728 南蛮より
「ただいま」
「お帰り」
住み家にやってきたサマラを受け止めてハグをしたウォルト。
「お客さん連れてきたよ」
「ありがとう」
ゆっくり歩いてくるのは、ナムプールの王女ヨウさんと、婚約者のイダチさん。
「ウォルト。久しぶりだね」
「ご無沙汰してます」
「ウチの男衆をぶちのめしたらしいね。吐かせたお付きが悔しがっていたよ」
「腹が立ったので。文句があるなら聞きます」
「あははっ。文句なんてない。代わりに殴ってくれて感謝してるくらいさ。今回は豪快な父上も腹に据えかねたらしく、しばらく謹慎を食らっていた」
「国王も知ってるんですか?」
「短期間で二度目ということで、カネルラから書簡が届いた。エバイル病の流行に至ってないから軽い抗議文だったらしい。父上は昔行ったことがあるとかで、カネルラには好意的でね」
衛兵から王族へ報告があったのかな。ボリスさんは真面目だから。
「今回も君が薬を作ってくれたんだろう?リタが言っていた」
「ボクは知りません」
姉さんは言ってないはず。
「まぁいいよ。謝罪は花街で終えてきた。ココに来たのは、君に刺繍を見てもらうタメだ」
「ナムプールの刺繍ができたんですね」
「まだまだだけど、形になったと思う」
「中へどうぞ。ゆっくり見せてもらいたいです」
「邪魔するよ」
目が合ったイダチさんがニッ!と笑う。ボクも笑った。相変わらず喋らないんだな。
もてなすのはお茶にしよう。前に南蛮のお茶をご馳走になったから、近い味のお茶を出してみた。
「このお茶は美味い。淹れ方も丁寧な仕事だ」
イダチさんも頷いてる。口に合ったみたいだ。
「早速だけど、見てくれるかい」
イダチさんが荷物から取り出して布を手渡してくれた。
「鮮やかな刺繍です。明るい色使いで、生き物や農作物がモチーフで暖かみがあっていいですね」
「我が国は明るい気質だ。刺繍は国民女性に意外と好評で、意見をくれるよ。皆で作り上げている実感があってね」
「目が詰まっていて丈夫そうです。ちょっとやそっとじゃ破れませんね」
「細かく刺繍する手間はかかるけれど、衣装が長持ちするなら喜ばれる。君から学んだ技術が活きている」
「ボクはほんの少ししか教えてません。貴女の努力の成果です」
「相変わらずだね」
「教えたのはカネルラ刺繍の基礎の基礎で、しかも素人が独学で培った技術ですから」
「だが、私が教わった中で最も教えるのが上手かった。君が私の師匠だ」
「大袈裟です」
コレから先も発展していくんだろう。この……ヨウさんの刺繍が放つ不思議な光も。
以前見たときより強く輝いてる。魔力とは異なる。どこかで見た気がするけど…なんだったか。記憶力には自信があるけど、何度も見たモノじゃないな。
「ねぇ、ウォルト。見えてるんでしょ?」
「え?もしかしてサマラも?」
「だって、薄ら光ってんじゃん」
「やっぱりそうか」
「君達はなにを言っている?」
ヨウさんには見えてないのか。
「ヨウの刺繍、なんか光ってんだよね。妙な力あるんじゃない?」
「サマラの言う通りで、刺繍が輝いています」
ヨウさん、イダチさん、共に首を傾げる。
「刺繍した服を着たら元気になるとかないの?」
「聞いたこともない。というか、服にはまだ刺繍してない」
イダチさんは角度を変えて刺繍を見ながら、落ちつきなく首を傾げ続ける。どうやっても見えないんだな。
「ウォルト、なんなの?」
「わからない。ただ…」
1つ思いあたることが。
「ヨウさんのお腹に刻まれていた聖印の光に近いような」
「聖印の…?」
「ちょっとだけ試していいでしょうか?」
「なにを試すか知らないが、君ならいい」
「ありがとうございます」
まず、掌を軽く傷付ける。血を垂らさないよう注意しながら刺繍に触れてみる。
「…治癒はしませんね」
「私の刺繍にそんな特殊効果があるとは思えない」
「ただ、触れると微かな波動を感じます。カネルラでいう聖なる力に近いような」
「聖なる力?なんだそれは?」
「教会と呼ばれる組織に所属する信徒が操る力です。効果は様々だといいます。ボクの知る限りだと、治癒や解呪の効果があって、予知もできるとか」
「ははっ!だとすれば素晴らしい。なにかしらの効果があるということになる。検証してみたい。イダチ、いつも持っておけ」
イダチさんは頷いてポケットに入れた。
