88 カネルラ騎士団長
暇なら読んでみて下さい。
( ^-^)_旦~
舞台上で対峙する2人を見ながら、テラが純粋に疑問をぶつける。
「アイリスさん。ボバンさんてどのくらい強いんですか?」
訊かれたアイリスさんは、少し困ったような表情を見せた。
「私にもわかりません」
「アイリスさんも闘ったことがないとか?」
「そうではなくて…比較する対象が皆無なのです。私はあの人と比べられる強者を知りません」
「そんなに…」
舞台に視線を移すと少しずつ間合いを詰める2人の姿。長剣を構えるボバンさんに対して、素手のウォルトさんは素人目に見ても分が悪い。とにかくハラハラしてしまう。
「フッ!」
先にボバンさんが動いた。遠い間合いから斬撃を繰り出すと、剣から魔法のような刃が襲いかかる。ウォルトさんはひらりと身軽に躱した。
「いい身のこなしだ。予期してなかったろうに」
「驚きました」
「そうは見えんな。フンッ!」
次の斬撃は複数の刃を飛ばし、ウォルトさんは躱すことなく魔法の壁のようなモノを展開して弾いた。目にして驚く。
「今のなに?!なんか魔法みたいなのが?!」
「テラは知らなかった?ウォルトは魔法が使えるんだよ」
リスティア様が笑う。
「えっ!?獣人って魔法を使えないんじゃないですか…?」
「そうなんだけどウォルトは違うんだよ♪」
「皆は知って…?」
頷く一同。
「まぁ説明するより見た方が早いよね!」
王女様の笑顔を見ながら、ウォルトさんが武器を持っていないのには理由があったのか、と納得した。
★
ボバンは早速驚かされた。
「『魔法障壁』をいとも簡単に。どうやったんだ?」
無詠唱で過去に見たこともない展開速度と強固さ。一瞬かつ鉄壁。集中などしていたかも怪しい。想像以上の魔導師だ。
「魔法使いなら誰でもできます。ご存知では?」
首を傾げるウォルトを見て苦笑する。なるほど。俺をバカにしているワケではないか。
「君の戦闘魔法を見たいんだが」
「わかりました。『火炎』」
ウォルトが翳した右手から特大の炎が放たれた。素早く身を躱して確認する。
「…今のが『火炎』だと?『火焔』だろう?」
「いえ。『火炎』です」
「そうか。面白いな」
「そうですか?」
騎士として魔法の知識は蓄えている。同じ魔法なら威力や効果はほぼ同等になるはずで、過去の経験上そうだった。威力の違いは単純な技量の差。
ならば今の『火炎』をどう説明する?どう見ても『火焔』にしか見えなかった。嘘を吐いてなどいない。この男は見栄を張るようなつまらない獣人ではない。
アイリスを破った規格外の魔導師の実力に、腹の底から嬉しさが湧き上がってくる。
「こんな気持ちは久しぶりだ。感謝する」
呟いた直後、騎士特有の運足で一気に間合いを詰める。剣戟をどう凌ぐ…見せてもらおう。
「ふん!」
接近して躊躇いなく長剣を打ち下ろす。狙いは頭部。腕を交差して魔法で受け止めたウォルトの腰が沈んだ。
「ぐぅぅっ…!重いっ…!」
「素手なのに手甲並みの硬さだな。フンッ!」
ガラ空きになったウォルトの腹部に蹴りを放つ。さすがに腹までは硬くないだろう。
「ぐぁっ…!」
後ろに吹き飛んだウォルトは、辛うじて転がるまでいかなかったが片膝をつく。
「コレを食らっても倒れないか。むっ…?!」
『氷結』
両脚が一瞬で凍りつき、低い姿勢のまま間合いを詰めてくる。闘気で氷を砕いたがウォルトは既に眼前。
「ウラァァ!」
胴を狙った拳を冷静に掴んで受け止めた。相手が獣人とはいえ、細腕でこの程度の威力なら素手で受け止めるのは容易い。体格からの予想通り獣人としては非力な部類。
