93 謁見
暇なら読んでみて下さい。
( ^-^)_旦~
カネルラ王城。謁見の間でダナンは緊張の面持ち。国王ナイデルの到着を待つ。
晴れて騎士団の教官に任命されたダナンは、国王ナイデルから謁見を望まれていた。ボバンから事情を聞いたナイデルが「ダナンに会って話したい」と希望した形。
まさか、当代の国王様に拝謁することになるとは…。どんな顔をすればいいのだろう。気持ちが落ち着かない。
「遅くなってすまない。待たせたな」
声の主は背後から現れた。振り返ると、現カネルラ国王であるナイデル国王陛下の姿。しばし、静寂が場を支配する。
そして…。
「あ…ぁ…。う、うぁぁっ…!うぅぅぅっ!!」
ガクンと膝から崩れ落ちると、顔を両手で抑えて堰を切ったように嗚咽を漏らす。
「ど、どうしたのです、ダナン殿!大丈夫ですか?」
「どうしたというのだ!?」
ボバン殿とナイデル様が驚いて駆け寄ってくる。私が落ち着くまでには時間を要した。
落ち着きを取り戻し、ゆっくり語り出す。
「急に取り乱して申し訳ございませぬ…。ナイデル陛下は…私の仕えたクライン様に瓜二つなのでございます…。お姿を拝見した瞬間に様々な想いが込み上げ…。ご迷惑をおかけしてなんとお詫びを申し上げれば…」
「そうか。詫びなど必要ない。よければ俺と少し話をしないか?」
「…有難きお言葉」
ナイデル様は玉座に座り、使用人に私とボバン殿の椅子を準備させる。「滅相もない!」と断ったが、笑顔で「国王の命令だ」と無理やり座らされた。
「さて、ダナン。この度はカネルラ騎士団の教官への就任嬉しく思う」
「有り難きお言葉」
「訊きたいことは山ほどあるが、今日は幾つかに留めておこう」
「御意」
そこからは、私が今世に蘇った経緯や、生存当時のカネルラの状況、クライン国王の政策、騎士団の様子などについて話をする。
「…ということでございます」
「実に興味深いぞ」
ナイデル様は、私の言葉に真剣に耳を傾け、戯れ言だと疑っている様子は微塵もない。
話せば話すほど感じる。ナイデル様は容姿だけでなく声や話し方までクライン国王に瓜二つ。まるで現代に蘇ったかのよう。
「カネルラにとって其方が蘇ったのは幸運だ」
「有り難きお言葉」
「今後も折を見て色々と話を聞かせてくれ。今日はあまり時間がないのだ。ダナン。其方に渡したいモノがある」
開いた右の掌には、組紐とその先に結ばれた小さな銀色のプレートが載っている。使用人が受け取り私に渡してくれた。
「裏を見てくれ」
プレートを裏返すと文字が刻まれている。
それを読んで、再び嗚咽を漏らす。
「あ……ぁぁぁ!…うぁっ…」
『ダナン 来世でまた会おう』と。ナイデル様が続ける。
「クライン国王が戦死した者への手向けに作ったモノ。莫大な数だが、時間をかけて全て本人が彫ったと云われている。今は墓石に掛けられていることがほとんどだ。其方が手にしているプレートは統一墓地の慰霊碑にかけられていたが、其方はこの世に蘇った。クラインの心を直接伝えるのが筋というもの」
なんと…。なんという…。
ナイデル様は、立ち上がると深々と腰を折って私に頭を下げた。
「今のカネルラが在るのは、其方を含めた当時の騎士団や国民の尽力の賜物。現国王として御礼申し上げる。この国を守護してくれたこと、感謝に堪えない」
「うっ、うぅっ…!」
クライン様に瓜二つのナイデル様にお会いできたのは神の思し召しなのか…。今の私は紡げる言葉を持たない。胸が張り裂けてしまわないよう心を保つだけで精一杯だった。
★
謁見を終えた私はボバン殿とともに城内を歩いている。ナイデル様から「騎士団をよろしく頼む」との言葉を頂いた。そして「またゆっくり話そう」とも。
クライン様が作ったとされる銀のプレートは大切に保管させて頂く。時代を超えて御心を受け取るとは。
「ボバン殿。私のような者が口にするのは烏滸がましいのですが、ナイデル様は素晴らしい御方ですな」
「はい。私は尊敬してやみません」
「私は…できる限りカネルラのタメに尽力させて頂きます。どうぞよろしくお願い致します」
「こちらこそよろしくお願い致します。カネルラをもっと強く、いつまでも後世に語り継がれるような平和な国に」
「そのつもりです」
「そして私は……打倒ウォルトです」
「やはり。ですが、ウォルト殿に勝つのは至難の業。おそらくあの仕合ですら全力ではありません」
ウォルト殿は規格外の魔導師。私が見たこともない魔法を操るという確信がある。だが、対人戦では強大な魔法を使用しない。ボバン殿に見せた『火焔』ですら威力を抑えていたに違いない。私には本気の魔法がどれほどか想像もつかない魔導師。
「承知しています。だが、再戦することがあればその時こそ…」
「互いに励みましょう。私もまだまだこれからと思って精進して参ります」
こうして私は王都で新たな1歩を踏み出した。
★
本日は休養日のアイリス。
訓練や任務の予定はないけれど、王城の訓練場にいた。…というのも、ダナンさんと闘技絢爛を行って以降、身体を動かしていないと落ち着かない。
闘いから数日経った今でも心身の昂りを抑えきれない。今日も今日とて同僚と共に訓練に励んでいる。
そんな中、訪れた団長から1通の手紙を手渡された。宛名には『アイリスさんへ』と書かれている。
「帰る直前のウォルトから預かった。お前宛ての伝言だ」
「わざわざありがとうございます。そうですか、ウォルトさんが…」
自然に表情が緩んで笑みがこぼれる。急に団長が眉尻を下げた。
「ウォルトのことが好きならハッキリ言わないと伝わらないぞ。とんでもなく鈍そうだからな」
「な、なんですか、急にっ!?なんで、そうなるんですか?!変なこと言わないで下さい!まったく…」
この人はいっつもおかしな方向へ話を持っていこうとする!いい加減にしてほしい!
