006話
エレナちゃん達が仲間となってから、1週間が経った。
2人も、仕事に慣れてきたようで、探索や戦闘で役立ってくれた。
今も、エルガ君とユラが、角魔熊を討伐しようとしていた。
「──エルガ! 狙われてるわよ!」
「よし、ならばこのまま囮になる! 隙を突いて攻撃してくれ!」
「分かったわ!」
──などと、戦闘中に作戦会議をするくらい余裕で。
「あの2人、結構余裕そうだよね」
「うん……もう、あの2人だけで冒険できるんじゃないかな?」
「それは言えてるね──って、そうなると、アタシたち要らないじゃん!」
「確かに……」
ミレイがちょっと寂しそうに突っ込んだ。でも、ミレイの言う通りなんだよね。ほとんどあの2人が倒して見つけて……私達がやってることと言ったら、お喋りくらいだ。最早邪魔ですらないかな……?
「……エレナちゃん、退屈じゃない?」
「い、いえ……別に──」
「あ、倒した」
ミレイの呟きで私達は、ユラ達の方を振り向く。すると、その呟き通り、ホーンベアーは硬直して倒れていた。
恐らく、ユラの雷撃で感電したのだろう。
「やっと倒れたわね……」
「あぁ……。巨体のくせに動きが速かったからな」
「全然苦戦してるようには見えなかったけど……?」
2人のセリフに、ミレイが苦笑いで言った。
「……ねぇ、お兄ちゃん──」
3人の会話を静かに聞いていたエレナちゃんが、そう言っていきなり動き出した。
そして、エルガ君に近付き、耳元でコソコソと何かを言い始める。
「あんまり他の女の人といたらあの子が怒るよ?」
「うっ……そ、それは分かってるけどさぁ……今はアイツいないし、大丈夫かなぁ? って……」
「でも、あの子、勘が鋭いから」
「そ、そうだな……気を付けねーとな……」
「ちょっと2人とも、何をこそこそと話してるのよ?」
隠し事が嫌いなユラ。ちょっとキレ気味に2人に言った。
私にはちゃんと、会話が聞こえてるけど、2人には聞こえてないからね。耳が良いのって、こう言う時にも役に立つから良いよね。
「何か悪巧みでもしてるの?」
「あ、あぁいや、何でもねぇさ」
「こちらの話ですので……」
「まぁまぁ、討伐も終わったし、ギルドに戻ろうよ」
「そうだよ。ここにいても何にもないし、むしろ魔物に出会しそうだもん」
「……そうね。早くギルドに戻りましょう」
まぁ、そんな感じでエレナちゃん達との冒険は始まったのだ。
○
──冒険者組合・待合兼受付室。
ユラが、任務達成の手続きをしている間、私達は、みんなでお喋りをしていた。
「──エルガ君って凄いよね。見た目は子どもなのに、賢いし強いし」
「確かに。強さの格って言うか? そんなのから違うよね!」
「えぇっと……褒められてるのかな? これ……」
「強いのって羨ましいなぁ……どうやったら強くなれるの?」
「いやぁ……そんなの分からねぇよ……」
「えぇ~! 何でさー!?」
「強い自覚無かったとか?」
「いや、意識してないって言うか……その……」
ミレイの勢いに戸惑うエルガ君。まぁ、ミレイって、勢いだけは誰にも負けないからね。
「……エレナちゃん、退屈じゃない?」
「い、いえ! 全然……!」
「そう……? 遠慮しなくて良いんだよ?」
「いえいえ……私のことは気にしなくても平気です……!」
端っこでボーッとしてたエレナちゃんに声をかけてみるけど、相変わらず、人もお喋りも苦手な様子だった。
「……やっぱり、まだ怖い?」
「そ、そうですね……でも、くるみさん達なら、そこまで……かな……」
「ホント!? 良かった~!」
エレナちゃんのセリフを聞いて、もの凄く安心した。少しずつでも、進歩してるみたいでよかった。
と、そのとき、ユラが戻ってきた。
「──もう、新しいの引き受けてるから、いつでも行けるわよ」
「よぉし! じゃあ早速行こうよ!」
「そうだな!」
「……ですね」
みんなが立ち上がり、出発の準備を始めた。
エレナちゃんも仕事には乗り気みたいだし、ひとまず安心ってところかな。
「じゃあ、行くわよ!」
「「「おー!」」」
ユラの掛け声で、私達はギルドを出た。
○
「──ねぇ、おかしくない?」
「何がよ?」
「いや、どう考えても変でしょ! この道の細さ!」
ミレイがそんな風に叫んだ。
でも、すごく共感できる。
