003話
──夜。
今日は満月だった。私は、エレナちゃんの様子を見ておくために、ギルドに残っていた。
エルガ君は、私達の家で休んでいる。
そして、私の隣では、エレナちゃんが星を見つめていた。私が、一緒に星を見よう、と誘ったのだ。
魔法の効果で、怪我はある程度治っているらしいので、怪我の方の心配は要らない。
「ねぇ、エレナちゃんって、友達とかいるの?」
エルガ君に話されたいじめの話から、エレナちゃんには友達はいなさそうに思えたが、決めつけは良くないと思い、尋ねてみた。しかしエレナちゃんは顔を、小さく横に振った。
「そっか……じゃあ、私と友達にならない?」
「──!?」
「あっ……」
思ったことをすぐに言う、悪い癖が出てしまった。
エレナちゃんも、驚きすぎて固まっている。
「ご、ごめん……変なこと言っちゃったね……」
嫌われたくないはので、謝っておいた。
しかし──
「なりたい……」
と言う、エレナちゃんの、めちゃくちゃ小さな呟きが聞こえたのだ。
これがもし、幻聴とかだったら私、落ち込んじゃうけど……
「……その、エレナちゃんは──」
「──昔は、いました……」
「えっ……?」
今のは確かに、喋ったよ! ちゃんと、口が動いてるのが見えたもん。
でも、昔はって……
「……お兄ちゃんから、聞きましたか……?」
「えぇっと、聞いたって……何を……?」
「……いじめの話……」
「ッ──」
そのとき、私の耳に、覚悟と後悔の音が聞こえた。
しかし、エルガ君とは違う、罪悪の念を表す音も聞こえてきた。
「──うん。聞いたよ」
「……そうですか」
エレナちゃんは俯いたまま。でも、その目には涙が溜まっていた。
「……変わりたいんです」
「変わりたい……?」
エレナちゃんはコクリと頷いた。そして、言葉を続けた。
「このままじゃダメだって……いつまでも逃げてちゃダメって……」
「……」
「だから……くるみさん達のこと、信じられるようになりたいんです……」
「エレナちゃん……」
人を信じることを恐れている、か……。
でも、人を信じられるようになるには、エルガ君から聞いたあの「トラウマ」を克服しなければならない。
エレナちゃんにとっては大きな傷だろうし、私達もしっかり支えてあげないとね。
「……大丈夫だよ!」
「えっ……?」
「きっとエレナちゃんなら、変われるよ!」
「くるみさん……」
エレナちゃんは希望を持った瞳で、でも、驚いた顔で私を見つめていた。
私は少し照れくさくて、ふと空を見上げた。空には、満天の星が輝いていた。
「……ほら、上見て。星が綺麗だよ」
私の声に、エレナちゃんも顔を上げた。
「──綺麗……」
真っ暗闇に瞬く星々。その輝きは温かい光で私達を照らしていた──
○
──そして、次の日。
エレナちゃんの怪我が完治! と言うことで家──拠点に帰っていた。
「エレナの部屋はここよ。エルガとは別だけど大丈夫?」
ユラの質問に、エレナちゃんはコクコクと頷いた。
「良かったわ。この部屋は好きに使ってもらって構わないわ」
エレナちゃんは再び頷く。やっぱり、喋らないか……。
昨日のこともあったし、ちょっと期待してたんだけどね。
(……ねぇ、くるみ?)
(な、何?)
急にミレイに念話で話し掛けられ、少し、驚いてしまう。
(いやぁ……エレナが、くるみのことずっと見てるからさ……昨日何かあったのかなぁ? って)
(えっ?)
ミレイに言われて気付いたが、確かに、エレナちゃんが私の方を見ていた。
しかし、私を見ているのはエレナちゃんだけじゃない。
ユラも私のことを見ていた。まぁ、ユラに関しては「見る」と言うより「睨む」だけどね。
そして、恐らくだが、ユラもこの会話を聞いている。
(いや……昨日、2人で喋ったんだよ。それで、仲良くしようねって──)
(ちょっと待て、2人で喋ったのか?)
うわ、びっくりしたぁ!
急にエルガ君が会話に入り込んできた。ってか、これ秘匿回線なんだけど……?
まぁいっか。どうせ話すつもりだったし。
(うん、そうだよ。昨日の夜、星を見ながら2人でね)
(マジで……?)
