92 王都を後に
暇なら読んでみて下さい。
( ^-^)_旦~
テラの家に戻って、帰り支度を整えたウォルトは玄関先で見送りを受ける。
「テラさん。本当にお世話になりました」
見ず知らずの獣人を宿泊させてくれて感謝しかない。料理まで作らせてもらえた。
「どういたしまして!また来て下さいね!」
「私もカリーとまた遊びに行きますぞ。道も覚えましたので」
「ヒヒ~ン?」
カリーはジト目でダナンさんを見る。
「なんだその目は!…コホン!いざとなればカリーが連れて行ってくれるでしょう。我が娘は貴方を慕っております」
「ブルルル♪」
「なぜお前はそんなに偉そうなのだ…?」
「ウォルトさん!私のこと忘れないで下さいね!」
テラさんも笑顔を見せてくれる。かなり辛そうだったのに、完全に二日酔いから回復して元気一杯だ。
「もちろんです。早く騎士になれるよう動物の森から応援しています」
「私はアイリスさんやボバンさんより強い騎士になります!見てて下さい!あと、手合わせの約束も忘れないで下さいね♪」
「楽しみにしておきます。あと、余計なことかもしれませんが、テラさんに一言だけ」
「なんでしょう?」
間違いないと思う。
「テラさんには魔法の才能があると思います。ボバンさんのように魔法を操る騎士を目指していいかもしれません」
「そうですかぁ~!私に魔法の才能があったなんてびっくり♪☆…って、どういうことっ!?」
見事なノリツッコミが炸裂する。テラさんは陽気だなぁ。予想しないことを言われて驚きを隠せてない。理由を説明しておこう。
「今、二日酔いじゃないですよね?」
「ウォルトさんのお茶を飲んだら、直ぐによくなりました。…そうだっ!後で作り方を教えてもらおうと思ってたんだ!忘れてた!」
「あのお茶は少しだけ回復魔力を含んだお茶です。魔力の巡りがいい人ほど早く体調が回復します。直ぐに回復したんですよね?」
「30分かからなかったと思います。…もしかして普通ですか?」
「予想より早いです。ということは、テラさんには魔法を操る適性があると思います。興味があれば、ちゃんとした魔導師に診断してもらって下さい」
「わかりました!魔法を使う女騎士…。カッコイイかも!」
子供のようにキラキラした目で喜びを爆発させている。それを見たダナンさんは、やれやれといった雰囲気。
「では、帰ります。皆さんお元気で」
「ウォルトさん!またね!」
「近い内にまたお会いしましょう」
「ヒヒーン!ヒヒン!」
お互いに見えなくなるまで手を振りながら別れた。
王都の街並みをじっくり眺めながら歩く。来るときは3人だったのに帰り道は1人。一抹の寂しさを感じながらも、ダナンさんの新たな門出を祝う気持ちのほうが大きい。再会して土産話を聞くのが今から楽しみだ。
脇見しながら、のんびり歩く帰り道。初の王都訪問を終えて、沢山の思い出を胸に住み家への帰路についた。
★
ところ変わって王城、リスティアの部屋。
昨日の外出について、ナイデルに詳しい事情を伝えなかったことにより外出禁止を言い渡されていた。
それもやむなし、とベッドに横たわって天井を見上げる。ウォルトのことは、アイリスはもちろん、お母様やお義姉達には教えても、お父様とお兄様達には言わないと心に決めている。
単純に面倒くさい事態になるのが目に見えているから。そして、ウォルトを悪い虫だと勘違いして私に近付けないよう排除しようとする可能性がある。
過保護過ぎると思っていても、悪意がないのはわかっているので責めたくはない。ただし、ウォルトに危害を加えるつもりなら親族であろうと絶対に許さない。
ベッドの上で大の字になり、天井をボ~ッと見つめながら親友に想いを馳せる。
ウォルト…。きっと今日帰るよね…。またしばらく会えなくなるなぁ…。
ウォルトはなにも変わってなかった。優しくて温かくて強くて変わらずモフモフだった。ボバンと仕合して勝つなんて凄い。だけど、私にとってはさほど重要なことじゃない。自慢の親友ではあるんだけど。
誰かに仕えるのなら私に…って言ってくれた。ウォルトが「君の元がいいな」と言ってくれた時、叫びたいくらい嬉しかった。
私のことを特別扱いしない親友。ずっと傍にいてほしいけど理由が見つからなかった。
釣れる要素はないかと考えても、お金や権力はもちろん傾国の美女にすら興味がないはず。むしろ嫌われるかもしれない。唯一興味を持ってくれそうなのは魔法だけだと思ってた。
王女である私が権力を振りかざして「手元に置きたい!」と言えばきっと来てくれると思う。そして、なにも変わらず優しく接してくれる。
でも、そんな手段で傍に置いてもきっと虚しいだけ。言動が本心じゃないという疑念がずっと拭えなくなる。
親友が誰かに仕える。そんな時は訪れないかもしれないけど、自分の意志で傍に来てくれる可能性がある。それだけで充分。
傍にいてもらう理由がないなら、傍にいて支えたいと思わせればいい。本気を出す理由ができた。
私はウォルトが仕えてもいいと思えるような女になる。約束したからね!
