008話
「──ねぇ、どうすんの!」
「どうしようもないよ……」
「だからって、何にもしないわけ!? 2人が死ぬかも──いや、もしかしたらもう死んでるかもしれないのに……!」
「でも……」
地を蹴り、唸るミレイ。
ユラとエレナちゃんが崖に落ちてから3日と半日が経とうとしていた。
未だに2人を助ける方法を思い付けず、私達は立ち尽くすしかなかった。
雨は既に止んでおり、地面も乾いていた。
「──ねぇエルガ、アンタ飛べたりしないの?」
「飛べるけど、深さが判らないから降りられないんだ」
「そんな……手も足も出ないの?」
「そうだな……迂闊に動くわけにはいかないな……」
「ッ……」
ミレイは落ち込み、その場にうずくまった。
エルガ君は先程から、崖を覗き込んでいた。
「……エルガ君、何か見える?」
「いや、何にも」
「……じゃあなんで見てるの?」
「何となく」
「……」
何も言えなくなってしまった。
エルガ君って、たまに不思議なキャラになるんだよね……。
「……エルガは怖くないわけ? 妹が死ぬかもしれないんだよ……?」
ミレイはうずくまったまま、エルガ君を見据えてそういった。
エルガ君は、ミレイの問いに、少し間を空けて答えた。
「……怖くない、と言えば嘘になる。でも、怖いわけでもないな」
「どうゆうことさ……」
「アイツはまだ生きている。2人とも、まだ生きてるはずだ」
「なんでそんなこと言えるの……? 何にもわかんないのに……!」
「信頼……とでも言おうか? 俺が勝手にそう信じてるだけさ」
「意味わかんない……」
ミレイは顔を伏せた。
音も暗くなっていて、失望しているようだった。
「──えっ……」
「どうしたの? エルガく──あっ!」
エルガ君が驚きの声を上げていたので、私もつられて崖の底を覗き込んでみたら、人影が見えたのだ。
それは赤髪の少女。
背中に女性らしき人を背負って……間違いなく、エレナちゃんとユラだった。
「エレナちゃん……!」
「ッ! ユラは…!?」
「いるよ! エレナちゃんと一緒だよ!」
「ユラ…!」
「……」
「エルガ君……?」
「……まずいぞ……」
「えっ……?」
エルガ君はエレナちゃんを見つめたままそう呟いた。
と思った途端小さな霧がたち、エルガ君が大人姿に変わって崖の下に手を伸ばした。
大人姿あるんだ……。
「エレナ! 俺の手を掴め!」
「どうかしたの……!?」
「多分だけど……エレナは気絶しちまう」
「えっ──」
「もし上まで届かずに気を失ったら……」
「まずいじゃん!? どうしたらいいの……!?」
「俺だって分かんねーよ……だから手を伸ばすくらいしか……あっ──!」
「えっ!?」
「あぁっ……!!」
3人揃って叫んだ時。
少しづつ浮き上がって来たエレナちゃんの体がぐらりと傾き──
思わず私は手で両目を覆った。
だって見たくないもん。落ちるところとか……。
けどさすがに閉じたままもダメなので、ちらっと指の隙間から覗いてみる。
すると……
「ユラ……!」
ユラがエレナちゃんを抱いたまま、エルガ君の手をしっかり掴んでいた。
思わず拍手してしまった。
「よし……引き上げるぞ」
エルガ君はそう言って、ゆっくりユラたちを引き上げた。
「ユラぁぁぁぁぁ!」
「エレナちゃん…!」
ミレイは泣きながらユラに抱きつき、私は拍手しながらエレナちゃんに近づいた。
「ちょっと……苦しいわよ……」
「だってだってだって死んだと思ったんだもん!ほんとに……ほんとに無事でよかったよぉぉぉ」
「エレナちゃん無事でよかったぁ……!ユラもなんか無事では無いけど生きてたし……ほんとに2人とも生きててよかったよ!」
「ユラさんのおかげです……」
エレナちゃんは俯きながらそう言った。
そしてユラの元に駆け寄り、抱き着いた。
「えっ……」
「……ありがとうございます」
「エレナ……」
私は思わず拍手。後に思えば絶対おかしかったけど。
でもエルガ君もミレイもにっこりしていた。
「……エレナの怪我が酷いのよ。私も毒ガス吸ったみたいだし、早いことこの細い道を切り抜けましょう」
「そうだな。ここに長居しても危険なだけだ」
「早く行っちゃお!」
みんなが頷き、私たちは再び足を動かした。
○
「──という感じです」
「なるほどなぁ……」
うーむ、と唸る男。
「どうしますか、マスター?」
マスターと呼ばれる男──冒険者組合総帥はもっと悩んだような顔をした。
