723 脱獄しよう
「生け捕りが無理なら、殺しても構わん!マサイトロックの名にかけて、奴らを絶対に脱獄させるなっ!ぐぁっ…!」
アムランとステファニアはサバトの後を歩き、侵入してきた道を戻っている。
立ち向かう者達の服が破れるだけで施設には一切の被害なし。眠らされ倒れた者達を横目に歩を進める。
「監獄は魔法を駆使して運用されていますが、看守や警備は魔法対策が甘いようですね」
「私はなんでも構いません!治療が楽しくて仕方ないですわ!」
「私は歩いてるだけでなにもしてません…」
無尽蔵に繰り出される魔法と聖なる力。勝手すぎるけど、相手に少し同情してしまう。見えない魔法でいきなり切り刻まれる恐怖感は計り知れない。
スムーズに歩き続けて建物の出口はもう目の前。
「ボクが先に外に出ます」
扉を開けると同時に矢が雨のように降り注ぐ。予想できていたのか、サバトさんは軽々魔法で受け止めて跳ね返した。逆襲されたことで周囲は阿鼻叫喚の巷と化す。
「治し甲斐がありますわ!」
相当な遠距離でもお構いなしの治癒の霧も降り注いだ。
「サバトさんは致命傷を与えないよう攻撃しているのですね。優しいですわ」
「動きを止めて眠らせることが目的です。致命傷を与える必要はなくて、矢も当たらなくて構いません」
「貴方こそ博愛主義ではありませんの?」
「初めて言われました」
「戦場では、多くの者が血眼になって「正義だ」「革命だ」と旗を振り翳し、躊躇うことなく人を殺めています。サバトさんはむしろ優しいと感じますわ」
「貫きたい正義や使命を持ち合わせていないので。ステファニアさんの治療にはありますか?」
「やらなければ心が落ち着かないのです。強迫観念と言われたこともありますわ」
「治療が好きなんですね」
「そうなのです。治療とは、怪我や病を治すだけでなく、患者に寄り添い、心も健やかに回復させることだと教わりました」
「心身共に、ですか」
「ただ、努力はしたのですが私は人心に疎いようで、心のケアに向いていないようです。身体を回復させることしかできないなら、徹底的にやることに決めて今に至ります」
好きだからもっと治療したい。もっと腕を上げたい。もっと救いたい…と思うのだろうか。私には理解できない世界。
「きっと向き不向きはありますよね。やれることの違いも」
「苦手なことから逃げてはいけないとわかってはいるのです。サバトさんは、なんでもできそうですわ」
「やれることの方が少ないです」
敷地の外に向かって歩きながら、サバトさんが急に振り向いた。一瞬で展開された障壁に無数のヒビが入る。見ると、建物の上からカノン砲のような武器で狙撃されている。
「初めて見る武器です。魔力弾を高速で発射して、殺傷能力は申し分ないかと」
「ふふっ。サバトさんは暢気ですわ!」
確かに。私とステファニア様だけだったら、間違いなく蜂の巣にされていた。
「特に解析したい武器ではないですね」
障壁が変化して、次々魔力弾が跳ね返されると、直ぐに攻撃が止んだ。反撃を受けたカノン砲は穴だらけ。狙撃手も身を隠したのか姿はない。
「魔力弾を撃てるのに、防げないのは杜撰な設計です。想像以上に脆い」
「反撃されることを想定していないのだと思います」
「作動する直前の高魔力反応で丸わかりでしたけど」
「そういうこともありますよ…。難攻不落との呼び声が高い監獄なんですけどね…」
この兵器は、最終手段か大人数の脱獄を阻止するタメだと予想できる。殺してでも外に出さないつもりなんだろう。奥の手だったんじゃないだろうか。まさか破壊されると思わなかったはず。
「ボクらは凶悪犯ではないから見逃してくれているのかもしれませんね」
「あり得ますわね!」
「もっと要塞のような監獄を想像していたんです。まず侵入させて、油断させてから本格的に追い詰めてくるという予想だったんですが、それもありません」
「きっと保守的なのですわ!サバトさんのような魔法使いがいるのに、施設も装備も古い時代のままなのでしょう!」
この監獄にとって、2人のタチの悪さは凶悪犯と並ぶか、さらに上をいっていそうだ…。特にサバトさんは。
歩みを進めて遂に空間魔法で転移した場所に辿り着いた。
「敷地の外に出ますが、心残りはありませんか?」
「私はないですわ!」
「もちろんありません」
「では…」
手を繋ぎ、また一瞬で塀の外に出た。
「はっはっ。脱獄おめでとう」
いきなり男の声がした。葉巻を咥えて人相の悪い壮年の男が気怠そうに拍手している。
「何者だ…?」
「監獄の責任者、いわゆる獄長ってヤツだ。ココまで見事に脱獄した奴は初めてだよ、嬢ちゃん。痛快な劇を見ているようだった」
ヘラヘラした表情からは一切焦りを感じない。なにを企んでいるのか…。
「そんな怖い顔しなさんな。お前さん達は、厳密に言うと脱獄してないだろ」
「なんだと…?」
「ステファニアは教会からの依頼で幽閉されていただけ。いわゆる間借りってヤツだ。快適な寝心地だったろう?お迎えご苦労さん」
「いけしゃあしゃあと…」
「おぉ怖い怖い。どうぞ御自由に出て行ってくれ」
煙を吹かしながらニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべている。
「俺が興味があるのは……若い兄さん、お前だよ」
「なにか?」
「お前が脱獄の首謀者だろ。何者だ?」
「何者でもないです」
「かっはっはっ!…何者でもない奴に攻略されたってワケか。一筋縄じゃいかないと思ってたんだが」
「もう少し厳重な施設に作り変えた方がいいと思います」
「ククッ!忠告ありがとよ」
「用がないなら帰りたいんですが」
「どこに帰るってんだ?立派なお尋ね者になって」
「貴方達に言う必要はないです」
…貴方達?
