715 鑑定
ウォルトが朝早くから畑仕事に勤しんでいると、風に乗って知らない人物の匂いが流れてきた。
即座に結界を張ると、ゆっくり移動しながら住み家に向かってくる人影が1つ。距離はもう近い。一応警戒だけしておこう。
数分後、見知らぬ人物は姿を見せた。
「あの~…」
「なんでしょう?」
話しかけてきた女性は、容姿からするとおそらくハーフリング。身長が低くて、縁の太い眼鏡をかけてる。
「ちょっと…水を分けて頂けたりしますか…?」
「いいですよ。水筒はありますか?」
「あります」
住み家は稀に冒険者も訪ねてくる。目的は、大抵水を分けてもらうこと。次に食料。たまにサバトの捜索。でも、1人で訪れる人は珍しい。
預かった水筒に水を入れて手渡す。
「ありがとうございます。助かります」
「いえ」
「こちらに住んでるんですか?」
「はい。それがなにか?」
「す、すみません!決してバカにしてるワケでは!」
「そんな風に受け取ってません」
「そうですか…。よかった…」
「畑仕事に戻りますね。道中気を付けて」
「ありがとうございました。ウォルトさん」
……あれ?
「ボク、名乗ってませんよね?」
なぜか『しまった!』という顔をする女性。突然挙動不審になる。
「言いたくないなら大丈夫ですよ。気になっただけなので」
敵意は感じない。無理して聞き出すことでもないけど、一応気にかけておこう。
「…すみません。勝手に見てしまったんです」
「なにを見たんですか?」
「実は……『鑑定』の技能が使えて…あらゆるモノの情報を読み取れるんです」
「へぇ~。そんな技能があるんですね」
「貴方の情報を見てしまいました…」
「凄いです」
スクライングの技能版ということかな。魔法を使われたら気付けたと思うけど、なにも感じなかった。
「情報を見たのはわざとじゃないんです…。無意識に見えてしまうときがあって…」
「構いませんよ。今さらです」
ちょっと突っ込んで訊いてみたい。
「どんな情報が見えてるんですか?」
「え?言ってもいいんですか?」
「気になります。遠慮なくどうぞ」
「では…。貴方の名前はウォルト。猫の獣人で、力が弱く寒さにも弱い。得意なことは、駆けることと料理」
「合ってます。凄いですね」
「人によるんですけど、ほとんどは名前、種族、長所と短所くらいが見えます。鑑定と呼ぶには浅すぎる情報なんですけど…」
「凄いと思います。技能の対象は人限定ですか?」
「いえ。植物や動物にも使えます」
「知識にないモノでも特徴や名前を鑑定できるんですか?」
「はい」
「羨ましいです」
動物や植物、魔物だって名前や特徴を知るだけで見識が広がる。どこに行っても暇しない能力。
「ハーフリング特有の技能なんでしょうか?」
「違うと思います。人間にも使える人がいるので」
「そういう技能って、どうやって身に付けるんですか?」
「感覚系のスキルは、先天性というのが通説です。幼少期だったり成人してからだったりと、発現するタイミングが様々なので。神から授かる神託だという人もいて」
「なるほど」
もしかすると、才能が一生表面化しないまま終わることもあるってこと。誰しも1つ技能を持っていたら世の中は面白くなりそう。
…はっ。忘れてた。
「すみません。貴女のお名前を伺っても?」
「アプラといいます。名乗りもせず…ごめんなさい…」
「謝らなくていいですよ。ボクになにか悪いことをしてますか?」
「し、してないですっ!いつもの癖で謝ってしまいました…」
「ボクには謝らないで下さい。立て続けの質問で引き止めてすみませんでした。急いでいたのでは?」
「…今は暇なんです。傷心で森に癒されに来たので…。はぁ~…」
深くため息を吐く。
「技能を使って森の生き物の生態でも調べていたのかと」
ハーフリングは理知的で、研究者や学者のような職業に就いているイメージがある。獣人とは真逆で頭脳明晰というか。
「冒険者をやってたんですけどね…。仕事を失ってしまって…」
「冒険者なら鑑定は重宝しそうです。なのに仕事がなくなるんですか?」
「私の技量が低いからです…。技量が高い人は、助っ人でパーティーに引っ張りだこですよ。魔物や素材の情報を詳細まで知れるので。罠とかまで鑑定できるみたいです。あと、戦闘が苦手なのも冒険者に向いてなくて…いつも怒られてばかりでした。「もういらない」とクビになって…」
「そうでしたか」
「まったく闘えないので、報酬の分け前も安かったんです。鑑定の技量を上げたくても、どうすればいいのかわかりません…。鑑定を生業にしてる人を鑑定士って呼ぶんですけど、訊いても仕事上ライバルなので教えてくれないです。弟子入りでもすればいいんですかねぇ…」
「とにかく鑑定しまくるだけじゃダメなんでしょうか」
「使えるようになって何年も経ちますけど、全然変化してないから多分ダメです」
魔法なら詠唱するほど魔法操作が上手くなる。鑑定の技能は違うんだろうな。
