726 懲りない面々
今日はボリスさんが住み家を訪ねてきた。
「今回は心当たりがないです」
いつもなら、ボクが衛兵にとっての面倒事を起こしたあとに来る。とりあえずもてなそう。
「協力してほしいことがあって来た」
口を付けたカフィをテーブルに置いて、ポケットから取り出したのは小さな硝子瓶。瓶というより筒状の容器。中には濃い緑色の液体が入っている。
「コレがなにかわかるか?」
「身体能力を強化する薬…でしょうか」
「なぜわかる?」
「似たモノを見たことがあるので」
ココに来た輩が飲んでいた薬に色が似ている。根拠はそれだけ。
「深くは訊かないと前置きしておく。ソイツらにはどんな効用があった?」
「単純な体力と筋力の強化、それに陶酔作用があったように思います」
「戦闘狂人と化す薬か」
「同じモノだと言える根拠はありません。外観、質感が似ているというだけです」
あくまで見た目からの予想。
「同じだとして、副作用はわかるか?」
「動きが鈍くなります。薬の反動かもしれません」
「わかった……この薬が原因で事件が起こっているんだが」
「荒ぶってケンカとか?」
「いや。体調を崩す者が続出している。興奮して暴れる者も、少数だがいる」
「違法薬っぽいですけど」
薬師であっても作ってはいけない薬が存在する。人体に悪影響を及ぼす毒薬や劇薬をはじめ、危険だと認められた薬もだ。
「違法でも好奇心から手を出してしまう者がいる」
「謳い文句はなんですか?」
「元気が出る薬、だそうだ」
「願望につけ込んで毒性のある違法薬を渡したのなら強かです。ただ、この場合は使った側が罪に問われますよね」
「その通りだ。無理やり譲渡されたワケじゃない。理解したうえで購入して使用している。売っていたのは外国人だったらしい。行方を探している」
自家製薬の譲渡については、注意するようボリスさんから念押しされてる。ただ、双方の同意があれば合法違法関係ない。
「解毒薬を薬師に依頼したが、効果抜群とは言い難くてな。成分が掴みきれない」
「ちょっとだけ舐めていいですか?」
「なぜだ?」
「単なる興味です」
「証拠だからダメだ…と言いたいが、素材を判別してくれるならいい」
「判別できるかわかりませんよ?」
「できればで構わない」
受け取った容器の栓を抜いて、手の甲に垂らし1滴だけ舐めてみた。
……うん。
「どうだ?」
「わかる素材が幾つかあります。自信があるモノだけ伝えますね」
「ちょっと待ってくれ」
ボリスさんはメモをとり始めた。とりあえず、わかった素材は5つ。
「お前なら全部飲めば解析できるんじゃないか?」
「植物ではない素材の判別が難しいです。生物の肝が混じっているような生臭さがあって、腐臭のような匂いもしますね」
「ハッキリした効果はわかるか?」
「筋力強化と気分の高揚。それと、魔法薬なのはわかりました」
「本当か?」
「間違いないです。製造の過程での付与か、完成後に付与しているかは不明です。もっと飲めばわかると思いますが」
「あとどれくらいの量だ?」
「2、3滴です」
「その程度でいいのか…。頼みたいんだが」
「わかりました」
追加で舐めてみると、ハッキリわかった。
「魔法は効果を結合させる繋ぎです。正確には、魔法ではなく魔力が調合した後に付与されています」
「製造に魔力は必要なのか?」
「この薬に限れば必要です」
「どういう意味だ?」
「使用した人達は、腹痛や発熱を起こしてませんか」
「あぁ。なぜわかる?」
「腐臭と生臭さの正体は不明です。ただ、使用者に悪影響を及ぼすように含有された可能性があるかもしれません。味と匂いで誤魔化されていますが、腐ったモノを食べたら誰だって具合が悪くなります」
「事実なら悪質だな」
「ちなみに、魔力を消し去ると…こうなります」
「……うっ!臭いっ…!」
手の甲に残った液体をボリスさんに嗅がせると顔を背けた。
「お前は平気なのか?」
「時間が経たないとわかりません。少量ですし、解毒薬も作れるのでなんとかします。飲みたいと言ったのはボクなので気にしないでください」
この薬は、悪意をもって作られた可能性がある。服用して異常が起こるような薬はあり得ない。しかも、不特定多数を対象に影響を与えるやり方。
「魔法による効果の繋ぎというのは、高度な技術か?」
「ボクでもできます」
「…判断に困る。魔導師に尋ねるとしよう」
ボリスさんを見送り、解毒薬の準備を始める。成分をある程度知れたので、少し手を加えて効果を増やしておこう。
しばらく苦しむことになっても、新たな薬について知識を得たことは収穫。判別できなかった残りの素材について考察してみよう。
