後田さんは後ろ向き
エリちゃんの帰り道には、ちょっとコワイ人がいる。
道路に背中を向けている女子高生。後田さんはバスを待つ時、いつも後ろを向いている少女なのだ。
他の学生や乗客はみんな、バスが来る道路の方を向いて待っているのに後田さんは背中を向けている。バスが来た時になって初めて、くるりと振り返りバスに乗っていくのだがそれまではずっと後ろ向きだ。結果、通行人や周囲の人間と目が合って気まずい思いをすることもあるのだがそれでも彼女は頑なに道路の方を見ない。それでバスに乗り遅れそうになっても、怪訝な顔で舌打ちをされても、絶対に後田さんは後ろ向きなのだ。
エリちゃんはそんな彼女と目が合わないよう、そっと下を向きながらその側を通り過ぎるようにしている。
◇
私はその日、中途半端な時間に帰宅する羽目になっていた。
理由は何だったか忘れたが、帰宅部にしては遅く他の運動部などに比べれば早いというなんとも微妙な時間帯だったことを覚えている。普段は騒がしいバス停に同級生の姿は全く見当たらず、私は一人で「疲れたなぁ、今日の晩御飯は何かなぁ」なんて考えながらボーっとしていた。
車やバイクには詳しくないが、走っている車をぼんやり眺めていると不意に体が動かせなくなった。
――金縛り?
混乱しながら、私は咄嗟にそう考える。
日が落ちかけているとはいえまだ周囲は明るい。そもそも金縛りに遭うのなんて後にも先にも、その時が初めてだった。これは一体、どういうことだ? 金縛りというのは普通、寝ている時に起こるものじゃないだろうか。私は授業中などしょっちゅう居眠りをしていたが、今この瞬間までは確かに起きていたはず……など考えていると、一台の車に目を引き寄せられた。
それは白い車だった。メーカーや詳しい車名まではわからないが、どこにでもある非常にわかりやすい軽自動車。その助手席に座っている女が、動けない私の方を見て笑っている。考えてみれば不思議なことなのだが、その女の顔は車窓越しにも関わらずやけにしっかりと私の目に映っていた。細く歪んだ目元、無造作に伸ばされた長い白髪。何より異様なのは、顔の倍近くはある巨大な口を人間には不可能な角度で開けていたことで……その唇の合間に見える歯が、黄色く変色しているところまで私はハッキリと見てしまった。
(何だ、アレは?)
そう思いながら必死に目を逸らそうとするが、私の首は勝手に車の動きを追い続けている。嫌だ、目を逸らしたい思っているはずなのに体が言うことを聞いてくれない、そんな状況は「もうこれ以上は目で追うことができない、首が回らない」というギリギリのところになるまで続き、その女を見送った後になって私は急に体の自由を取り戻した。
(アレって幽霊? 夕暮れとはいえまだ明るいし、人通りがないわけでもないのに。いや、仮に幽霊だったとして、あんなものすごい口の開き方する? よくわからないけどアレは絶対、何か人ならざる者だった……)
――その一件があって以来、私はバスを待つ時なるべく車道の方を見ないようにして待つようにしている。
もしあの女がまた私の前に現れたり、私に向かって何かコンタクトを取ろうとしたらもはや私はその恐怖に耐えきれる自信がないので……それ以降、バスを待つ時は後ろを向くようにしているのである。