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戦国時代 敗者の言い分  作者: 杉勝啓


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宇喜多秀家




我が父 宇喜多直家は権謀術数に生きた人であった。


その息子である私を太閤殿下は重用してくれ、猶子としてまでしてくれた。その恩に報いるためにも関ヶ原では大いに戦った。だが、どうしたことだ。まともに戦っているのは我らの軍と石田殿、大谷殿の軍だけではないか。秀頼様さえきてくれたなら、一気に情勢は逆転できたものを。後で聞いたことだが、淀の方様が許さなかったのだという。なぜだ。あの聡い方がどうして。そして、西軍に味方して当然のはずの太閤様子飼いの武将たちもあちらについた。私にはわからぬ。それよりも腹立たしいのは小早川秀秋の裏切りだ。誰も彼も機を見るのに敏という奴らばかりだ。


西軍がやぶれ、関ヶ原から抜け出したわしは落ち延びた。おちのびて果ては薩摩の島津まで落ち延びた。島津殿はわしの命を助けるため、嘆願してくれた。わしの妻の実家である前田殿の力もあったこのだろう。石田殿や小西殿が死罪になったことに比べれば流罪というやや軽い裁きであったかもしれん。まさか、終生八丈島で暮らすことになろうとは思いもよらなかった。


人はわしを敗者と呼ぶだろうか。いや。わしの一人勝ちだ。敵も味方もわしより早くに死におった。





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