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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
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720 気の置けない友達

「ウォルト。俺がいない間に、リンドルが世話になったみたいだな」

「アニカ達と治癒院を片付けただけだよ」


 今日はラットが住み家を訪ねてきた。リンドルさんとの旅行から帰ってきて、アニカ達と掃除した件について聞いたらしい。


 とりあえずカフィを淹れてもてなしている。


「アーネスって男が患者を治しまくって、仕事が楽になったって言ってたぞ。お前だろ」

「治しまくってはいない。来てくれた患者を診ただけだ。ボクらでも治療できるくらいの症状だった」

「治療してないのに、金を渡してくるから困ったってよ。全部断ったらしいけどな」

「ボクらが報酬を受け取ると違法になるから、お礼したいならリンドルさんにってことにしたんだ。ところで、どこに旅行に行ってたんだ?」

「ラバターキって町だ」

「初めて聞く名前だ」

「景色がいい。滝やら池やらあって、温泉もある」

「お前が遊んだりしないのは知ってるけど、景勝地にも興味がないと思ってたよ」

「基本的にはない。絵を描く題材にどうだ?ってリンドルから誘われただけだ。気分転換も兼ねて」

「最近描いてないのか?」

「描いてるが、師匠曰く家にこもってるだけじゃいい絵は描けないんだとさ。いろんなモノに触れて、もっと感性を磨けってよ」

「感性か…。どうやって磨くんだろうな」

「それがわかれば苦労しない」


 ボクにとっては芸術自体が曖昧な存在で、感性が必要というのも曖昧。魔法や体力のように修練を積み重ねて向上する方がわかりやすい。ラットはそんな分野で腕を磨いている。

 

「まぁ、刺激を受けると創作意欲が湧いて描きたくなる。気分の問題だけどな」

「刺激があったのか?」

「俺の場合、どこに行っても新鮮だ」


 ラットは昔から出不精。一緒に働いていた頃も、仕事が終わったら一直線に部屋に帰って、絵を描いたり寝てばかり。

 外に出るのは月に1回か2回ボクと食事に行くときくらい。そして、ボクも本を読むくらいで似たような生活を送ってた。


「昔は金もなかったろ。旅行なんざ行きたくても行けないくらいに」

「遊びたいと思う暇もなかったし、仕事の後は毎日疲れきってたなぁ」

「あの頃を思い出して絵を描くと、真っ黒の絵ができる」

「そんな絵もよさそうだ」

「どこがだよ」

「売れないかもしれないけど、絵描きの心情を表してるんじゃないか?ボクは見たい」


 怒りや憎悪の感情渦巻く絵画があるとして、純粋に見てみたいと思う。いつの間にか、描かれた女性の髪が伸びてる呪いの絵…とかないかな。


「俺が今までで1番刺激を受けたのは、お前の魔法だ。ココの玄関ドアも未だに刺激を受ける」

「ボクの魔法なら、いくらでも見せるぞ」


 炎、氷、雷、水魔法を発現させて操る。形を様々に変化させながら魔法同士を織り交ぜてみたり。


「こんな風に簡単な魔法でも刺激になるのか?」

「お前の魔法は、なんでそんなに綺麗なんだ…?」

「綺麗に見えるか?」

「煌めいてる。他に表現しようがない」

「汚いと言われるより嬉しいけど、あまり魔法を見る機会がないから綺麗に見えるんだと思う」


 ボクの知る最も美しい魔法には遠く及ばない。自分の魔法は評価できないのもある。


「もっと見せてくれ」

「いいぞ」


 ラットにもらった花の絵から魔法で花だけ飛び出すように見せたり、そこから床一面に咲かせたりする。他にも楽しめそうな魔法を幾つか見せた。


「場所が広かったら他にもできるけど、居間だと難しいんだ」

「…もういい。ありがとな…。やる気が出てきたぜ」

「よかった。よければ今度ボクと冒険に行くか?」

「なんでだよ」

「刺激が多いと思う。無理はさせないから心配いらない」

「心配はしてない。けど面倒くさい」

「言うと思ったよ。気が向いたら声をかけてくれ。少なくとも見たことがない世界を見れるぞ」


 刺激を受けるかはラット次第の無責任な提案で、余計なお世話かもしれない。

 今やボクよりリンドルさんの方がラットのことを知っているだろう。だから旅行に連れて行ったんだろうし。

 

 そうだ。訊いてみよう。

 

