17話 かみ2
➖保健室➖
部長さんを保健室に連れてきたけど、担当の先生が居なくて伊月が呼びに行ってくれている。先輩をベッドの上に座らせて伊月が戻ってくるまで話をしようと思ったんだよ。何を言ったらいいかが分からない。僕はベッドの近くにある椅子に座る。
「君は紫藤さんのことが好きなの?」
「好きですね」
僕が何を話せばいいかを悩んでいたら、察してくれたのか部長さんは話かけてくれた。緋華さんが好きかを聞かれただけだけども周りのことをよく見ている人なのではないかな。伊月は気付いてもそのまま無視したりすることがあるけど、部長さんはちゃんと話かけてきてくれた。
これであの部活に問題があるって本当なのか? 狗谷くんの話で出てくる部長さんは凄く優しい人で頼りになる先輩って感じがしていたけど何故? その辺は先に部長さんと伊月に聞けば分かることだろうしいっか。趣味とか聞いた方がいいかな。
「趣味は読書」
「よくわかりましたね。僕が聞こうと思っていたこと」
「さとり妖怪だから」
「・・・忘れてた」
「え?」
緋華さんから前もって色々教えてもらっていたのに忘れていた。こんな大事なことを忘れるとか僕はポンコツなのか? やってしまったのは仕方ないから一旦置いておくとして……結構しんどいみたいだね。心を読むってのは。凄いなぁって感想しか出てこなかった自分を殴ってやりたいくらいに、目の前の部長さんは辛そうな顔をしている。
「そんな顔をしているの?」
「いつも通りの顔をしていると思いますよ」
いつも通りの顔は僕は知らないけ、いつもと変わらないようにしているのは分かる。ずっと我慢している時の目をしている。なんで初めて会った時に気付かなかったんだよ僕は。緋華さんや伊月に頼んで色々と出来た筈なのに。
「なんで心配をしているの。気持ち悪いと思って……」
「・・・僕は間接的ではありますが実父に殺されそうになりました」
僕が経験してきたことを部長さんに話した。部長さんは最初は驚いた表情をしていたが段々と僕に同情するような目を向けてきた。話の中には緋華さんや伊月が全く知らないこともあったが気にせずに話した。部長さんは何かを言いかけるが、その言葉を飲み込んだ。おそらく僕に言葉をかけようとしたんだろう。話に聞いた通りの優しい先輩だ。
「面白かったですか?」
「面白くなんてない」
次はもっと面白いように話さなきゃいけないのか。途中でギャグでも挟んで場を和ませようかなと考えているところを部長さんに読まれたみたいで「あの二人が暴走しそうだけど」と言われたので今のはなかった事にしよう。
(その時は私も暴走するかも)
「何かいいました?」
「君は優しいって言った」
いかれていないのにひどい。それに別にいいとして、二人に暴走されるのだけはやめて欲しいから本気でなかった事にすべきだな。あの二人が暴走したら何をするかが分からないからなぁ。うん、想像するだけで怖いから二人に今日のことは言うのはやめておこう。
「気持ち悪くないの?」
「??? 部長さんは可愛いのでは」
「違うそうじゃない!!」
大きな声で否定されてしまった。気持ち悪いかで聞かれれば、全く気持ち悪くないし普通に可愛いとは思うけどなぁ。なんで気持ち悪いって思ったりするんだろ? 心を読まれるだけだし、部長さんはさとり妖怪として産まれただけだし何も悪いことはしていないよね?