「獣人は五感に優れると聞く。だからこそ気付いたのかな」
「私よりウォルトの方が敏感だけどね」
「そんなことないさ……あっ!」
「どしたの?」
「思い出した」
この光は、ゲンゾウさんが持ってる賢者の石の放っていた光と同じだ。
「ボクの知るアーティファクトの放つ光と同じです。もし効果が同じなら、疲れを癒やす、病を寄せない、傷の回復を補助するような効果があります」
「アーティファクトを知らないが、事実ならとんでもないな。イダチ、どうだ?」
イダチさんは『さぁ?』といわんばかりに両手を広げた。
「鈍感なお前に渡したのが失敗だっ!返せ、このっ!」
「あくまで同じだと仮定したら…です。効果の度合も変わるでしょうし、断言はできません。ゆっくり回復するのかもしれないです」
「憶測でもいいんだ。教えてもらえて助かったよ」
「ウォルトを信じるんだね」
「刺繍を習って解呪もしてもらった。ウォルトには多大な恩がある。信用しない理由がない」
イダチさんも頷いてる。なぜかサマラも満足げ。恩は売ってないし、感じる必要もない。
「リスティアといい、ヨウといい、王女に国を任せた方がいいんじゃないの?な~んか上手くいきそう」
「リスティアとは、この国の王女か?若年だが、かなり聡明と噂に聞く」
「そう。ウォルトはリスティアとも友達なんだよ」
「顔が広い。只者ではないと思っていたが」
「ボクはタダの猫人です」
「爪を隠すのは上手いとか?」
「隠す爪はありませんよ」
「私は自分でも人を見る目があると思っているんだ。反対されても喋らないイダチを婚約者に選んだのは、コイツがいい奴だから」
イダチさんは照れてる。喋らない分、表情と行動がわかりやすい人。
「ウォルトは絶対に凡人じゃない。なぁ、サマラ」
「まぁね!」
なんでサマラが答えるんだ…。嬉しそうだからいいか。
「もっと親しくなれば教えてくれるかな?」
「かなり親しくなればね~。あのさ、親しくなったらイダチも喋るの?」
「喋らない。私とも1日1回話すか話さないかという変人だ」
イダチさんは『違う』と必死にアピールしてる。
「王位を継承することのない私でも、一応は身を案じられたらしく、それっぽい婚約者をあてがわれそうになった。けれど、私はイダチを選んだおかげで好き勝手できている」
「言うこと聞かないから呆れられたんでしょ」
「よくわかるな」
「私も似たようなことあったからさ。わかんないなら放っとけっての」
「まさにその通りだ。互いに後悔なしだな」
サマラの場合、相手はボクってことでいいのか…?ボクのことを好きだったから、周りから呆れられたことがあるのか…。
…あるよなぁ。サマラは優しいから言わなかっただけ…。
「気にしないでよ?私は後悔なんかしてない。むしろ誇ってるんだからね!」
「…ありがとう」
イダチさんが親指を立てて笑う。『よかったな』って意味かな。
「イダチって、ウォルトのこと気に入ってんの?」
「気に入っている。コイツはウォルトに感謝していて、友達だと思ってるが喋らないから通じない。喋れと言っても無駄だし、困ったものさ」
「ウォルトも嫌いじゃないよ。ある程度読み取ってるみたいだし」
「イダチは感情を読みやすいからな」
ボクとイダチさんは話さないのに、勝手に話が進んでいく。嫌われてはいないだろうと思ってた。
「ヨウさん。ナムプール産の精力剤についてですが、マカランナの生き血じゃない素材を使えば売れると思います」
「たとえばどんな?」
「ボクの知る製法では、ソフトシェルタートルの血やアブラナがあって、他に使われていた素材との相性もいいはずです」
南蛮由来の植物も入っていたけど、相乗的な効用は成分から予想できる。
「参考にさせてもらうよ。ナムプール人は体質的に他国の薬は効かなくて、精力剤にも強い効用を求める。なぁ、イダチ。そうだろ?」
イダチさんはしらばっくれて外方を向いた。わかりやすい人だな。
「まぁいい。独自色が強すぎるナムプールが他国と貿易するつもりなら、考え抜いたモノでなければ評判を落とすだけ。身体の強さなんて自慢にもならない。その辺りが浅はかで、外交に向いてない国なんだよ」
「ヨウ。アンタがやればいいじゃん。よくわかってるし」
「何度も言ったんだが、任せてもらえない。我が国は男社会すぎてな」
「じゃ、イダチがやるんだ?」
