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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
75/690

75 花酒杜氏

暇なら読んでみてください。


( ^-^)_旦~

 最近のウォルトは、畑で野菜を作るだけでは飽き足らず小さいながら花壇を作って花を育てている。



「綺麗に咲いてくれるかな」


 父さんの影響なのか昔から花は好きだったけど、この頃は見て楽しむだけでなく花茶のように味わって楽しむことも覚えて、花を育てる有用性に気付いた。新たな花を植えて一息ついたところ。


「ん…?」


 手拭いで汗を拭い、少しずつ芽吹き始めた花壇を眺めながらホッコリしていると羽の擦れる音が聞こえた。

 小さな羽音だけど昆虫ではないような、少し重厚感のある音。思い当たる音は記憶にない。


 気にして音の主を探してみると、少し離れた森の中に木の葉に隠れるようにして羽を生やした小人のような者が浮遊しているのが見えた。

 距離が遠すぎるのでハッキリ視認することはできないけど、妖精の類に見える。

 気付いていないフリをしてしばらく作業を続けたけど、なにか起こることもなかったのでせっせと種を蒔いたり水をあげたりと花壇作りに精を出した。



 それから数日経って気付いた。花の成長が遅いような気がする…。

 数日前に蒔いた種はなかなか発芽せず、芽が出ていた花も急に成長が止まった。栄養が足りないとも考えたけど、今までとなにか変わったようにも見えない。腕組みしながら首を捻っても、思い当たる節もない。それならばと魔力を身に纏う。


成長促進(アグレド)


 翳した手から霧雨のように魔力を放出し、花壇を覆い尽くした。魔力は数秒で土に吸収される。


『成長促進』は植物に限らず成長を促す魔法。魔力を栄養に変換していると思うけど、詳しいことはわからない。理由は、師匠が使っていたのを見様見真似で覚えた魔法だから。


 とりあえず経過観察してみよう。次の日を楽しみにしながら住み家へと戻った。

 


 ★



 次の日。


 花壇に向かうと意外な光景が広がっていた。昨日は種だったけど、魔法の効果で花は満開に咲き誇ってる。ただ、花壇の周囲に背中に羽の生えた小人達が倒れていた。

 身長はボクの掌くらい。外見は人間と蜂の中間といった風貌で、性別も難なく見分けられるほどハッキリしてる。初めて見る種族だけど、一体どうしたんだろう?


