81 親切な人々
暇なら読んでみて下さい。
( ^-^)_旦~
王都の門前に到着した。
全容は確認できないけど、王都を取り囲む堀を越えるために、門前には橋が設置されている。
どうやら、ボクらは王都の東門と呼ばれる場所にいるらしい。なぜわかったかというと門柱に大きく【東門】と彫られているから。名のある職人が彫ったのか見事な仕上がりの柱。
「立派な門ですね」
「いやはや本当に」
感心して門を眺めていると、門番らしき男が近付いてきた。平和なカネルラらしいというか軽めの装備を纏った若い男性。
「君達は旅人か?」
門番は柔らかい口調で話しかけてきた。威圧的ではないのが意外に思える。
「フクーベから観光に来ました」
「そうか。遠路はるばる王都へようこそ。ゆっくり見ていくといい」
「ありがとうございます。ちょっと聞きたいんですが、この門が東門ということは他にも門があるんですか?」
「王都には4つの門があるんだ。方角ではなくて、東門、西門、正門、裏門の4つだ」
「ほう。面白いですな」
「昔は正門と裏門だけだったらしいが、街が発展して人が増えたことで東と西に門を増やしたらしい」
「なるほど。ちなみに、王都にはどの位の人が住んでるんですか?」
「はっきり言えないけど、3~4万人くらいじゃないか。いや、もっとか」
人口だけでもフクーベの軽く3倍以上。さすがは王都と感心する。
「観光だって言ったけど、目的があって王都に来たのか?」
「いえ。死ぬまでに一度は王都に行ってみたいと思って来ました」
「同じく。最初で最後かもしれませんな」
「ヒヒン!」
「あははは!そんなこと言わずに何度でも訪ねてくれ。カネルラ王都はいつでも国民の訪問を歓迎する」
気持ちのいい笑顔で門番は告げた。最初に出会えば王都が好きになるだろう。爽やかで嫌味を感じない青年。先ずは情報を訊いてみよう。
「初めて来たので、よければ王都でお薦めの場所なんかを教えてくれませんか?」
「そうだな…。そっちは騎士だよな?となると、手始めに『闘技場』なんかどうだ?最近は武闘会も開催されて話題になった。獣人の間でもフィガロが闘った場所として人気が高い。見といて損はないし今日は面白い催しが見れるぞ」
「是非見てみたいですな」
「ボクもです。行ってみましょう。親切にありがとうございました」
「他にも沢山ある。困ったら周りにいる誰かに聞いてみてくれ。王都民は親切な奴が多いから心配いらない」
闘技場への道順を教えてもらい、最後まで爽やかな対応をしてくれた門番に礼を伝えて王都の門をくぐった。
ここから先は、ダナンさんも徒歩で向かう。槍を手に持っていると目立つのでカリーに背負ってもらうことに。
王都の道は広く、特に門から真っ直ぐ続く大通りはかなりの道幅。正面にはそびえ立つ王城。闘技場は大通りを抜けて西に進むと見えてくるらしい。
行き交う者は人間の割合が高いけど、獣人やドワーフ、ハーフリングなどもいて多種多様だ。
「ボク達も見向きもされませんね」
「珍しくないのでしょう。さすがは王都ですな。それにしても…」
「どうかしましたか?」
「いえ、なんでもありません。…アレが闘技場ではないですか?」
眼前に現れたのは大きな円形の建物。近づくにつれ大きさに圧倒される。よく見れば石積みの外壁。かなりの労力をかけて造られたんだろうな。入口を探しながら迂回するように歩くと、行列ができているのが目に入った。
「なんでしょう?」
「気になりますな」
「ヒヒン」
入口らしき場所から連なる行列に近付いて、最後尾に並んでいる犬の獣人に話しかけた。
「すみません。この行列は何ですか?」
「知らねぇのか?今日は冒険者と魔導師の交流戦の日だ。お前らも見に来たんじゃねぇのか?」
交流戦?冒険者と魔導師が?そんなことがあるのか。さすが王都。
「ボクらはフクーベから初めて王都に来たんです」
