笛田くんは笛を吹き続ける
エリちゃんの帰り道には、ちょっとコワイ人がいる。
いつもリコーダーを持っている中学生。笛田くんはいつも道端の、決まったスペースでリコーダーを吹いているのである。
曲目は『茶色の小瓶』や『魔笛』、『オーラリー』のようなスタンダードな曲から流行りのアーティストの曲、人気アニメの主題歌などジャンルに制限はないらしい。
もっとも、その腕前は別に聞き惚れるほど上手いというわけではないのだが……笛田くんはなぜか毎日、特定の決まった場所でリコーダーを吹き続けている。
エリちゃんはそんな笛田くんのメロディに耳を傾けつつも、なるべく速足で通り過ぎるようにしている。
◇
親父が昔から音楽をやっていたのは知っていた。
幼稚園の時からピアノを習わされ、「嫌だ、もうやめたい」と言っても取り合ってくれなかった。なんでも「父さんだって子どものころに楽譜の読み方と演奏技術を徹底的に叩き込まれたのだから」ということで……とにかく「楽譜を読めるようになること」と「メジャーな曲は最低限覚えておくこと」の二つを条件に、俺は嫌々ピアノを続けてきたのだった。
それが唐突に終わったのは、十歳になる時のことだった。
「お前ももう十歳だ、この笛田家の習わしを教えておかなければならない」
いつになく重々しい口調で語る親父の話は、纏めると以下のようになる。
・笛田家の人間は十歳を過ぎてから十八歳になるまでの間、家の近くにある道で一日一回「楽器」を演奏し続ければならない。楽器の種類に指定はないが、ラジオやレコーダーなどの録音した曲では駄目。絶対に生演奏でなければならない。
・同じ曲を何度も演奏し続けるのもアウト。自分が知っている曲のストックを使い切ってしまった時は、少なくとも三回ほど別の曲を演奏してから再演奏しなければならない。
・上記二つを毎日、続けなければ必ず笛田家には大きな災いが起きることとなる。除霊やお祓いを試したこともあったが効果はなしで、現状ではとにかく音楽を演奏し続ける他ない。
正直ついていけない、非現実的な話だったが親父の目はあくまでも真剣だった。なぜそんなことをしなければならないのか、演奏を止めたら具体的にどうなるのかと聞くと親父は黙って目を背け沈黙を貫くばかりだった。
「とにかく、お前は今日から我が家の近くにある道路で何でもいいから曲を演奏し続けなればならない。それをさぼったら大変なことになるからな、しっかりするんだぞ」
それだけ言うと親父は俺が小学生の時に使っていたリコーダーを無理やり、俺の手に握らせ……「頼んだぞ」とだけ言って席を立った。
――それ以来、俺は恥ずかしいのを我慢して毎日色んな曲をリコーダーで演奏する日々を送っている。
クラスメートに見られて恥ずかしい思いをしたり、通りすがりの小学生に思いっきり怪訝な顔をされることも多いがそれでもなんとなく「この風習をやめてはいけない」と直感的に感じていて……俺は今日もリコーダーを吹き続ける。
とはいえ中学生にもなって授業と何の関係もないのにリコーダーを吹き続けることは結構、精神的ダメージが大きいもので……もう少し曲のレパートリーを増やし、誕生日かクリスマスが来たらシンセサイザーを買ってもらいそれで演奏をしていきたいな、と思っている。