部長さんのことは全く知らない訳だし過去のことを話してもらってないから分からない。心を読んで傷付けてしまったのなら謝ればいいし、相手がそれを許すかは別だけどね。接し方が分からないのであれば間に誰か入ってもらうとかすればいい。信用できる人に頼んですればいいのでは? 狗谷くんとかは信用できると思うし。
「君、心読まれているって分かっているの?」
「分かっていますよ。もう忘れたりしませんけど」
「その……ありがとう」
「伊月が変なこと言ったのが悪いので気にしないでください」
ジト目でこっちを見られたんだけど、なんで。僕って間違ったこと言ったのかな? 分からないから気にしなくていいや。伊月で思い出したけど遅くない? 一体どこで道草を食べているんだろう。立ち上がりドアの方へ向かい、そのまま開ける。伊月と先生が気まずそうにこっちを見た。
・・・いるなら入って来てくれないかな。
➖廊下➖
先生に部長さんを任せて僕と伊月は廊下で終わるのを待っていた。伊月いわく入れる雰囲気ではなかったから入らなかったそうなのでそのことに関して何も言わない。僕としては昔のことが聞かれていないだけよかったけど。
「部活の方は?」
「やるって。緋華さんと妖狐さんもいるよ」
「それならいいんだが」
荷物を部室に置いているので気になったのか。緋華さんはあの二人と仲良く出来るのが心配ではあるけど、妖狐さんがうまくやってくれると信じておこうかな。狗谷くんも気が利いたりする人ではあるだろうから問題はないか。
「入って来ても大丈夫よ」
ヴァル先生が僕らを呼びに来た。この学校で唯一のサキュバスである先生が何故教養教諭をしているかは知らないけど、ロクなことを考えていないらしい。緋華さんからの情報なので信用はあまり出来ないけど。
「先輩少しだけここで部活の問題について話しましょう」
「わかった」
「伊月、話すならまずは謝らないと」
伊月は僕の言葉を聞いて頷き、部長さんに今朝のことを話して二人で謝罪した。伊月の心の中をみた時に知ったそうなのですぐに許してくれた。伊月は他の方法で問題を解決できると思っているらしいが、僕の案で進めるとか言ってきた。
「ちょっと待って、僕は案を出してないけど」
「出していたじゃないか」
出しかけたんだよ、理事長に直接話しに行くってことを。二人に言いかけている途中に却下されてからは何も出さなくなったけど。どういう風の吹き回しなのかを帰りに問い詰めるとして、話をするって言っても何も話す内容がない訳だから意味がないじゃん。
「二人には悪いけど、解決策はある」
「先輩がやめるのが早いでしょうけど、それはダメです」
「どうし……なるほど」
「納得していただけたようで」
部長さんの能力で伊月の心を読んで二人だけで会話をしているとか、僕は仲間外れですか。まあ僕は役にたたないので仲間外れでも無視されても大丈夫ですから。どうぞ仲良くしながら作戦を立ててください。僕は二人のことを眺めておくので。
僕がここに居ても意味がないから帰ろうかな。話の内容なんて理解できないだろうし、ヴァル先生からの視線が痛いから逃げよう。先生に一礼だけしてそのまま保健室を出た。オカルト研究部に行こうかな。三人を待たせている訳だし。保健室から十歩ほど歩いたところで後ろから声をかけられた。
「雨歌くん居た」
何故ここに緋華さんがいるの? 探しに来たって考えるのが普通だろうけど、僕は緋華さんに探しに来なくても大丈夫ですからねと言っていたから来ない筈。緋華さんに化けているであろう人が僕の近くに寄ってくるので僕は距離を離す。
「私のことは嫌い?」
「緋華さんのことは好きですよ。緋華さんであればの話ですが」
「なぁんだバレたのか」
偽者の緋華さんは化けていた姿を変えることなく、僕に「手紙はどうしたの?」と言ってきた。この人は本当にヤバイと思って急いで逃げようとするも後ろから襟を掴まれて簡単に捕まってしまった。簡単に捕まり過ぎではないかな僕。どうしたもんかね。
