84 友人と再会
暇なら読んでみて下さい。
( ^-^)_旦~
息を切らしてやってきたのは、カネルラの王女であるリスティア様の居室。
ここ何日か姿をお見かけしていないが、今日は稽古事の日だろうか?
王女様の予定を全て把握していないので不在の可能性もあるけれど、悠長なことは言っていられない。
呼吸を整えながら力強くドアをノックするも、室内から反応はない。いつもなら元気のいい返事が聞こえるけれど、どうやら不在の様子。どうするべきか…。
次の行動について考えていると、運よく王女様の専属メイドが通りかかったので、所在について尋ねてみることに。
「王女様は識者会議に出席されています」
「識者会議…。そうでしたか…」
識者会議は、国の政策や諸問題について話し合う重要な会議。途中で抜け出すワケにはいかない。
「急用でしょうか?」と尋ねられた。深刻な表情を浮かべている私を見て気にかかったのだろう。
「王女様に早急にお伝えしたいことがあるのですが…会議では仕方ありません」
ウォルトさんに王女様にも会ってもらうよう頼んでみようとも考えたが、彼の性格から察するに「忙しいのなら邪魔はしたくない」と言って帰ってしまう可能性が高そう。
そもそも、フクーベに帰る直前に立ち寄った可能性もある。残された時間があるのかすら怪しい。
1つだけ確かなことがある。会えるチャンスがあったのに、会えなかったことを知ったら間違いなく王女様は悲しむ。
出会いから数カ月が経った今でも、ウォルトさんと再会することを心待ちにしているのは私が一番理解している。
王女様が、ウォルトさんのことを気兼ねなく話せるのは私だけ。あの出会い以降、「また行きたいね」と何度も仰られているのだ。
思い悩む様子を見かねたのか、メイドが口を開いた。
「アイリスさん。会議の様子を確認に行かれてはどうでしょう?休憩中の可能性もあります。様子を見て伝えるか決められてはいかがですか?」
「しかし…大事な会議です。邪魔をするわけには…」
「会議室の扉は大きいので、少しだけ開けて覗いてもまず気付かれません。私はたまに実行しています。その時、決断すればいいのでは?とても話せる雰囲気ではないと判断したら諦めても仕方ないでしょう」
「なるほど…。行ってみます!」
メイドはコクリと頷き、私も返礼して走り去る。
乱れた息を整えながら王城の会議室前に立つ。目の前の重厚な扉の内側では、カネルラの王族や重鎮達による厳かな会議が開かれているはず。
…よし!
意を決して音を立てぬよう扉を少しだけ開いて室内を覗き見る。
会議室の中央には円卓が配置されていて、国王様や王子様、宰相達の姿が見える……のに、肝心の王女様の姿が見当たらない。なぜ…?
会議中と思いきや実は休憩中なのか談笑している。何度見渡してもリスティア様の姿はなかった。
★
観光を終え、約束の時間の少し前に王城の門前に舞い戻ったウォルト一行。さっき対応してくれた守衛のトニーさんが話しかけてきた。
「おっ!待ってたぜ!アイリスを呼んでくるからちょっとだけ待っててくれ」
そう告げると、哨舎に戻って別の守衛と交替したのち足早に城内へ向かった。話が早いなぁ。
「忙しいのなら無理しなくていいんですが」
「でも、今回を逃したら当分会えませんよ?」
「その通りですぞ。会わせてくれるのであればお言葉に甘えましょう」
「ヒヒン!」
頬擦りしてくれるカリーの顔を撫でる。魔力の粉は大丈夫そうだな。
「そうですね。ちょっと申し訳ないですけど、今回は許してもらいます」
アイリスさんが来るまでのんびり待つ。テラさんが話し上手なので、会話が途切れることはない。凄く社交的な人だ。
やがて、城の大扉がギィィ…と音を鳴らしながら開いた。扉に視線を移すと、そこには可憐なドレスを身に纏う見覚えのある少女の姿。
「ウォルト!!」
大きな声でボクの名を呼んだ少女は、扉の隙間から飛び出すと一目散に駆けてくる。しゃがんで彼女の到着を待つ。
「ウォルト~!」
一切スピードを落とさず突っ込んでくる。勢いを殺すように優しく受け止めてあげると、首にヒシッと抱きついた。
「本物だぁ!相変わらずモフモフだね!」
