80 到着までの道程
暇なら読んでみて下さい。
( ^-^)_旦~
道端で診察した結果、カリーの身体に異常はないことが判明した。素人獣医が英霊を診断できるはずもなく、雰囲気9割の診察ごっこ。
それでもカリーは大満足といった様子で、心なしか足取りも軽くなった。今は歩きながら王都を目指している途中。
「ウォルト殿は、なぜキシックに遷都されたのかご存知ですか?」
「歴史書によると、キシック周辺の地形は高低差も少なくて国境から距離がある。易々と攻め入られることなく、復興が容易だったという理由だったようです」
「言われてみると確かにそうですな。納得できます」
「ダナンさんが存命中のキシックはどんな町だったんですか?」
「静かな田舎町でした。町というより村ですが。自然豊かで農業が盛んでしたな。穀物から野菜までなんでも栽培出来る豊かな土壌があったのです」
「夢のような土地ですね」
作物の育成に万能な土はそうない。動物の森の土も良質だけど、向いてない作物もある。
「ウォルト殿は農業に理解がありますな。私は…つまらないと田舎を飛び出して騎士になったのです。今思えば、雨にも風にも負けず、作物を育てることの尊さに気付けなかったことを自戒しております」
「農業は根気のいる仕事ですね」
「その通りです。皆は…いい時も悪い時も、誰にも褒められずとも自然を相手に辛抱強く生きていたのです。あの頃の私は気付けなかった」
「騎士として王族や民を守り続けたことも立派で、どちらも尊敬します」
「貴方と話していると…年甲斐もなく泣きそうになってしまいます。……ウォルト殿!年寄りを泣かそうとしてはいけませんぞ!」
「そんなつもりはないんですが」
のんびり歩きながら話していると、二手に分かれた三叉路に行き当たる。
「別れ道ですな。キシックの方角は…こちらです」
「わかりました。思ったより早く到着するかもしれませんね」
「ヒヒン…」
なにか伝えたそうにカリーが見つめてくる。なんとなく先に進むのを躊躇っているような素振りだ。
「どうしたんだい?」
「ヒヒン。ブルル」
「えっ?」
カリーの言いたいことがなんとなく理解できた。ダナンさんに少しの間カリーから下りてもらうようお願いすると、少し離れた場所でカリーに確認する。
「もしかして…こっちの道は間違いなのかい?」
「ヒヒン」
コクリと頷いて『そうなの』と言っている。
「カリーはキシックまでの道を覚えてるの?」
「ヒヒン」
カリーは頷く。もの凄く賢い騎馬だ。
「じゃあ、あっちの道が正しいんだね?」
またコクリと頷く。
「困ったな…。どうしよう」
「ヒヒ~ン!ヒン!」
「『私に任せて』って、大丈夫かい?」
カリーは背を向けて森を見渡しているダナンさんに背後から近付くと、カパッと大きく口を開けて兜に噛みついた。
「えぇっ!?」
噛みついたままカリーは大きく首を捻り、スポン!と兜だけが取れてダナンさんの身体はその場に崩れ落ちた。
「ブルルル!」
「そんなことして、ダナンさんは大丈夫なのか!?」
「ヒヒ~ン♪」
カリー曰く『後で戻せば大丈夫』とのこと。どうやら、首を外したのは初めてじゃないみたいだ…。
『今の内に三叉路が見えないところまで進んでしまえばわからない!』とでも言いたげに鼻息を荒くする。
「いいのかなぁ?」
ダナンさんに申し訳ない気持ちもあるけど、動物は帰巣本能を備えていて地理を覚える能力に優れてる。獣人が方向感覚に優れているのも同じ理由かもしれない。カリーを信用することにして、なにかあったら素直に謝ることに決めた。
ぐったりした首なし甲冑と長槍をカリーの背に載せてボクらは歩き出す。兜はボクが脇に抱えることにした。
端から見たら怖くないかな…?