「お前…見えているのか?」
「まどろっこしい駆け引きは嫌いなんです」
「ぐぁぁっ…!」
「ぎゃぁぁっ!」
「『聖女の慈悲』ですわ!」
なにもない場所で突然血飛沫が舞い、悲鳴が上がる。姿が見えないのに人がいて、サバトさんが攻撃したということ。まったく気付かなかった。
「わかった!わかった!降参する。俺の負けだ。一切手出しはしない。勝手にどこへでも行きな」
「そうですか。では、行きましょう」
すれ違いざまに獄長は吐き捨てる。
「兄さんよ、覚悟しておきな…。ココに戻ってきたら存分にいたぶってやる」
サバトさんはピタッと立ち止まり、振り向きざまに獄長の顔面をぶん殴った。
「ぐはぁっ!!」
大きく吹き飛んで倒れる。歪んだ顔はステファニア様の力で元通り。
「お前の匂いは…不愉快すぎる…」
匂い…?葉巻が嫌いとか…?
ザザッと人が動く音がした。見えない奴らが動いている。思わず身構えた。
テムズさんが両手を動かすと、あちらこちらから悲鳴が上がる。どうやら魔法で攻撃していて、ステファニア様は広範囲に力を使い続けて真剣な表情。
サバトさんの魔法による攻撃はしばらく続いた。
すると…。
「も、もうっ……ぐあぁぁっ…!」
「ひと思いに殺してくれ……ぎゃぁぁぁっ!」
「慈悲をちょうだいっ……ぐぶぁぁっ…!」
「地獄だっ……あぁぁぁっ!」
死を懇願する声が上がり始める。もちろん、倒れていた獄長も含めて。
サバトさんは一撃で致命傷を与えるような魔法を繰り出しているようで、途轍もない激痛に襲われて治療を繰り返される者達は死を望み始めた。それでもステファニア様は治療をやめない。見過ごせる人ではないから。
耐え難い苦痛と快感を交互に味わうと、人はおかしくなってしまうのだろうか…。「死にたくない」という台詞は戦場で飽きるほど聞いたが、「殺してほしい」と懇願するとは…。
「テムズさん…!申し訳ありませんがっ…!わたくしっ……限界かもしれませんわっ…!」
「そうですか」
サバトさんは一切攻撃をやめる気配がない。なぜ最後の最後に嬲るようなことをするのか…。獄長の負け惜しみが気に入らなかったのか。とにかく私では止めることなどできない。
「も、もうっ……ダメですわっ…!」
ステファニア様が座り込むと、サバトさんも両手を下ろした。
「はぁっ…!はぁっ…!!」
「ステファニア様、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫っ……ですわ…」
ステファニア様がこんな状態になるまで攻撃を続けるなんて…。怪我が重症になるほど治癒力を消費する。絶え間なく必殺の魔法を繰り出されては堪らない。なのに、平然としている底が見えない怪物魔導師。
サバトさんはゆっくり歩き出して、獄長の着ている服を剥ぎ取る。そして、身体を軽々持ち上げて堀の底に投げ落とした。
「…………ぎゃっ!」
小さく悲鳴が響いた。続けて、サバトさんは姿が見えない者達の衣服を剥ぎ取っている。姿を隠蔽する魔装備だったようで、男女関係なく全員その場に捨て置かれた。
「お待たせしました。行きましょう」
何事もなかったように見えて…とにかく怒っているとわかる。
「テムズさん…。なぜ怒っているんですか…?」
答えてくれるだろうか…。
「すみません。口にしたくないです」
「わかりました。もう訊きません」
「心遣い感謝します。ステファニアさん。お疲れさまでした」
サバトさんが手を握ると、少し経ってステファニア様は回復した。また聖なる力を譲渡されたのだろう。前回帰国時に言っていた。
「アムランさん。今後の当てはありますか?」
「ステファニア様と相談します。ただ、早急にハーグランドは出ます」
「では、カネルラに行きませんか。その後に身の振り方を考えるのがいいかと」
確かにカネルラなら安全ではある。ハーグランドとは友好関係でも敵対関係でもない。治安もいいと評判。
「ただ、カネルラにも教会はあります。信徒に遭遇するかもしれませんが」