だって、今私達が通っているのは、幅1メートルもない、ものすごく狭い道だもん。左側は石の壁、右側は底が見えない崖。
少しでも踏み外せば絶体絶命の、危険な道だった。
「……ったく、何よ。文句?」
「文句だよ! この道の先に住んでる人は、町に行く度にこの危険な道を通ってるわけ?」
「それ、私じゃなくて本人に言ってちょうだい」
ユラがあきれたようにそう言った。
「……けど、ミレイが言うことも分かるぜ……」
「うん……」
1番後ろで話を聞いていたエルが君がそんな風に呟いた。
先頭を歩くユラに、必死についていこうと頑張っているエレナちゃんも、しっかり頷いていた。
と、そのとき、私の額に、何か冷たいものが当たった。
「えっ、何……?」
「ん? どうかしたの?」
「なんか冷たいのが……」
私がそう言うと、みんな上を向いた。
「……雨だ」
「こんなところで雨なんて降ってきたら、滑って落ちちゃうわ。急いで休憩できる場所を探しましょ」
「そうだね」
みんな、ユラの台詞に頷き、歩き始めた。
そして、暫く歩いたのだが……なかなか休憩できるような場所は見つからず、その上雨足が強まってきて、かなり寒くなってきた。
「不味いわね……」
「どこかに無いの? 休憩できるとこ……」
「寒くなってきたよ……」
それぞれ文句を言う私達。
と、そのとき。
「キャアッ──!?」
「危ない!」
なんと、雨のせいで地面がぬかるんでいたのか、エレナちゃんが落ちそうになってしまった。
しかし、ユラが瞬間的に反応し、何とかエレナちゃんの手を掴んでいた。
「ユラさん……」
「しっかり掴んでなさいよ……!」
ユラが、何とかしてエレナちゃんを引き上げようとするが、前屈みの状態で腕を掴んだため、そう簡単に引き上げられる体勢ではなかった。
「ユラ! アタシも──」
「ダメよ! 近付いたら、アンタも滑るわ──!」
「でも……」
私達は近付くことも出来ず、エレナちゃんだけでなく、ユラまで落ちそうになっていた。
「ッ……ユラさん、手を放して下さい……! 私は大丈夫ですから……!」
「フンッ、そんなことするわけ無いじゃない! 絶対に、助けてみせるわ……!」
「……」
エレナちゃんはその言葉を聞いてか、涙目になってしまった。
「ど、ど、どうすれば良いの!?」
「迂闊に近付けば地面が崩れるかもしれないし……」
「でも、立ち尽くしているわけにも行かないだろ……!」
そんな風に私達が後ろで言い合っていたその時。
地面にひびが入っていくのが見えた。
「ユラ! 地面が崩れるよ!」
「何ですって……!? 不味い……」
ユラがそう言って、エレナちゃんを引き上げようと力んだ瞬間。
「危ないっ!」
「いやぁッ──!」
「キャアァッ──」
「ユラ!」
「エレナちゃん!」
地面がボロボロになり、2人は為す術無く、暗闇の中へ落ちていってしまった。
私達はどうしようもなく、暫くの間は立ち尽くしていた。
○
「うぅっ……」
真っ暗闇の中で、体中の痛みを感じながら、私は目を覚ました。
隣には、苦しそうに腹を抱えたまま気絶してしまった、エレナの姿もある。そんなエレナの姿を見て、私の意識は覚醒した。
「そう言えば私達、落ちたのよね……」
なぜか声に出してそう呟き、空を見上げてみる。しかし、めちゃくちゃ遠くに、細い光が見えるのみ。それ以外は真っ暗すぎて、見えない。私達が落ちた崖は、かなり深かった。
しかし、これほどまでに深い穴に落ちて、なぜ自分がほぼ無傷なのかが気になった。
「んん……」
「ッ! エレナ……!」
「……うぅ……」
私が無傷である理由と、生還方法を考えていると、エレナがうなり声を出しながら目を覚ました。
「ッ……」
「エレナ、大丈夫?」
「ん……ユラさん……」
エレナが私のことに気付き、体を起こそうとしていたが、体が痛いのか、起き上がれないようだった。
「無理して起き上がらない方が良いわ」
「すみません……」
エレナは目線だけ動かして、上を見た。
「かなりの高さですね……」
「えぇ。でも私、無傷なのよね……」
「ッ……良かった……」
「えっ?」
エレナのセリフに疑問を感じ、詳しく聞くと、驚くべき事実が分かった。
どうも、私は落ちた瞬間に気を失ったらしい。それに気付いたエレナは、このままだと死ぬと確信したらしく、私をかばおうと考えたのだとか。
