幕間・1
豪華な部屋。その部屋で、男は嗤う。
赤みがかった黒髪は少し長めに伸ばしている。上には服を着ておらず、半裸状態ではあったが、少し古びたように見える布をマントのように身に付け、身体を隠していた。
男は、何よりも特徴的な紅色の瞳を輝かせて、水晶玉を見つめていた。
そして、再び嗤う。
「フッ……あの女め、また動き出したか……」
水晶玉に映るのは、5人の人物だった。
しかし、巫女服の2人や女狐には余り興味なかった。
男子のことも少し気になったが、1番興味を持ったのは、赤髪の少女だった。
「アイツ……相変わらず演技が上手いやつだ。人間など、恐れておらぬだろうに」
思わず、思ったことを口に出す。すると──
「なんか、良いもんでも見てはんの?」
男しか居ないはずの部屋に、女の子の声が響いた。
「何だ、いたのか?」
男は扉の方を見た。
すると、扉の奥から少女が出てきた。
金髪のショートヘアーに黄金色の犬耳らしきものが生えている。そして、背中には3本の大きな尻尾が見えた。
少女は──妖狐だった。
「どうせ気付いとったんやろ? で、何見とるんや?」
男の覇気に臆することなく喋りかける少女。
それは、少女が男の直属の眷属だから許されることなのだ。
少女の名は輝雷。ただの妖狐ではなかった。
「弟の娘が再び動き出したのだよ」
「へぇ……って事は、ヌシの姪っ子っちゅーことか?」
「そうだな。お前には兄弟とかいないのか?」
「せやね……姉貴がおったわ。昔に死んだけどな」
「そうか。すまないことを聞いたな」
特徴的な喋り方をするキラ。
──キラは異世界生まれだった。
あるとき、突然この世界に召喚された。そして、召喚主に捨てられたところを今の主であるこの男に拾われたのだ。
「構わへんよ。それより、その女、なんか気になんねんな……」
キラは女狐の姿を見てそう言う。
「この狐か?」
「せや。ウチとおんなじ、妖狐やろ? 奴さん、異世界生まれとちゃうんかいな?」
「さぁな。水晶玉からじゃ分からん。だが、この巫女服の2人は異世界人らしいぞ」
「へぇ……巫女ちゃんか。懐かしいなぁ……」
キラは過去を懐かしむように目を閉じていた。
「そうか。確か、この狐はくるみ、と呼ばれていたな」
「くるみ……明らかにこの世界の人の名前ちゃうよな?」
「巫女服の2人が名付けたそうだ。記憶が無いと言っていたな」
「ほぉん……記憶喪失か。まぁ、世界渡っとるんやったらあり得るな。どないなん?」
「今は分からん。だからこれからも監視するつもりさ。あの女がいるからな……」
男は再び水晶玉を見つめる。
「その、ヌシが言うとる女って、この赤髪の小娘かいな?」
「あぁ、そうだ」
「ほな、こいつがヌシの姪っ子ちゃんってことか?」
「そうだ」
「でも、何でそんなにこいつのことが気になんの?」
キラは水晶玉をつつきながら、そう質問した。
「フッ……あの女はこの世界にいてはいけないのだよ。だから我が消してやろうと思ってね」
「消すんか……ってか、なんでおったらあかんのよ?」
「あの女は……いや、お前は知らなくて良い」
「え、何よ、教えてぇな~!」
キラは口をとがらせてそう言った。しかし、男は教えようとしなかった。
「そのうち教えるさ。それまでにAランクぐらいになってくれないか?」
「……分かった。どうせ教えてくれんのやろ? それに、今はCランクやし、Aやったら余裕でいける。任せといて!」
「あぁ、頼むぞ」
キラは張り切って部屋から出て行く。
再び1人になった男はまた嗤う。
「なぁ、お前は何故生きる? お前は必要とされていないのだ。おとなしく眠れば良いのにな」
男は静かにそう呟き、赤髪の少女を見つめたのだった。
○
石壁で出来た部屋の中で、少女は静かに、机に向かって座っていた。
髪の毛は少し暗い赤色に輝いており、肩より上で切り揃えている。身長はまだ小さく、10歳くらいの子供に見えるが、そんな幼い見た目には関わらず、黄金の瞳は何の感情も宿していなかった。
「──お姉ちゃん」
静かな空気を破るように、部屋に、嬉しそうな明るい声が響いた。
声がした方を見ると、別の、赤髪の少女が立っていた。その子は、いつも少女が見ている姿とは違っていた。
長く伸びた髪の毛は、ツインテールで纏めており、服装も、黒いドレスの服に変わっていた。
「エレナ……? いつもと服が違うね」
ツインテールの少女──エレナは、我を取り戻した少女の側に行き、笑顔を見せた。
「エヘヘッ! ユラさんに作ってもらったの! 似合ってるかな……?」
「似合ってるよ。ところで、ユラって……?」
「あ、えっとね、昨日出会った人達の1人。他にも、くるみさんとミレイさんもいるよ」
「へぇ……」
少女はエレナのことを、エレナが生まれたときから知っていた。それ故に、今、少女の目に映るエレナの様子はとても信じられないものだった。
「──怖くないの?」
「……怖くないって言えば嘘になるけど──」
エレナは、強い覚悟を秘めた瞳で、少女を見つめた。
「信じてみようって、思ったの。3人のこと、信じてみようって」
そう言って笑顔になるエレナ。そのときに、少女は全てを悟った。
(──遂にあなたも、希望を得たのね……)
恐らく、エレナの言う3人は、エレナにとって重要な存在になる。エレナの、希望たる存在に──
「……そう、良かったね、エレナ」
「うん! 今はまだ、怖くて喋ったりは出来ないけど、それでもいつかは……」
「……そうだね。いつかはきっと出来るようになるよ」
「──うん!」
少女は暗い表情を何とか隠して、エレナの話を聞いた。
(……ユラ、くるみ、ミレイ、ね……果たして、本当にアナタ達は“希望”になれるかしら──)
少女は知っている。エレナの秘密を。
──この世界の絶望を。
それ故に、エレナの希望を、軽視することは出来なかった。