~秘蔵書庫でぼっちでご飯召し上がれ~
「よっこいしょっと…」
とある町の図書館の奥の秘蔵書庫。
図書館司書、志美部 朗はまだその歳に見合わないこんな掛け声を度々口にしながら、うず高く積まれた段ボールの麓をせわしなく往復していた。
地元の旧家の当主さまが沢山の蔵書を町に寄贈したらしい。
この図書館にはその一部が託され、現在志美部はその確認作業に追われている。
寄贈された蔵書をざっと見る限り古いものが多い。
中には二つ前の時代のものもあるらしく、表紙の文字すらかすれて読めないものもある。
「これ…今日中にどこまで片付けられるかな」
とは、独り言である。
まだまだ沢山ある段ボールの山を見渡しながら志美部はつぶやいた。
お昼休憩をはさみ午後の作業に備えることにした。
「腹が減っては戦は出来ぬ」
とは、やはり独り言である。
仮に今が戦国の世だとして、一人前の戦働きもできない自分のような輩が、お腹を満たす方便にこの言葉を口にしたのかと想像すると、志美部は面白くてつい口元がほころんでしまうのだった。
そして
「うん」
と、何かに得心したように小さくつぶやき、また少し笑んだ。
祖母が作り持たせてくれたおにぎりは二つ。
心の中で思っていた一つ目の具は鮭であったが、梅があたった。
「ふへへ、残念、外れました」
とは、やはり独り言。
何が面白いのか周りにはわからない。
が、志美部はこうした自分の予想が外れることを好しとして嬉々と出来る気質の持ち主であった。
二つ目のおにぎりも食べ終えて、海苔醤油のついた指をそっと口に含む。
結局この後ですぐに化粧室に行って身だしなみを確認する時に手も洗うのにと、ふと思う。
たぶん、こうして最後に指をしゃぶるまでが「おばあちゃんのにぎってくれたおにぎり」というお料理なのだ。
そんな結論に至り、また無意識に少しほころぶ志美部の口元であった。
午後の作業は思ったよりも順調に進んだ。
とは、独り作業をしている志美部の一方的な体感であり実際のところはそうでもなかった。
それでも次々と段ボールから出され確認され記録され、図書館の秘蔵書は少しずつ、だが確実に増えていった。
もう、これがいくつ目かも志美部すらも覚えていない段ボール。
開けると中には書籍ではなくて木箱が入っていた。
その木箱に目をやる志美部。
「うん…まかせ?」
木箱には如何にも時代と風格を感じる筆致で「うんまかせ」と書いてあった。
木箱を開けると中には古い書物が入っており、一番上に「あたり」という紙札が添えてあった。
「あたり」
読んだままだけど、口にしてみてなんだかうれしい言葉に思わず、ふふっと口元がほころぶ。
目をやると表紙に題名が書かれていることに気が付いた。
『蟲喰 蔵人 覚書』
と、そのように読めた。
「むしく…くらんど、おぼえがき?」
口にしてみたが、正しい読み方なのか、それはわからない。
志美部の家には祖母の蒐集した古い書籍が多くあり幼い頃から古い文字や筆文字と触れ合う機会が多かった。
祖母は幼い志美部に古い書物をよく読み聞かせしていた。
祖母とのひと時を繰り返す中で、古い書物を志美部自身も判読できる程度の技能は身に付けるまでに至っていた。
そんな環境で親しんだこともあり、志美部は現代の小説や物語も楽しむが、それにも増して古い書物やそこに記されていることもまた好きで、そもそも難読なものを読み解く事から愉しめる程には、祖母の教育が身に染み付いていた。
覚書を開き、ざっと目を通す志美部。
題名から感じる角張った硬い印象とは異なり、書物の中の筆運びは柔らかく読みやすいものだった。
どうやら「蟲喰 蔵人」なる人物のある日の時点での記憶を文章に書き留めたもののようである。
表紙もそうだが、題名に似付かずやわらかな筆致で書き綴られているこの書物は、何かの真実についてこの人物の知るところをつまびらかにしたものらしい。
「ふへへ、これは大当たり」
独り言と口元のほころびが我慢できない。
志美部は、弱い。
弱すぎた。
知的好奇心にはどうしても抗えないのだ。
独り言のあと、お仕事を頑張っている自分へのご褒美にと先日の買ったばかりの腕時計を見やる。
文字盤が特にお気に入りで、思い出して眺めては思わずニヤニヤしてしまう。
もうすぐ定時。
明日またこの秘蔵書庫での作業の合間、休憩時間にこの書物を読んでみよう。
仕事中に息抜き、ささやかな楽しみを見つける事は志美部にとっての喜びでもあった。
翌日。
待ちに待った休憩時間。
そのまえに。
「腹が減っては戦は出来ぬ」
そう呟いて、二日連続のネタであることを思い出してまた、口がほころぶ。
そう、志美部の笑いツボは難解であった。
今日の祖母特製のおにぎりは塩むすびが二つ。
中身の具の予想は二日連続のハズレ。
