垣に植えられたツツジやアジサイ。家人の手入れが行き届いた庭に咲く、アマリリスやシクラメンの花。とにかく全ての花が嫌いで、それらが視界に入るとその美しい顔を思い切り顔を歪めそっぽを向いてしまう。
「やめろ! 僕にそれを近づけるな!」
昔、ちょっと乙女チックなクラスメートに一輪の花を手渡された時に花輪くんはそう言ってその花を叩き落してしまった。それ以来、花輪くんは「カッコいいけど冷たい人」というレッテルを貼られ女子たちからは冷ややかな視線を送られている。
そんな花輪くんは帰り道でも極力、通路に咲いている花から目を逸らし俯きがちに下校するようにしている。エリちゃんはそんな花輪くんを不思議に思いつつ、そっとその脇を通り過ぎていくのである。
◇
小さい頃、近所にそれは見事な花壇を作っている家があった。
何という花だったのかはわからない。ただ四季折々に、色鮮やかな花々で庭を飾るその家の庭はそれはもう見事なもので……子供心に悪いと思いながらも、よくその花たちを眺めに行っていたものだった。
(あぁ、綺麗だなぁ。これを見せたら、お母さんも喜ぶだろうなぁ)
ある日、僕はそんなことを考えそのたくさんの花のうちの一つを掴み――そして、引きちぎった。
『ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああ!』
途端に凄まじい悲鳴が聞こえ、僕は慌てて手を離した。
手に何か、べっとりとしたものが纏わりつく。ぎょっとして、自分が手折った花を見ればその花びらの中から、誰かと目が合う。
それは小さな人間の顔だった。男か女かはわからないが、まつ毛の長い綺麗な顔であったことは覚えている。その目元から、そして花の茎から何かどくどくと液体が流れ出ていて……花の蜜にしては明らかに多く、粘っこいそれは僕の足元に向かってじわじわと這い寄ってきていた。
『許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない』
そんな声が聞こえてきて、幼い僕は慌ててその場から走り去る。小さな子供の足では、どれだけ走ったとしてもその速さはたかが知れているだろう。だけど、僕はそれでも全速力で走り、走り、逃げていき――それ以降、その家に向かうことは二度となかった。
花の妖精とか木霊とか、そういうファンタジックな存在は世界中どこにでもその伝説が残っている。それだけ植物には何か神秘的な力が宿る、と信じられているのだ。
僕はそのうちの一つに出会ったのかもしれないが……それにしては見たものが異常に恐ろしすぎた。メルヘンチックでもなんでもない、ただ生と死の狭間にある何かを見せつけられたようで僕は花が怖くなってしまい……どんなに美しい花を見ても背筋が寒くなり、目を背けてしまう。
「苗字は『花輪』なのに、おかしな奴だな」
そう言われるのが、何より一番嫌いだ。