結局、夜になってもボクが体調を崩すことはなかった。単に飲んだのが少量だからかもしれない…なんて考えていたら、魔伝送器が震えた。
呼び出しているのはウイカだ。
「ウイカ、どうしたの?」
『夜遅くにすみません。オーレンが原因不明の腹痛で辛そうなんです。診てもらえないでしょうか?』
「大変だ。薬が必要かな?心当たりは?」
『ないんです。食あたりじゃないと思うんですけど』
「わかった。まず診よう」
空間を繋げて移動した。3人の住居にひとっ飛び。
「ウォルトさん!おかえりなさい!便利ですね~!」
「私達も覚えたいです」
「もっと上達したら教えるよ。怠けるから滅多に使わないけどね」
部屋に着くなり待ち受けていた姉妹に即座にハグされた。ミーリャもいる。
「ミーリャ、オーレンの様子はどうだい?」
「結構辛そうです。解毒薬を飲んで部屋で寝てるんですけど」
「効いてない?」
「ほぼ効果なしです。もしかすると病気かもしれません。明日、医者に診てもらおうと思ってて」
「うん。その前に診せてもらう。なにか力になれるかもしれない」
「お願いします」
部屋に向かうと、力なく横たわるオーレンと目が合った。青白い顔でかなり辛そう。
「ウォルトさん…。すみません…」
「謝る必要なんてない。キツいだろうけど、話を聞かせてくれないか」
「はい…」
オーレンの話を聞いた限りだと、食あたりの症状。ただ、心当たりはないと言う。今日はミーリャ達と同じモノしか食べてないみたいだ。
「卑しいから、こっそり変なモノを食べた可能性があるよね!」
「アニカにだけは言われたくねぇ…」
「なんだとぉ~?!」
「そういえば…一緒に夜ご飯の買い出しに行ったとき、大通りで薬を試飲しましたよね」
「それだぁっ!!いかにも怪しいじゃん!」
「ミーリャ。試飲したってどういう意味だい?」
「大通りに人だかりができてて、「凄い効く!」とか「力が漲る!」って騒いでたんです。オーレンさんは試飲させてもらいました。買ってはいないんですけど」
「こんの…エロォーレン!なに考えてんのよっ?!」
「お前はアホか…。変な想像すんなよ…。疲れる…」
ボリスさんの持っていた薬とは違うのか?まだわからないな。
「薬師が宣伝してたのかい?」
「薬師かはわかりません。ただ、外国人っぽかったです。肌が浅黒くて、カネルラにはいない感じの無駄に陽気な人達でした」
浅黒い肌で陽気な…?
「オーレンは警戒心が足りないんだよ!」
「そこら中の人が飲んでたから大丈夫だと思ったんだけどな…」
「遅効性の毒って可能性もあるんだから、知らない薬には気を付けなきゃダメでしょうよ!」
「わかってる…。けど、マジで効いたんだよ…。軽い『身体強化』みたいに元気になって…」
やっぱり強化薬なのか?気になるな。
「売ってた人達を探しに行ってくるよ」
「私とアニカも行きます」
「阿呆な兄貴分の仇をとってやります!」
「ミーリャはオーレンに付いててくれるかい?」
「わかりました」
「じゃあ、行ってみよう」
「「はい!」」
外に出て夜の街に繰り出す。
「ウォルトさんは、当てがあるんですね?」
「顔に書いてます!」
「憶測なんだけど」
「悪い奴がいますね~!許せないっ!」
「ボクの予想通りだとしたら、悪気はない…のかもしれない」
「悪気がなくて腹痛を起こす薬を売りますか?」
「考えにくいです!」
2人の言う通りだけど、確認しないとわからない。いるとしたら…彼処かな。
「…ウォルトさん?」
「この道を行くと、花街ですよ!」
「花街にいる可能性があるんだ」
色黒で陽気な人達。そして後先を考えない。会ったことはないけど、ボクの友人の近くにそんな人がいるらしい。
「無理して付いてくる必要はないよ」
「付いていきます」
「滅多に行くことがないですし、ウォルトさん1人だと色々と危ないんで!」
「ありがとう」
花街に足を踏み入れて、直ぐにリタさんの店を目指す。顔見知りの子供が出迎えてくれた。
「ねこのおいしゃさんだ!げんき~?!」
「元気だよ。久しぶりだね。リタさんはいるかい?」
「あねさんは、しごとちゅう!まつ?」
「うん。待たせてもらおうかな」
「おい、猫野郎」
この声は…。
「お久しぶりです、クーガーさん」
「テメェ、いい身分だな。女連れでなんの用だ?」
「リタさんに訊きたいことがあって来ました。クーガーさんでも構いません」
「なんだよ?」
「色黒で陽気な客が来てませんか?」
「ベラベラ喋ると思うか?どこだと思ってんだ」
「来てるか来てないかだけ知りたいんです。教えてもらえないならリタさんを待ちます」
「アイツも言わねぇよ」
「それでも訊くので」
「ちっ。頑固猫がよ」
どうやら教えてくれなさそう。リタさんが来るのを待とう。
…ん?