「意に反する行動をとり、問題を起こしたので追放処分だと思います。今後はステファニア様が面倒事を起こしても知らぬ存ぜぬで通すでしょう。追っ手も来ないと思います」
ステファニア様は教会に牙を向くような人間ではない。そんな性格でもなければ力もない。体よく利用されていただけ。教会も知っているはず。
「ステファニアさんはどうしたいですか?」
「私はどこへでも行きますわ。家族もいませんし、求められようと求められまいと治療できるなら幸いです。世間知らずと言われていますので、アムランがいてくれるだけで心強いのです」
「わかり………ちょっとだけ待ってて下さい」
サバトさんは1人で森の中に向かい、しばらくして戻ってきた。
「カネルラに貴女達と話したいという人がいて、もしよければ会ってみませんか?信用できる人物です」
「私は構いませんが、ステファニア様はいかがですか?」
「構いませんわ」
「では、カネルラに向かいましょう」
こうして、私の一世一代の大勝負はサバトさんの活躍で特筆すべきこともなく幕を閉じた。
多大な感謝をすると共に、サバトさんは人外のような存在であり、カネルラが彼を刺激しない理由を実感した。
彼の国の判断は正しい。この人は、監獄を破壊してでも脱獄できただろう。そう思える。今日の脱獄はやってみたかった遊びの一環。好奇心を少しでも満たすことができただろうか。
★
ハーグランドから戻ったウォルトは、魔伝送器を利用して住み家でリスティアと会話中。
『ウォルト。会って話せたよ』
「よかった」
『ステファニアに会えるなんて思ってなかったからびっくりしたけど、カネルラはアムラン共々歓迎する』
監獄を去る前にリスティアから折り返しの連絡が来て、事情を説明すると「会って話したい」と言った。ならばと王都まで2人背負って運んだ。
さすがに空間魔法で王城直通はよくないと思えて、ハーグランドから5時間弱で着いたから、その日の内に森に帰れた。今日は累計10時間くらい駆けて、いい感じに疲れてる。
「ステファニアさんは有名なんだね」
『この周辺国で知らない王族はいないよ。「ハーグランドに戦争を仕掛けるなら先に排除しろ」って言われてるから』
「厄介な存在と認知されてるのか」
『そう。でも、今日話してわかった。ウォルトと同じ人種なだけだね』
「人間なのに?」
『種族じゃなくて、性格が似てるってこと。ただ治療したくて、感謝されたいとか有名になりたいなんて微塵も思ってない。滅多にいない治癒師だね』
「とにかく凄い治癒師だよ」
『とりあえず王都に住んでもらうことに決まった。住居を準備して、治癒師として働いてもらうつもり。王都は治癒師が足りてないから助かるよ』
「彼女にとっては物足りないかもしれないけどね」
『その時は、カネルラ中を回るとか、世界を旅するとか好きにすればいいって話した。でもね、ステファニアが言ってたよ。「ゆっくり1人1人と向き合って治療を極めてみたいのです」って』
身体だけじゃなく心も健やかに…か。苦手なことを克服しようと思ってるのかもしれない。向上心を見習おう。
『ウォルトのおかげだってさ』
「ボクの?」
『サバトには敵わないって。「負けないように治療を極めますわ!」って張り切ってたよ』
「意味がわからないなぁ」
『私はなんとなくわかる!ウォルトの方が治療の腕も上だって思ってるね、きっと!』
「そんなバカな。彼女の前で治療したこともないのに」
魔法を超える不思議な力にはまだまだ驚かされるだろう。
『あとね、マサイトロックの脱獄、早速話題になってるよ。ステファニアとアムランはいなかったことになってて、テムズって若い男が脱獄したことにされてる』
「なんの問題もないよ」
『アムランから聞いたけど、なんで帰る直前に怒ってたの?状況を聞いてもわからなかった。人を傷付けずに帰るって決めてたんじゃないの?』
「あぁ…」
その通りだけど、リスティアには言ってもいいか。
「獄長って奴とすれ違った時に気付いたんだよ。奴が着ていた服は……動物の毛皮から作られていた」
