725 次世代
「お久しぶりです。サスケさん」
「直ぐに見破るなぁ。暗部として自信がなくなるよ」
「見事な変装で、接近されるまでわかりませんでした」
ウォルトが更地で魔法の修練をこなしていたら、突然人の匂いが流れてきて驚いた。
香水のようなモノを付けているから、最初はサスケさんだと知らず警戒したけど、足の運びでピンときた。シノさんもサスケさんも、ネネさんも独特の運足だ。
「話しておきたいことがあって来たんだ」
「家の中へどうぞ」
カフィを淹れて差し出す。
「美味いなぁ」
「ありがとうございます」
「早速だけど、ウォルト君の動きが暗部に警戒され始めている」
「ボクがなにかしましたか?」
「正確にはサバトの動向だね。話の前提として『サバトと接触を禁じる』と暗部は厳命を受けている。国王陛下の指示だ」
「知りませんでした」
「だから、潜伏していると云われている動物の森へは基本的に立ち入らない」
暗部に会ったことはない…と思う。断言できないけれど。
「ただ、国内や諸外国のキナ臭い動きは直ぐに暗部に伝達される。動物の森で消息を絶ったとされる悪名高い奴らの情報も得ていた」
「幸運なことにボクは遭遇していません。魔物に屠られているのかもしれませんね」
サスケさんは苦笑い。おかしなこと言ったかな?
「少し前に、プリシオンのフィアットに危害を加えたみたいだね」
「何人かは遭遇して、最終的に呪術を届けました」
「ハーグランドの監獄を脱獄して聖女を連れ出したのは?」
「ボクがやりました」
「…といった具合に、君が関係している事件が増えて暗部も気付いた。サバトと暗部は繋がっているんじゃないかと。理由の1つとして、シノさんや俺が平然としていたから」
「普通なら反応するということですか?」
「暗部は陛下の指揮下にあって、誤解を恐れずに言うと直接意見できる。危険因子の排除等について意見具申できるんだ」
即座に抹殺を提案することも可能ということだな。
「君にとっては不本意な言い方になるかもしれないけど、暗部はサバトのことを行動が予測不能な魔導師だと認識している」
「たまに面倒な事件を起こす厄介な存在でしょうか」
サスケさんは頷いた。
「君がフィアットに多大な損害を与えたのは直ぐに俺達の耳に入って、暗部は警戒を強めたんだ。俺やシノさんは違うけど」
「大きな損害ではないと思いますが」
遭遇した数人からは、シノさんやネネさんのような強さも執念も感じなかった。言動からボクを舐めていたことだけは確かで、殺す気で来た者に対応しただけ。
「どんな者でもプリシオンの精鋭部隊の一員に変わりないさ。そして、俺達は監視相手が危険だと判断したら、直ぐに対処を進言するのが常」
「……なるほど。いかに命令が下されていようと、サバトを放置していい理由にはならない。普通ならなにかしらの指示が出るはず。シノさんが意見していないか、陛下に却下されているか。暗部の皆さんは、陛下よりシノさんとボクに繋がりがあると推測したんですね」
「その通り」
「ボクでもそう考えます。確かに問題を起こす輩は早めに排除しておくべきで、陛下と繋がりがあれば速やかに指示されそうです。ないということはシノさんが怪しい。実は、ボクの行動が暗部に迷惑をかけていましたか?」
そうだとすると、もっと考えて行動しなくちゃならない。ボクは暗部に迷惑をかけるようなことはしてないつもりだった。
「現状ない。ただ、先を見越した行動をとる暗部からすると、脅威の排除は欠かせない。君がカネルラに敵意を持っていないとしても、警戒を厳にすることくらいは必要だと考える。だが、そんな指示すらない」
「理解できます」
「空気を察したシノさんは、君と交流があることを明らかにした。そして、改めてサバトに対する接触を禁止した。だから今の状態が継続する」
「そうでしたか」
シノさんは気遣ってくれたのかな?「お前が暗部になれば全て丸く治まる…」とか言い出しそう。深く考えると怖いから、そう思うことにしよう…。
「ただ、君の存在自体は多くの暗部に知られている。サバト本人だと思われていないだけで」
「そうなんですか?」
