99 アニカの手紙
暇なら読んでみて下さい。
( ^-^)_旦~
オーレン達がクローセに向けて出発した、数日後。
ウォルトは王都で手に入れた今年の流行と聞いた手拭いでご機嫌にほっかむりをしている。
森に住む獣人に流行り物は縁がないと思ってたけど、手に入れてみるとちょっとだけ時代に乗れた気がして気分が高揚していた。
不在にしていた分を取り戻そうと、畑仕事や庭の手入れ、墓地の草むしりから住み家の掃除に至るまで精力的に動き回る。
綺麗好きにとって掃除は趣味。料理も趣味。裁縫も得意。およそ獣人の男らしからぬいわゆる女子力高い系猫人は、今日もひたすら自己満足のタメに家事と仕事に精を出していた。
一段落して外で休憩中しているとき、嗅ぎ慣れない匂いが接近してくる。どうやら獣人だけど知り合いじゃない。誰だろう?
匂いの方向に目を向けると、飛脚らしき獣人が近づいてくる。届け物だとしたらココに住んで初めてだ。
「アンタがウォルトか?」
「そうですが」
「フクーベで手紙を預かった。急ぎじゃないって言われたんで、ちょっと遅くなっちまった。すまねぇ」
「いえいえ。お疲れ様です」
「じゃあな。確かに渡したぜ」
サインすると飛脚は去った。手紙の差出人を確認すると、アニカの名前が。どうしたんだろう?休憩がてら住み家に入って読んでみることにする。
居間の椅子に座って汗を拭うと、丁寧に封筒を開ける。開いた便箋には短い文章が書かれていた。
内容は、ボクがフクーベを訪ねたとき会えなかったことに対するお詫びや、この手紙は住み家に向かう途中で急に帰省することになったから書いたこと。故郷のクローセ村が魔物に襲われて困っているらしいことが書かれていた。
短いながらもちゃんと思いを伝えたいという気持ちの込もった手紙をもらって純粋に嬉しい。
魔物の襲撃か…。オーレン達の故郷に想いを馳せる。なにか手伝えることがあるかな?現状が不明だから憶測になるけど、普段起こらない事象だとしたらなにかしらの異変が起きているはず。
助けを求めて手紙を書いたんじゃないのはわかっているけど、友人として力になりたいと思うのは野暮だろうか。その辺の塩梅がボクにはわからない。
そんなことを考えていると、チャチャが獣肉を片手に訪ねてきた。快く家に招き入れる。
「兄ちゃん。最近なにかあったの?」
「どうして?」
「玄関のドアが…斬新な模様に変わってるから…」
「ちょっと前に壊れちゃったんだ。直したんだけど変だったかな?」
「…わかんない」
他愛ない会話を挟みつつ、チャチャの持ってきてくれた肉を調理して昼食を準備する。最近はチャチャも料理を覚えたいらしく横で手伝ってくれる。
「包丁使うの上手くなったね」
「最近家でも褒められるよ。まだまだだけどね。打倒兄ちゃんだから」
「ボクも負けられない。もっと料理の腕を上げないと」
「やめてよ。いつまで経っても追いつけないじゃん」
楽しく会話しながら調理して、できた料理を食べながらゆっくり話す。
「そうだ。つかぬことを聞くけど、チャチャはクローセ村の場所って知ってる?」
「クローセ?…知ってるけどなんで?」
「友達がいるんだけど、ちょっと困ってるかもしれないんだ。手伝いに行きたくて」
「そうなんだ。…ところで友達って男?それとも女?」
「どっちもだよ。幼馴染みの2人でフクーベで冒険者をやってるんだ」
「ふ~ん。道を教えてもいいよ」
「ありがとう。助かるよ」
ご飯を食べ終えると、後片付けしている間にチャチャが地図を描いてくれていた。どうやら駆ければ2時間くらいで着くっぽい。
食後はチャチャと手合わせをする。前回、手合わせしたあとから始まった修練は、ボクとの再戦に向けて腕を上げるタメらしい。
前回と同じく矢が当たったらボクの負けというルールで手合わせしてるけど、今のところ負けたことはない。ちなみに、チャチャは撃てる矢がなくなったら負け。
「くっそぉ~!また負けたぁ!」
「動きはかなりよくなってると思う。だけど、今の動きだとこうした方が…」
「なるほど。そうしておけばよかったね」
ボクの意見に真剣に耳を傾けてくれる。若いことに加えて負けず嫌いだからなのか、それとも本人の先天的な才能なのかわからないけど伸び代が凄い。
ちょっと会わない間にどんどん成長して強くなっている。本人が望むなら冒険者で言うところの一流の狩人になれるんじゃないだろうか。
時間が経つのは早くて、手合わせを終える頃にはもう夕方。まだ子供のチャチャはそろそろ門限だ。一緒に作った料理を手土産に帰路につく。見送りを受けて笑顔で手を振るチャチャは可愛らしい少女。
「さてと」
明日、クローセに向かうことに決めた。今日の夜は準備だけにして魔道具製作をすることもなく早めに休むことにした。
翌朝。
準備万端でクローセを目指し出立する。ボクの力が必要ないような状況だったら直ぐに戻ってくればいい。
念のために庭の花や畑の野菜に『保存』をかけておく。全ての準備を終えると軽やかにクローセに向けて駆け出す。
クローセまでの道は王都への道と違って整備された街道じゃない。かといって獣道でもなく、駆けるのになんら支障がない程度には整備されている。さらに、今日は気持ちよく駆けるための新兵器がある。