花が咲いたような笑顔で嬉しそうに話す。
「欠かさず毛皮の手入れをしてるからかな。久しぶりだね、リスティア」
リスティアの背後からは、騎士団長のボバンさんがゆっくり歩み寄ってくる。ダナンさん達を視界に捉えたのか、リスティアは手を離して告げた。
「ウォルトの友達?私はリスティア!よろしくね!」
「ダナンさん。テラさん。カリー。彼女は、カネルラのリスティア王女です」
「ウォルトの親友なんだよ!」
「実はそうなんです」
ない胸を張るリスティア。ちょっと照れ臭い。
「ウォルトさんが…王女様の親友…?」
「驚きましたぞ…。お会いしたい方が王女様とは…」
当然の疑問を口にするテラさん。ダナンさんも当代の王女がいきなり現れるとは思ってもみなかったに違いない。ボクも思ってなかった。
「説明すると長くなるし、立ち話もなんだから騎士団の控室に行こう!皆も一緒にね!」
「忙しかったんじゃないのか?ボクは獣人だし、カリーもいるけど城の中に入って大丈夫?」
王城に獣人が入っていいものか。場違い感が凄いことくらい感じる。それに、馬種が入るのもあり得ないと思う。
「私と一緒なら大丈夫だよ!廊下もカリーが余裕で歩けるほど広いし!そのために広いと言ってもいい!」
「適当なこと言ってるね?」
「ふふっ。そんなことより、すっごく綺麗な白馬だね!よろしくね、カリー!」
「ヒヒン!」
綺麗だと褒められたカリーは、上機嫌でリスティアに頬擦りしている。魔法は使えないと言っていたけど、リスティアにはカリーの顔が感じられているみたいだ。
「くすぐったい!ねぇ、背中に乗ってもいい?」
「ヒヒ~ン!」
カリーは脚を折って座り込むと、『乗っていい』と伝えてる。
「乗っていいみたいだよ」
「ありがとう!…わぁ~!カリーもウォルトに負けないくらいモフモフだね!気持ちいい~!」
「ヒヒン!ブルルル♪」
どこか誇らしげなカリー。リスティアを背中に乗せて嬉しそう。その様子を目にしたダナンさんが呟く。
「カリーが、これほどまで早く心を許した人物を他に知りません…。ウォルト殿と同じかそれより早い。生前は王族が相手であっても容赦なく威嚇していたというのに…」
カリーはそんな騎馬には見えないけど、相棒のダナンさんが言うのだから真実だろう。
「じゃあ行こう!ところで、アイリスはいないの?」
「アイリスさんを待ってたんだけど、まだ来てないんだ」
ボバンさんが笑いをこぼす。
「……やはりな」
なにが、やはりなんだろう?
★
遡ること4半刻前。
ボバンは、アイリスにウォルトが訪ねてきた旨を伝えたのち、「行くところがある」と言い残してどこかへと去った。その場所というのが…。
「失礼します」
王城会議室の大扉を堂々とノックして識者会議中の室内へ入る。国王様を含め、皆の注目を集めてしまったが致し方ない。
「どうしたのだ?緊急の案件か?」
国王陛下であるナイデル様に問われる。
「王女様に緊急のお話がございます。よろしいでしょうか?」
「リスティアに?」
「なぁに?」
間の抜けた声と共に王女様がピョコッとテーブルの下から顔を出した。数回参加したことのある会議では見慣れた光景。
御身が小さいので、大人用の椅子に座ると円卓の下に顔が隠れてしまうが、話は聞こえるので本人はこのままで構わないと仰っていた。
「国王様。お伝えしてもよろしいでしょうか?」
「構わん。手短に済ませてくれ」
ナイデル様の許可を得て深く礼をしたのち、リスティア様の傍に跪いて小声で耳打ちする。
「王女様。アイリスに会いにきた者がおります」
「アイリスに?誰?」
「白猫の獣人です。フクーベのウォルト…と言えばおわかりになりますか?」
「ホントにっ?!」
リスティア様の驚いた声に、ビクッ!と驚く識者一同。一斉に視線が集まるが周囲の視線を無視して囁く。
「王都をたまたま訪れて挨拶に立ち寄ったそうです。伝言のみ告げ、直ぐにフクーベに帰還しまう雰囲気でありました。誠に勝手ながら引き留めたのです。「忙しそうなら伝言だけ」と申しておりました。ですが、時間を置いてもう一度訪ねてもらうよう依頼しております」
「わかった!伝えてくれてありがとう!」