「いい拳だがそれだけだ」
「フゥゥゥ……ウラァッ!」
間髪入れずに、空いた左拳を顔面に叩きつけてきた。掴もうとしたが勢いを止めることができず直撃する。
「なにっ!?ぐぅっ…!!」
殴られた衝撃で掴んでいた右拳を離してしまった。ウォルトは跳んで距離をとる。今の一撃は効いた。『身体強化』には見えなかったが…。
殴られたウォルトの拳を見て、止められなかった理由に気付く。驚くべきことにコイツが拳に纏っているのは魔力ではなく…。
「まさか……闘気を使えるのか?」
「ボクのは魔法です。似て非なるもの。闘気は騎士しか使えないことを知ってます」
左拳に『闘気』を纏ったままおかしなことを言う獣人。殴られた俺にはわかる。洗練されてはいないが、紛れもない闘気による打撃。長い年月をかけてカネルラ騎士が編み出し後世へ受け継いできた技能。
それが魔法だと?どうやって身につけたというのか。
「どうやって魔法の闘気を修得したんだ?」
「アイリスさんと闘った記憶を頼りに修得しました」
「…かなりの短期間で、誰にも教わらずに…か」
「しかと見せて頂いたので充分でした」
言ってる意味がわからない。非常識な獣人は早くも次の行動に移っている。俺に向けて素早く両手を翳した。
『凍砕』
「なにっ?!…はぁぁぁっ!!」
凍気を含んだ衝撃波をどうにか闘気で防ぎきる。予想外の…凄まじい威力の見たこともない魔法だった。『氷結』とも『氷塊』とも違う。まともに食らっていれば凍りついていただろう。
「初めて目にする魔法だ。『凍砕』と言ったか?」
「『氷結』と『破砕』の複合魔法です。ボクが勝手に名付けました。魔法を使える者なら誰でも…」
「できてたまるか。どれだけ俺を驚かせば気が済むんだ?見たこともない魔法を見れることは有難い」
不可能と云われている複合魔法まで軽々と操るとは恐れ入った。面白すぎる。
警戒を解かずにいると、ウォルトの表情が緩んだ。
「実は…さっきの闘技絢爛にあてられて柄にもなく熱くなってます。ボバンさんを驚かせてみたくて、ボクにできるのは複合魔法くらいだと思いました」
「そうか。ダナン殿とアイリスに感謝しないとな。では…俺も見せるとしよう」
驚いてくれるといいが。
剣先が地面に着かんばかりに低く左下段に構え、膝に溜めを作ると一息で間合いを詰めて右手1本で斬り上げる。
「速いっ…!」
上手く仰け反って躱された。真剣を相手に大した見切りだ。だが、躱すのは織り込み済み。更に踏み込んで、左の掌をガラ空きのウォルトの胸に添える。
『破砕』
魔法がウォルトを襲った。
「なんとっ…!」
「団長が魔法を!?」
ダナン殿とアイリスの驚く声が届いた。
「ぬぅっ」
吹き飛ばした…と思ったが、ほんの少し後ろに下がったウォルトの身体と俺の掌の間には薄く強固な『魔法障壁』が展開されている。無傷のウォルトは素早く後方に跳んで距離をとった。
なんという魔導師だ。意表を突いたつもりが完璧に防がれた。
「アイリス殿も知らなかったのですか?」
「知りません…。そんなこと一言も…」
アイリスは知らない。少なくとも、アイツが入団してから一度も見せたことはないはずだ。
「誰にも言っていない。昔、教えてくれた魔導師以外は知らないだろう。この程度の魔法では届かないか。あの一瞬で障壁を張るとは」
信じられない技術。瞬時に限定された範囲だけに障壁を張って防ぐなど俺の知る魔法の常識では考えられない。自分が修練したからこそ非常識さがわかる。
「見事な魔法でした」
「だが防がれた。なぜか教えてくれないか?」