「なら、見ていくのも記念になると思うぜ。券を買えば誰でも入れるしな」
「券はいくらですか?」
「1人100トーブだ」
3人分買っても、道中で馬車の従者に渡された薬代で充分払える額。
「ダナンさん。カリー。よかったら観ていきませんか?代金は持ち合わせがあります」
「冒険者と魔導師の闘い…。昔なら考えられませんな」
犬の獣人が親切に教えてくる。
「今年の武闘会で初めて騎士と魔導師が闘った。そこから交流が始まって、今じゃお互い気合い入ってるんだぜ」
「素晴らしい…。ウォルト殿、甘えさせて頂いてよろしいのですか?」
「もちろんです。ボクも、王都の冒険者と魔導師の闘いを見てみたいです」
「今日は空いてるから余裕で入れると思うぜ」
門番の言う通り王都の民は親切だと思いながら、獣人の様子にボクは内心胸を撫で下ろしていた。
どうにかバレずに済んだ。この旅で特に懸念していたのは、ダナンさんとカリーが生者でないこと。外見で判別できないので、人間には気付かれないと思うけど、嗅覚が優れた獣人には匂いで判別されてしまう。
バレたからといってダナンさん達が不利益を被るとは限らないけれど、余計な気苦労をしてほしくない。
そこで、出発前夜に香水を作っておいた。カリーには記憶にある馬種の匂いを元にいい匂いのする香水をほのかに香る程度つけている。
ダナンさんは全身甲冑なので、事情を説明したあと表面に薄く油を塗って匂いを誤魔化した。おかげでいつもよりテカテカしてるけど本人は特に気に留めてない。獣人の中でも、特に嗅覚の鋭い犬の獣人にバレなければおそらく大丈夫。
そうこうしていると、ボクらが入場する順番が回ってきた。係員らしき男に馬も一緒に入場していいか確認すると、「席には座れないが、邪魔にならないところに立っていれば問題ない」とのことで代金を支払い入場する。
闘技場の中に入ると、中央には正方形の広い石畳の舞台。すり鉢状に広がる観客席には、今か今かと主役の登場を待ちきれない様子の観客の姿。カリーには通路に立ってもらい、邪魔にならない端の席を確保した。
「凄い熱気を感じますね」
「これだけの国民の前で闘いを披露するのであれば、気合いも入るでしょうな」
「ヒヒン!」
周りから聞こえてくる声に耳を傾けると、今日は5人対5人で1人ずつ対決する方式で競い合うらしい。開始を待つ間に、ダナンさんが疑問を口にする。
「ウォルト殿には、退屈なのではないですか?」
「なぜですか?」
「貴方にとっては、王都の魔導師の使う魔法でも物足りないのではないかと」
「魔法を使えるといっても、皆が使えるような魔法しか使えませんから」
「そんなことはないかと思いますが」
「それに、こういうイベントは初めて見るので凄く楽しみです」
事実、師匠とアニカ以外の魔導師が使う魔法を見たことがないので期待しかない。新たな魔法を見れるかと思うと心躍る。それに、楽しみなのはもう1つ理由がある。
「ダナンさん達には申し訳ないんですが、一度この場所に来てみたかったんです。フィガロが闘った場所なので」
「フィガロとは有名な者ですか?」
「フィガロは生涯1対1の闘いで負けたことがないと云われている伝説の獣人で、小さな頃からの憧れなんです」
「そんな獣人が存在していたとは。名を聞いたこともありません。私の死後に活躍した獣人なのでしょう」
銅鑼が鳴り響き、冒険者と魔導師達が入場する。待ってましたとばかりに沸き上がる観客席。選手紹介もほどほどに闘いの火蓋は切られた。
今回の対抗戦は冒険者と魔導師の闘い。魔法と肉体、それぞれの武器を駆使した闘いに大きな歓声が上がる。
「あぁ!今のは惜しかった!」
宣言通り交流戦を楽しむ。冒険者も魔導師も惜しみなく力を発揮して、素晴らしい闘いを繰り広げる。
初めて魔導師と呼ばれる人達の魔法を見るけど、興奮が治まらない。やっぱり凄いなぁ。
★
ダナンは不思議に思っていた。