本気で抵抗してもいいけど、何も出来ないことの方が多いわけだし抵抗しても意味がないと思ってしまっている自分がいる。抵抗しないでいると何をされるかが分からないからした方がいいのはいいんだよな。ここに近いのは保健室で伊月達がいるから中に入れば追ってこないだろう。
「逃げないでくれないか。君をこんなに愛しているのに」
「どこの誰かも知らない人に愛されても困りますのでやめてください」
「せっかく変えたってのに」
この人が一体何をしたのか? 僕はこの人の素顔を知らないし顔だって見たことがないのになんで僕にこう執着するんだよこの人は。しかも変えたと言ったけど僕は何も変えられていないし変わってないことは確かなんだよ。それにどこの誰かも知らない人に僕への愛を語られても困る。
大声を出して誰かを呼ぼう。流石にこの人をこのままにしていたら僕も周りも危ないから力がある人に捕まえてもらおう。大声を出すために息を大きく吸った瞬間、気が付いたことがある。手紙って言ったよなこの人。手紙っていつの間にか握ってあったモノで……拾った記憶がなかった。
それにこの人が来た時の足音って聞こえてなかった。まるでそこに居たような感じで声をかけられたよな? 本当にこの人は人かが分からないから怪我をしてでも逃げなきゃヤバイ。
「逃がすとでも?」
逃げす気はないだろうけど僕も簡単に捕まっておくわけがない。襟を掴んでいる腕を握り力を思いっきり込めるが全く意味をなさなかったようで引き寄せられて後ろから抱き着かれてしまった。引き寄せられたときに痛みで腕を放してしまった。
左手で僕の両手首を捕まえて右手ではシャツのボタンを器用に外していっていた。
左手だけなので簡単に抜け出せると思っていたけど想像以上に力が強く抜け出せない。抵抗している間にもう半分くらいのボタンを外し終わっていた。いや、速くない? もっとさ苦戦とかしくれた方がよかったんだけど。手際が良すぎる。もしかして……
「サキュバスの仲間か何かですか?」
「・・・なんでそうなるの」
「片手でボタンを外すのがうまかったので」
「・・・それだけで?」
僕が頷くと先ほどまでボタンを外していた手が止まった。固まっている今なら抜け出せはしないか。ちゃんと力はこもっている。どうしようかと悩んでいるとタバコの匂いが漂ってきた。ここは廊下なのでタバコは吸えない筈なのに何故?
「おい何故ここに化け物がいるんだ?」
僕と偽者の後ろからショケイくん先生声が聞こえたので振り返るとタバコを吸いながらこちらに近づいてきていた。ここは廊下で学校なので吸ってはダメですよとは今は言えない状況だった。ん? 今化け物って言ったよね。やっぱりこの人は怪物で本物の緋華さんではないのか。
ショケイくん先生は「禍神が何故ここにいる? 返答によっては狩るぞ」と言った。
禍神って確か邪神って言われていた筈だけども何故神様がここにいるのかが不思議だ。僕はこの神様に好かれるようなことは絶対にしてないのに愛されているなんて謎だなぁ。
「ここまでか。またね、私を見てくれた愛しい人」
「え? いっ!?」
「待て、てめぇ」
軽く服を脱がされて左肩を噛まれた。一瞬だったが肩から血が出てしまっているので流石にこれは傷が残りそうだ。ショケイくん先生は僕の下まで来ると怪我を見ながら「これはひどいな。大丈夫か? 死にはしないからな」と言って心配してくれた。
そのあと保健室に速攻で連れて行かれて手当をしてもらってみんなから心配された。伊月が連絡を入れて緋華さん達も駆けつけてくれてわちゃわちゃした。緋華さんは激おこでそいつに会ったら殴ると言っていたが神様相手に殴れはしないだろうと思った。
禍神は僕を噛んだ後すぐに消えたので居場所は分からないがショケイくん先生は「また来るから気をつけろ」と言って僕にお守りをくれた。危険だと思っていたけど、最後の言葉を聞いてからはどうしても危ないとは思えなくなってしまっていた。
人との距離さえ教えればたぶん大丈夫だと思うけどそんなこと言ったら、みんなからおこられるんだろうなぁ。さっきこんなことがあったばかりなのに。
「名前だけでも聞いておけばよかった」
心の声が漏れてしまって保健室にいるみんなから説教をたっぷりと受けてしまった。