★
騎士の訓練場には、昨日の激闘の疲れも感じさせず訓練を黙々とこなすアイリスの姿があった。
同僚から「今日は休んだほうがいい」と忠告されたけれど、「お気遣いなく」と訓練に参加して今は小休止中。
ふぅ…。一息ついて汗を拭っていると、ダナンさんの話題が耳に入ってきた。
「凄かったぜ!やったことないけど、槍術も覚えたいって思った」
「へぇ~。そんな人が教官になってくれたらいいな。今は槍術専門の教官もいないし、騎馬戦も教えてもらえそうだよな」
「おっ!いいな騎馬戦。今じゃ教える人がいないもんな!」
思わず顔が綻ぶ。ダナンさんならば可能だろう。愛馬と共に蘇った先人に想いを馳せる。
願わくば騎士団に帰還してもらいたい。平和な現代では考えられないけれど、400年前の戦争で民や王を守るため使命を全うした騎士の鑑。
闘技絢爛で刃を交えたからこそわかる。使う槍技は洗練されていて、積み上げてきた年輪とカネルラ騎士の魂を感じた。
その豊富な経験と知識はカネルラと騎士団にとって貴重な財産で、凄惨な歴史を知る貴重な生き証人。
「いや。死んどりますが」
そんな声がしたようなしないような…。
「お疲れさん」
「「「「お疲れさまです!」」」」
突然、訓練場に団長が現れた。団長指導の予定は無かったはずだけど…?と、皆が思いながら言葉を待つ。
「朗報だ。明日から新たな教官に来てもらうことになった。この中でも既に数名は知っている人物だ」
挙手した若い騎士が尋ねる。
「もしかして、ダナンさんですか?」
「その通りだ。主に槍術と騎馬戦について教えて頂くことになった。皆、失礼のないようにな」
「「「やった!」」」
騒ぐ騎士達。皆がダナンさんの指導を楽しみだと口にしている。元々槍術を学んでいる者は特に嬉しそう。
かくいう私も喜びを噛み締める。教官を引き受けてくれたダナンさんには、感謝しかない。そして、ダナンさんを王都へと導いてくれた白猫の友人にも…。
「さぁ、ダナン殿に今の騎士団の現状を嘆かれないよう引き続き訓練に励め」
「「「「はい!」」」」
★
時間は遡って、訪ねてきたウォルト達にボバンが呼び出される少し前のこと。
「お前もだんまりか…。なんなのだ一体…」
国王ナイデルの自室で、ボバンは直立不動のまま閉口していた。
室内には、リスティアを除いた王族が勢揃いしている。昨日のリスティア様の外出について俺と2人の王子が問いただしているところ。
先にリスティアに確認したが、のらりくらりと躱して回答することなく煙に巻いた。結果、外出禁止を言い渡したばかり。
「ボバン。俺はなにも知らない。だから教えてくれと言っている。なぜ答えない?秘密にしなければならないことなのか」
「王女様が仰られないのであれば、私も口を割るワケにはいきません」
昨日の内にリスティアから釘を刺されているのだな。
「リスティアをとるというのか?」
「そうではありません。ただ、王女様は聡明な方です。国王様にお伝えしないのには、なにか理由があるものと考えます」
「そうかもしれぬな」
普通、国王の問いに答えないなど不敬極まりない行為だが俺は違う。横暴な態度をとることなく、基本的に相手の意志を尊重したい。現状カネルラ国王であるのは確かだが、偉ぶるために生まれまれたのではない。
民の話を聞かずしてなにが国王か。ただし、必要とあればどんな手を使っても聞き出す。
「時がくれば話すのだな?」
「お約束致します」
溜息をついた俺の背後で、窓際に座り穏やかな微笑みを湛え?ルイーナが口を開いた。
「ボバン。ナイデル様が部下になにも訊けないような国王と知られれば権威に関わるわ」
「おい、ルイーナ」
ルイーナは話を遮るように続ける。
「口には出さなくていいから、幾つか質問させて。そして、答えられることに頷いてくれるだけでいい」
「仰せのままに」
「そうね。まず、リスティアと貴方は誰かに会いに行ったのではなくて?」
少し躊躇ったがボバンはコクリと頷いた。
