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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
82/706

82 郷愁

暇なら読んでみて下さい。


( ^-^)_旦~

 次の目的地を定めず、ぶらりと王都を歩くウォルト一行。


 闘技場で思いのほか時間が経っていたのか、気付けば涼しさを纏った風が吹き始めている。まだ夕方には早い時間だと思うけれど、そろそろハッキリさせておいたほうがいいだろう。


「ダナンさん。今日はどうしますか?」

「どうするとは?」

「ボクとしては、せっかく王都まで来たので1泊してはどうかと思いまして」

「そうですな…。ただ、我々は持ち合わせもないもので」

「ボクが持っているので問題ないです」

「ウォルト殿のタメに使うべきものです。我々は王都の外で野宿でも構いません。毎度野宿ですからな。ハッハッハッ!」

「一緒に泊まりたいんです。つまりボクのタメです。普段全くお金を使わないので、宝の持ち腐れですから」


 紛れもない本心だ。2人と宿に泊まってゆっくりしたいし、せっかく王都まで来て野宿してもらうなんて考えられない。


「貴方は…。我々には返せるものなどないというのに…」

「礼は必要ありませんが、もし気になるのなら住み家に来るときに獣肉をお願いします。それで手を打ちませんか?」

「わかりました。最高の肉を獲ってきますぞ」

「ヒヒ~ン!」


 カリーも『私も頑張る!』と言ってくれている。宿は後で探すとして、ちょっと気になっていることがあるので確認してみよう。


「ダナンさん。王都にキシックだった頃の面影はありますか?」


 王都に到着してからのダナンさんは落ち着かない雰囲気を纏っている。周囲を眺めて、まるでなにかを探しているように感じていた。


「正直…キシックだったのが信じられないくらい変化しています。場所は間違いなくキシックの跡地だと思うのですが、影も形もないと言っていいですな」

「そうですか。昔と変わらない場所があれば行ってみようと思ったんですが」

「変わらない場所…。今でも存在するのなら、1箇所だけ行きたい場所があるにはあるのですが…」


 少し歯切れの悪いダナンさんに尋ねる。


「どこですか?」



 ★



 私の行きたい場所が、まだ存在しているのか王都の住民に尋ねたところ親切に教えてくれた。その場所は、キシックだった頃から変わらず在り続けているという。


 教えてもらった道をカリーとウォルト殿とともに進むが、柄にもなく少し緊張してしまう。その場所は王都北側の街外れにあった。目の前に広がるは懐かしい風景。


「なんと…。ほぼあの頃のまま…」


 心からの言葉が口をつく。


 私が訪れたかったのは、かつてのキシック住民たちが眠る墓地。訊いた話だと、王都の住民の墓地は別に所在し、この墓地には元々キシックに居住していた者のみが眠っているという。「町が大きく姿を変えても、先住民であるキシックの民が守り続けた先祖代々の墓地は未来永劫残すべきである」という王族の意向だという。


 末裔達が手入れをしているのか、綺麗に草が刈られて墓前には季節の花が活けられている。


「ダナンさん。ごゆっくり」

「お言葉に甘えさせて頂きます」


 1歩1歩踏みしめながら歩を進める。土の感触が懐かしいような…。いや…気のせいだろう。覚えているはずもない。400年の時を超える以前、生前も私はキシックに帰っていない。


