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絶望の果ての花  作者: 満月 れな
8/16

007話

崖に落ちて、3日経った。

この3日間、私は必死になって、上に登る方法を考えていたのだが、全く思い浮かばなかった。


「……何か思い付きそうですか?」

「いいえ全く。どうしましょう……」

「困りましたね……」


エレナが軽く跳び跳ねながら、そう呟いた。


「……もう怪我は平気そうね」

「あ、はい。脚と腕は治りましたし、肋骨の方も、まだ完治ではないですけど……」

「いや、完治してないなら動かない方が──」

「跳ぶだけじゃユラさんが上がれないし……」

「──って聞いちゃいない……」


やはり、見た目どおりの子供なのだろうか?

自由なところは子供みたいだ。

また、完治していないのに動くのも、子供っぽく感じる。


「──ユラさん、飲み水ってまだありますか?」

「えっと……あるけど、かなり少ないわね」

「そうですか……」


エレナが周りを見渡しながら考える仕草を見せた。


「……うわ、骸骨ある」

「ちょっ、怖いもの見つけないでよ!」

「ご、ごめんなさい……! たまたま目に入って……」

「もう……骸骨だなんて、怖いわね」

「かつてに、誰かがここで死んだと言うことでしょうか……?」

「……私達も、登れなかったらこうなるのよね……?」

「……ですね」

「え、そんなの嫌よ!?」

「……登る方法考えないと……」


エレナって、一体どういうキャラなの……?