「魔法を発動するときは必ず魔力を操作する必要がある。魔力の流れを感じただけです。ボバンさんが魔力を有していることは気付いていたので、もしかして…と思っていました」
「そんなことまでわかるのか」
魔法戦では重要な要素だと聞いたことがある。だが、一介の騎士である俺に魔力の隠蔽などできはしない。ただ、並の魔導師相手なら通用していた気がする。
「『破砕』を操るのだと直ぐにわかりました。ボバンさんは魔法を操る騎士……魔法騎士ですね」
ウォルトの表情には純粋な驚きが現れている。可能な限り速い詠唱だったがそれでも届かなかった。
「そんな立派な魔法ではない。『破砕』しか使えないし、魔力も1発で打ち止めだ」
「それでも凄いです。詠唱も威力も見事でした」
「完璧に防いでおいてよく言う。よければ、君の最高威力の魔法も見せてくれないか?」
純粋にこの男が操る最強の魔法を見てみたいと思った。その魔法を受けきった上で勝ちたい。だが、ウォルトは苦笑いを浮かべる。
「この場所では無理です。由緒ある舞台を壊したくないので」
この闘技場はかなり強固な建造物。それを壊せるだと…?いや…疑うだけ無駄か。
「ならば……可能な限り見せてもらう!」
「そのつもりです」
再び構えをとる。やはり城門ですれ違ったときに感じた強者の匂いは間違いではなかった。あの時、全身に鳥肌が立った。久しく忘れていた感覚。
王女様や、アイリスのことを信用しないワケではなかったが、直に対峙して魔法を目にしてこそ感じる。
目の前の獣人は…常識外れだと。
獣人の魔導師であるだけでも驚きなのに、人間やエルフなどの魔法を得意とする種族と同様か、それ以上に魔法の扱いに長けている。
聞いていたとおり俺の知るどの魔導師より技量は上。カネルラで並ぶ者はいないだろう。そんな男との仕合で…燃えないワケがない。
「まだまだだな」
「はい。気合いが入ります」
★
舞台上では派手な闘いが繰り広げられる。
ウォルトが多彩な魔法で攻撃すれば、ボバンは闘気を使った攻防一体の技能を繰り出す。真剣に闘っているのに、よくできた芝居を見せられているかのよう。闘いを見守る者達はそんな錯覚に陥っていた。
「ウォルトさんが強いって本当なんだ…」
最初は心配だったテラも闘いから目が離せないでいる。
同じく闘いを見守るアイリスは、ウォルトの強さに目を見張る。団長との仕合を観たいと言ったものの、一瞬で勝敗が決まる可能性もあると感じていた。そんな心配は杞憂に終わる。
おそらくウォルトさんは私と闘ったときよりも強い。やはり、あの時は手加減されていたのか。たとえそうだとしても、今は悔しがる時ではない。自分が望んだ二度と見ることが叶わないかもしれない闘いをしかと目に焼き付けなければ。
ダナンとカリーは、寄り添って闘いを見守る。予想していた通り、ボバン殿は己の時代の団長よりも強い。鍛え抜かれた剣技と闘気術。鬼神のごとき強さだ。おそらく歴代の団長の中でも上位に位置するのではないか。
そして…そんな強者を相手に一歩も退かぬ大恩ある獣人の魔導師。2人の闘いを目にして、ギシリと拳を握りしめる。
アイリス殿と闘い終えたばかりだというのに、興奮を抑えきれず流れてもいない血が沸くような感覚。この世に思い残す事はない…と口にしながら、こんな闘いを見せられてはまだ死にきれないとも思う。
「ヒヒン?」
カリーに『焦らなくていいんじゃない?』と言われた気がした。既にこの世に生はない。逝き急ぐこともないのだろうか。
少し心が軽くなった気がした。
読んで頂きありがとうございます。