89 決着
暇なら読んでみて下さい。
( ^-^)_旦~
互いに決定打が出ないまま仕合は続く。
双方が傷を負い、間違いなく体力、気力ともに消耗しているはずだが、ウォルトはそんな素振りを微塵も見せない。
攻防が一段落して、間合いを切って互いに構えたまま呼吸を整える。
「君には失礼だと思うが、ココまで長引くとは思わなかった」
紛う事なき本音だ。ウォルトがいかに想像以上の魔導師であっても、早々に倒しきる自信があった。
だが、剣技や闘気術への対処は見事で、身体能力を活かした近接戦闘もこなし、その中で流れるように高威力の魔法を放つので一切油断できない。
防御魔法も然り。遠い間合いで正確に『強化盾』や『魔法障壁』を展開して技能を防ぐ。まるで魔導師と拳士を融合させたような稀有な存在。非力であることを除けば欠点はないと言えるだろう。
「なんとか闘えているのはアイリスさんと手合わせしたからです。騎士の技能に無知であればとうに倒されています」
「騎士と技能を知っている…か。ならば、まだ知らない騎士の技能を見てもらおう」
正直、見せることになるとは思わなかった。集中して闘気を練り上げる。
「今までの闘気とは…違う?」
ウォルトがポツリと呟いた。即座に見抜くとはいい目をしている。
俺が練り上げている闘気は、さっきまで纏っていた闘気とは質が違う。不純物を抜くようにして練り上げる洗練された闘気。どう対処するか見せてもらおう。
『闘気術・無慚』
遠い間合いから高速で斬撃を繰り出し、『疾風』のように闘気の刃が迫る。さっきより間合いが近く躱すのは困難。
ウォルトは瞬時に『魔法障壁』を展開した。見るからに強固な障壁。闘気の変化を警戒したと見える。
「見事だが…」
闘気の刃は軽々と障壁を切り裂いてウォルトに迫る。
「なっ…!!」
即座に身を躱したが完全には回避できず、左太腿に深い傷を負った。吹き出した鮮血が白い毛皮を赤く染めて舞台に滴る。
「ぐぁぅっ…!!くっ…!」
すかさず掌を翳し『治癒』を操る仕草。
「そうはさせん!」
回復する暇は与えない。再び障壁では防げない闘気の刃を放つ。
「ちぃっ…!!」
痛みに耐え、大きく跳んで身を躱しながら『破砕』を詠唱してくる。あわよくば、闘気の刃を相殺し俺も吹き飛ばす算段だろうが…。
「甘いな」
願いは虚しく刃は消滅することなく、俺は闘気で『破砕』の効果を掻き消した。
しかし、足止めされてしまったな。さすがの威力に動きながら弾くことはできなかった。
片足で跳んで大きく距離をとったウォルトは、次の一手を探っているように見える。冷静な男だ。本当に手強い。
「最初の斬撃で仕留められると思ったが」
反応と敏捷性が素晴らしい。今の斬撃も一撃で決めるつもりで放った。…にもかかわらず躱されてしまった。
闘気の質が違うことに気付いて、警戒を強めていたのだろうが、気付かれること自体予想外だった。感受性と洞察力に優れる獣人。
そんなウォルトが訊いてくる。
「今の闘気は…?」
「闘気を更に洗練させたモノだ。表現するなら、圧縮されて密度の濃い闘気…とでも言うべきか。この闘気は魔法障壁すら切り裂く」
対魔法戦のタメに編み出された技能。洗練された闘気は魔法すら切り裂くが、闘気の消費量も大幅に増加する。多用できないのが難点。
これまでの闘いでかなりの闘気を消費した。だから、連続で攻撃を仕掛けられないでいる。中途半端な攻撃では予期せぬ魔法で反撃される可能性が高く、確実に仕留めることができない。
ウォルトはまだ手の内を見せていないという確信がある。あらゆる手を使って、油断せずこの魔導師に勝ちきってみせよう。