真面目なのかそうじゃないのか……よく分からない子ね。


「……ユラさん」

「ん? 何?」

「……くるみさんのこと、どう思ってるんですか……?」

「くるみのこと? そ、そうねぇ……」


いきなり不思議なことを聞いてきて、少し驚いた。

また、エレナの目はかなり真面目なもので、動揺もしてしまう。

くるみのことをどう思っているか……。特に隠すようなものでもないので、私は正直に話す。


「……私にとって、あの子は家族みたいなものよ」

「家族……?」

「えぇ。あの子と出逢ったのは5年くらい前だったかしら……まだ幼くてね。5歳児ぐらいの身長だったの」

「えっ……5年で、5歳児の身長からあの大きさまで……?」

「そうね。でも、人間じゃないし、普通かなって思ってスルーしてたわね……」

「するぅ……とは?」

「あ、えっと、無視するって意味よ」

「なるほど……異世界の言葉ですか?」

「そうよ」

「そんな言葉があるんですね……するぅ、覚えておきます!」

「え、えぇ」


くるみの話から脱線して、スルーについての話になってるけど……。やっぱり真面目なのかそうでないのかが分からないわ……。


「えっと、話を戻すけど……」

「あ、くるみさんの話でしたよね……脱線してましたね」

「え、えぇ。……で、あの子の事だけど」

「はい……」

「初めて会った時は、今のアンタみたいに怯えて、話してくれなかったのよ」

「うんうん……」

「だけど、諦めなかったわ」

「と言うと……?」

「諦めずに、あの子に喋りかけ続けたの。そしたら、心を開いてくれるようになってね」

「おぉ……」

「初めて甘えてきたときは嬉しかったわ。私の名前を呼んで、抱きついてきて……すごく可愛かったわね」

「絶対可愛いと思います……」

「えぇ。そのときのあの子の笑顔を見て、諦めなくて良かったって思ったもの」

「……そんなことがあったんですね……」

「えぇ。それからはあの子も素直になって、私達と普通にしゃべってくれるようになって……なんか、愛着が沸いてた。親みたいな気分になってたのよねぇ」

「……それで、家族のように?」

「そうね。……どうしてこんなことを?」

「あ、いえ……特に理由は……」

「そう……」


エレナは苦笑いをして誤魔化してきた。

しかし……普通に相づちをうったりなど、会話ができてるようで、少しだけくるみに感心した。

初めてエレナに会った時は、絶対、喋らすことはできないと思っていたけど……くるみの努力が垣間見えた瞬間だった。


「……じゃあ、アンタはどうなの?」

「えっ?」

「エレナは、くるみのことをどう思ってるの?」

「えっ!? えぇっと……」


同じ質問をすると、エレナは何故か驚いたような顔をした。

自分が聞かれるとは思っていなかったのかしら? まぁ、私にはそんなの関係ないけど。


「──アンタ、特にくるみには心を開いてるみたいだけど」

「そ、そうですね……」


エレナは覚悟を決めたかのような顔で、私を見た。


「……これはまだ、誰にも話したことがないのですが……」


そう言いながら、エレナは私のとなりに座った。


「……私が人嫌いなのは大体分かってますよね……?」

「えっ、あれって人見知りじゃなくて、人嫌いだったの?」

「はい……」

「そうだったの……」

「……私、ずっと昔はいじめられっ子だったんです」

「えっ……」

「そのときに、人間不信になりました」

「……人が嫌いなのは、それが理由なの?」

「……確かに、あの事も人嫌いの理由ではありますが……もう1つ、理由があるんです」

「その理由って……?」

「……この事は、お兄ちゃん達も知らない話です」

「えっ、エルガも知らないの?」

「はい……親も知らないと思います。これを話すのはあなたが初めてです」

「そ、そうなの……」

「……私達が、普通の人間でないのはもうお察しですよね?」

「えぇ。100年以上生きてて、人間とは思えないもの」

「そうですね……私達は、妖魔人(デモンノイド)と言う種族なんです」

「デモンノイド……?」

「はい。……私達は、魔物の血を持つ人間なんです」

「魔物の血を……だから長命なの?」

「えぇ。普通の人間とは違い、長命で、魔力の最大保有量もかなり違います。……私達が強いのは、それが理由です」

「なるほど……それと、人嫌いなのにはどんな関係があるの?」

「……私達が長命であること、です」

「……? どう言うこと?」


ちょっとした会話のなかで、色々な事情が分かったが、深掘りする余裕がなく、浅はかにしか把握できない。しかし、エレナは真剣だろうし、話を遮るわけにはいかなかった。

だが、エレナは、話をしていくなかで、目から光が消えていった。

顔を伏せ、感情をみさせないかのようで……話すことさえ苦しそうだった。


「──エレナ、無理しなくて話さなくてもいいのよ?」

「……いいえ、私が話すと決めたんですから……それに、無理しているわけでもありませんよ」

「そう……? 私には苦しそうに見えるけど」

「ッ……見抜いてるんですね……」

「えぇ、まぁね。……まぁ、アンタが話すって言うなら、私は聞くわよ」

「では、改めて……」

「えぇ」

「……ずっと昔、いじめられる前の事でした。私には、1人の友達がいました」

「うん……」

「私はその時期、よく図書館に通ってました。そこで知り合った人間と女の子と、友達になったんです」

「うんうん……」

「その子とは意気投合して、仲良くなれました。あの子に誘われて、町の外に行ったりもして……一緒にいて、楽しかった」

「……」

「……だけど、その子は病を患い……そのまま病気から回復できずに、衰弱して死んだんです」

「えっ……!?」

「私達は、魔物の体質なので、病気などは気合いで治せちゃうんですが……」

「気合いで……」

「人間は生命力そのものが弱いので、そう言うわけにも行かず……」

「そりゃそうよ……」

「……もともと人間がすぐに死んでしまうことは分かっていましたが……初めて──いや、改めて、人間の命の脆さを、思い知りました」

「……」

「いかに人間が脆弱で、儚い存在なのか……そのときに、ふと思ったことがあって……」

「……何を?」

「……人間は、すぐに死ぬ。だけど、私は、これからもきっと長く生きる。……人と関われば、その数だけ死に関わらなければならないんじゃないか、って……」

「ッ……!」

「例えどんな人と関わろうと、その人が自分より先に死ぬのは分かってる。……ならば、見据えた悲しみと後悔よりも、果てない孤独を選ぶ方が、自分のためなんじゃないかって……思ったんです」