「直近でいえば、クライン元国王の蘇生疑惑やバーレーン家の誘拐騒動で活動していた時に君の姿が確認されている。偶然にしては出来過ぎで、最低でも君は王族と関係のある人物だと推測されているんだ。数人は変装したサバトだと予想しているだろう」
「納得です」
「…と、まぁココまでが長い前置きというか、伝えておきたかったこと」
「まだなにかあるんですか?」
「君は街といえばフクーベに行くだろう?」
「そうですね」
「担当というか、主にフクーベで活動している暗部がいて、君がサバトの正体だと確信していた。俺とシノさんだけに伝えてきたよ」
「その方はボクに会ったことがあるんでしょうか?心当たりはないです」
「接触はしてないと思う。ただ、フクーベで起こる事件の影に白猫あり…と言っていたね。報告は来てなかったけど、目立つことをやらかしてるのかい?」
「幾つか思い当たります」
「目立ちたくないなら程々にしたほうがいい。衛兵にも勘付いている者がいるようだ」
ボリスさんのように、か。
「それで、君と仕合いたいと言っている」
「え?」
「手合わせしたいと。接触を禁じられたのに、どうしても我が儘を言いたいらしい。命令違反だとわかっていながら強い意志を感じた」
「お断りできますか?」
「できる。ただ、俺からもお願いしたい。手合わせしてやってもらえないだろうか」
頭を下げられる。
「ソイツはまだ若いけど、次代の暗部を担う素質がある。シノの後継者候補だ。あらゆる経験を積ませたい。君には…お願いすることしかできないけれど」
「わかりました」
「本当にいいのかい…?」
「次の暗部を担う人物に会いたいという願望です。ボクは暗部のファンなので、名前だけでも知れたら嬉しい。あくまで手合わせですが、いいですか?」
「もちろんだよ。我が儘を聞き入れてくれてありがとう」
「シノさんもサスケさんも、ボクのせいで気を揉んでいるんじゃないですか?ちょっとでもお詫びになれば」
2人が気を使ってくれていたからボクは静かに暮らせている。接触禁止を継続してくれたのもそうだ。
「まぁ…シノさんは「ダメだ…。許さん…」って言い放ったよ。君を倒すのは自分でありたいという我が儘で」
「シノさんとはもう手合わせしません。もう少し生きたいので」
「ははっ!聞いたら怒ると思う。シノさんは…凄まじい鍛錬をこなしているよ。君との再戦に向けて」
サスケさんは少し雑談して帰った。そして、数日後に再会することになる。
★
「貴様…。約束を違えていいと思っているのか…?」
「約束はしてません。シノさんが言っただけで、ボクは了承してないんです」
サスケは後日3人でウォルトの住み家を訪ねた。
目立たぬよう時間は夜。メンバーは自分、珍しく休暇を取ったシノさん、そして…。
「サスケさん。俺の手合わせという話でしたが」
「まぁ待てシガネ。好きにさせてやろう。あまり刺激すると、出番がなくなってしまう」
「はい」
フクーベで活動する暗部、シガネも同行している。ウォルト君との手合わせを望んだ若き暗部。といっても、ウォルト君よりは年上だが。
「いい加減にしろ…。こっちは譲歩しているんだ…」
「譲歩の意味がわかりません」
「お前の暮らしを乱さぬよう立ち回っている…」
「普通のことでは?ボクはカネルラ人で、シノさん達に守られる立場ですから」
「どの口が言っている…?」
到着するなりシノさんがウォルト君に絡んだ。とりあえず好きにさせないと先に進まない。血気盛んで困った上司は、近日の再戦を提案して即行で断られた。どうやらウォルト君は本当にやりたくないようで、頑なに態度を崩さない。
「ボクはまだ死にたくないんです。やりたいことが沢山あって」
「こんな場所に住んでいてよく言う…。いつ死んでもおかしくないだろうが…」
「その通りですが、暗部がカネルラ人を抹殺していいんですか?カネルラに危害を加えるつもりはないです」
「あくまで手合わせだと言っている…」
「前回殺されかけているので信用できません」
議論はウォルト君に分があるな。シノさんの我が儘が過ぎる。
「サバトは思った以上に普通の人物ですね。あと、シノさんが人に執着している姿を初めて見ました」
「以前手合わせして引き分けたらしい。叩きのめしたいと躍起になっているんだ」
「シノさんらしいです。サバトはやはり強いんですね」
