小さな戦争③
「さて、目覚めたばかりで大変申し訳ないが、如何せん事が事でな…お上の方が喧しくて叶わんのだ。早急に君に対する処分を決めなければならん」
見慣れた風景―今の俺の拠点となっている殺風景の自室。いつもならベッド横のオブジェを除き、彩の無い空間だが、そこには今、人狼と思われる、眼帯を付けた大柄な獣人が目の前に立っていた。戦士然とした方で、帯剣もしている辺り、冗談でもいえば叩っきられそうな雰囲気を醸し出している。扉越しにだれかいるのだろう。いくらか雑音も漏れ聞こえるが、入ってくる気配はないようだ。
後方を確認するも、誰もいない辺り、味方、或いは何かしらの擁護をしてくれる人も見受けれないので、先ほどの詰問も考えると、かなり不味い状況らしい。
「今の状況は十分に理解したかね?…まあ、私も君の立場なら困惑するだろう。取り合えず椅子にでも掛けたまえ。そしてじっくりと思い出すことだ。君がなにをやらかしたのかを」
何をやらかしたか、か。ハッキリ言ってあまり覚えていないが、あの時見た景色を思い返そうと深呼吸し、記憶を辿る。そもそもなぜ倒れたのだろう。そして何があったのか―
「さあて、どう出るのやら。このぐらいの兵数を指揮すんのは久しぶりだぜ」
ボソリと、素早く陣形を作り上げた若い指揮官―ルークは1人、今後の大まかな流れを予想する。とはいえ、大雑把に見積もってもこちらの兵数が上。また練度も今回の敵となる耄碌共には劣るとも思わない。歩く死体達はその身に防具も着けていないため、遠距離からの弓矢の斉射で大半を殲滅することができる。移動速度も遅く、前衛とかち合うにしても、数を減らした上での戦闘となるため、容易に打倒することができるだろう。だからこそ遊兵を作らない横陣を作り、待ち構えればいいだけだ。兵士達の士気も上々の為、何かしらのアクシデントさえなければ問題はない。
「問題はアレだよなぁ…おまけにあの英雄様、碌に作戦も立てず行きやがった。せめてあの黒兵共と分断出来てから突っ込んでくれってんだ」
この有利な戦をひっくり返す要因となる、重武装の黒鎧兵。そしてそれを率いる武闘将校の存在だ。銅像兵はかの英雄が受け持つと言ったので除外するにしても。こいつらの存在は大きい。何せ1人1人が強い。槍襖で備えようが、多少の攻撃など意に介さず、集団ごと巨大な斧槍で吹き飛ばされるだろう。そして1人騎兵であるロード。通常であれば単騎で突撃する騎兵など囲んで叩けば終いだが、魔力で編まれた防具はそこらの武器ではまるで歯が立たず、前に立つ者を薙ぎ倒して突き進むのは容易に想像できる。騎馬さえ倒せれば落馬して戦力が削げるだろうが、騎乗する生物も通常の馬では無く馬獣と呼ばれる魔物で、通常でも強靭な肉体にさらに重武装を施している為、馬を殺す事も困難である。アレは後方から指揮する類ではなく、自ら戦況を優位に切り拓く存在なのだ。放置すれば文字通り一騎当千の武を見せつけられる事となる。
「あの、本当に素人質問で申し訳ないのですが、ルークさんの魔術であの黒兵達を倒せるのでしょうか?以前闘った時、首を切り落としても死ななかったんですけど」
おずおずと不安げな表情でソーニャは指揮官に話しかける。なまじこの質問をしたところで、まともな代案などないが、聞かずには居られない。以前は圧倒的な戦力差を頭に刻まれたのだ。仕方ない事ではあろう。
「あいつらがどの神の寵愛を受けてるかは、正確には分からねぇ。だがまあ今回は戦神だろうよ。あの図体の兵士とくれば、今までの経験上大半が戦の神の加護を受けていた。だとすれば、だ。首を跳ね飛ばしゃあくたばるし、毒だって効く。ま、それを跳ね除ける実力があるってのが面倒なんだけどな」