 ウォルト殿とカリーは少し離れて後を歩いてくれている。迷いなく歩を進めて墓石の前で立ち止まった。


「久しぶりに帰ってきた…」


 しゃがみ込んで墓石を見つめる。随分と古ぼけてしまった。


「ダナンさん。其方の墓は?」

「私の…家族の墓です。キシックでは、家族は先祖代々同じ墓で眠る慣習があるのです。といっても、実際は墓石に名を刻むだけなのですが」


 手を合わせて祈りを捧げる。ウォルト殿も隣で祈りを捧げてくれている。やはり優しい御仁だ。


 祈り終えて墓石の後ろに回り込むと、背面には亡くなった家族の名が刻まれていた。膝を折ってしゃがみ1つ1つ刻まれた名前に目を通す。


「かなり名前が増えている。皆、子を成したのだな…」


 私にはできなかったこと。刻まれた名を慈しむように指でなぞり、ある名前に差し掛かったところで動きが止まる。


「なぜ……」


 指先には『ダナン 我々と共に』と彫られた文字。項垂れて座り込んでしまう。


「ダナンさん…?」

「申し訳ありません…。しばしこのままで…」


 胸に去来するのは…家族への想い。若くしてキシックを飛び出し、ろくに帰郷もせず家族に心配ばかりかけていた。

 戦死して動物の森に埋葬されたようだが、それは騎士として己の望んだこと。家族と同じ墓に入ろうなどとは微塵も考えていなかった。


 合わせる顔などないと……そう思っていたのに…皆は忘れていなかったというのか…。たとえ短くとも共に過ごした家族を、同じ墓に入れてやりたいと……想ってくれていたのだろうか…。今となっては確かめようもない。



 天に召された家族と心の内で会話したのち、ゆっくり立ち上がる。


「お待たせしました。年甲斐もなくしんみりしてしまいました。しかし…来てよかった」

「もう大丈夫ですか?」

「充分です。正直、なんと言ってよいのか言葉が見つかりません」


 あるのは家族への感謝と後悔の念だけ。揃ってしんみりしていると、ちょうど墓地を訪ねてきた女性の姿が目に入った。

 その女性は歩みを止めることなくこちらへ近付いてきた。年の頃は20歳前後くらいに見えるが。


「こんにちは。我が家の墓に御用ですか?」

「なんと…!こちらの家族の方ですか?」

「はい。私は当代の長女です」


 こんな偶然があるのか…。


「そうでしたか…。私の知り合いの墓でして、気持ちだけですがお祈りを…と」

「ありがとうございます。故人もきっと喜んでいます」


 女性はニコリと笑い、そして続けた。


「貴方は騎士ですよね?うちの家系に騎士の知り合いがいたとは知りませんでした」

「いえ…。私は貴方の家族に大変お世話になったのです。騎士になる前のことです」

「そうでしたか。ところで、貴方は私の亡くなった祖父や父に話し方が似てます。もしかして親戚では?」


 …いかん!あまりの懐かしさに自然とキシック訛りが出てしまったかもしれん…。上手く誤魔化さねば。


「カリー。邪魔しちゃダメだよ」


 背後でウォルト殿がなにやら呟いているが、頭に入ってこない。


「気のせいではないですかな。私は…」


 そこまで口にして急に意識が飛んだ。



 ★



「む…う…」


 この感覚は…。またカリーにやられたのか…。


 目覚めると、家族の末裔である女性とウォルト殿、そしてカリーの3人は地面に寝そべる私を囲んで談笑していた。状況を飲み込めずにいると、女性が話しかけてきた。


「ダナンさん。私はテラと言います。貴方がカネルラを守るために亡くなったご先祖様だったなんて驚きです」

「いや…。私は…そのような者では…」


 立ち上がって、甲冑に付いた埃を払う。


「ウォルトさんから聞きました。カネルラを守るタメに愛馬のカリーと共にこの世に舞い戻ったって。最初は信じられなかったけど…話す内に真実だと思えました。だって、今も復活するところを見ましたし」

「……」

「直ぐに言ってくれればよかったのに」


 花が咲くように笑う。印象的な笑顔だ。信じてくれると言うなら…言っておかねば。


「私は…キシックが退屈だと飛び出して、残った家族に苦労をかけた愚か者。苦労をかけた家族の末裔に名乗る資格すらない」


 皆はキシックで激動の時代を生き抜いた。子を成して命を繋ぎ、遷都を経ても先祖代々の墓を守り続けている。軽い気持ちで逃げるように故郷を離れた男が、名乗れるはずもない。自虐的な思考だが紛れもない事実。自分自身に嫌気がさす。


「貴方のことはそんな風に伝わっていません!勘違いしてます!」

「勘違い…ですと」


 強い口調で否定された。どう伝わっているというのだ…?