ミレイが、こっちを見ずに、顔をしかめていた。
(うん、マジで)
(スゲぇな、くるみ……)
(やるわね、アンタ)
(だって、2人が私に押しつけるんだもん! 別に変じゃ無いでしょ?)
(いやいや、アイツが喋ったって……アイツは人を恐れてるんだぞ? 特にくるみは──あっ、すまない……)
(あ、そう言えば……)
そう言われると、私、(多分)1番恐れられてるのに、何も考えてなかったな。
もう少しエレナちゃんの気持ちに配慮すべきだったかな。
(まぁ、良いんじゃない?)
(そうよ、エルガ。あの子のことはあの子が決めるんだから。あの子が信じるって決めたなら、それでいいんじゃないかしら?)
(……それもそうだな。ユラの言う通りだ)
「ねぇ……」
念話で会話していたら、エレナちゃんがちょっと不思議そうにエルガ君を見つめた。
まぁ、ずっと黙ったままだったからね。
「ど、どうしたのよ?」
「い、いえ……」
少し気まずい雰囲気になってしまったので、話題を変えてみる。
「……冒険者登録する?」
「アンタ、急ね」
「ホントに、急すぎだよ……」
怒られた。ってあれ? 似たようなことが前にもあった気が……
取り敢えず、思ったことを言って誤魔化しておく。
「──だ、だって、早く5人で冒険したいもん!」
「……へぇ」
何か思ったのだろうか? エルガ君がそう呟いた。
「え、何?」
「あ、いや。何でもない」
エルガ君はそう言って、そっぽ向いた。
「え、何……? 教えてよ……」
「いや……くるみって素直だなぁって」
あっ、教えてくれた。
「……確かにそうね。くるみって素直かも」
エルガ君の答えに、ユラが賛成した。
「え? でも──」
「そうだね! 確かにくるみって馬鹿が付くぐらい素直かも!」
「え、何それ!? 馬鹿が付くぐらいって……」
「いや、良いと思うぜ? 素直なことは」
私がちょっと悔しい顔をすると、エルガ君がフォローしてくれた。って言っても、エルガ君のセリフが始まりだけどね。
「人って、成長していったら、なかなか素直になれないからな。くるみのそう言うとこは好感持てるよ」
「あ、ありがとう……」
「まぁ、素直すぎて危なっかしいけどな」
「うっ……」
「まぁ、そうね。危ないけど、素直なのは良いことよ」
「うぐぐっ……」
2人とも、私が危ないって……
確かに危ないかもしれないけど……
「仕方ないじゃん……音で大体分かっちゃうもん。嘘かホントか、人の性格とかも全部」
「んー……でも、アタシだって、嘘吐くの苦手だよ? だから、気にしなくて良いんじゃない?」
「そう言う意味じゃないんだけど──」
「──まぁ、ミレイの言うとおりだろ。気にすることないんじゃないか?」
「うん……エルガ君がそう言うなら──」
と、そのとき。
「しゅーしゃまぁ……」
と、可愛らしい声が部屋に響いた。
「もう起きたか」
「……そうみたい」
そう言いながら、エレナちゃんは空間に歪みを作った。すると、その歪みから、猫……? みたいな、羽の生えた謎の生き物が出てきたのだ。
「そ、その子は……?」
「あ、えぇっと……」
「エレナの眷属のメウだよ。特殊個体さ」
ユラの質問にエルガ君が答えてくれた。って言うか──
「ユニーク?」
そう、それ。
「ユニークモンスター? って何?」
「あぁ、ユニークってのは──」
エルガ君曰く。
この世界の魔物はいろいろな種に分類されるらしく、特殊はその種の中の1つらしい。
特殊以外は、ほとんどの魔物が、古代種、中世種、近代種の3つに分類されるとのこと。
しかし、例外も居るらしく、伝説種と呼ばれる魔物もいるとか。
「レジェンドには、竜や魔王がばってきされているんだ」
今まで、ずっとこの世界で冒険してきたが、そんな話は聞いたことなかった。
そして2人は、夢でも見ているような顔をしていた。
「魔王……」
「竜……」
「アニメっぽいね」
「異世界なんだし何でもありなんじゃないの?」
「……2人とも?」
エルガ君が呆れたような顔で2人を呼び戻す。