「いやぁ。やはりカネルラはいい!夜鷹も器量がよくて素晴らしいなっ!ははっ!」
「いやはやその通りです」
スッキリした表情の男達が店の奥から出てきた。色黒で言葉の抑揚からもカネルラ人ではない。
…確信した。集団の中で、若く精悍な顔つきの男に話しかける。
「ちょっといいですか?」
「なんだ?」
「貴方達は、ナムプールから来たんですね」
「そうだが」
「今日の夕方、薬を街で売っていましたか?」
「…あぁ、もしかしてコレのことか?」
懐から例の薬を取り出した。間違いない。
「そうです」
「元気になる薬…精力剤だ。よく効くぞ。評判を聞いて来たのなら売ってやる」
「必要ないです。貴方達の薬を飲んで体調を崩した人達がいます。含まれている生臭い素材はなんですか?」
「生臭い…?マカランナの生き血のことか」
マカランナは泥沼に潜む亀のような魔物で、『生き腐れ』という異名の通り耐えがたい腐臭を放つ。
生き血を薬に使っているのなら匂いにも納得。調合に使うなんて聞いたこともないし、定まらない効果が出たとしてもおかしくない。
「貴方は、ヨウ=パトマさんの兄弟ですね?ナムプールの王子ですか?」
「そうだが、ヨウを知っているのか?」
「友人です」
体臭が似ている。嗅いで確信した。
「なぜカネルラで薬を売ったんです?」
「カネルラにも我が国自慢の精力剤を知ってほしくてな。口に合わない者がいるのか?飲んだとて、腹を下す者などナムプールにはいないぞ」
「貴方達は身体の作りが違うんでしょう。長年使用して耐性があるのかもしれませんが、カネルラでは売らないでください。若しくは、危険だと説明する必要があります」
「はぁ?そんなことをしたら売れなくなってしまうではないか。帰国する金がいるので無理だ」
「…花街で遊ぶお金もですか?」
「はははっ!その通りだ!」
珍しく予想が当たった。
「帰国したヨウさんに怒られませんでしたか?他国に迷惑をかけるなと。貴方達が遊ぶと病を伝染すんですよね」
「口酸っぱく言われたが、妹の言いなりなどまっぴら御免だ。男ならわかるだろう?人生には適度な遊びが必要なのだ」
「遊びというより、楽しみが必要なんだと思います。ですが…自国で楽しめばいい」
「さっきからお前はなにが言いたいの……だっ…?!」
気がついたら顔面を殴っていた。ヨウさんの気持ちが…少しだけわかった気がする。
「国王か王子か知らないが…余所の国に迷惑をかけるな。売るなら自分の国で売れ」
「…いきなりやってくれるではないかっ!獣人っ!」
ニヤついた表情は影を潜め、鋭い眼光を向けてくる。
「お前らの欲望を満たすタメに苦しむ者がいることをどう思っている」
「はっ。軟弱な体質に生まれたことを恨め。強靭な肉体を持つナムプール人を見習えばいい」
「軟弱を恨め…?ふざけたことをぬかす…」
「ウォルト!!」
仕事を終えたのか、リタさんが駆けてきた。
「人の店でなにやってんだっ!?」
「この男に用があって…」
「揉め事なら外でやれっ!他の客もいるんだっ!時と場合を考えろっ!」
「迷惑をかけました。二度と来ません」
男に視線を向ける。
「表に出ろ。クソ王子」
「瘦せ猫のくせに威勢がいい…。ナムプール人の強さを知らないのだろうが、身をもって教えてやろう」
表に出て人気のない場所に移動し、同行している者達も含めて全員を殴り倒す。
腕っぷしには自信があったようで、舐めた態度でかかってきた。ウイカとアニカには、直ぐに戻ることを伝えて先に帰ってもらっている。
「うぅっ……」
裏路地で倒れたまま唸る王子。ナムプール人は、人間でありながら獣人のように頑丈。そして剛力なのは知っている。獣人の力を使って倒した。
「他国で病気を蔓延させだけでは飽き足らず、毒のような薬を撒き散らすお前らの目的はなんだ?」
「なにもかもが他国と違いすぎて…受け入れられない気持ちがわかるか…。本当によいモノすら…理解してもらえん…」
「粗悪品をいいモノだとほざくつもりか?お前の行動は、ナムプールの評判を貶めるだけ」
「ぐぅっ…」