てかお前戦ったのかよと呟き、より具体的な説明を聞かせる。すると、彼の得意とする元素魔法でも、一撃で倒す事は難しいらしい。全力を込めれば大半を消し飛ばせるらしいが、そうすると後詰めの戦力としての価値が無くなり、不確定要素の強いロードに対応できない。とは言え、力をセーブしすぎても嵐の目を残す事となる。なので数度に分けて砲撃をかまし、リッキー率いる精鋭達に仕掛けのタイミングを委ねるといったプランだ。だが、爆撃するにしても有効射程が存在しており、黒兵達をある程度引き付けなければならないのが、今回最も危惧される懸念点となる。
「あいつなら攻めどきぐらい心得ている。それに、今回は近接の魔術師がいるんだ。ある程度は裁量を任せられる」
信頼しているのだろう。前線に向かった友人を眺め、ふと自然に緩んだ表情を引き締めた。使い魔を通し、上空からリアルタイムで戦況を把握。弓の射程からはまだ遠く、ゆっくりと歩を進める敵陣に注視し、最奥から不快げに揺れ歩む銅像兵を睨みつける。頼むからどうにかしてくれよと祈り、巨大な藍玉が埋め込まれた杖を握り締めた―
「弓兵隊!!矢を構えぇい!!まだ放つなよ…まだだ…まだ…!」
部隊の最前列では、目の前に迫りくる白い津波が間地かに迫るのを今か今かと待ち受けていた。
全身が真っ白の、水死体のような風貌の化け物が、食欲のみに突き動かされ、生者に噛みつこうとみすぼらしく腕を突きのばし、進軍してくる。初めて見る者はその姿をおぞましく思うも、先ほどの鼓舞により意思を挫く事なく各々の武器を構え、衝突に備える。
じらすような時間が流れ、小隊長が放てと吠えた。その瞬間、一斉に風切り音が辺りに響き、頭上を矢の雨が通り過ぎてゆく。そして吸い込まれるように敵に降り注がれ、バタバタと死体の数を積み重ねていった。
「良ぉし!効果あり!敵は何ら能力を持たんらしい!弓兵隊、合図は不要!皆矢筒を空にするまで打ち込めぇ!!」
敵を倒したという事実が更に士気を上げ、各々が戦果を挙げんと決起する。やがて前衛の兵士達にも手が届くまで近づいてきたが、凡そ3割弱が弓矢で倒れており、近接部隊も苦戦することなく敵を倒していく。圧勝ムードだったが、使い魔の鳥が小隊長の傍で囁くと、彼は油断することなく中央に目を向けた。
(こいつら相手ならば、このまま任せても問題は無いだろう。だが、中央のあ奴ら…やはり一筋縄ではいかぬか…)
素早く指示を飛ばし、少数の護衛を付け中央に向かった。この世界では戦争が常であり、また常人では耐えられぬような戦闘ばかりの為か、生き残る者は強兵となり、自ずと指揮を取り計らう者の立場になっていった。彼もまた多少の武具魔法を習得しているため、強固な鎧に対抗する手段をもっている。強者に数えられる彼だが、そのレベルの実力を持つもの達を集めてもやはり、中央は苦戦を強いられているようだ。
「右側、抜かれかけているぞ!重装隊は交代で受け流しつつ抑え込め!チッ…まだかルーク…!」
どれほどの弓や魔法を打ち込んでも、黒兵は怯む事なく突き進む。果敢に攻め入った兵士は既にこと切れており、善戦しているのは一部の冒険者かルーナぐらいだろう。何とか砲撃範囲に抑え込もうと試みるも、大盾ごと貫かれ、串刺しとなった兵士も多い。有効射程となる砲撃地点まで後退しつつの交戦だったが、既にギリギリの状態だ。
「ん~~ッ!流石に多いカモッ…ね!」
一撃離脱を繰り返し、通算5体目を討伐したルーナだが、己の魔力残量を考慮すると、自身が不利な状況であることを理解した。敵将を討つ駒として、残しておかなければならない戦力と自負しているし、あまり多量の魔力を割くわけにはいかない。かといって手加減できるほど甘くはない為、どう節約するかと難儀していると、嘶き声が喧騒騒がしい戦場に鳴り響く。
「うっそ。もう来ちゃう?」
部隊の左手から悲鳴が上がったかと思うと、複数の兵士を刺し突ら抜きながら、戦闘将校がルーナ達めがけ突撃していった。
戦闘が始まり半刻ほど。秩序側は不利な戦局のまま、敵将と相対する事となる―