 不安に思っていると、ボクの気配に気付いたのか1人の女性が目を覚ます。


「ん…う…ん…。…ひゃあ!獣人!?」


 寝起きに目が合って驚いたのか、フラフラ飛んでゆっくり落下し始めた。


「危ない!」


 慌てて両手で水を掬うように優しく受け止める。間に合ってよかった。


「大丈夫ですか?飛べないなら無理しちゃダメですよ」


 ゆっくり地面に下ろす。女性は驚いた様子だったけどゆっくり口を開く。


「ありがとう…。助かった」

「どういたしまして。ボクはウォルトと言います。ここに住んでる獣人です。貴女は?」

「私は…ハピー。この森に住んでる…蜂の【蟲人(ちゅうじん)】よ」

「蟲人?初めて聞きました」

「昔から住んでるけど、人に見つかることはほぼないから。そんなにかしこまらなくていい。普通に話して」

「それなら…。仲間の皆は大丈夫なのかい?」

「大丈夫だと思う。寝てるだけみたいだし」

「目を覚ますまでゆっくりするといいよ。獣の気配もないし心配いらないと思う」

「…私達を見てなんとも思わないの?」

「なにが?どこか変なのかい?」

「……なんでもない」

「あっ!ちょっと待ってて」


 住み家に戻って、お茶用の急須と調合に使う小さなコップを持ってくる。そして、花の蜜を混ぜたお茶を差し出す。


「蜂の蟲人ってことは蜜が好きなんじゃないかと思って。目覚めるのを待ってる間、よかったら飲んでみて」

「…ありがとう」


 ハピーは差し出した小さなカップを受け取ると、恐る恐るお茶を口にして驚いた表情。


「美味しい!カラムのお茶だ!蜜も入っててカラムから採ったのね!」

「よくわかるね。花を無駄なく全部使うと、美味しくなることを教えてくれた人がいるんだ」


 凄い勢いでお茶を飲み干して一息つく。


「やるわね。蟲人を唸らせるなんて」

「蟲人は食通なのか?」

「食通というより、食べられるモノが少ないからこだわりが強いって感じかな」

「なるほど」


 花の有効利用法について熱く語り合っていると、他の面々も目を覚ました。ボクの顔を見るなり大騒ぎし始める。


「うわぁぁ!獣人だ!」

「食われちまう!?早く逃げなきゃ!」

「熱い茶を飲んでるぞ!猫のはずなのに!」

「なんか暑そうな服着てる!獣人なのに!」

「ニヤニヤしながら花を植えてた奴だ!獣人なのに!」


 阿鼻叫喚の蟲人たち。要するに『獣人なのに変な奴だ!』と言われたような気がして若干ヘコんだ。


「みんな!ウォルトは怖い獣人じゃない!私を助けてくれたの」


 なんだって…?とハピーの元にワラワラ集まる蟲人たち。ハピーが経緯を説明してくれて、皆が黙って話を聞いている。


 話し終えたところで1人の男性蟲人が目の前に飛来する。


「ウォルトさん。私はイハと言います。ハピーを助けてくれてありがとうございます。なんとお礼を言っていいか」


 イハさんは皆のリーダーなのかな。


「受け止めただけで大袈裟です」

「なんと懐の深い…。さすがは、これだけの花を育てるだけのことはある」

「どういう意味ですか?」


 そこら辺に生えてる花の種をちょっと拝借して植えてるだけなんだけど。


「蜂の蟲人は花の蜜を主食にしています。貴方の育てた花の蜜は非常に美味でした。しかし…申し訳ない…」

「なにがですか?」

「我々が蜜を飲んでしまうと、花の成長を妨げてしまうのです。適度に飲むようにしているのですが…貴方の作った花の蜜は美味しすぎて制御できなくなってしまったのです。お恥ずかしい限りで…」


 イハさんは目に見えてしょんぼりしている。でも、落ち込まないでほしい。


「満腹になって眠ってしまったんですね」

「いえ。上手く言えないんですが、蜜を飲んでなぜかふらふらっと…。俗に言う酔ってしまったような感覚でして…。こんなことは初めてで」


 蟲人達はうんうん頷いている。全員同意見なのか。花の蜜で酔う…?昨日何かしたかな?


 思い返してみると心当たりがある。


「もしかしたら、ボクの『成長促進』のせいかもしれません。魔力酔いではないかと」

「魔力酔い?獣人は魔法を使えないはず…」


 蟲人にとっても常識なんだな…。素直に感心した。


「ボクは少しだけ使えるんです」


 皆を驚かせないよう指先に小さな『炎』を発現させると、「おぉ~!」と驚きの声をあげる。


「魔力を吸って成長した花の蜜を飲んだから、酔ってしまったのではないでしょうか」

「なるほど。不思議に思っていたのですが、そういう理由であれば昨日まで咲いていなかった花が満開だったのも納得です」


 またうんうんと頷いている。小さい蟲人の同調はコミカルで可愛らしい。


「ところで、皆さんはこの近くに住んでるんですか?」

「住み家は結構遠いところにあるの。この辺りも初めて来た」


 答えてくれたのはハピー。


「そうなんだね。せっかく知り合いになれたし、とりあえず酔い冷ましにお茶しませんか?」


 また住み家から小さなコップを幾つか持ってきて、皆に渡してお茶を注ぐ。

 魔力は入っていないことを伝えると、ハピーの薦めで飲み始めた蟲人が飲み干していく。どうやらお気に召してくれたみたいだ。


 おかわりを求められて嬉しくなる。満足した表情で美味しそうにお茶を飲む蟲人達を見つめていた。


「うまかったぁ~」

「もう飲めない!」


 満足してくれたようで、お腹を膨らませて何人か横になっている。コップを洗おうと住み家に入ろうとしたら、ハピーが肩に留まって話しかけてきた。


「ありがとう。美味しかった。みんな喜んでる」

「こちらこそ。美味しそうに飲んでくれて凄く嬉しいよ」

「ウォルトは優しいね…。蟲人はね、いつもお腹を空かせてるんだよ」

「どういうことだい?この家に来たこととなにか関係が?」

 

 頷いたハピーが説明してくれる。


 蟲人は人里離れた場所で集団で暮らし、身体も小さくて特殊な能力も持たない。人族や魔物に見つからぬように息を潜めて生活している。


 闘う術がないことはないけれど、その時は命懸けになるので可能であれぱ逃げることを選択する。獣に見つかったり、花の咲かない時期になれば根城を変える。そうやって蟲人はひっそり生き延びてきた。住み家に辿り着いたのは、前の住み家を追われたから。


 食料になる花の蜜も飲み過ぎれば枯らしてしまうし、かといって飲まねば自分達が死んでしまう。常に葛藤しながら餓えを凌いでいる。何度も自分達で花を育てようとしたけど、育つ前に移動を余儀なくされることも多くて生活が安定しない。

 昨日、魔法を吸収して育った花の蜜をたらふく飲んで酔った皆は、見たこともないくらい楽しそうだったらしい。

 