「圧縮された…闘気…」
「そうだ。日々の修練が可能とする……むっ…?!」
いつの間にかウォルトの出血が止まっていることに気付く。ずっと構えは解かず、こちらに鋭い眼光を向けていたのに…だ。
「まさか…掌も翳さずに魔力の操作だけで傷を塞いだのか…?信じられん…」
そんなことが可能なのか…?いや、この男なら可能だろう。
「自分の傷を塞ぐ程度なら、時間はかかってもなんとかなります。他人のは難しいんですが」
平然と言っているが、『難しい』ということは裏返せば『可能』だということ。ウォルトと話していると常識などすぐに覆される。こうして会話している間にも徐々に回復しているのは想像に難くない。今になってアイリスの言葉が脳裏をよぎる。
「世界は広い。自分の常識を壊す存在に出会いました」
その通りだ。世界は広い。
会話しながらも、ウォルトは獣がなにかを観察しているかのような目で瞬きもせず俺を見つめている。
「なにを考えている?」
問いには答えず急に右手を翳して詠唱した。
『火焔』
瞬間、目にしたこともない巨大な炎が迫る。躱すのは不可能なほど巨大な炎。
「ぬぅぅっ…!!」
全力で闘気を放出して防ぐ。なんて奴だっ…!!集中も予兆もなくなんという威力の魔法をっ…!!
洗練された闘気を纏っていても、火傷しそうなほど凄まじい熱量。髪の焦げる匂いがする。
「うぉぉぉぉっ…!!消え失せろぉっ…!!」
咆哮とともに膨らんだ闘気で炎は霧散した。ウォルトを見やると、表情を変えることなく俺を見つめている。
「フゥゥ……」
落ち着くために深呼吸する。
身体が熱い…。いつ以来だ…?熱さに反比例して芯から背筋が凍るような感覚。命の危機を感じた。凶悪としか表現しようがない、まるで……竜の息吹のような業火。
「まだ最高威力ではないと言うのか…」
「久しぶりに『火焔』を詠唱しました」
無表情で答えた猫の獣人は、傷に手を翳して『治癒』を使っている。見つめてくる表情から思考は読み取れないが…おそらく今の『火焔』は単なる時間稼ぎ。
勝負を決するつもりで放ったのではない。おそらく回復の時間稼ぎだろうが、焦りや動揺を微塵も感じない。受けきられて当然という空気を漂わせている。とんだ勘違いだが…気付かれぬよう動揺を押さえつける。
落ち着いて腰に剣を構えると、合わせるかのようにウォルトも構え直した。
「君の魔法は俺の想像を遙かに超えている」
「大袈裟です。ボクはカネルラ騎士団長の凄さを身に沁みて感じています」
どの口が言っている。そう思いながら自然と口角が上がる。こんな強者と仕合えるなどまたとない幸運。他ならぬ自身が望んだこと。
表情には出さないが、『火焔』を防いだことで一気に闘気を削られてしまった。既に残量は底をつく寸前。
ウォルトは数え切れない魔法を放ちながら焦りすら見えない。おそらく、さっきの『火焔』すらも本気ではないのにだ。
嫌でも実感する。この男は化け物だ。
たとえそうであろうと、カネルラの民を守る騎士団長として負けられん。アイリスが言うように、眼前に立つ強者すら守るのが我々騎士の使命。
次の攻撃に全てを賭ける。集中して闘気を練り上げ、刮目して闘気を放つ。
『闘気術・薙』
その場で抜刀し技能を繰り出すと、舞台を覆い尽くすように闘気の刃が広がる。『魔物部屋』なら全ての魔物が上下に両断される技能。
「フゥッ!」
躱すなら空中しかないとばかりにウォルトは助走をとって跳躍した。俺に空中から打撃を繰り出すつもりだろう。あるいは魔法か。
だが予想の範疇。むしろ誘い込んだ。剣を手放し、空中で回避行動がとれないウォルトに向かって右手を翳す。左手で右手の手首を掴み固定した。