「うん、これは良いでだし」
とは、
少しおにぎりの塩味の残る指をしゃぶりながら言った志美部の独り言。
化粧室で手を洗い、いつもの白い手袋をして『蟲喰 蔵人 覚書』の表紙をめくり読み始める。
志美部にとってこの瞬間は至福のひと時であった。
自分の知らない世界が広がるような、他人の頭の中の世界にノックして迎え入れてもらえるような、物語に没入できるようなそんな感覚がたまらなく好きだった。
『蟲喰 蔵人 覚書』には、志美部なりに心の中で現代文に訳すところ、このようなことが記されていた。
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姫内藩は美しく豊かな土地柄に位置し、住む人々も温厚で穏やか、和をもって尊ぶ人々である。
なれど、御上は姫内藩祖、春弓 予言公に謀反の気ありとして、お取り潰しまではいかないまでも、事実無根の疑いにて代々冷遇を重ねてきた。
また、近隣藩も姫内藩に対して御上の意向と同じくとし、冷ややかに扱い当代に至ってはもはや藩主としての礼を欠く遇を受けるまでに相成った。
官幕の争いを機に、姫内藩は官勢についた。
幕軍が姫内所領に進軍との報を受け、当主 春弓 周は五役を召集し御下知。
・武具備役
・糧備役
・退路備役
・退姫備役
・只居役
これ以降、幕軍との交戦が開始。
戦慣れせぬ姫内藩、立ち居振る舞いは以下の如し。
3月18日
幕軍との戦闘開始。
3月19日
幕軍、第弐武具庫を制圧。
火銃520丁、刀剣318振、他、火薬等の軍備を奪う。
武具備役、敗走。
3月22日
幕軍、第参兵糧庫を制圧。
兵糧、その他食料を奪う。
糧備役、敗走。
3月26日
幕軍、城内に侵攻、一部制圧。
姫内城内兵、退路断絶。
兵卒多数が討ち死に、その後の焼城により実数は把握できず。
退路備役、行方不知。
同日
幕軍、城内禁裏に侵攻。
春弓 周公御息女、水姫行方不知。
退姫備役、行方不知。
3月27日
幕軍、姫内より略奪せし武具にて武装を固め、城内内庭にて相対。
内庭には姫内兵約550名、それを囲むように幕軍鉄砲兵約350名、他刀兵200名。
鉄砲による負傷、討ち死に約380名、その他による負傷、討ち死に約170名。
只居役、行方不知。
本城、焼け崩落につき討ち死に等正確には把握できず。
以上、姫内藩、城内での戦の顛末。
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はっと、我に返る志美部。
無機な文章にも想いを馳せて、その情景を心の中に映し、時には当事者のように感じ取ることができる志美部は、まだ読みかけのこの覚書の記載にも、それを見て、また感じていた。
読んでいる間、志美部の心は姫内藩の戦の渦中にいた。
志美部が夢中になって読み進めた姫内藩の戦顛末。
幕軍が代々と冷遇し侮り、またこの期にでも圧倒的な強さと速さでをもって、姫内、その名の通りの嫋やかで戦慣れもしない小藩を蹂躙する様がありありと目に浮かんだ。
「なんか、悔しい」
独り言の後の志美部の口元は、きゅっと強く結ばれている。
志美部はこぼれそうになる涙をこらえながら、戦顛末の続きに目を通す。
この覚書を読まなければ知ることもなかった姫内という小藩の、歴史に埋もれた小さな戦。
おそらく、このあと没落の一途であろうこの藩のその後を知ることは、志美部にとっては決して楽しいものではなかったが、それもまた過去を生きた人々の弔いになるのならと思い、意を決して続きを開いた。
続き。
『蟲喰 蔵人 覚書』には、このようにあった。
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顛末仔細追記。
3月19日
第弐武具庫にて下記の武具を幕軍に略奪させる。
火銃520丁(暴発品)
刀剣318振(鈍品)
火薬等(炸裂強化品)
武具備役、4月1日、くだんの場にて合流。
防衛の芝居にて欠員無。
3月22日
第参兵糧庫にて兵糧を幕軍に略奪させる。
兵糧・壱(睡眠・昏倒・幻覚等の薬剤混入)
兵糧・弐(食用不能な物多数)
兵糧・参(腹下しの水等)
糧備役、4月2日、くだんの場にて合流。
防衛の芝居にて欠員無。
3月26日
幕軍、城内に侵攻、一部制圧。
上記の見せかけのため、姫内兵敗走の謀。
姫内城内兵、偽の退路へ幕軍を誘導。
のちの焼城にて幕軍の焼け死に多数にて知れず。
春弓公含め、本隊は正退路にて既に脱出。
焼け落ちに生き延びた幕軍を本城、中庭に誘導。
退路備役、4月1日、くだんの場にて合流。
防衛の芝居にて手負い軽傷2名、欠員無。
同日
幕軍別働、城内禁裏に侵攻。
退姫備役、迫る幕軍に偽りの呼びかけにより
春弓 周公御息女、水姫の居堂と異なるへ誘導。
