77 銀狼の修行
暇なら読んでみて下さい。
( ^-^)_旦~
動物の森の奥、銀狼の里にて。
「父さんって炎を吐けるのか?」
突然、息子のペニーが問いかけてきた。いきなり何だ?と思いながら、ギレンは普通に答える。
「吐けるぞ」
「そうか。俺も吐けるようになったけど父さんもできるのか」
「ん…?今なんて言った?」
思わず訊き返す。俺も吐けると言ったか?聞き間違いか?
「父さんは驚かないな。よし!母さんのところに行こう!」
「ちょっと待て!それは本当か?!」
呼びかけに応えずペニーはパースの元へ一目散に駆けていく。
ペニーの奴…炎を吐けるようになっただと?
「なぁ母さん」
「どうしたの?」
穏やかで優しい母パースに向かってペニーは自慢気に言う。
「俺、炎を吐けるようになったんだ!凄いだろ!」
「本当?それは凄いわね」
「本当だよ!見ててくれ!ウゥ~!」
ペニーは低い唸り声を上げて、光沢のある灰色の毛が逆立ったかと思うと大きく口を開く。
すると、ペニーの口から人の頭ほどの炎が吐き出された。それを見たパースは驚いた様子で感想を漏らした。
「本当に吐けるようになったのね…」
「どう?驚いた?」
「びっくりした」
「へへっ!ウォルトのおかげだ!」
「ウォルトさんの?なぜ?」
「ウォルトの言った通りに練習したら吐けるようになった!やっぱりアイツは凄い!」
「ウォルトさんが教えてくれたって言うの?」
「そうだよ。魔法っていうんだ!頑張って他にも使えるようになるぞ~!」
パースの反応に満足したのか、ペニーはサッと身を翻してどこかへ駆けていく。
★
その日の夜。
ギレンとパースは寄り添いながら住み処で寛いでいた。
目の前で眠るペニーは、よほど疲れているのか寝息をたてながらピクリとも動かない。そんな我が子を見ながら呟く。
「ペニーが炎を吐けるようになったと言っていたが、お前のところに来たか?」
「来たわ。言った通りに炎を吐いたわよ」
「そうか…。一体どうやって…」
確かに、銀狼は体内の魔力を操作して炎や氷を吐くことができる。仲間内では『狼吼』と呼ばれるモノで、人族でいう魔法に近い。訓練次第で操れるようになるが、通常ペニーの年齢では習得できない。成長と共に自然と狼吼は上達していく。
「ペニーはウォルトさんに魔法を教えてもらったと言ってたけど」
「魔法だと…?彼は獣人だ。あり得ない」
「そうなのよね。でも、嘘を言ってるとは思えないし」
俺もパースも獣人が魔法を使えないことを知っている。それが【世界の常識】だ。
思えば、ペニーが彼の住み家に泊まりに行って帰ってきたときから、1人でどこかへ出掛けてはしばらく帰ってこないことが続いている。狼吼の訓練をしているのだろう。
銀狼として強さが増すことは喜ばしい限りだが、息子の著しい成長にいらぬ心配が脳裏を掠めるのは親馬鹿だからだろうか。
「ウォルト!今度は負けないぞっ!むにゃむにゃ…」
夢でも見ているのか。楽しそうに寝言を呟くペニーを見て夫婦揃って目尻を下げた。
★
「よし。今日は終わりだ」
「わかった!」
訓練を終えると、ペニーは急いでどこかへ駆けていく。今日はペニーの後をこっそり尾行することにした。
全力で20分ほど駆けたところで洞窟のような場所に辿り着く。ココは…懐かしい…。
里から離れた場所に所在する魔物が出現する洞窟は、自身も若い頃修行に使っていた場所でもある。とはいえ、ペニーのような年齢の時に来たことはない。知る限り魔物の強さもペニーでは手に負えないはずだが…。
ペニーは休憩もそこそこに、しっかりした足取りで洞窟の奥へと向かう。銀狼は夜目が利くので暗い場所でも特に問題ない。
追従して洞窟に入ろうか迷ったが、密閉された空間に入ってしまうと匂いで気付かれてしまうかもしれない。黙って外で待つことに決める。
そう奥深い洞窟ではないので、なにかあれば即座に駆けつけられるよう気持ちの準備だけ整えて入口付近で待機しておく。
……遅いな。
ペニーの匂いが嗅ぎ取れなくなってから、落ち着かずうろうろしたり奥を覗き込んだりしてみる。そうこうしていると、洞窟の奥から耳を塞ぎたくなるような雷撃の音が鳴り響く。
「なんだっ!?」
しかも単発ではなく連発。気が気でない。一刻も早く!と洞窟の奥へと疾走する。しばらく駆けてペニーの姿を視界に捉え、驚きを隠せなかった。
ペニーは凜と立ち、その前方には身体の所々が焼け焦げたような魔物の亡骸が横たわっている。まさか、さっきの雷撃の音はペニーが…?
そうとしか考えられない。雷撃を使えることも知らなかった。雷撃は銀狼の操る狼吼の中で最も相性がよく、使えない者はいないと言っていいほどがまだ教えていない。
驚いたまま立ち竦んでいると、ペニーが俺の存在に気付いた。
「…あれ?父さん!どうしたんだ?!」
「いや…。久しぶりに修行に来たんだが…」
「そうか!俺と一緒だな!」
咄嗟に吐いた嘘だがペニーは信じてくれたようだ。
「今の雷撃は、お前が使ったのか?」
「そうだ。父さん達を驚かそうと思って、ずっと練習してた!バレちゃったけど」
「ウォルト殿に教えてもらったんじゃないのか?」
「違う。炎はそうだけど雷は自分で覚えた!」
「そうか…。驚いたぞ。大したものだ」
「ホントか!?練習してよかった!」
普段ペニーを褒めることなどないが、笑顔ではしゃぐ息子に近づいて前脚で頭を撫でてやる。
嬉しそうな顔で、少し照れているように見える。いつの間にこんなに成長していたのか…。必要なのは、心配することではなく成長を素直に褒めてやることなのかもしれん。
「ペニー。ウォルト殿は魔法が使えるんだろう?」
「えっ?父さん、知ってたのか?」
「いや。パースから聞いた」
「そうなんだよ!ウォルトは魔法を使うし、教えるのも上手い!この間、勝負して負けた!だからもっと強くなって次は勝ちたいんだ!」
「負けた?雷撃は使わなかったのか?」
ウォルト殿は獣人だが狼吼に対抗できるとは思えない。そんな強者に見えなかった。
「使ったけど全部避けられた!ウォルトは強いんだ!」
ペニーは悔しそうだが、それ以上に誇らしげに見えるのは暗に「俺の友達は凄い」と自慢したいのだろう。
獣人が魔法を使えるという事実はにわかに信じ難いが、パースが言うように嘘を吐いているようには見えない。なんにせよ、息子の成長に一役買っている彼には本当に頭が上がらない。近い内に、挨拶に向かうべきかと思案していると…。
「父さん!俺はどのくらい強くなれるかな?!」
無邪気な笑顔で問いかける息子に、目を細めながら答える。
「お前が望むなら歴代最強の銀狼になれる。修行を怠るなよ」
「もちろん!よ~しやるぞ~!打倒ウォルトだ!」
落ち着きなく駆け回る息子を見て、最強への道はまだまだ遠いなと感じながらも、ペニーなら不可能ではないかもしれないと思ってしまうのは、やはり親馬鹿なのだろうか。
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