「ッ……」


正直、聞いていて恐ろしかった。

人間には思い付きすらしないと思われる考えだった。

だが……エレナがこんな思いを持っているとは思わなかった。

そもそも、いじめられていたり、大切な人を喪ったり、色々と辛い過去があったのに、今はこうして、自分を守るための選択をして、生き続けている。

そのことがすごいと、私は思った。


「……すごいわね、アンタ」

「えっ……?」

「だって、いろんな過去があったんでしょ? そのなかで、暗い未来に気付いて……私なら、耐えられなくて自殺してたと思う」

「ッ……」

「だけど、アンタは自分を守るための選択をして、今も生きている。すごいと思うわ」

「ユラさん……」

「……どうして、話してくれたの?」

「……それは……」


エレナは、私から目をそらし、俯いたが、再び私の目を見て口を開いた。


「……ここからは、くるみさんにも話したんですが……私、変わりたいんです」

「変わる……?」

「はい……」


ふぅ、とエレナは息を吐いて、上を見上げた。


「……今までは、逃げてばかりだった。お兄ちゃんや妹、親に、色々迷惑をかけてきて……そんな自分が、嫌だったんです」

「……」

「……ずっと変わりたいって思ってた。なのに変われなくて、苦しくて……そんな時に、くるみさんの話を聞いて、希望を感じたんです」

「希望……?」

「はい。……ユラさん達なら、私を助けてくれるんじゃないか……って」

「私達が……」

「……自分自身の力で変われないのは情けないけど……それでも、変われるならって思って……」

「……それで私を信用して、話してくれたのね?」

「……はい」


話しきったエレナの目は、澄んでいた。暗い谷の底でも、その瞳は輝いていた。

私は、話してくれたことを嬉しく思った。


「……情けないとは、思わないわよ?」

「えっ……?」

「人を頼ってるわけだし、むしろ人と関われるんだから、私は良いと思うわよ?」

「……言われてみれば……」

「まぁ、人って何でも自力で出来る訳じゃないもの。たまには頼ったって良いのよ」

「……」

「それに、きっとアンタなら変われるわよ」

「えっ……?」

「アンタにはちゃんと覚悟がある。今までも頑張ってきてるんだし、きっと変われるわ」

「ユラさん……」


エレナは少しだけ目を見開いて私を見つめた。

その時だった。


「ッ──! ユラさん!!」


名前を叫ばれた。それは分かったが、反応出来なかった。

目の前が真っ暗になり、体から力が抜ける。

一体、何が……?


「ユラさん……! しっかりして……!!」


エレナの必死な声が聞こえる。

安心させるために返事をしようとするが、声が出ない。

そもそも、体が動かせない。

視界も真っ暗で、何も見えない。

そんな中で、意識が遠退いていくのが何となく分かった。

ボーッとする。

エレナの声が聞こえる気もするが、はっきりとは聞き取れない。

こんなところで、寝ていられないわよね……。

さすがに不味いとは思うものの、体が動かせないので何も出来ず、かえって冷静になってしまう。

エレナに、体を委ねるしかない……。

私は、消えそうな意識を繋ぐために、自分自身に集中した。



       ○



「ユラさん……! しっかりして……!!」


ユラさんが急に倒れてしまい、私は焦ってしまった。

ふと上を見上げると、青い霧がかかっていた。

毒霧だった。

私自身は毒に耐性があるため効かなかったが、何も知らないであろうユラさんは、何の警戒をすることもなく霧を吸い込んでしまったのだろう。

簡単に解析したところ、毒の効果は麻痺のようだった。

ユラさんは恐らく、脳を含めた全身が麻痺し、倒れてしまったのだと思われる。

このまま吸い込み続ければ、麻痺が後遺症として残る可能性がある。早く上がらなければ危険であった。


「……上がれるかな……」


上がる方法はあるが、少し危険だった。

私には、空を飛ぶ能力がある。それを使えば簡単に上がれるが……1つ不安なことがあった。

私の、魔力の限界だった。

今体内にある魔力だけで空を飛び、この崖を上がり切れるのか……それが不安で、自信がなかった。

もし途中で魔力切れを起こしてしまったら……

私たちはまた底に落ちてしまう。

そうなれば、次こそ命がない。

……それでも、ユラさんを助けなければならない。

私の不注意でこんなことになったんだし、責任はとらなきゃ……。

私はそう思って拳を強く握り、覚悟を決めた。

ユラさんをおんぶし、大きく息を吸う。

ひとつ大きく息を吐き、空を見上げて地を蹴った。

体は、重力に反して浮き上がる。

意識がなくなる前に、と、私は焦りながら地上を目指した。

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