礼を告げたリスティア様は、シュタッ!と足の着いていない椅子から下りてナイデル様の元へ向かう。
「お父様。熱が出てきたから部屋に戻っていい?」
「嘘つけ。そんなにシャキッとした病人はいないだろう」
愛娘の嘘をナイデル様は秒で見破る。
「加護の力で抑えてるけど、実は…かなりの高熱なの…。目が回って…」
オヨヨ…と、わざとらしくフラついた演技をする王女様。兄であるストリアル様とアグレオ様は、リスティア様の行動が可笑しくて笑いを堪えきれない様子。
「リスティア…。いい加減にしろ。ボバンの急用がなんであれ会議が終わってからだ」
「むぅ~…!!じゃあ、早く会議が終われば行っていいんだよね?!」
リスティア様は頬を膨らませた。
「どういう意味だ?」
「ボバン!ちょっとだけ待ってて!」
「かしこまりました」
そこから会議はリスティア様の独壇場になった。外交、政策、食料問題に至るまで、識者達が文句の付けようもない見事な解決策を次々と打ち出していく。
全員を唸らせ反論の余地すら与えない。唯一ナイデル様が抵抗しようと試みるも、即座にぐうの音も出ないほど論破されてしまう。
鬼気迫る様子に、ナイデル様を含めた識者達は初めてリスティア様の本気を見たに違いないと思えた。
かく言う俺もその内の1人。普段の飄々とした態度と異なり、誰もが偉才だと認めざるを得ない。王女様は凄まじい御方だ。
「次の議題はっ?!早くっ!!」
「ない。終わりだ」
ナイデル様が告げる。
「会議は終わりだね!みんな、ご機嫌よう!またね♪」
タタタッと足早に会議室を後にする。リスティア様から会議終了を待つように命じられていた俺も識者達に深々と礼をしてあとを追う。
残された識者達は、走り去るお転婆王女の小さな背中をただ見つめていた。
「王女様はやはり傑物です…。あれほどの才を持った方を私は他に知りません」
カネルラの宰相であるカザーブが、苦笑しながらナイデルに話しかけた。先代国王の頃からカネルラを支える重鎮。
「我が娘ながら末恐ろしい。まだ10歳なのだ」
「俺達はとんでもない妹を持ったな」
「まったくだね。自信なくすよ」
ナイデルと王子達も揃って苦笑する。こんなことを笑って話せるのもカネルラならでは。
その後、予定よりかなり早く終わってしまった識者会議は、議題を『リスティアを嫁がせるならどの国か?』に変更して緊張感など皆無のまま続けられた。
アイリスが扉を開けて覗いたとき、既にリスティアが退室した後だった。だが、そんなことを知る由もない。
★
方々を巡ってみたものの、遂に王女様に会うことは叶わなかったアイリス。
肩を落としてとぼとぼ廊下を歩きながらぼんやり考えていた。たとえ王女様が会えなくとも、私がウォルトさんに会わないという選択肢はない。
今日会わなければ気を使って二度と王城を訪ねない可能性もある。そんな気遣いのできる優しい獣人であると思う。
心苦しさを感じながら、騎士団の控室へと戻ってきた。俯いたまま扉を開けて中に入ると、ポスッとなにかに額が当たる。
「なに…?」
眼前には黒い服。徐々に視線を上に向けると、自分の身長を超えたところで白い毛皮が視界に入る。驚いて見上げると、碧く優しい瞳と目が合った。
「アイリスさん、お久しぶりです。王都に来たので挨拶に来ました」
久しぶりに見た微笑むウォルトさんの姿。こんな至近距離で顔を見たのは初めて。
「お久しぶりです…。ウォルトさんもお元気そうで…」
「変わりないです」
言葉を紡げないでいると、ウォルトさんの後ろから明るい声が聞こえた。
「アイリス!よかったね!」
顔を見せたのは笑顔の王女様。よかった…。王女様も会えたんだ…。言葉にならない…。泣いてしまいそうだ…。
安堵して気が緩んだ瞬間、目の前にあるウォルトさんの胸に顔を埋めて泣き出してしまう。
狼狽えるウォルトに、リスティアが『頭を撫でてあげて!』とジェスチャーを送ると、戸惑いながらもウォルトはアイリスの頭を優しく撫でた。
すると、余計に泣き出してしまいさらに狼狽えるウォルトとその様子を見て満足そうに笑うリスティア。
こうして数ヶ月ぶりとなる3人の再会は果たされた。
読んで頂きありがとうございます。