王都に行った時に思った。基本的に寒がりだけど、長時間駆けると身体が火照ってさすがに暑い。そこで考えたのが駆けやすい専用の服を作ること。
デザインはいつも着ているローブとほぼ変わらない。色違いみたいな感じだ。ただし、軽い上に通気性がよく、なおかつ魔力を通しやすい素材で作ってみた。
そうすることで、『氷結』と『保存』で涼感あふれる服を着たまま長時間駆けることが可能になった。駆けながら冷却の度合を調節できるので体力の消耗を最小限に抑えられる。
獣人なら誰もが欲しがるような服を作ったものの、魔法を使えない獣人では効果は半減ということでまだまだ改良の余地あり。
服の効果もあって予定時間より早くクローセ周辺に到着した。2時間かかってない。
「この辺りは静かでいい場所だなぁ」
村の入口らしき門が見えてきたところで、興奮しているような声が聞こえてきた。切羽詰まった声。まるでなにかと闘っているような。
この声は…オーレンだ。一気に加速して門に到着すると、雑に張られた板の隙間から村の中の様子を覗き見る。
唸りを上げる巨大な熊型の魔物と、倒れている2人の姿が目に飛び込んできた。魔物はゆっくりアニカににじり寄っている。
「フゥッ!」
少しだけ柵から離れ、助走をつけて柵を跳び越えると着地と同時に魔法を使う。
『身体強化』
最大まで能力を向上させ、一気に魔物との距離をつめる。爪を振り下ろさんと、魔物が前足を大きく振り上げた瞬間、『破砕』で吹き飛ばそうとも考えたけど、広範囲な魔法は倒れている倒れてるアニカを巻き込むので使えない。
『疾風』
首を刎ねてアニカの上に倒れられたらたまらない。風の刃で振り上げた前足だけを狙って斬り飛ばす。
勢いよく振り下ろされた右前足は、もうそこにはない。空振りでバランスを崩したところに跳び上がって回し蹴りを食らわせた。
「グルルルァ…!」
魔物の頭部に命中して体勢を崩したところで素早くアニカを抱えて距離をとる。意識はないみたいだけど、口元に頬を近付けて確認すると息はある。
間に合ったことにホッとして、アニカに『治癒』を使いながら魔物と対峙する。まずは確認しよう。
「オーレン!大丈夫か!?」
「俺はっ…大丈夫ですっ!ウォルトさん!アニカは!?」
声をかけるとしっかり応えてくれた。
「大丈夫だよ。息はある。『治癒』で回復してるから心配いらない」
「よかった…」
「少しだけそのままで待っててくれないか」
「お願いします…」
「うん。ゆっくりしておくんだ」
変わらず興奮した様子の魔物。斬り飛ばした腕から血が溢れている。
「グルルル…」
唸りを上げながら怒りの表情を見せるが、魔法を警戒しているのか攻撃するのを躊躇ってるな。アニカを抱えて治療しているので好都合。ボクも無理して攻撃するようなことはしない。
しばらく睨み合っていると、「う…ん…」とアニカが目を覚ました。
「あ…れ…?ウォルトさんがいる…。ココは……天国…?」
まだ瞼が完全に開かないんだな。微笑んで答える。
「おはようアニカ。天国じゃないよ。君達を手伝いに来たんだ。大丈夫かい?」
ゆっくり目を開ききったアニカは、キョロキョロしたあと火がついたように一瞬で赤面して大きく目を見開いた。
「わぁぁぁっ!!すみません!重いですよね!降ろして下さいぃ~!」
「アニカは軽いよ?…っと、危ない」
隙を見せたと思ったのか魔物は残った左前足を振り回してきたけど、軽やかに躱して大きく距離をとる。
「どこか痛むところはない?」
「胸がドキドキして苦しいですぅ…。……じゃなくて!も、もう大丈夫です。下ろしてもらっていいですか?」
「うん。痛いとこがあったら教えて」
倒れたままオーレンが呆れたように呟く。
「お前は……死にかけたんだからもっと緊張感を持てよ…」
優しく地面に下ろした。
「回復しながら魔力も渡しておいたけど、『治癒』を使えそうかい?」
「はい!イケます!」
魔力の確認も早い。アニカは確実に成長してるなぁ。
「じゃあ、オーレンの回復をお願いしていい?魔物はボクに任せてくれ」
「はい!お願いします!」
アニカはオーレンに向かって駆け出す。魔物が追う素振りを見せるが、素早く割って入り行く手を阻んだ。
「あの子達の元には行かせない」
「グルァッ…!」
怒りに任せて体当たりで突進してきた。躱さずに手を翳して『強化盾』で受け止める。魔物の突進くらいではビクともしない。
「お前の相手はボクだ」
★
ウォルトさんが魔物を足止めしている間に、アニカが駆け寄って『治癒』を使ってくれる。
「オーレン。大丈夫?」
「なんとかな…。とりあえず動けるようになれば…。多分腕の骨にヒビが入ってるから重点的に頼む」
「わかった!」
アニカの『治癒』で痛みが少しずつ楽になってきた。
「助かった」
「喋らなくていい。ゆっくりして」
痛みの酷かった腕の治療を終えると、次は腹や顔の傷も治療してもらう。少し時間がかかったけど、痛みはなくなった。
「もう大丈夫だ」
「やせ我慢してない?」
「してねぇよ。ウォルトさんが来てくれてマジで助かった」
「私は殴られて吹き飛んだところから記憶がない」
「あのままだったら俺達は間違いなく死んでた。村もヤバかった」
「助けられてばかりだね」
「ホントに凄い人だ」
俺とアニカは、魔物と対峙するウォルトさんの頼もしい背中を見つめた。
読んで頂きありがとうございます。