★
しばらく進んで別れ道の見えない場所まで歩き、人目につかぬよう道脇の森に入って甲冑を下ろして頭の部分に兜を載せてみる。
…が、なんの反応もない。参ったな…。
思案していると、突然ダナンさんが起き上がって周りを見渡す。驚いて心臓がバクバクいっている。
「むぅっ…!!私は……なにを…?」
「気が付いたんですね。突然倒れてしまったので驚きました」
「私がですか…?さっきの感覚…。……ウォルト殿…。うちのバカ娘がまたご迷惑をおかけしたようで…」
「なにがです?」
とぼけながらも動揺を隠せない。ボクは噓を吐くのが下手な自覚あり。
「隠さなくてよいのです…。カリーが、私の頭部を外したのでしょう…?何度もやられてますからな…。さすがにわかりますぞ…」
やっぱり…。
右手で槍を掴みながらユラリと立ち上がったダナンさん。すると、ボクとダナンさんの間になぜかキリッ!とした表情を浮かべたカリーが割り込んできた。
「カリー…。ウォルト殿とゆっくり旅を楽しみたいという不純な理由だろう…?我が儘にもほどがある!バカ娘にはお灸を据える必要があるな!」
「違うんです。実は道を…」
「ヒヒ~ン!!」
ボクの話を遮るように嘶くカリー。『うるさい!くそ親父!!』と言っているようだ。
ピリッと空気が張り詰める。まさに一触即発といった雰囲気の中、鼻がピクリと反応する。
「この匂いは……近くに魔物がいます」
「むっ…!?」
「ヒヒン!?」
ぐるりと見渡しても姿は見えないのに、近くにいる。ということは…。
「上か」
上方に視線を向けると、小柄で猿のような姿をした数匹の魔物が歯を剥き出して木の枝に留まっている。いつの間に接近されたのか。動揺していた隙をつかれた。
「初めて見る魔物です。動物の猿のように見えますが」
「森猿ですな。素早くて知能が高い魔物です。力はさほどでもなく、道で行商人や通行人を襲って食料を奪うのですが、此奴らは森の中で遭遇すると非常に厄介」
「機動力ですか?」
「その通りです。木や地形を上手く利用して巧みに攻撃を仕掛けてくる。倒すのも容易ではないので、森で遭ったら逃げるのが得策です」
ダナンさんは魔物にも詳しいんだな。騎士が討伐したりするんだろうか。
「では逃げますか?」
「そうしたいところですが、ちょっと遊んでやらねばならぬようです」
森猿の集団は今にも跳びかからんばかりの態勢。狙いは、カリーの背に収納した食料か、若しくはボクらを喰らうつもりなのか。
小手調べと踏んだのか、1匹の森猿がカリー目がけて飛び降りた。
「キキィッ!」
「それは無理だ」
手を翳して『捕縛』の網で森猿を捕らえると、地面に落ちたところを『氷結』で凍らせる。
「キキッ?!」
魔法で捕らえられた仲間を見て動揺したのか第2波は起こらない。警戒を強めたようで、静かに身体を揺らしてる。
「見事です。飛び降りてしまっては避けようもない」
「警戒しているようです。今の内に森を出ましょう」
「そうですな」
襲われないよう警戒しながら長居は無用と森を離れた。
森を抜けたあとは、引き続き王都を目指し歩く。ダナンさんとカリーの間には、さっきの件でしこりがあったものの「いつものことですから」と軽くやり合って痛み分けとなった。ケンカするほど仲がいい。そんな2人の関係を少し羨ましく思った。
とりあえず、王都まであとどれくらいだろう?体感では道程を半分以上進んでいるけど確かめる術がない。気分転換に食事休憩をとりたい旨をダナンさんに伝える。
「ダナンさん。この辺りで昼食にしたいんですが」
「それは気付きませんで。ゆっくり食事してくだされ」
木陰に移動してカリーに運んでもらった荷物から弁当を取り出し、2人にはお茶と水をそれぞれ差し出す。
ボクだけ食事を終えると、それぞれ距離を置いて小休止。ダナンさんがこっそり話しかけてきた。
「ウォルト殿。さっきは我々のいざこざに巻き込んでしまい、申し訳ありません」
「いえ。原因はボクにもあるので」
カリーを止めなかったのはボクの責任でもある。たとえ正解であってももっと上手く伝える方法があったはず。
「私が道を間違えていたのでしょう?」
「気付いていたんですか?」
「歩きながら、山の見え方が違うことに気付いたのです。それで…恥ずかしながら昔も何度か助けられたことを思い出しました…。カリーは…キシックへの道を覚えていたんですな」
ダナンさんは方向音痴なのか。知らなかった。
「ボクがダナンさんにどう伝えようか迷っていたから、カリーは強硬手段に出てしまって」
「そうでしたか。カリーに感謝せねば」
話が聞こえていたのか、カリーが足取り軽くやってきた。
「ヒヒーン。ヒッヒーン!」
どうやら『気にすんな!ダメ親父なんだからしょうがない!』と言っている。
「…悔しいが、今回はカリーのおかげですな」
「ヒッヒン!」
笑顔で自慢気なカリーを優しく撫でる。そして「休憩も充分です」と先へ進むよう声をかけた。
またしばらく進むと、王都から来たであろう馬車と行き会う。従者に声をかけると、この地点から王都までは馬車で1時間程度とのこと。
カリーが張り切って駆けたいようなので、ボクも駆け出す。やっぱり駆けるのが気持ちいいのか楽しそうだ。
30分ほど駆けたところで、まだかなり距離はあるものの塀に囲まれた大きな街並を視界に捉えた。思わず駆けるのをやめて、風景に見入ってしまう。
「アレが現在の王都…。なんと立派な街だ…」
「凄いですね。さすが王都です」
「ヒヒン!」
離れていてもわかるほど街の規模がフクーベとは比べものにならない。いったい何倍の広さがあるんだろう。
塀に囲まれ、視界に収まりきらない巨大な街の中心付近には、一際大きく存在感を放つカネルラの王城が静かに佇んでいる。
「現代の王城ですな…。素晴らしい景観」
「ボクも初めて見るので興奮してます」
「ヒヒーン!」
甲高い声で嘶くカリーも興奮してるみたいだ。しばらく見蕩れていたけど、気を取り直して声をかける。
「いよいよですね。行きましょう」
「はい。参りましょう」
「ヒヒーン♪」
なんとも言えない高揚感を胸に王都へ続く道を歩き始めた。
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