下田さんは下を覗く
エリちゃんの帰り道には、ちょっとコワイ人がいる。
フリルたっぷりのゴスロリ服を身に纏う美少女。下田さんはしょっちゅう、椅子やベンチの下を覗き込んでいる。
バス停や電車の中、コンビニのイートインコーナーやちょっとした休憩所。そういう場所で下田さんは、必ず体を屈ませてその下を覗いているのだ。パニエで膨らんだ可愛らしいスカートが汚れないよう、気をつけながらしっかりと下を覗く。
落とし物をしているのかと尋ねる人もいるが、下田さんは曖昧な返事をするばかりで何をしているのかはっきりと答えようとはしない。何回も何回も、お辞儀するように頭を下げ自分が先ほどまで腰掛けていたその場所の下を覗き込むその姿はかなり異様なものだ。
エリちゃんはそんな彼女の邪魔をしないよう、下田さんから少し距離を取って歩くようにしている。
◇
可愛いは作れる、とはよく言ったものだ。世の中の可愛いものはだいたい、値段は可愛くないと相場が決まっている。限定キャラクターのぬいぐるみだとか、ハンガーに掛かっているだけでオーラを放つ洋服だとかは、どれも高価で管理するのもかなり大変なものだ。
(だけど、私は自分が『カワイイ!』と思ったものにお金を惜しみたくない)
可愛いは正義。可愛いは癒やし。可愛いものがあればそれだけでテンションが上がる。人生に彩りが生まれ、明日も頑張ろうってなる。だから私は毎日、『可愛い』を追及し続ける。毎日バイトを掛け持ちして一生懸命に働く。学力は壊滅的だけど別にいい、だって私は『可愛い』が好きで好きで仕方ないんだもん。
――けれど、そんな私の『可愛い』ライフに水を差すモノが現れた。
私はその日も、頭のてっぺんから爪先まで『可愛い』と思った服で着飾っていた。ヘッドドレス、日傘、有名ブランドのロリータ服、厚底ブーツに真っ白な靴下。
そう、この靴下がすごくお気に入りだった。裾にフリルとレースがついていて、薔薇をあしらったゴージャスなリボンまで付いている。そんじゃそこらにあるただの靴下じゃない、とっておきの超可愛い靴下。その全てが活き活きと可愛さを発揮できるように、ベンチにちょこんと腰掛けていたら――
がしっ
「――っ痛あっ!?」
思わず足下を見れば、私の足を掴む何かの腕がいた。
赤っぽい肌に、パンクファッションばりの長くて鋭い爪。浅黒い皮膚と骨だけでできているような、ガリガリのその腕はまるでミイラのようだ。その細い腕は私の声に驚いたのか、すぐに指を離し手を引っ込めたけど……
そんなこと、どうでもいい。
「嫌あああああっ私の靴下があああああっ!?」
私の大事な靴下。可愛くて胸がキュンキュンするぐらい素敵な靴下。真っ白な中に最大限の可愛さを秘めた靴下。それにくっきりと、十本の指の跡が付いていた。赤黒いそれは一目見ただけで、「洗ったぐらいじゃ落ちない頑固な汚れです」って自己主張をしていて……私は怒りのまま、ベンチの下にしゃがみこむ。
ちょっと! どうしてくれるのよ! そう文句を言いたかったけれど、そこにはあるのは汚いゴミと塵だけで先ほどの腕の持ち主らしき人(?)は見当たらない。だけど私の靴下に付いた汚れは確実に残っていて……それが私の怒りをさらに加速させた。
最悪。この靴下、結構いいお値段で買った時も履いている時も最高の気分だったのに。それがたった今、わけのわからない存在によって台無しにされた。ふざけんな、私の大事な可愛い靴下に汚れつけやがって。今度会ったら絶対に許さない。むしろ、必ず落とし前つけさせてやるんだから――
それから、私は椅子やベンチに座る時は必ずその下を見るようにした。他の可愛い靴下をまた傷つけられないために。そして、犠牲となった白い靴下の償いをさせるために。座る前と座った後、必ず覗いてそこにあのガリガリ腕がいないか確かめるのだが……今のところ、再会はしていない。
ちなみに問題の靴下は一縷の望みをかけて必死に洗濯・漂白したがその汚れは全く落ちず、泣く泣く処分する羽目になった。
もしあの腕をまた見かけたら、クリーニング代も上乗せして請求してやる。