初陣
―召喚!―
強く 出てくれと願いを込めて杖を振るえば、目の前に魔法陣らしいものが浮かび上がった。
魔法陣の色は全体的に黒く、地面から白い腕が突き出し、そこから這い出るように骸骨が湧き出てきた。一般的な成人男性よりも身長があり、今の俺だったら見上げるほどだ。なるほど頼りになりそうな背中をしている。しかしまあ…
「いや武器持ってないのかよ!」
こいつ何も武器を所持していないのである。まさかの徒手空拳骸骨。これが肉が付いていた時代ならよかっただろうが、ただの骨ころが武器を持っていないとなると、途端にみすぼらしく感じてしまう。
「来たぞ新入りフェラルファングだ!俺の傍に来い!後はあのスケルトンに任せな!」
「分かりましたけど、大丈夫ですかこれ!武器何も持っていませんよ!」
急いで爺さんの傍に向かって走ると、近くの草むらからガサガサと嫌な音が聞こえてきたと思った瞬間、口が裂けて牙が四方八方に伸びている、気色の悪いハイエナのような魔物が目の前に飛び出してきた!
「ゴァルルルル…」
「ッ…!」
ああ畜生。やっぱり草むらなんて嫌いだ―
爺さんが何かしようとしているが、恐らくそれよりもこいつに噛みつかれる方が早いだろう。目の前に大口が迫っている中、心の中で悪態をついていると、突如、ハイエナが宙に舞った。
―スケルトン!
いつの間に俺の傍に駆け寄っていたのだろうか。大振りにハイエナを蹴り上げた後、右手をハイエナの首に狙い、貫手で刺し貫く。いや、貫いたどころか、そのまま首がスッパリ千切れてしまった。
まさに一瞬の出来事。おまけに亡骸からの血しぶきを浴びせないようにか、俺を背中に寄せ、ハイエナを遠くに放り投げてくれた。
「…強ぉ。スケルトン強!スケさんすげぇ!」
骨ころとか言ってごめんなさい。マジで強い。実は生前は武道の達人とか、そんな背景持っているのだろうか。それとも召喚した使い魔って大半がこの強さなのか。興味が尽きないものである。
「おい新入りさっさと俺の傍に来い!こいつらは一匹で来やしねぇ。群れで狩りをする。今のは斥候で、たまたまお前が近くに来たから襲い掛かってきたんだ。もう何匹かやってくるぞ!」
ひとり興奮してはしゃいでいると、爺さんから再度怒鳴られた。流石にあんな肝を冷やすようなことを何度も味わいたくは無い。慌てて爺さんの傍に向かい、今度こそ何もなく到着する。
「よしよし、お前さん中々不幸もんだな。最初っから奇襲されるなんてよ」
「ゴルさん!あの化け物がそういう特性があるんだったら最初に説明して下さいよ。受付さんと言い、色々説明省きすぎじゃないですか2人とも!」
「わりぃな新入り。ホントは説明してやりたいところなんだが、如何せん〝あっち〟側から来る奴はバラバラでなぁ。出したタイミングじゃないと詳細が分からないんだよ……さあ来たぞ!」
≪ゴアァァ!!≫
再度抗議しようと口を開こうとした瞬間。森の木々、その陰から4匹ほど先ほどのハイエナが姿を現した。内一匹は全体的に赤みがあり、他とは違い一回り大きく、皮膚は鱗状で、歪に切り開かれて見える口元からは吐息と共に火の粉をまき散らしていた。
「あの、ゴルさん、一匹ヤバそうな奴がいるんですけど」
「ありゃあフレイマーだな。たまにああやってファングの中に紛れこむ奴がいるんだ。大半はファングより強えぇし、リーダー株を蹴落として新たに群れの長になったんだろう。さてどうなるか見ものだな」
このじい様、とち狂ったのかこの状況で腰を掛け、酒を取り出しつまみを取り出しで、完全に観戦気分に突入してやがった。
「ちょっゴルさん!?」
「心配すんな。お前さん結構気迫を込めて召喚したな。あのスケルトン、中々強いぞ。よく見てな」
いやそうは言っても、あんな燃え盛る牙で噛みつけられたら、一糸まとわぬ姿の骸骨など一瞬で灰となりそうだ。文字通り火葬される未来が頭に過る。
当のスケルトンは動揺など一切せず、ただ敵に対して身構えていた。前屈はせず、重心も前に寄せず、姿勢を正し両腕を上げる。どことなくムエタイのような構えだ。
≪グルルルル…≫
『……』
互いににらみ合い、ファング達がゆっくりとスケルトンを包囲するように動こうとした瞬間