会話しながらもシガネはウォルト君を観察している。敵の種族、性別、体型、声などを分析して頭に入れておく。暗部として基礎の基礎。
「シノさん。今日は長として付き添いで来たんですよね?話は後にしませんか?」
「……いいだろう」
どうにか断ってウォルト君が歩いてくる。
「初めまして。ウォルトといいます。サバトとしてお騒がせしてます」
「初めまして。シガネと申します。お見知りおきを」
「手合わせを所望されていると聞きました。直ぐにやりますか?」
「是非」
「なにか条件とか?」
「ありません」
「では、始めましょう」
ウォルト君は更地の真ん中へ向かう。
「サスケさん」
「どうした?」
「俺が死んだら骨を拾ってください」
言い残してシガネはゆっくり歩を進める。彼の脅威に気付いたのなら感性が俺より優れているが、実際はどうか。
2人は更地で対峙する。
「では…胸を借ります」
「こちらこそ」
「…ハッ!」
まずは肉弾戦から始まった。
「シッ!ハッ!」
ウォルト君はシガネの猛攻を難なく捌く。目がいいし、受けの技術に磨きがかかっているようだ。
「フッ!ハァッ!」
『気』で強化したシガネの攻撃も捌き続ける。『身体強化』を使っているのかは不明。生身だとすれば相当な身体能力。
シノさんは……観察しているな。
「ふぅ…。俺の動きは読まれていますね」
「シノさんやサスケさんと手合わせした経験が活きています。次はこちらから…」
珍しくウォルト君が動いた。
打撃は速い。けれど、シガネはヤナギの体術を駆使して上手く躱している……が。
「くぅっ…!ぐはぁっ…!」
掌底を鳩尾に受けたシガネの身体が後方に吹き飛んだ。今のは衝撃を受け流せずまともに食らったな。
ウォルト君は意図的に身体の中心を狙って打撃を繰り出している。捻って衝撃を受け流せないようにだ。しかも一辺倒ではなく、上手く攻撃を散らしながら。
「大丈夫ですか?」
「…もちろんです。まだまだっ!」
「…待て」
シノさんが口を挟む。
「シガネ…。相手を舐めているな…。あらゆる手を使え…」
「……はい!」
素早く暗器を飛ばす。ウォルト君が躱した隙に間合いを詰めた。
「フゥゥッ!」
シガネは姉さんと同じタイプの暗部。肉弾戦を得意として、身体強化系の術を操る。違うのは、暗器の扱いにも長けているところ。手の内に隠した分銅鎖や刃物、飛び道具も使いこなす。
「フッ!ハァッ!」
相手が暗部だと知っているから一切の油断もないウォルト君は、攻撃を捌きながらずっとシガネを観察している。
彼は日頃どんな鍛錬を積んでいるんだ…?防御の上手さが尋常じゃない。読みも的確で、シガネは裏をかくことすらできてない。『いい手だ』と思った攻撃も完全に阻まれる。
現状、手も足も出ない。けれど、状況を打破する手段を探っているはず。暗部たる者、負けっぱなしで終われない。
「…ふぅぅっ」
シガネの雰囲気が変わった。
「おぉぉぁぁっ!!」
「……っ!」
跳び回し蹴りから猛攻を仕掛ける。ウォルト君は躱しきれずに幾つか打撃を受けながらも捌く。
シガネはリミッターを外したな。『気』を脳に圧縮されるように操作して発動する『狂化』とも呼ばれる状態で、奥の手に近い。
「があぁぁっ!」
今のシガネの身体能力はシノさんに匹敵する。しかも、握り込んだ刃物や鎖も使用した乱撃を浴びせて、ウォルト君は防戦一方。
正直予想外だ。ウォルト君は躱しきれずに殴られ斬られ、傷を負って出血しながらも一切魔法や『気』を使わない。攻撃にも防御にもだ。使っているとしても身体強化のみだろう。
傷が浅くとも痛みは動きを鈍らせる。彼は痛みに強いのか、眼光には変化なし。未だ防御のみの姿勢を崩さず、毛皮を斑に赤く染めながらも鋭い視線でシガネを観察している。
「おぉぁぁっ!」
勝負を焦ったのか、シガネの拳が大振りになったのをウォルト君は見逃さなかった。一瞬で懐に入り込んで腹に手を添える。
次の瞬間、シガネの身体が宙に浮く。いや、浮くなんて生易しいモノじゃない。建物の屋根より高く打ち上げられ、無防備で身体を地面に打ちつけた。
「がはっ…!がぁっ…!ぐうぁ…」
「直ぐに治療します。動かないでください」
駆け寄ったウォルト君が魔法で治療を始めた。心配無用だろう。彼に治せなければ誰にも治せない。手合わせはココまでだな。