「そうなる。私と結婚するからには楽して死ねないぞと伝えてるんだ。な?」
『任せろ!』って顔ではない。『まいったな…』って顔をしてる。
「コイツは頼りないように見えて頼れる。サマラはわかると思うが、男というのは筋肉を見せびらかしたり、頭脳をひけらかしたり、力自慢すれば魅力的というワケではない。たとえ普段はバカにされていようと、内に秘めた力を然るべきときに使うことができるのが好漢だ」
「わかる~!!」
意気投合してるなぁ。雰囲気が似てるというボクの感覚は間違ってなかった。
「イダチが喋ってるの見たくなった!」
「こう言ってるぞ。ちょっとくらい喋ったらどうだ?」
イダチさんは顎に手を当てて考えてる風。でも、きっと喋らないな。
「ウォルト。どうにかして」
「はぁ?」
「イダチを喋らせてよ」
「ボクには無理だよ。出会ってから一度も声を聞いてないんだ」
「ヨウ。どうしたらイダチは喋るの?」
「1番多いのは驚いたとき。次が興奮したときか。あとはちらほら喋る」
「じゃ、私と手合わせしよう!驚かせばいいんでしょ?」
「サマラ、本気か?貧弱に見えるがコイツは強いぞ。目立つことはないが、ナムプールでも一目置かれている。力比べで負けたことがない」
「私には関係ないね!」
「ウォルト、いいのか?」
「サマラは言い出したら聞かないので。ただ、イダチさんはやりたくなさそうです」
両手で大きなバツを作ってる。
「マジかぁ~。じゃ、ウォルトが相手ならいいの?」
「サマラ?!」
少し悩んだイダチさんは、両手を上に掲げて大きな丸を作った。
「ははっ。ナムプールには、相手の強さを図って仲よくなるという文化がある。ウォルトと仲よくなりたいのかもしれない」
「手合わせで仲よくなれるとは思えないんですが」
「ウォルト!お願いっ!一声でいいの!」
……しょうがないな。ボクは昔からサマラのお願いに弱い。今では4姉妹全員だけど。
「喋ってもらえる自信はない。それでもよければいいよ」
「やったね!」
イダチさんが断固喋らないと決めてないことを祈ろう。
「イダチさん。よろしくお願いします」
親指を立ててニカッと笑った。皆で更地に向かう。
イダチさんと対峙すると気負っている感じもない。ボクもいつも通り油断せずにいこう。
ナムプール人の力は知ってる。王子やお付きも獣人に勝る力強さだった。イダチさんがバイソンをぶっ飛ばしたのも見た。
ボクの予想だと手合わせは長く続かない。細かいことを気にしない国民性だから、短期決戦になりそう。
静かに獣人の力を全身に行き渡らせると、イダチさんの気配が変わった。ボクの変化に気付いたのか。
ニッ!と笑ったイダチさんが腰を落として拳を構え、急に強者の雰囲気が溢れ出る。筋肉が張って肉体も変化した。威圧感がある。
然るべきときに力を…か。
「いつでも」
頷いたイダチさんの静かな呼吸が止まった瞬間、一気に間合いを詰めてきた。かなり速い。
繰り出してきた拳にボクの拳をぶつけて、互いに弾かれた。間髪入れずにイダチさんの猛攻が始まってボクは捌き続ける。
少し前までは『感覚強化』で動体視力を強化することもあったけど、ここ最近は多重発動の修練法である割芯を戦闘に活かして、思考を増やす闘い方を覚えた。
4つの思考を動きの先読みに活用して攻撃を捌く。最初は慣れなかったけど、慣れると数パターンの先読みができるだけでかなり効果的。魔法を使う必要がなくて脳も鍛えられる。
イダチさんは……驚いてないな。やはりボク程度の相手では興奮も驚きもないか。
一撃でも食らえばボクは吹き飛ばされるであろう威力の打撃を捌き続け、やっと一息吐いた。
「ウォルト!躱してばっかじゃイダチは驚かないよ!」
サマラの言う通りだ。どうにか驚かせる方法はないか…。
…よし。
息を整えたイダチさんがまた突っ込んできた。今度は…打撃に合わせてカウンターの一撃を狙うも、ギリギリで躱された。
離れてまたニッ!と笑うだけ。
強いなぁ。速さはボバンさんやスザクさんの方が上で、力強さもマードックの方が上だけど、総合力というかバランスがいい。
動きを観察した限りだと、筋肉の質が違うのかな。無茶な動きも軽々こなす戦闘民族って感じだ。
獣人の力も切れそうだし、こうなると魔法を使うしかないか。目的はイダチさんに喋ってもらうこと。闘い続けることじゃない。だったら…コレでどうかな?