「うーんどうすると言われてもだな……その2人は異常な強さなんだろ?放っておく訳には行かないだろ……」
「ですよね……」
(ってか、そんな強いなら普通怪我とかして救急で運ばれたりしねーだろ……!? 話聞く感じ腕と脚の骨折も3日で治したらしいし…そんなやつが頭の怪我でギルドに運ばれるか?普通……)
長々と心の中で文句を述べるギルマス。
「うーん、色々と裏がありそうだな。エレナとエルガ、この2人を招集しろ。他3人は来ても来なくても構わないと伝えておけ」
「メウさんはどうなさいますか……?」
「めう?」
「エレナさんのペットらしいのですが……」
「……ペットとかどうでもいいわ!」
ふんっ、と荒い鼻息をしながら部屋を出ていくギルマス。
そんなギルマス姿にメンバーである少女もため息が出るのであった。
○
2人の崖落下事故から2日。
2人とも完治! と言うことで私たちはギルドに来て仕事を探していた。
ユラとエレナちゃん、すぐ元気になって、昨日なんか「早く冒険しましょ!」ってユラがうるさかったくらいだったもん……。エレナちゃんは静かだった。当然ながら。
まぁそんなこんなあったが今は2人とも元気なので私は良しと思う。
2人ともノリノリで掲示板みてるし。トラウマとかなんないのかな、不思議。
と、そんな時だった。
1人の冒険者組合組合員が近付いてきた。
「あの……エレナさんとエルガさんですよね……?」
「え? あっ、はい、そうですが……」
「ギルマスがお呼びです。来て頂けませんでしょうか? 他のメンバーさん方も来ていいとの事ですが」
「ギルマスが?」
「はい。召集状も出ております」
「げっ……俺たちなんかやらかしたとか……?」
「話の内容はここでは話兼ねます……」
「行くしかなさそうだよ」
「そ、そうだな……」
「大丈夫よ! 私たちもいるわ!」
「そうだよ! いざって時はアタシ達が助けてあげるから!」
「ギルマスさん、きっと優しいし大丈夫だよ」
みんなで2人を励ます。
まだ怒られるって決まった訳では無いけど。
「うぅ……俺たちなんかやったっけ……? とりあえず行くしかねぇよなぁ……」
「案内しますね」
エルガ君は今にも崩れそうな体勢で、エレナちゃんはちょこちょこって感じで歩きながら進んで行った。
その後ろを私たちが付いていく。
案内されるままに進むと、個室に着いた。と、思ったら
ガタンッ
と音がなり、部屋自体が動いてる感覚がわかった。
えっ……部屋が動く……って何!?
「エレベーターみたいね」
「その通りです! よくご存知ですね。異世界の技術なんですよ」
あっ、異界の技術でしたか。そりゃわかんないわけだ……しかし部屋が動くなんて……すごい……
「着きましたよ。この扉の奥がギルマスの部屋です」
あ、感心してる間に着いた。
「いぃ……怖ぇ……」
「お兄ちゃんしっかりしてよ……」
エレナちゃん呆れてる……まぁそうだよね……。
エルガ君が震える手で扉を開けた。
するとその奥にいたのは……
ギルメンさんと色違いの服を着た、金髪オールバックの男性だった。
普通にイケメンだし……わぁ。
「あれっ」
「えっ」
エルガ君とギルマスさんの目線があった時、2人は硬直した。
そして……
「──ヴァルス!?」
「──エルガ!?」
とお互いの名前(多分)を叫んだ。
ギルマス、ヴァルスさんっていうん だ……多分。
えっ、てか知り合い……!?
さ、さすが貴族の子供……ってこと!?
「……同姓同名かと思ってたらあのエルガかよ……」
「ギルマス誰だろうって思ってたらお前かよ……」
「俺で悪かったな!?」
「いや誰も悪いって言ってねーだろ!?」
「いやしかし……えーっと……その……ひ、久しぶりだな……?」
「そ、そうだな……久しぶりすぎて気まず……」
あっ、なんか空気が気まずい感じになった。
いったい2人はどういう関係なんだろ?
「ねぇエルガ君、ギルマスとは知り合いなの?」
「あぁ、えっと、知り合いっていうか……昔一緒に暮らしてた友達?って言うか……」
「「ギルマスと暮らしてた!?」」
双子がハモった。
「めちゃくちゃ昔の話だけどな……」
「何年くらい前よ……?」
「5000年……?」
「「「5000年!?」」」
ここは3人でハモる。ってそうじゃない。
あれ……100年くらい生きてるって話だよね……? 5000年ってどういうこと……?