シガネはよくやった。『狂化』は『気』と体力の消耗が激しく、短時間しか使用できない。絶対に倒しきる!という執念を感じた。暗部の褒め言葉、天晴れ。
シノさんを見ると…装束の隙間から覗く両目が笑っている。嘲笑うのではなく、興奮を抑えきれないといった表情。困った人だ。
「ありがとうございました。挑んだのはこちらなのに、治療までして頂いて…」
「感謝は必要ないです。痛みは残っていませんか?」
「ありません。完敗でした。もっと鍛錬します」
「たまたまいい角度で打撃が決まっただけです。こちらこそ学ばせて頂きました」
2人は手合わせを振り返って感想を言い合っている。内容を聞く限り、ウォルト君は分析力に長けていて、いい指導者になれそうだ。
「サスケ…」
シノさんが久しぶりに声を発した。
「2人の闘いはどうでしたか?」
「どうもこうもない…。シガネはまだ青い…。魔法なしで負けるようでは話にならん…」
「やはり今回のウォルト君は魔法を使っていませんよね。おそらく『気』も」
「他の手段で対抗している…。技能かもしれん…。アイツの身体能力は…素早さ以外さほどでもない…」
「目もいいですよ」
「認める…が、それだけだ…」
「彼は誰にもできないことを簡単にこなします。訊いたら教えてくれそうですが」
「プライドが許さん…」
「俺が確認しておきます。彼は、益々強さを増している。源を知っておきたいので。フィアットが屠られるのも納得です」
フィアットは手強い部隊。隠密から表舞台の活動まで幅広くこなす。暗部は過去に何度か交戦した歴史があるが、ほとんどが痛み分けに終わっている。
「奴らは…陛下の忠告を袖にし、自滅した愚者共…」
「同意ですが、あんな規格外の魔導師がいると思いませんよ。強者は否応なく情報が知られます。彼の場合は噂の域を出ませんから」
「知らん…。奴らはカネルラとサバトを舐めていた…。それだけのこと…」
相当腹に据えかねているな。気持ちはわかる。ナイデル陛下はしかと忠告したのに無視された。カネルラが甘く見られたということに他ならない。気分が悪いのは当然。
「糧となる…」
「糧…ですか?」
「アイツに挑み、散った者の技能はアイツが受け継ぐ…。そして、さらに強くなる…。最後に勝つのは俺だ…」
シノさんは鍛えに鍛えている。線が細かった身体も、目に見えて逞しくなった。苦手とした術も磨いて、以前とはまるで違う。
「観察して彼の弱点を見抜いたのでは?」
「幾つかあるが、致命的と言えるモノはない…。多少の弱点など、アイツの魔法の前には意味を成さない…」
「罠に変えることすらあるでしょうね」
「…ふっ」
「シガネもこの手合わせを糧に成長してくれそうです」
「一皮剥けないならそこまで…」
目を掛けているからこそ手合わせを認めたはずなのに、素直じゃないな。
「ウォルトはシガネを覚えたぞ…」
「変装しても声と匂いで判別するでしょう。仕方ないことです。彼の記憶力は並外れています。ただ、シガネを知って悪いことはないはず」
「抑止か…」
「はい。フクーベでなにか事件が起これば邂逅することもあり得ます。知っているのといないのでは大きく違う。彼は暗部に好感を持ってくれているので」
「ククッ…。いつでも敵に変わるぞ…」
「俺はいい関係を継続できると思っています」
「ふっ…」
シノさんの意見は正しい。今日の味方が明日は敵になることは、なんら珍しくない。ただ、俺にとってウォルト君は友人で、暗部の恩人でもある。血生臭い話は最低限に留めたい。
「覚悟しておけ…」
「なにをですか?」
「アイツは静かに生きられない…。お前は影…。付き合っていくなら覚悟がいる…」
シノさんは口を噤んだ。
なんだかんだ優しい長の言葉を胸に刻もう。暗部の副長として、彼とは友人という立場だけで接することはできないだろう。出会った頃と状況が変わりすぎている。それでも、根底にずっと抱えておくつもりだ。
彼の周囲が騒がしいのは、同害報復が信条の彼自身のせいでもあって、弁明できない部分も大きい。本人も理解しているだろうし。
ただ、森で静かに生きているのに絡まれているのも事実。俺達と同じく影に生きたいと望んでいる。だったら、わかってやりたい。
好きで日陰に生きることは、誰かに邪魔されるような望みじゃないのだから。