「昔、国民や王族を守るタメに戦死した勇敢な騎士が先祖にいた。カネルラの平和を築くために命懸けで闘った偉大な男…それが貴方です!」


 …バカな。断じて違う。


「私はそんな高尚な人間ではない。ただ騎士としての使命を果たしただけ」


 少し苛立ったように話すが冷静に返してくる。


「ダナンさんは、カフスという名に聞き覚えはありますか?」

「…私の兄です」


 3人姉弟だった。姉と兄、そして末っ子に私。


「やっぱり。聞いてた通りです。私はカフスの直系なんです!だから、貴方について伝わっている話を私は信じてます!」

「テラさん…」


 カフスが……そんなことを…。


「水くさいです!テラでいいですよ!だって家族みたいなものだし!」


 なんと優しい娘なのだ…。なぁ、カフスよ…。


「カフスは……いい子孫に恵まれて…」

「あはははっ!会ったことないから褒められるのも変な感じです!私はカフスに似てますか?」


 カフスもテラと同じく笑顔が印象的で、細かいことを気にしない器の大きな男だった。テラの笑顔にどことなく面影があるような気もするが、どちらかというと…


「カフスには似ていない。けれど、姉に似ている」

「マーサですね」

「その通り。よく知っているな」

「自慢じゃないけど直系の先祖の名前はほぼわかります!マーサの名前も家系図で見ました!」

「それは凄い。私は自分の祖父母までしか知らない」

「帰郷しなかったことよりそっちのほうが愚かです♪」


 1本とられてしまった。話すほどに彼女と打ち解ける。テラの性格もあるだろうが家族に会いたくなってしまったな。



 しばらく会話していると遠くで夕告鳥が鳴く。まだ話し足りないが、夕告鳥が鳴けば日暮れの合図。そろそろ宿を探しに行かねばならない。

 死者と子孫の400年の時を超えた邂逅。カフスやマーサが会わせてくれた。そんな気がする。

 

「テラに会えてよかった。そろそろ行かねば」

「どこへ行くんですか?」

「遅くなる前に今夜の宿を探すのだ」

「宿探し?よかったらうちに泊まっていきませんか?」


 気持ちは嬉しいが…。


「そういうワケにはいかん。急に3人も泊まるなんて、ご家族の迷惑になる」

「大丈夫ですよ!私は1人暮らしで部屋も余ってるからカリーも中で泊まれます。ご先祖様とゆっくり話せるなんて夢のようだし!ダメですか?」


 参ったな。そんな目で見られると気持ちが揺らいでしまう。引き下がってくれず困ってしまい、ウォルト殿に助けを求めようと視線を送るが、カリーの横で微笑む目が『貴方に任せる』と言っている。見つめてくるテラの表情は気を使っているようには見えない。


「むむぅぅ~!」


 しばらく唸って捻り出した結論は…。




「カリーは可愛いね!しかも、ふかふかで気持ちいい!」

「ヒヒン♪」

 

 テラはカリーに騎乗して上機嫌に振る舞い、カリーも褒められて上機嫌な様子。生前、私以外を背に乗せたことがないと記憶している。

 何人もの同僚が挑戦しては振り落とされ、大怪我を負った者もいる。騎馬であるのに『騎士殺し』と異名をとっていた頃もあったな。

 だが、ウォルト殿は自分から乗せたがり、テラもすんなり背中に乗せている。時を経て大人になったのだろうか。


 私は…結局テラの家に泊まる提案を了承した。迷惑であろうとわかっていながら、やはりまだテラと話したかった。まさに我が儘ゆえの決断。


「ダナンさん」

「なんですかな?」


 白猫の恩人が笑顔で一言「よかったですね」と呟く。


 ゆっくり頷いて、はしゃぎながら前を行くテラとカリーの後ろ姿を見つめた。

読んで頂きありがとうございます。

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