「えっとだな……俺の前世の話って言えばわかるか……?」
「あぁなるほど前世の話ね──ってなるわけないでしょ!? 何よ前世って生まれ変わりでもあるの!? よくあるラノベみたいじゃないのよ!」
「えーっと、そのらのべとやらは知らないけどだな……俺はまぁある竜魔人の生まれ変わりで……って、説明してたら長くなるから今度だ!」
「「えぇー」」
2人とも残念そうにそう言った。
つまりエルガ君は転生体……なんかもう長生きだし生まれ変わりだしでとんでもないキャラだね。
しかもなんか竜魔人……? なるものが出てきたけどもう名前からして凄そうだよね。
「あー、こほん。今回呼んだ要件について話していいか?」
「あっ、そういえばそうだったな。いいぜ、話しても」
ギルマスさんは咳払いをすると椅子に座り、覇気を出した。
「おわぁ……」
「す、すごい……」
ユラとミレイがギルマスの覇気に少し怖気付いてしまったが、私とエルガ君とエレナちゃんは何ともなかった。
「流石だな。けど殺気がないぜ」
「はぁ……まぁそりゃ殺す気はねーからな」
そう。殺気を感じなかった。まぁこの状況でいきなり殺される! ってなってもおかしいから当然なんだけども。
「えっと、改めて自己紹介をしよう。俺の名はヴァルス・ガルファーだ。ギルドマスターをやらせてもらっている。ヴァルスと呼んでもギルマスと呼んでもらっても、どちらでも構わない」
あ、やっぱヴァルスさんだったんだ。
「パーティ・桜乱、リーダーのユラ、ミレイ、くるみ、そして新入りのエルガ、エレナ。あとメウ?だな。今回話がしたいのはエルガとエレナの強さについてだ」
「俺たちの強さ……?」
「あぁ。少し前のランク選別試験、崖から落ちたという事故、その他の実績について確認させてもらった。それらを踏まえて、お前たちは強い、と俺は判断した」
「ふむ」
「そこでだ。お前たちをSランク試験に推薦したいと思う」
「Sランク試験……?」
「推薦……?」
当の2人はポカーンとしていたが、ユラとミレイは興奮していた。
「Sランクですって……!?」
「すごいじゃん……! あの2人すごいよ!」
Sランクってそんなにすごいんだ。
私はまだ凄さの実感がわかない。
「どうだ?」
「どうだって言われてもだな……。エレナはどう思う?」
「Sランクになることで私たちにとってどういう利益があるか、によるわね」
「……だそうだ。ヴァルス?」
「そうだな……お前たちが冒険者になった理由を聞こうか」
「えぇっと……」
「妹を探すため」
「妹を探すため……か。なるほどな。確かにギルドなら情報があるかもしれないし、資格を取るだけで見れる匿秘の情報もある。ならば、Sランクになった方が妹をさがしやすいと思う、と答えよう」
「と言うと?」
「Sランク冒険者しか見れない情報もギルドが持っている。またSランク冒険者はギルドメンバーが持つ権限を使用して政治に働きかけることも出来る。まずSランクの時点で国家からも重宝される存在となるだろう。そうなれば情報網も広がると思うぞ」
「まぁ一理あるわね」
「……乗り気じゃないな?」
「えぇ。だって、あなたと戦わなければならないんでしょう? それに相応する程の情報が得られるかどうかはまだ不確かじゃない。それに私たちが強くてもあなたに負けてしまえばこちらが被害を受けることになる」
「試験の話か……そのことについてだが……正直に言おう。俺はお前たちに勝てる気がしない」
わぁ……堂々と負ける宣言したよ、ヴァルスさん……。
エルガ君はもう話についていけてないし、バトルモードのエレナちゃんとギルマスとしてのヴァルスさんの駆け引きみたいになってる……。
「……駆け引きは無駄よ。何が目的か教えて」
「そうだな……俺も駆け引きは苦手だからその申し出は助かる。……簡単に言おう。ギルドはSランク冒険者が欲しい」
「その理由は?」
「簡単だ。戦力不足だよ」
「冒険者はギルドの戦力にはならないんじゃないの?」
「今お前たちを召集したように召集状を出せば無理やり呼ぶことは出来る。戦力になるかは別だがな。だがそれをしたとしても今、ギルドは圧倒的な戦力不足なんだ……」
「……」
ヴァルスさんも苦労してるんだなぁ……。そしてエレナちゃんはヴァルスさんの話を聞いて考え込んだ。
「ギルドが戦力不足……我が国にとってもそれは無視できないわね。ところでどのくらい不足しているの?」
「西の諸国にも敵わない程だ」
「もしギルドが襲われてやられてしまえば国にも損失が出る……」
いつの間にか国単位の話になってる。
なんで?
エレナちゃん、あなた何者?
「国の方に戦力提供を呼びかけておく。代わりに条約の更新交渉をお願いできるかしら?」
「いいだろう」
「……わかった。Sランクになってあげる」
「おぉ! ほんとか!?」
「えぇ。お兄ちゃんもいいでしょ?」
「え? あ、あぁ。構わないぜ」
エルガ君聞いてなかったでしょ……。
まぁ聞いた感じによれば、国とギルドの交渉をする権利の代わりに戦力を提供してあげる……って感じかな?
んーわからん!
「Sランクになるにはあなたを倒す必要がある……」
「Sランク試験の時は容赦しねーぜ」
「それは当然でしょう」
……ってかエレナちゃん、バトルモードだとめちゃくちゃ話すんだね……普段からバトルモードでいいのでは……?
とまぁ、そんなこんながあったギルマス、ヴァルスさんの召集だった。