最初は葉巻が臭すぎて気付かなかった。でも、接近してわかった。動物の特定はできないけど、派生した生き物や魔物の皮とは匂いが違う。
猫や猿の匂いを知っているのもあって、嗅ぎ分けられる自信がある。奴の衣服から猫の毛皮の匂いがして、嗅いだ瞬間に血が沸騰した。
「獄長は身につけていた衣服が全部動物の毛皮で、反射的に殴ってた。捨て置いた奴らは魔装備のマントだけが動物の毛皮たったから剥いだ」
『教えてくれてありがとう』
「奴らやアムランさん達にとっては意味不明な行動だろう。ボクはこういう獣人なだけだ」
殺す気で致命傷を負わせた奴らをステファニアさんは見事に治療した。止めるつもりはなかったし、途中からボクの方が余裕があるとわかったけど、必死のステファニアさんを見て殺さないと決めた。
致命傷を与えるより回復させる方が困難なことくらい知っている。倒れそうになるまで自分の意志を貫こうとした姿勢に敬意を表したかった。
『動物の毛皮じゃなきゃならない理由があるんだろうね』
「知ったことじゃない。聞きたくもない」
『ゴメンなさい…。教えてくれたのに無神経だった』
「理解できなくていいんだ。全て回収してボクなりに供養したよ」
動物も他の生き物と変わらず1つの命で、狩られても気にしない人が大多数。昔は狩猟の対象だったことも知っている。
ただ、頭では理解していても許せないことがある。自然の中で生きる人族が動物の毛皮を纏っているのなら納得できる部分もある。今回は都合のいい装備の素材として使われていたことが許せなかった。
ボクは勝手に祖先の仇をとる。アレがシャノ達の毛皮だったら…と考えたら何度殺しても足りない。与えうる地獄を味あわせていた。
『ウォルトが嫌がることを言いたくなかったの』
「気にしないでくれ。ボクもリスティアの全てを理解できない。無神経なことを言うこともある」
『セクシーじゃないとかね』
「色気を感じないから仕方ない」
また叱られる。『胸が小さくて悪かったね!』とキレられた。アニカのせいだな…。
『ステファニアがカネルラにいることは、ハーグランドに伝わる。カネルラが手引きしたと推測する人もいるだろうね』
「いないんじゃないか」
『なんで?』
「ボクがステファニアさんの立場でも、最初にこの国を目指す。人を奪うようなこともしない」
『ふふっ。ウォルトらしい意見だね』
「もちろんボクの意見だ」
『ただ、ステファニアがいなくなったことで、ハーグランドの紛争は激化するよ』
「彼女のせいじゃない」
『うん。でも、ステファニアを逆恨みする者も出てくる』
「いるかな?」
『彼女は多くの国民にとって希望の1つだったはずだから。教会の出方もまだ不明。王都にいてくれる間は私達が守る。任せて』
リスティアの話では、カネルラもテムズについて情報提供を求められたらしい。今後はテムズさんの名前を使わないようにしなければ。迷惑をかけたくない。
『ところで、ハーグランドはどうだった?』
「監獄しか行ってないからわからない。行きたいところもないし」
『ハーグランドにもフィガロ縁の地はあるんじゃない?』
「確かに。隣国までなら見に行けるかなぁ?魔道具や兵器を見れたのはよかったし、少し寒かった印象しか残ってない」
『ウォルトにとっては温暖なカネルラが最高でしょ!』
「そうだね。カネルラは暮らしやすい。アムランさんやステファニアさんも気に入ってくれると思う」
『落ち着いたらサバトにお礼に行くって言ってたよ』
「もう会うつもりはないって伝えてくれないか?」
ステファニアさん達とは絡まないようにすべきだ。ボクから飛び火してはいけない。
『それでいいの?』
「新たな1歩を踏み出して忙しい時に、余計なことを考えてほしくないんだ」
『伝えておくね』
「頼むよ」
治癒師としてより上を目指すつもりならなおさら邪魔したくない。アムランさんと共に治療を極めてほしいと思う。
尊敬する治癒師と、傍で支える妹のような存在がカネルラで活躍することを願って眠りについた。