「それで焦って、咄嗟に下にまわって……」
「なんて事してんのよ……! アンタ、下手したら死んでたわよ……!?」
「えぇ……それは承知の上です……」
「えっ?」
「……私の不注意のせいで、ユラさんを巻き込んじゃって……せめて、ユラさんだけでも無事であればって思って……」
「……」
少し目を潤ませながら、そう言った。
かなり危険なことをされ、後ろめたい気持ちがあるものの、エレナの気持ちは嬉しかった。
「……ゴメンなさいね、助けてあげられなくって」
「ッ……いえ……私の不注意が原因なのです。ユラさんが謝る必要はありません……」
エレナは、必死に罪をかぶろうとしていた。しかし、大人としては、子どもに責任を押し付けるなんてみっともないと思ってしまう私。まぁ、エレナは私よりも年上なんだけど。
「……まぁ、誰が悪いかなんて、どうでも良いのよ。それよりも、どうやって上がろうかしらね……」
「そうですね……」
私達は、無言で上を見上げる。
さっきも感じた通りなのだが、やはり、この崖は深すぎる。ぱっと見た感じでは、3キロぐらいはありそう。崖の隙間は、まるで線のように見えるくらいだった。
「……この崖を上る前に、エレナの怪我を何とかしなきゃいけないわよね」
「すみません……」
私の小さな呟きにエレナが謝罪する。まぁ、今更なので気にしない。
「まず、どんな怪我をしているかよね。診させてもらって良い?」
「はい……」
私は遠慮無く、エレナの体を触らせて貰う。決して下心はないので安心して欲しい。
そして、信じたくはないが、エレナが如何に重傷なのかが判明した。
頭蓋骨損傷・ろっ骨を複数骨折・左腕、左脚骨折……他にも打撲や擦り傷など、私が確認しただけでも、かなりの損傷だった。
分かりやすい重傷だ。まず、ろっ骨が折れている時点で、普通の人はアウトだと思う。痛みでまともな精神など保っていられないだろう。エレナが至って冷静なのは何故か、私には分からない。
「……アンタ、良く生きてるわね。ってか、よく平常心保てるわね……」
「やはり、重傷ですか……ろっ骨が折れているなら、動かない方が良いですね……」
「そ、そうね……」
もう、これ以上心配するのは損な気がしてきたんだけど……。
「……結構、大丈夫な感じかしら……?」
「そう……ですね。意外と平気です……」
さらっと言わないで欲しいわよね、そう言うこと。
ホント、心配して損だわ。この子に心配は要らないのね、きっと。
そんな訳で、私は、上に上がる方法を考えることにした。
しかし……
「……この高さは、絶望的ね」
「……上がる方法ってあるのかな……?」
「多分無いわよ」
「あ、聞こえてました……?」
「ここにいるのは私達だけだから。声はよく響いてるわよ」
「それもそうでしたね……」
私達は再び沈黙する。
さっき言った通りだが、高すぎで、しかもエレナが重傷なのだ。
エレナが無事だったなら、ある程度無茶な方法でも登れたかもしれないが、さすがに骨折している人を危険に晒すわけには行かなかった。
かなり絶望的な状況だった。
「……暫くは、ここにいましょう」
「……はい」
「怪我は……どのくらいで直りそう?」
「そうですね……ここ、魔力の濃度は高いみたいなので……腕や脚は3日で治せると思います……」
「3日……」
魔力濃度が高いから、って言うのは良く分からないからスルーするけど、骨折を3日で治せるって、一体どういう体なのかしら?
まず、100年以上生きてるって時点で私達の常識から外れてる。
普通の人間なら、体が老いて、朽ちてるはずだ。
ところがエレナは、老いて弱ってるどころか、骨折を3日で治せるくらい健康だ。健康と言っていいのかは分からないけど……。
本人の表情を見ても、痛みで苦しい、と言うよりは、動けなくてだるい、って顔をしてる。
「……アンタ、危機感持ってる?」
「も、持ってますよ……!」
「そう……?」
危機感無さそうに感じる。
まぁ、これ以上考えたところで、疑問が尽きなくなるだけだろうし、エレナの怪我のことは放置しよう。
3日経てば治るって言ってるし。
「……3日で治るのね?」
「はい……多分……」
「じゃあ、3日間はここにいるわよ」
「はい……」
そんなわけで私達は、崖の下で3日間過ごすこととなった。