「話は変わるけど、お前とリンドルさんはどうやって付き合うことになったんだ?ボクはとにかく押されたと思ってるけど」

「間違ってない。簡単に言うと、いつの間にか付き合ってた」

「ボクは真面目に訊いてるんだ」

「俺も真面目に答えてる。出会ったきっかけは端折るが、いつの間にか俺の家に上がり込むようになって、飯を作ったり身の回りの世話をしだした。断っても勢いが半端じゃなくてな」

「それは容易に想像できる」

「無視してたんだが、「無視するなんて、お前は冷たい!」とか「女性に優しくない!」と怒り出した。「恋人なのに!」ってな」

「…怖い話か?」

「違う。意味がわからないだろ?「ふざけるな」って言ったら泣き出した」

「それで…?」

「不貞腐れたから半日くらい無視してたんだが、つい「俺のどこがいいんだ…?」って訊いてしまった」

「半日も放置したのか」

「悪さはしないし、追い出すのが面倒くさくてな。…で、俺を褒め殺してきた。その後に「私のことが嫌いなのか!」って訊かれて「嫌いじゃない」って答えたら「じゃあ好きってことだな!」って言い出して今に至る」

「全然わからなかった」

「簡単に言うと、アイツのしつこさに根負けしたんだよ」


 ラットは無愛想だけど根が優しい。主張がぶつかると、いつも最終的に退いてくれる。リンドルさんも気付いていて、粘り倒したのかもしれない。


 ラットが自分のことを好きになるまで。


「今は仲良さそうだし、リンドルさんの想いを実らせた強引さと熱意は凄い」

「感心すんな。なんで訊いたんだ?」

「ボクは恋愛に無縁で、女性から好意を伝えられてもどうすればいいかわからないんだ。参考に訊けるのがお前しかいない」

「参考にならないだろ」

「いや。ボクらのような獣人は、定石とか意味ないってことがわかった。なるようにしかならない」

「違いない。恋人ができたら教えろよな」

「紹介したら仲良くしてくれるのか?」

「話くらいするさ」


 人を無視するのが当たり前のラットが言うと重みがある。


「ラット。そろそろ昼だけど、ご飯食べるか?」

「食いたい」

「わかった」


 昨日から仕込んでおいたスープ料理には少し手を入れよう。ラットは偏食家で特定の野菜を嫌う。「美味しいぞ」と言っても頑なに食べない。



「相変わらず美味いな」

「よかった」

「ウォルト。お前のなんでもできるところが羨ましい」

「いきなりどうした?」

「生きてて困らないだろ。煩わしさをなくしてやりたいことに集中できる。俺なんて、家は汚いし飯を作るのも鬱陶しい。かといって、外に出るのも億劫だ」

「ボクもいろいろできるようになったのは最近だ。たまに片付けに行ってもいいぞ。ご飯も作り置いて、魔法でしばらく保たせばいい」

「気持ちだけもらっとく。子供じゃない」

「ボクはお前のファン第1号だ。いい絵を描く手助けをしたいだけだから、遠慮せず言ってくれ」

「ったく…」

「稼げてるのか?」

「ランパードのおかげで、結構いい金もらってる。飯と画材以外、ほぼ使わないけどな」


 実は、ウイカ達から「ラットさんの絵は人気があるんです」と聞いていた。独創的なデザインが人気らしい。商会の売り上げに貢献してるんだろう。


「ラット。お前に絵を依頼したいんだ」

「また皿か?」

「いや。本の表紙を描いてくれないか」


 3冊持ってくる。


「ボクが作った魔法に関する本なんだ。無地は寂しいと思ってて」


 リスティアから借りた錯書を改訂して作った。自己満足だけど、表紙くらいあったほうがいいと思って。


「ちょっと中を見ていいか?」

「もちろん」


 ラットはパラパラ目を通して、ぎゅっと眉間に皺が寄る。


「目が痛い…。お前の頭はどうなってんだ…?書いてる途中で頭が痛くならないのか…?」

「なってたら書いてない」


 獣人は文字を読むのが苦手だ。ボクも本を読み始めた頃はそうだったから、ラットの言いたいこともわかる。


「とりあえず、どんな感じの絵がいいか言ってみろ」

「描いてくれるのか」

「気に入るかは知らない。けど、描いてやる」

「1冊でも構わないぞ」

「全部描く。いいから言え」

「じゃあ、こんな感じで…」


 口で伝えるより、見てもらった方が早い。手を翳して魔法陣を描く。

 