『…!』
スケルトンが目の前のフレイマーに土を蹴り飛ばした!目くらましとは言え、恐ろしいほどの速度で地面を蹴ったからだろうか。中々の質量を持った土をぶつけられ、意表をつかれたフレイマーは倒れ藻掻いていた。
≪ガルァ!≫
当然行動後の隙を他のファング達が見逃すはずがない。即座に四方から同時に襲い掛かってゆく。
まずスケルトンは最も近くに来た右側から処理した。目前に迫る顔面に右腕で肘鉄を食らわせ、そのまま勢いよく後方の2匹目まで振りかぶりぶつけ、残る左からの攻撃は僅かに後方に姿勢を反らし回避したと同時に、右腕を戻しながら先ほどと同様手刀で首を切断。亡骸となった仲間が重く、藻掻いていた後方のファングをかかと落としでその頭蓋を粉砕した。
フレイマーが態勢を整える頃には、何もかも終わっていた。先ほどまで存在した数的有利は何処にもなく、ただ血と屍のみである。そして同じく骸であるはずのスケルトンがじいっと奴を凝視していた。
挑発か仲間への弔いたる復讐か。激昂し全身を激しく燃やし、焼き尽くさんとスケルトンに襲い掛かる。先のファング達とは違い巨体なフレイマーはそう容易く殴りつけて仕留めることができないのだろう。スケルトンは距離を置き回避に専念していた。
「信じろ」
「え…」
「お前さん今不安になったろう。それじゃダメだ。良い召喚使いってのはな、使い魔達を心から信じるもんだ。声に出さなくてもいい。心で頑張れと応援してやれ。お前の為に戦っているあいつを信じてやれ。それがあいつらに届いた時、より強くなれるんだ」
「信じる……ですか。ああもう、本当に、根性論みたいなことおっしゃいますねゴルさん。ちょっと笑えてきましたよ、もう」
というより本当に笑ってしまった。まさか体育会系とは無縁そうな魔法使いで、こんな根性第一な発言を聞いてしまうとは。だがゴルさんは顔を崩し笑った俺を注意することなく、ただ微笑んでいる。まあ俺の心内が分かるのだろうな。
もう一度 最初召喚した時のように
腹いっぱいに空気を吸い込んで、思いっきりに叫んだ。
「頑張れ!スケさん!勝ってくれ!負けるなぁ―!」
『…!』
その瞬間。全身から力とか、やる気が抜けるような感覚がどっと沸いてきた。最初召喚した際は違和感を覚える程度だったが、今回は明確に体調不良に陥ったと認識できる。
だがそんな体調などどうでもよかった。スケさんに視線を戻すと、全身から黒く燃えるようなオーラが揺らめき、何もないはずの眼窩には、確かに青白い炎を宿していた。
あのオーラはバフなのだろう。回避のみだった動きは先ほどよりも素早くなり、徐々にだが相手の攻撃に合わせ反撃し、確かにダメージを与えている。
だが一転し好機になると思った瞬間。フレイマーの紅に染まる爪がスケさんの右腕を切り裂いてゆく。肩の根本から綺麗に切断しており、断面は焼け、もはや使い物にならないと容易に理解出来るほどだ。
≪グルフッグルルルグル≫
勝ち誇ったように顔を歪ませ、勝利を確信したのだろう。せせら笑うフレイマー。確かに通常の生物なら痛みや出血多量で戦意喪失するだろう。生きていれば―
一瞬の隙を突き、スケさんが左手をフレイマーの眼球にねじ込んだ。たまらず暴れ、振り払おうとするも、スケさんは素早く回避し、炎々と燃える右腕を掴み上げた。根本は鋭利に切れており、またまともに振れる部位など上腕骨のみの為、剣より短く、ナイフより長い、中途半端な即興武器を構えた。
フレイマーが態勢を直すよりも速く、右腕を口元に叩き込んだ。尚もまだ生きていたが、この腕ごとくれてやるとばかりに左腕もねじ込み― 遂に心臓まで刺し貫き、ようやく地面に倒れこんだ。
「おう、いい試合だったぞお前達!これにて入団テスト。合格だっ!」
「よっしゃぁぁぁ!」
もはや全身燻ぶられて焼け付いており、右腕も存在しないが、静かに佇みながらこちらの指示を待っている骸骨が、まるで何かの物語に出てきそうな英雄のようで。何とも可笑しくて誇らしかった。
こうして、初めての戦闘は無事に勝利することが出来た。ようやくチュートリアルを終えて
この骸骨との長い長い冒険の始まりであった―