「お前……気付いてないのか?難儀な奴だ…。とにかく渡したぞ」
呆れたような顔をした団長は踵を返して去って行く。後ろ姿を目で追いながら、気持ちは手紙へと向かっていた。
早めに訓練を切り上げて、誰もいない控室に戻る。封蝋を剥がし丁寧に封筒を開いて便箋を取り出す。
ゆっくり開いた便箋には綺麗な文字が並ぶ。字が下手な私は気後れしてしまう達筆。
基本的に大雑把な獣人には、字を書くことも苦手な者が多いというのに…。やはりウォルトさんには常識が通用しない。
読み進めると、闘技絢爛に対する労いの言葉や丁寧な別れの挨拶が書かれている。流暢に言葉が紡がれる手紙を読んで、文才もあると感じた。あの人はどれだけ多才なのだ。
自分が訪ねたのにあまり話が出来なかったことを申し訳なく感じていたようだ。本当に獣人なのか怪しいほど気遣いのできる人。
文章の最後には、『またお会いしましょう』の文字。本当に律儀な人…。丁寧に便箋を折り畳んで封筒に戻すと、皺が寄らないよう本に挟んで鞄に入れる。
なぜだろう。特別なことなんて書かれていないのに、ウォルトさんの手紙を読むと心が落ち着くだけでなく温かい気持ちになる。この気持ちをなんと表現すればいいのかわからない。
自分の気持ちが理解できない私は、しばらく控室で首を傾げていた。
★
外出禁止中のリスティアが暇を持て余すように勉学に励んでいると、ボバンが「ウォルトから王女様への伝言を預かりました」と手紙を届けにきた。
ウォルトと聞いたら勉強なんてしてる場合じゃない!机の上を片付けて、『リスティアへ』と書かれた封筒を隅々まで眺める。
ふと気付いた。コレは…魔法封蝋?
一見普通の封蝋に見えるけど、魔力を込めて封をしてる。魔法を操れない私にも魔力は見える。
魔法封蝋は封をされた魔力と同じ魔力を流せば直ぐに開封できる仕組みだけど、私は魔法を使えない。ウォルトは知ってるはず。もしかして…。
試しに『精霊の加護』の力を少しだけ封蝋に流してみる。すると、封蝋からポン!と数本の花が飛び出した。
「わぁっ!?」
驚いたけど、目に見えるのに触れることができない魔法で作られた満開の花に見覚えがあった。菫色の多幸草だ!
菫色の多幸草には『困難を乗り越える』という謂れがある。「女王になる」と宣言した私への応援か、単純にそうであってほしいというウォルトの願いなのかな。
いずれにしても、元気づけようと趣向を凝らしてくれたに違いない。さすが親友!と感心して本題である手紙を読み始める。
…凄い達筆!ウォルトは字を書くのも上手いんだ!新発見!
手紙には、久しぶりに会えて嬉しかったこと、ダナンとカリーのことをお願いしたいこと、そして…私が苦しい時にはできる限り力になると書かれていた。呼んでもらえたら、どこへでも喜んで駆けつけると。嬉しくて小躍りしてしまいそう。胸が温かくなった。
ウォルトは私が欲しい言葉をくれる。王女だから言ってるんじゃなくて、単純に友人としての言葉が嬉しい。
手紙の後半には、『加護の力を模倣した魔力で封をしたけど上手くいったかな?』と書かれていた。『失敗したらゴメンね』とも。
こらっ!大成功だよ♪
魔法封蝋は封筒を破れば開けること自体は可能だけど、魔法で作られた多幸草を見ることはできなかった。ウォルトは私なら気付くと見抜いてたのかな。
思わず笑みがこぼれる。ウォルトはどれほど凄いことなのかわかってないよね。カネルラの王族にしか使えないと云われている力と同様の魔法を使えるということの凄さを。
現王族で加護の力を使えるのは私だけ。つまり、私とウォルトの2人だけしか使えない。それがたまらなく嬉しい。
いつかアイリスが言ってた「ウォルトさんの魔法は人を幸せにします」という台詞を思い出す。確かにその通りだ。魔法の多幸草を眺めながら微笑んだ。
その後、宮廷魔導師に魔法の花を維持できないか頼んでみたけど、見たことも聞いたこともない魔法を前に「どういう術式なのか見当もつきません」とお手上げ状態。
私は怒りも嘆きもせず、鼻息荒く自慢気な雰囲気を醸していたみたい。
読んで頂きありがとうございます。