「複雑だな…」

「模写しろとは言わない。魔法陣をモチーフに絵を描いてほしい。連想したモノとかでも構わない」

「コレ、どんな魔法が出るんだ?」

「見るか?」


 効果を小さく発現させてみる。この魔法陣には、氷魔法と雷魔法の効果を複合させてる。本がその2系統に関する内容だからだ。


「いいぞ…。イメージができた」


 表紙に鉛筆でさっと下書きを始めた。何度見ても器用だな。面倒くさがらず、なんでもやってみればいいのに…とは言わない。


「次の本は?」

「コレで頼む」


 この調子で残りの2冊も魔法を見せた。ささっと描き上げるから大したモノ。

 

「あとは持って帰って仕上げる。本を借りていくぞ」

「時間はかかってもいい。仕事を優先してくれ」

「イメージが残ってる内にやる。言っとくけど、報酬はいらないからな。リンドルも世話になってんだ」

「既に用意してある」

「いっつも行動が早いな!いらねぇって言ってるだろ!」

「怒ることか?大したモノじゃないんだ。いらないかもしれない。ちょっと待ってくれ」


 ラットのタメに作ったモノを取ってくる。


「絵描きも道具にこだわると思うけど、一応作ってみたんだ」

「…筆か」

「ギークジープって魔物の尻尾の毛で、かなり滑らかで纏まりもいい筆ができた」


 羊型の魔物から採取した体毛で、幾つかのサイズに分けて作ってみた。絵具をしっかり含むし、いい感じだったけど、あくまで素人の意見。使うのはラットだ。


「有り難く使わせてもらう」

「いらなかったら返してくれていいから。それと…他にもあるぞ」

「いい加減にしろっ!いらないって言ってるだろっ!」

「3冊描いてくれるなら、3つお礼がいるだろ?おかしなこと言うなぁ」

「おかしいのはお前だ…。自覚がないからタチが悪い。仕事量と釣り合わないんだよ」

「足りないか。今度なにか作っておく」

「逆だバカ!もらいすぎなんだよっ!」

「バカとはなんだ!」


 久しぶりに言われた!腹立つな!


「ウォルト!お前はなんでもやり過ぎる!ちょっと控えろ!」

「ボクはやり過ぎてない!」

「まだ俺の絵を見てもいないだろ!前払いされると無駄に緊張するんだよ!見合った仕事しなきゃってな!」

「どんな絵を描いても渡すから関係ないぞ!足りないと思えばもっと渡すだけだ!」

「……わかった。受け取るぜ。ったく…」


 ラットは面倒くさそうに溜息を吐く。


「ただし、もう追加するなよ。あと、今後はくれるにしても後払いだ。いいな?」

「どっちでも一緒だって」

「うるさい。譲歩してやったんだから、お前も譲歩しろ」

「…仕方ないな。わかった」

「そもそも、俺とお前の間で見返りなんか必要ない」

「絵描きを生業にしてるのに無償で頼めない。時間は有限で、わざわざ描いてもらうんだ。しかも、自作のお礼しか渡せなくて申し訳ないのに」

「気持ちだけもらっとく。俺は、今後お前に頼むことがある。絶対にだ。その時に手助けしてくれたらいい」

「わかった」

 

 ラットがいいなら構わない。ボクも気の置けない友達だと思ってる。ただ、モノを作りたいという欲があるだけで。


「なぁラット。絵描きとしての目標はあるのか?最後はこうなりたいっていう」

「特にない。描いた絵が、ずっと残れば嬉しいってのはある」

「名作と呼ばれなくても?」

「なんでもいい。ランパード商会の缶詰でも、タダの落書きでも。俺に名作なんて描けないだろ。「いい絵だ」って長いこと眺めてもらえたら言うことはない」

「そのタメに感性を磨かなきゃダメなのか」

「磨けるかは知らない。やるだけやるけどな」

「結果がわからないのが曖昧すぎる」

「魔法なんかは、ちょっとでも大きくなったり強くなったりってのがわかるのか?」

「わかるけど、ボクの思い過ごしの可能性もある。願望というか、勘違いの可能性は捨てきれない」

「お前は大丈夫だろ。無駄に細かい」

「大雑把だと思うぞ」

「細かいから人間の女にも好かれるんだよ」

「その言葉はそのままお返しする」

「………」

 