「ヨウさんは、ナムプールを憂いてカネルラでやることを見つけ努力していた。貴賤は関係ないと感じさせた王女は、鬱憤と性欲を晴らしたいだけの愚兄に足を引っ張られている」
「ぬかせっ…!妹と比べるなっ…!」
「頑丈な身体に恵まれて、人に愛される心根を持ちながら、圧倒的に考えが足りてない」
「貴様は……褒めているのか……貶しているのか…」
「病を伝染された夜鷹は、お前達の人柄を好ましいと言った。イダチさんもヨウさんも魅力ある人物だが、お前には中身がない。なに1つ成せない。絡んできた獣人に息巻いて、地べたに這いつくばっているのがお似合いだ」
「ぐっ…!ぐぅぅっ……!」
自国の看板に泥を塗るという過ちを繰り返し、献身的な妹の努力を無下にするような行為に腹が立つ。他国民を騙しながら快楽を貪る精神は異常で、裏にどんな事情があっても全て言い訳にすぎない。
ボクは実際に目にしたモノ、嗅いだ匂い、聞いた声、感じたことで物事を判断する。友人が被害に遭った理由が、花街での遊び金を作るタメなんて納得できるか。
とりあえず、解毒薬の素材も目途がついた。調合したらオーレンに飲んでもらって、ボリスさんにも製法を伝えよう。教えてもらったおかげで早く対処できたから。あと、一応コイツらの所業も伝えておこう。
★
ナムプール人との邂逅から数日後。
案の定、再び花街で病気が流行したらしく、リタさんから薬の調合を依頼されたけど、頑として断った。
何度もお人好しじゃないと伝えているのに、どの面下げて頼んできたのか。怒りが込み上げて、二度と関わらないと決めた。
未来が容易に想像できるのに奴らを受け入れ、薬を頼むなんてふざけてる。繰り返したいなら勝手にすればいい。与し易い阿呆だと思われるのは心外。
客を選ばないのが夜鷹としての矜持なのか?どんな客でも癒やしたいという懐の深さか?お金を儲けることが重要なのか?
身体はなにより大切だと思う。治る病だからいいという話じゃなく、後遺症が残ったり客に伝染す危険性も孕んでいる。全て覚悟のうえだろう。
そして後日。ヨウさんから花街に手紙が届いたとキャロル姉さんが教えてくれた。「親族がまた迷惑をかけてすまない」と謝罪の言葉が綴られていたみたいだ。
どうやら近々カネルラを訪れるつもりらしく、「アンタのところに来たら、話ぐらい聞いてやりな」と諭されてしまった。
花街の件についてもだ。
「綺麗事ばかりじゃ夜鷹はやってられないんだよ」
「綺麗事ってなんだ?身体を張って仕事してるのに、断る権利すらないのはおかしくないか?」
「あの子らは、やれることを目一杯やってるのさ」
「受け入れなきゃならない理由があったのか?」
いつものことだけど、頭にきて相手の事情を訊くことができてない。
「一度は断ったけど、奴らの相手をするように頼まれたんだと」
「誰に?」
「フクーベの貴族だ。街で見かけたアイツらを気に入って、相手するよう頼んできたらしい。貴族は太い客を紹介するから、繋がりができるのは大きい。まぁ、仕事と身体を天秤にかけて、仕事を選んだのさ」
「経緯はわかった。次の仕事に繋げたかったことも」
「アンタに薬を作ってもらう前提で仕事したんだろう。それが大きな間違いだけどねぇ」
今日は姉さんらしくないな。回りくどい話し方に聞こえる。
「姉さん。言いたいことがあるならハッキリ言っていい」
「そうかい。花街に薬を作ってやってくれないか」
「わかった」
「手間かけてすまないね」
「ただし、ボクが作ったことは言わないでくれ」
姉さんの依頼ならやれることはやりたい。ただそれだけ。
「花街とは終わりかい?」
「もう行くことはない」
「可愛い子供達が病気で苦しんでもかい?」
「…難しいことを訊くなぁ」
「ははっ。さすがにアンタも好きなモノには弱いねぇ。らしくていいよ。その時はいつもの我が儘で行くんだろ」
「そうかもしれない」
我が儘を言えるのは、理解してくれる人がいるから。姉さんだったり4姉妹だったり、両親やオーレン達もそう。
そんな人達への感謝を忘れるような獣人になりたくない。薬くらい喜んで作らせてもらう。ちょっとでも気が済むから。