『闘気術・空破』
翳した右掌から、空中のウォルトに向けて闘気の塊を打ち出す。所持する魔力量が少ないゆえに魔力の代替として闘気を使った『破砕』を編み出した。それが『空破』。
騎士であるのに武器である剣を手放して放つ。これ以上ない奥の手。体内に残された闘気を1滴残らず振り絞って放つ。反動で動けなくなるのは承知の上。
この一撃で勝負を決める。術の反動で身体が大きく揺れた。
「ぐぅっ…!!」
右腕が衝撃に軋む。放たれた闘気は、迫りくる白猫の獣人を捉えて大きく吹き飛ばした………はずだったのに、跳躍した勢いそのままで闘気の塊の中からウォルトは姿を現す。その身体に……洗練された闘気を纏って。
「ウラァァァッ!!」
「バカな……」
空中で弓のように右足をしならせ、目を見開いて動けない俺の左側頭部にウォルトの回し蹴りが命中した。
★
体勢を崩しながら着地したウォルトは、次の攻撃に備えて素早く距離をとる。
ボバンさんは、仁王立ちのまま動く気配がない。渾身の一撃を放ったのに耐えられてしまった。反撃に備えてしばらく様子を見ていたけど、ふと気付く。
構えを解いてボバンさんに近寄り、頭を下げて呟いた。
「ありがとうございました」
ボバンさんは……立ったまま気を失っている。褐色の瞳はしっかり前を見据え、柔らかい微笑みを湛えている。なんて格好いい男だ。
洗練された闘気を纏ったまま、渾身の回し蹴りを繰り出した。ボバンさんは無防備だったし、この一撃が決まれば倒せると思った。それでも無理だったのに悔しさはない。ただこの人の強さを称えたい。
気を失ってもなお戦場に凜と立つカネルラ騎士団長。見事という他に表現する言葉が見つからなかった。
★
「む……ぅ……」
ゆっくり瞼を開いた視界には白い天井。首を捻れば見慣れた内装が目に入る。闘技場の医務室であることは一目瞭然。
俺は……負けたのか……。
「気が付いた?」
「おぉぅぉっ!?!」
ベッドの縁に手を掛けてピョコッ!と王女様が顔を出した。驚いて変な声が出てしまった…。
「王女様…。心臓が止まるかと…」
「あははは!ごめんね!体はどう?」
上体を起こし首や腕を回しても違和感も痛みもない。
「異常はないようです。王女様の加護の力で回復して頂いたのでしょうか?」
「私じゃなくてウォルトの『治癒』だよ。よく効いてるでしょ♪」
王女様は満面の笑みを浮かべる。気付いてはいたが、あれだけの闘いを繰り広げてまだまだ魔力に余裕があるというのか。
本当に魔導師としての底が見えない。だが俺はもう驚かない。拳を交えた今、驚くのは失礼だ。
「そうでしたか…。…王女様」
「なぁに?」
「彼は……王女様の親友は規格外の魔導師です。常識破りであると云わざるを得ません」
「だよね♪カネルラにはウォルトより凄い魔導師はいないよ」
「異存ありません」
あんな魔導師がそうそういては堪らない。だが、そうであれば楽しみは増える。
「ねえ、ボバン。私の言った通りだったでしょ?」
「言った通りとは…?」
王女様は腰に両手を当てて胸を張る。
「私の親友は強かったでしょ♪」
『どうだ!!』と言わんばかりの堂々とした振る舞いに思わず笑みがこぼれる。
「仰る通りです。私の完敗です」
王女様には未来が見えていたのだろう。先見の明がある御方。そう思いながら嫌な気持ちは微塵もない。
親友と闘いたいという無茶な要求を許可して頂いたことに感謝しかない。そして、ただただ清々しい。ウォルトには感謝だ。俺もまだ高みへと上れる。そんな闘いだった。