イダチさんの目を見る。
「……なっ!?本当にっ…?!」
初めて声を聞いた。驚いてくれたみたいだ。本当に話せることも確定。
ボクはただ『念話』で話しかけただけ。『実は獣人の魔法使いです』と。ちょうどヨウさんを背負う形なので、同時に顔の前に魔法で文字でも同じことを書いてみた。世界の非常識は南蛮でも通用する。
一応黙っておいてもらうようお願いしておく。『拳を交えた友人だから教えました。ヨウさんには黙っててください』と頼んだら、驚いた顔のままコクリと頷いてくれる。
「サマラ、満足してくれた?」
「満足した!ありがと!」
手合わせした甲斐があった。
「ウォルト。君はイダチになにをしたんだ?」
「喋ってもらうようお願いしました」
「偏屈で簡単に喋るような男じゃないんだがな。闘いを通じて心を開いたか。いい手合わせだったよ。君は想像以上に強い男だ」
「大袈裟です」
2人とサマラのタメにご飯も作ってボクは満足。サマラは泊まるということで、ヨウさんとイダチさんだけフクーベに帰った。
★
ウォルト手製の地図を見ながら歩くフクーベへの帰路でヨウは質問する。
「おい、イダチ。なぜ手合わせ中に喋ったんだ?」
私と目を合わせず黙り込む。誤魔化すときの行動だ。
「ウォルトが言った理由は噓だろう。お前は喋るつもりはなかった。つまり心底驚いたんだ。なにに驚いた?」
……この頑固者め。表情を読ませないつもりだな。
「言わないと婚約破棄するぞ」
「………」
「私は本気だ。いいんだな?」
「………」
断固言わないと顔に書いてある。どうやら口止めされているようだ。こういう奴だから信用できる。
覚えているのは、状況とイダチの驚いた顔。ちょうどウォルトの顔は見えなかったが、声は聞こえてない。獣人には劣ってもナムプール人は感覚が鋭い。微かにすら聞こえなかった。
「……ん?『このことについて、もう突っ込むな』だと?」
困らせないでくれと言わんばかりだ。
「わかった。ウォルトから聞くことにする。だったらいいんだな?」
いいらしい。ホッとした表情。
「知ってると思うが、私は好奇心旺盛なんだ。またココに来るぞ」
どうやらそこに不満はないようだ。拳を交えてウォルトと仲を深めたのも確かだな。
実際に強かった。イダチはまだ若いが、ナムプールで格闘の天才と呼ばれている。なのに、互角以上に渡りあっているように見えた。むしろ、余裕を感じたのはウォルトの方だ。
「……ん?他の男のことを考えていたのが気に食わないか。だったら教えろ」
教える気はないらしい。ふざけた奴だ。
「教えないとウォルトに鞍替えするぞ。強い男に惹かれるのは女の性だ」
地団駄を踏み始めた。困った奴だ。
「冗談だ。さっさと歩け」
とにかくまた来る。次は教えてくれそうな気がしているのでな。