「おぉっ!」と思わず感心してしまう。口に出させず意思を確認するとはさすがだ。リスティアから口にするなと言われているだけかもしれん。であれば意思表示は自由。
「もしかすると、貴方はその者と闘ったのでは?仕合や手合わせかもしれない」
ルイーナの言葉に再び頷き我らはざわつく。
「そして……貴方が負けたのね?」
ボバンはゆっくり目を閉じて頷いた。
「なんだとっ!?お前が負けただとっ?!」
「ナイデル様。そういうことですわ」
ルイーナは感じていたというのか…。
「騎士団長の敗戦…。口には出せぬか。カネルラ騎士団長が立ち合いで敗れたと民衆に知れたら、騒ぎになりかねない」
ボバンは過去に数回武闘会に出場しているが、他を寄せ付けず全ての大会で圧倒的な力を見せつけ優勝している。現在は出場を自粛している猛者。
それ程の猛者が敗れたとなれば、影響が計り知れないことは理解しているであろう。カネルラを守護する騎士としての誇りもある。であれば、現場にいたリスティアの口が重いのも納得できる。
「して、ボバン。相手は一体何者なのだ?」
「私の口からは申し上げられません」
ボバンの反応を目にして、リスティアに依頼して強者を探してもらったのかもしれないと推測した。
修行相手にボバンが自ら強者を選んだのかもしれないと。騎士団長が負けたきっかけをリスティアが作ったと思われてはいけない、と考えているやもしれん。
「本当にお前が負けたのか?」
「正直に申し上げますが、その者は…私とは比べものにならぬ強さを誇ります。完敗でありました」
ボバンの言葉に俺達は驚きを隠さない。
「比べものにならぬだと?」
「そんな者がカネルラにいるというのか?」
「流石に信じ難いよ」
王子達が懐疑的であるのも当然。俺も2人も護身のタメに剣を学んでいるが、訓練を通じてボバンの強さを知っている。本当に化け物のような強さを誇る男なのだ。
だが、ボバンは即答した。
「紛れもない事実です。私は…カネルラの民を守護するタメに、そして…次こそはその者に勝つタメにまだまだ精進しなければなりません」
ボバンの瞳は闘志に満ちて一点の曇りもない。
「あいわかった。下がって構わない。ご苦労だった」
「失礼致します」
★
ボバンが深く礼をして、部屋を出て行くのを見届けたあと、ナイデルはルイーナに確認した。
「ルイーナ。よく気付いたな。女の勘か?」
「違います」
ナイデル様はまったく気付いていない御様子。微笑ましくもあり意外でもある。
「王妃としてではなく妻として、また母としてお話しさせて頂きます。ナイデル様は…本当にいい夫であり、聡明な素晴らしい国王です」
「いきなりなんだ?藪から棒に。照れるではないか」
照れる姿はとても国王に見えない。こういうところがナイデル様らしい。
「ストリアルとアグレオも利発で自慢の息子です」
「母上。急に言われたら照れます」
「嬉しく思います」
親子でよく似ている。照れる姿がそっくり。
「今回の件は、もう少しだけ思慮深く考えたなら気付けたことなのです」
「どういう意味だ?」
「母上。どういうことでしょう?」
「思慮深くとは?」
「ナイデル様もストリアル達も、もう少しだけ視野を広げて下さい。最後にはリスティアがなにも教えてくれなくなりかねません」
とにかく鈍い3人の頭上には、「?」が飛んでいる。思わず笑みがこぼれた。
なぜ気付かないのか不思議でならない。既にリスティアから事情を聞いているけれど、そうでなくても私は薄々気付いていたというのに。
それとなく話を逸らしただけで、予想通り勝手に内容を勘違いしたと思われる。ボバンは途中から私の狙いに気付いていたに違いない。かといって、ナイデル様達に対して嘘を述べたワケではない。さすがはカネルラ騎士団長。
腕を組み、首を傾げながら「う~ん…」と唸る3人を見て、教えてあげたい気持ちと可笑しいのでまだ見ていたい気持ちの葛藤に苦しんだ。
読んで頂きありがとうございます。