「でも…私たちが蜜を飲み過ぎたせいで花が枯れちゃうかも…。ごめんね…」


 しゅんとして頭を垂れるハピーに微笑みかける。


「気にしなくていいよ。多分大丈夫だから。それより、後で皆に話したいことがある。ハピーも外で待ってて」

「わかった」



 一旦住み家に戻って、再び外に出るとハピーの呼びかけで集まってくれた蟲人の前に立つ。


「皆さんに提案があります。この住み家の近くに住んでもらえませんか?対価として花の蜜を提供したいと思うんですがどうでしょう?」

「どういうこと?」


 ハピーが聞き返してきた。

 

「ボクは花を育ててるけど、お茶の材料にしたり墓標に供えたりするくらいで、その他では鑑賞して楽しむだけ。蜜を提供するのは可能だと思う」

「それじゃ、私達だけ得するじゃん」

「その代わり、手伝ってもらいたいことがあるんだ」

「手伝ってもらいたいこと?」


 皆は少し怪訝な顔をする。


「ボクは料理や花茶を作るのが趣味なんだ。だから、味覚が鋭い蟲人の皆さんに助言してもらいたい。美味しい花茶を作るタメに素材を教えてもらったり試飲とかお願いできないかな」

「そんなことでいいの…?」

「蜜のことは蜜に詳しい人に聞くのが一番だろう?おかしくないと思う」


 …と、イハさんから逆に提案される。


「ウォルトさん。それならば我々は貴方に色々な花の蜜を集めて届けます。それでどうでしょうか?」

「そんなことができるんですか?」

「我々は蜜を吸い出して一時的に体内に保管することができます。渡せるといっても少量なのですが…」

「少しでも嬉しくです」

「それと…こちらからもお願いがあるのですが…」

「なんでしょう?」



 ★



 蟲人達は、約束通り住み家の直ぐ近くに住居を構えてくれた。安定した蜜の供給に加えて、獣に見つかっても住み家の軒下に避難して安全を確保することができるようになって、今のところ安心して生活できてるみたいだ。


「軒下に住むのはどうですか?」と提案してみたけど、日の当たる場所が好きらしくボクでもそう思うと納得した。これからは休憩と避難場所として活用してもらいたい。

 

 様々な花の蜜を譲ってくれたり、新作の花茶の味を評価して助言してくれる蟲人の知識と味覚は想像以上。予想以上に勉強になってる。

 生活の安定を図れたことで、蟲人達は自分花の自給自足を始めた。花壇の面積を拡大して共に育てている。


 そんな蟲人達のたまの楽しみが今夜開催される予定だ。


「かんぱ~い!」

「「「「「「乾杯!」」」」」」


 住み家で宴が催される。


 イハさんにお願いされたのは、「たまにでいいから酔える花の蜜を作ってもらいたい」ということ。断る理由はないし、蟲人だってたまには酒を飲みたいだろうと快く了承した。気を張って生きているんだから、多少の息抜きをしても罰は当たらない。


「この蜜はやっぱり最高だ。疲れた身体に染みる」

「美味しいよね~」


 美味だけど癖になるから飲み過ぎはよくないとのことで、自主的に『宴会は月に2回まで』と決めているみたいだ。

 今日は待ちに待った宴会の日で全員楽しそう。ちなみに、飲んだ日は外で寝ると危険なので、住み家に朝まで泊まってもらってる。小さな蟲人が全員泊まっても場所をとらない。


 宴会の肴にはボクが創作した花を使った料理。蟲人は男女合わせて全員で8人。1皿で充分こと足りる。

 興味本位で作った料理が元で、蟲人は蜜だけでなく花弁や茎も調理法次第で少量なら食べられることが判明した。

 宴会となれば存分に料理の腕を振るってもてなしてる。花料理にはまだまだ改良の余地あり。


「今となっては、花を食べてこなかったのが不思議だよ。こんなに美味いのに。食べ過ぎると胃にもたれるのが難点だけど」

「俺達じゃ調理ができない。生ではエグ味が強すぎる。食べられるのはウォルトさんのおかげだ」

「確かに!蟲人の食事に革命を起こしたのが獣人だなんて誰も思わないよね!」


 お茶を飲みながら楽しそうな蟲人達の様子にほっこりしていると、飛んできたハピーが右肩に留まる。


「ウォルト。いつもありがと」

「こちらこそ。いつも助かってる。採取できない蜜を貰ってすごく花茶の幅が広がってるんだ」


 通常なら蜜が採れるはずもない小さな花であっても、ハピー達は簡単に蜜を採取してくる。ボク的には凄い能力だと思う。


「怒らないで聞いてほしいんだけど…ウォルトは変わった獣人だね」

「よく言われるよ」

「けど、私達にとっては救世主だよ。救われた」

「それは違う」

「え?」

「ボクらは友達だろう?持ちつ持たれつだ」

「…そっか!これからもよろしくね♪」

「こちらこそ」


 顔を見合わせて笑った。



 ウォルトが作った魔力を含んだ蜜は『酒蜜』と呼ばれ、後に蟲人の間で人気を博すことになるのだが、それはまた別の話。

読んで頂きありがとうございます。

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