「もう大丈夫なら皆のところに戻ろう!心配してるよ!」
「そう致します」
★
ウォルトがボバンを魔法で治療して医務室に運んだあと、闘技場に残ったテラは興奮冷めやらぬ様子で談笑していた。
「ウォルトさん!凄いです!騎士団長のボバンさんに勝っちゃうなんて!」
「勝ってないです。負けなかっただけで」
私は興奮が治まらない。でも、ウォルトさんはいたって冷静。
「そうですな。あのような姿を見せられては素直に勝ったとは言えないでしょう」
「アイリスさん。ボバンさんは凄い人ですね」
「そうですね…」
アイリスさんは複雑な表情を浮かべた。
「あの…ウォルトさんはどうやって闘気を修得したんですか?」
「闘気…?あぁ…ボクのは闘気じゃなくて魔法です。似ている魔法を考えただけで」
「似ている魔法?」
「魔力を操作して、闘気と同様の効果を得る魔法を修得したんです」
「そんなことが…できるのですか?」
「はい。だから闘気ではなく魔法なんです」
「もしかして、最後に団長が放った闘気に耐えることができたのも…?」
ウォルトさんはコクリと頷く。
「途中からボバンさんが纏っていた闘気は、闘気を圧縮して洗練したと教わりました。観察して同様に改良した魔法を纏ったんです。耐えきれたのは運がよかっただけで」
「そんなことができるなんて…」
カリーが近づいてきてウォルトさんに頬擦りする。
「ヒヒ~ン!♪」
「ありがとう。カリー」
楽しそうにモフりあう猫と騎馬を尻目に、悩んでいるアイリスさんにダナンさんが話しかけた。
「アイリス殿。闘気の質について気になっているのですか?」
「そうなのです…。私の推測では、闘気が同質であったと仮定すると、団長が最後に放った闘気よりもウォルトさんの纏う闘気の量が多かったから防ぐことができたはず」
「言うなれば、『魔法障壁』ではなく闘気による障壁ですな。おそらく、内包している闘気量と魔力量の差が明暗を分けたのでしょうな」
「ウォルトさんは信じられない技量の魔導師です。あの激しい闘いの中で模倣できたことに舌を巻きます。驚かされることに慣れたと思っていましたが、にわかに信じられません。ただ、嘘を吐くような人じゃないことは知っています」
話が難しくて私にはわからない。でも、ウォルトさんは凄い魔法使いだと言ってることだけわかる。
今日は色々とわからないことばかりだけど、私にもできることがある!
「お疲れでしょうし、今日はダナンさんとウォルトさんの慰労会をしましょう!」
「いいんですか?ボクが料理を作ります」
「ダメですよ!闘って疲れてるのに!なに言ってるんですか!」
「そうですか…」
慰労会の意味!…と、私の肩をトントンと叩いてダナンさんが耳打ちしてきた。
「好きにさせたほうがいい。ウォルト殿は筋金入りのもてなし好きだ。落ち込んでしまって慰労会どころではなくなる」
「まさか~!?」
ウォルトさんに目を向けると、ダナンさんの言う通りで目に見えて落ち込んでいた。『残念だニャ…』とか言い出しそうな顔で、肩を落としている。
えぇぇ~!?まるでいじめているような…いたたまれない気持ちになってしまい、仕方なく告げる。
「ウォルトさん。よかったら料理を作ってくれませんか?身体が大丈夫ならですが」
すると、一気に元気を取り戻して『やったニャ!』と笑顔になる。
「いいんですか!?実は観光したときに気になった食材があったんです!絶対美味しいと思うんですよ!テラさん、ありがとうございます!」
ウォルトさんは目を輝かせる。
ホントにいいのかなぁ…?と思いながら、幸せそうな姿を見て無理やり納得した。
読んで頂きありがとうございます。