水姫無事脱出、同日、春弓公と合流。
退姫備役、4月2日、くだんの場にて合流。
退姫備役、手負い多くも命繋がり、他手負い軽傷3名、欠員無。
3月27日
幕軍、入城後、姫内より略奪せし武具にて武装を固め、城内内庭にて相対。
只居役553名の兵を率いて中庭中央に陣を敷きて臨む。
幕軍、中庭中央に集まる姫内兵に向けて鉄砲兵約350名による一斉射撃。
発砲後、轟音と共に倒れる姫内兵を見て大いに鼓舞され迫る幕軍刀兵約200名。
姫内兵、倒れた芝居を解き全員立ち上がり鈍の刀兵を斬るに斬る。
鉄砲兵、暴発による手指損傷、重傷多く壊滅状態。
大声をあげて倒れる姫内兵の声と姿に鼓舞され我先にと発砲やまず、仲間の悲鳴も耳に入らず。
その後の焼城に乗じ幕軍兵の骸は放置、数知れず。
幕軍兵死傷の見積もり、
鉄砲による負傷、討ち死に約380名、その他による負傷、討ち死に約170名。
只居役、手負い多くも命繋がり、他手負い軽傷102名、欠員無。
幕軍、本城、焼け崩落につき討ち死に等正確には把握できず。
以上、姫内藩内での戦の本顛末。
五役、本懐、お役目を果たし誠にあっぱれ。
春弓公よりお褒めにあずかり、藩祖公の代より続く五役の代々の誉れとする。
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志美部は深く息を吸い込んで、こちらに気持ちを戻した。
「なるほど、あたり、大あたり」
志美部は小さくつぶやいて、一度覚書を閉じて、表紙と裏表紙を交互に見直した。
特に意味はない。
なんとなく今の気持ちを咀嚼するのに無意識にしたことだった。
パラパラと最初のページから流し読みをし直してみる。
「あ…不思議」
どうやら顛末と本顛末は紙が異なるようなので、どちらかが後からの挿し込みになっているようだった。
志美部は今一度、覚書に思いを馳せた。
御上からの、また隣国からの代々と続く冷遇。
幕軍と官軍との戦いを機に官軍についた姫内藩。
藩祖の代より脈々と続き有事に備えてきたであろう五役という存在。
おそらくは平時は閑職であったであろうこのお役目が、まさしく姫内藩の存亡のかかった戦で役に立ったということなのだろう。
姫内藩の過去を侮蔑し小藩と侮った幕軍は、小藩の小役として侮らず有事の要として重用した姫内藩の五役の活躍によって惨敗を喫した。
戦慣れせぬ小藩が故に正攻法では決して勝てなかったであろう幕軍とのこの戦。
記録で見る限り姫内藩に死者はいないようだった。
志美部は思いがけず幕軍への弔いとしての読み込みになってしまったことが意外に思え、しかし笑えない内容だけに少しの時間目を閉じたあと、表紙を見ながらふっと笑んだ。
なぜそうしたのはわからない。
わからないけど、なんとなくそうすることでこの書物に記された故人たちへの礼節が保たれるような、そんな気がした。
姫内藩は結果として城を焼き失うに至った小藩だが、この知略とも言える謀で次世代への襷が繋がれたことは間違いない。
『蟲喰 蔵人 覚書』には末尾付近の頁に一部欠落、散逸があるようだが、物語を読む分には全く障りなく、志美部もまた大いに満足をしていた。
「蟲喰さん、どんな人だったのだろう」
この書物の語り部であるこの蟲喰 蔵人という人物は、姫内藩とゆかりのある人なのだろうか。
考えれば考えるほど、心がうずうずする。
そう、志美部はあまりに弱すぎる。
こうした知的欲求を抑えることができないのだ。
ふと腕時計をみると、昼食も兼ねたお昼の休憩時間終了の3分前。
「ごちそうさまでした」
志美部は、手を合わせたあと、覚書を箱の中にしまい、手袋とマスクを外し化粧室に向かい午後の仕事の準備を始めた。
図書館の秘蔵書庫の空調の音が時々人の唸り声のように聞こえることがあると、時折ここに顔を出す上司が言っていたのと思い出した。
「私には歌声みたいに聞こえるのに」
志美部の音痴を知る人は、職場内には今のところ、まだいない。
拙い作品をご高覧頂き誠にありがとうございます。
遡ること20年ほど前に下書きをしたものを掘り返してみました。
時代小説を書きたいと思っていたあの頃、設定や背景資料を集める中で心が折れてしまいましたが、そもそも創作として架空の歴史事件等をそれらしく書き綴る方法として考えたのが本作でした。
サブタイトルは今回の投稿を機に勢いで付けました、ごめんなさい((
もし「面白い」「続きを読みたい」など思って頂けましたら、是非ブックマーク・評価を頂けたら幸いです。
仕事の合間の執筆なのでペースも遅く、また好きなジャンルも雑多なので今回のような作品ばかりではなくて不安定ですが、少しでもご期待にお応えできるよう努めたいと思います。
どうか、よろしくお願い致します。