ウォルト殿は隣で仕合に釘付けの様子。異種交流戦など昔なら考えられない。時代は変わったのだと実感している。互いに切磋琢磨する機会であり、確かに素晴らしい闘いなのだが…。
「カリー…」
「ヒヒン」
小声で話しかけると、通路に立っているカリーは私の心中に気付いているような素振り。
「お前もそう思うか。素晴らしい魔導師ばかりだが、ウォルト殿の魔法とは比べるまでもない」
「ブルルル」
カリーもコクリと頷いて同意する。おかしなことだと思うが、当の本人がとても楽しそうであるのでとりあえず納得するとしよう。
勝敗を2勝2敗として迎えた5人目の闘いを前に、観客の興奮も最高潮に達している。最後に登場したのは、冒険者でも上位ランクと思われる戦士らしき男と、王都最高の魔導師と呼ばれている男。
ウォルト殿は「王都最高の魔導師の魔法を、この目で見れる時が来るなんて…」と感激している様子。
直ぐに闘いの幕が上がる。遠距離から強力な魔法を立て続けに繰り出す魔導師を相手に、防戦一方かと思われた戦士も徐々に攻撃を繰り出していく。一進一退の攻防を繰り広げた両者の闘いは、辛うじて魔導師の勝利で幕を閉じた。
「凄かったですね。さすがは王都最高の魔導師。冒険者達も強かったなぁ」
闘技場を後にした我々の中で、一番興奮しているのはウォルト殿だ。私とカリーには理解しがたい。確かに素晴らしい冒険者と魔導師ばかりだったが、ウォルト殿と闘ったことのある我々は知っている。
王都一と名高い魔導師ですらウォルト殿の域には届いていない。惜しいというレベルですらない。雲泥の差と言って差し支えないのに、子供のような目で闘いを見つめていた。
「本当に凄かったと思われますか?」
疑問をぶつける。
「あれだけの魔法を立て続けに放つ技術と魔力は素晴らしいです。魔法を凌いで攻撃を仕掛ける冒険者も強かった。興奮する闘いでした」
「ウォルト殿の魔法も負けていないと思いましたが」
私の感想を率直に伝える。
「大袈裟です。まだまだ修練しないと。魔導師は本気を見せていないはずです」
本気を…見せていない?どういう意味だ?
「彼らは手の内を隠していると仰るのですか?」
「ボクは2人しか魔法使いに会ったことがないんです。今回は色々な魔法を見たかったんですが、そう簡単には見せてもらえませんね。対人戦では使える魔法も限られますし」
「…そうですな」
なんとなくだが理解できたぞ。ウォルト殿は、出会ったときからこれまで一貫して自分は大した魔法使いではないと発言している。異常と思えるほど自己評価が低すぎるのだ。
アンデッドだったとはいえ、直に闘った私とカリーは肌で感じた。今は闘いの記憶も鮮明に戻っている。この御仁の魔法は、400年前のカネルラ王都でも目にしたことのない見事なモノだ。素晴らしい技量を備えているのは間違いない。
だが、他の魔導師と魔法を比較したことがないのだろう。普段は1人で森に暮らし、2人しか魔導師を知らないということに加え、性格が謙虚すぎて認めないところがあるやもしれん。
己を未熟だと断じ、まだまだ魔導師の高みを目指している。ならば…恩人の邪魔をするべきではない。
「ウォルト殿の向上心には頭が下がります」
「ボクは、師匠から「お前は人の何十倍も努力してやっと人並みだ。死ぬまで学び続けろ」と言われてるので」
「お師匠は厳しい方ですな。なんという方か訊いても?」
「「絶対名前は教えるな!」と口酸っぱく言われてて。ちなみに、名前を聞いてしまうと呪われるらしいです。洒落が通じないので」
「はっはっ。それでは言えませんな」
「ボクも呪われます。やると言ったらやる人です」
「ヒヒーン!」
カリーは嬉しそうに『その時はウォルトも亡霊仲間になろう!』と言っている…のだろうか。
「その時はね」
ウォルト殿は笑顔でカリーを撫でた。
読んで頂きありがとうございます。