「あぁ、ゴメンなさい。メウの話よね」
「あ、うん。理解してくれてるのなら良かったよ」
「ん~、だぁれー? この人たち……」
2人の意識が戻ってきたのを見計らってか、メウちゃん……? が喋った。
「えっとね……この人達が私達を助けてくれたの」
「そうなのー? メウ、優しい人好きー!」
可愛い……めちゃくちゃ素直で、子供みたい……。
「──メウって女の子なの?」
「多分、メス……だと思う」
あ、良かった。メウちゃんで合ってた。
「……種族は?」
「メウはねー、猫魔族なのー!」
「ネコデビル……?」
「メウは確か、能力獲得による進化でユニークになった……よな?」
「そうだよー!」
「やっぱり、この世界って不思議ね……」
「だね……」
恐らく、ユラとミレイは理解できてないと思う。私も理解できてないもん。
そんな2人を見て空気を読み、エルガ君が口を開いた。
「──さて、ギルドに行くか!」
「そうだね!」
「……でも……」
「大丈夫よ。私達がいるわ」
エレナちゃんが恐れているのはおそらく、ギルドにいる他人のこと。
しかし、自分で言ったからか、私達を信じるようだった。
「じゃあ、行こう!」
「あぁ、そうだな」
○
と言うことで私達はギルドにいた。
2人は、受付で登録手続きを行っていた。
「──それでは、こちらに記入をお願いします。分かる範囲だけで結構ですよ」
「はーい」
「2人とも、何ランクになるかしら?」
「う~ん……そうだね……Cランクとかじゃない?」
「意外と強かったり!」
「でも、やっぱ貴族の子ならそこまで強くないんじゃない?」
「──よし、書けた」
「……私も」
「では、確認させて──え!?」
受付のお姉さんが驚いていた。何かあったのかな?
「う、うる……キル……」
「大丈夫か……?」
「あぁ……えっと、どの部門にて識別試験を受けますか?」
「何があるんだ?」
「えっと、討伐、探索、採取の3つが主な部門です」
「どれにする……?」
「──じゃあ、俺は討伐にするぜ」
「え……? ま、まぁ、1番簡単なのは討伐部門ですが、名前の通り、魔物の討伐が試験ですので、1番危険ですよ……?」
「問題ないさ。お前はどうする?」
「……討伐……」
「えっ……な、何かあったときは自己責任となりますが……」
「大丈夫だ。さっそく試験を受けたいんだが……」
「わ、分かりました……」
なんか、お姉さんがショック受けてるみたいなんだけど……?
やっぱ、貴族ってことに驚いてるのかな?
「あの……」
「何だ?」
「あ、いえ……人違いだったらゴメンなさい……ウルキルアハートって──」
「あ、多分、思い浮かべてるやつで合ってるよ」
ウルキルアハート……? 2人の姓かな?
「や、やっぱり──!? 大丈夫なんですか……? 家の方とか……」
「あぁ、親が見聞を広めてこいって、送り出してくれたんですよ」
うわ、エルガ君、平気で嘘言ってる! まぁ多分、誰も違和感とか持たないと思うけど……
「なら良いんですが……まさか本物の貴族に会えるだなんて……私、ドレスとか憧れてたんですよ~! やっぱり、お嬢様って、フリフリなの着たりするんですか?」
お姉さんはキラキラした目でエレナちゃんを見つめていた。やっぱり、お嬢様とか憧れるよね~。
そしてエレナちゃんは、流石にしゃべりはしないが、頷いて、反応はした。
「へぇ! 良いなぁ……! 私もドレス着てみたい……」
「……お姉さんなら似合うと思う……」
「ホントですか!? 嬉しいです! ありがとう、エレナさん!」
凄い! 自分から喋りかけた!
これは進歩してるよ。この調子ならすぐに問題なく喋れるようになるんじゃないかな。
「あのぉ……」
「ご、ゴメンなさい! 試験ですよね! 会場にご案内しますね」
エルガ君……まぁ、男の子とかには分かんないのかもね。女の子って難しいもん……。
2人は、お姉さんに案内されて、試験会場に行った。私達もそれに付いて行き、見学する。
でも──2人とも、何ランクなんだろう……?
楽しみだなぁ……
ミレイ・立ち絵