 ボクにとって、ラットは初めてできたまともに話せる獣人の男友達。ほとんど話さなかったマードックとは違う。

 気配りができて、ボクより遙かに人間っぽい。褒め言葉じゃないから言わないけど、リンドルさんはそんなところも好ましいんじゃないか。


「そういうお前は、世界一の魔導師って奴になる気か?」

「ボクは魔導師になりたい。世界一の魔導師になるには、不老不死になったとしても無理な気がしてる」

「お前の師匠って言いたいんだろ。ソイツはなんでそんなに凄い魔導師なんだよ?相当長生きしてるエルフなのか?」

「どこまで言っていいかわからないから、答えづらいな…」

「種族もダメなのか。お前以外に一姿を見られたことないってワケじゃないんだろ?」

「そうだけど……こう言ったらいいか。誰だって外見で目立つと注目される。誰にも知られないってことは、そうじゃないってことだ」

「意味がわからない」

「このくらいしか言えない。ボクならいいけど、お前に災難が降りかかるかもしれない。とにかく性格が悪いから」


 ユグさんの上に乗っていた岩石にも、人を苦しめる魔法を付与していた。賢くて意地が悪い大大大魔導師。


「師匠とやらはさておき、いい奴に囲まれてるな」

「なんで?」

「お前から本気で聞き出そうと思ったら簡単だ。嘘が下手で、直ぐ顔に出る。「ソイツはエルフか?ドワーフか?」って訊けば顔色でわかる。どんどん質問して絞ればいい」

「確かに皆言わないな…」

「まぁ、知ったところで魔法で記憶を消されたら終わりだ。意味ない」

「考えなかった」

「嘘吐け」

「本当だよ。知り合いの記憶は消したくないんだ」

 

 過去に記憶を飛ばしたのは、どうでもいい者ばかり。獣人王子の件で、『混濁』は1歩間違えると後遺症が残ることを知った。


「ボクはろくな獣人じゃないけど、せめて友達や家族くらい大切にしたいと思う」

「ろくでもない獣人ってのは、ティーガのような奴だ。俺はそんな奴と付き合わない」

「アイツらのようになりたくないのに、似てると思ったりする。自分にとってどうでもいい人には無感情だ。違うのは、執拗に殴ったりするかしないか」


 アイツらにとっては、ボクがそういう対象だっただけで、本質は同じじゃないかと思ったり。


「アイツらは性格が悪い。ネチネチしつこく嬲るのが趣味だ。そういや、お前のおかげで初めてやれたことがある」

「なんだ?」

「この間、外に出たらたまたまティーガに会って絡まれてな。お前にもらった魔石で痺れさせて、ボッコボコにした」

「徹底的にやったのか?」


 中途半端だと報復される可能性大。相当しつこい奴だ。


「初めて半殺しってヤツにした。こっちが非力でも、無抵抗で殴られるのは効くらしい」

「いくら身体が頑丈でも、力が入らなければただの肉だ」

「アイツにはバカみたいに殴られた。お返しには全然足りないが、お前の言う通りだと思った」

「ボクの?」

「殴って一時気が晴れても、後味が悪くて仕方ない。矛盾した感情になる」

「わかるよ」


 怒りにまかせて拳を振るっても、我に返って気分が悪くなる。好き好んで人を殴る奴の気が知れない。


「アイツはまた絡んでくるだろ。治療したってまともに戻るとは思えないが」

「そんなに激しくやったのか」

「顔が変わるまで殴って、骨や歯を折ってやった」

「そうか」

「そんな目に遭っても、アイツは誰にやられたか言わないんだろうよ。衛兵すら来てない」

「ボクらにやられたとは死んでも言いたくないんだろ。クソみたいなプライドだ。余計なお世話だろうけど、手は大切にしないと絵を描けなくなるぞ」

「自分から殴って、そうなっても後悔しない」

「後先考えないもんな」

「だから獣人(おれたち)は他種族から阿呆だと言われる。まったくその通りだ」

「大したことじゃない。カフィ飲むか?」

「もう一杯くれ」


 他の種族がどう思おうが知ったことじゃない。ただそんな種族に生まれたというだけ。どう足掻いても人間やエルフになれないのだから、獣人は獣人なりに楽しく生きる道を探す。

 ボクにとっては、こうして気の置けない友達と過ごしていくこと。誰に迷惑をかけるつもりもないから、邪魔しないでもらいたい。

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