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戦国時代 敗者の言い分  作者: 杉勝啓


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斎藤龍興

俺の名前は斉藤龍興。マムシと恐れられた斎藤道三の孫だ。

父が病死したため、14歳で斎藤家の家督を継いだ。

織田信長は祖父・道三に国譲り状を与えられ、舅の敵を討つという大義名分のもと、たびたび、美濃に押し寄せてきた。そのたび、押し戻していたのだが。こちらから戦いを仕掛けたことはない。

国譲り状、舅の敵、そんなことは俺の預かり知らぬことだ。第一祖父を殺したのは俺ではない。


俺に将器のなかったことは認めよう。だが、いかに俺が愚かだったとしても美濃の領民は平和に暮らしていたのだ。


凋落によって、俺を裏切っていった家臣たちが堂々と悪びれることなく生きているのには反吐が出る。それが、下剋上ということか。そして、稲葉山城の落城。


落城後も俺はもがいた。ときにキリスト教に救いを求めた。そして、討ち死にした。


俺の行く先はハライソか。それとも地獄の業火か。


私の考察


祖父や父に劣るという評価の低い彼だが、若くして美濃の国主になり10年国主としてあり続けた。それを思えば、愚かとはいえまい。ただ、人たらしとの名を待つ秀吉により、家臣が凋落を受け、離れていったのが、彼の悲劇だった。それでも稲葉山城が落ちたあとももがいて、生きた彼は、やはり、戦国に生きた武将だったと思う。

『IQを道端に捨てた戦国最強たちの迷走日記 〜黄金の雨、ときどき家出〜』にも登場するたっちゃん(斎藤龍興)浅井長政に越前にポイ捨てされます。よろしければこちらも読んでくだされ。

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