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今川義元
東海一の弓取りといわれたわしが、なぜ、凡将、愚将とのそしりを受けねばならぬのか。
すべては桶狭間だ。どうして、わしは負けたのだ。
大軍をようしたわしが寡勢の織田を侮って油断した?
そんなはずはない。定石どうり布陣も完璧だったはずだ。どうあってもわしが負けるはずはなかったのだ。だが、歴史は時として思わぬことをする。わしの死後の織田信長をみればあれだけ何度も窮地に追い込まれながら、しぶとく運に味方され生き延びている。だが、あやつも最後は明智とやらに叛かれた。
天は何ということをするのであろうか。
後世、わしを、よんだ歌人がおったがその歌人もまた、不遇であったようだ。わしに自分を重ねたのであろうか。
あと問へば昔のときのこえたてて松に答ふる風のかなしさ
香川景樹
私の考察
もし、桶狭間がおこらなければ、間違いなく天下をとったのは今川義元です。
お歯黒をして、公家かぶれと言われてますが、当時、身分のある武士がお歯黒をしていたのは当然のことでした。おあむ物語でとった首を身分のある者に見せるためにお歯黒をぬるのは女たちの仕事だったと残ってます。
また、織田信長の楽市楽座も今川義元が最初に始めたと言われています。