「ベテラン鑑定士とアプラさんには、なにか違いがあるはずですよね。それがなんなのか…」
「…ウォルトさんってお人好しですか?」
「気になるだけです。もしかすると…」
「もしかすると?」
「アプラさんが苦手なことに関係あったりするとか。能力に個人差があるということは、鍛えれば伸びるということです。才能に差があっても、全員初期状態のままとはさすがに考えにくいような」
「苦手なこと?なにか思いつきますか?聞きたいんですけど」
「見当違いかもしれませんが、たとえば闘うことが関係してるのではないかと」
「なぜ?鑑定と関係ありませんが」
「根拠のない予想なんですが、ベテランは鑑定以外の腕も磨いていそうです。もちろん戦闘に限らないと思います。そんな中に答えがありそうな気がして」
「なるほど…。私がずっと避けてきたことに答えがある可能性はありますね…。実際に上達してないんですから…」
「試しに手合わせしてみますか?」
「獣人とっ?!無理無理無理無理っ!!私、戦闘は苦手というか大嫌いなんですっ!人とか魔物とか関係なく!」
ボクも好きではないけど、冒険者としては致命的じゃなかろうか。よく同行していたな。
「無理にとは言いません。実際は関係ないかもしれませんし、推測ですから」
「う、う~~~ん…」
決めるのはアプラさん。嫌がるのを強制するのはよくない。
「ウォルトさん……ちょ~っとだけ試してみるっていうのは…アリだと思ったり…」
「試しに軽く木剣を打ち合ってみますか。無理なら直ぐにやめていいですし」
「怖いですけど……わかりました…」
「無茶はしないので」
木剣を持ってきて更地で打ち合ってみる。
「こ、怖い~っ!」
「大丈夫です。絶対に当てないので。どんどん攻撃してください」
とりあえず息が切れるまで剣を交えてみた。
「はぁっ…。はぁっ…」
「鑑定してみてください。効果がなければやめましょう」
「は、はい…」
ボクをじっと見つめてくる。
「……あぁ~!新しい情報が見えます!」
「本当ですか?」
「ウォルトさんは…トゥミエ出身!1つ増えてます!」
「その通りです」
「効果がありました…」
「なにが要因なのかわかりませんが、とりあえず能力は変化することがわかりましたね。いろいろ試してみる価値はありそうです」
「……あの、もうちょっと続けてみたいんですが…」
「構いませんよ。ボクも気になるので」
積極的に攻め込んでくるアプラさん。さっきよりやる気を感じる。
「ふぅ~っ…!ふぅ~っ…!」
「お疲れ様でした。鑑定はどうでしょう?」
「……見えました。ウォルトさんは…23歳の男性です」
「当たってます」
「やっぱり読み取れる情報が増えました」
「身体を鍛えるとか、戦闘の技量が上がるとか、その辺りでしょうか。コツコツやれそうですね」
能力向上の条件を詳細に探るかどうかはアプラさん次第。
「何度も付き合ってもらってごめんなさい」
「気にしなくていいですよ」
本当に直ぐ謝る人だな。
「嫌なこともやらないとダメだってわかりました。望んでばかりだったら一生気付けなかった」
「自分の苦手なことが成長のきっかけなのかもしれませんね。人それぞれ違うから、他人には教えられなかったり」
「あり得…なくはないような」
「適当に言ってるだけなんで、真に受けないほうがいいです」
知らないことや珍しい事象に遭遇すると、好奇心がくすぐられる。でも、推測ばかりで申し訳ない。
「あの…ウォルトさん。今日はキツくてもう無理なんですけど、また手合わせしてもらえませんか…?図々しいお願いなんですが…」
「暇なときならいいですよ。というか、回復薬があるので今からでも構いません」
「いやいや!回復薬は高価です!」
「ボクが作ってるので問題ないです。飲んでもらえるならですが」
「く、薬を作れるんですか…?」
「自家製ですけど」
躊躇いながらも回復薬を飲んでくれて、また手合わせすることに。
「はぁっ…!はぁっ…!」
「どうでしょう?」
「増えてません…」
「もうちょっとやってみますか?」
「はい」
闘うのは嫌いだと言ったけど、アプラさんは結構闘えそう。最初は自信なさげだったのに、今は真剣に剣を振って打ったり躱したり。
「はぁっ…!はぁっ…!もう無理です…。腕が上がらなくて…」
「お疲れ様でした。飲み物を持ってきます」
さっきあげた水でいいらしい。後で足しておこう。
「鑑定は次で最後にしましょうか」
「はい。じゃあ、鑑定します…………え?…えぇぇぇっ!?」
もの凄く驚いてる。なんだろう?
「あ、あ、あのっ…!」
「どうしました?」
「訊いていいのかな…?」
「いいですよ」
「ウォルトさんって…………魔導師サバトなんですか…?」
「そうです」
「驚きました…。サバトの正体…って書いてます…」
「そんな情報まで読めるんですね」
「…隠してないんですね」
「基本的に黙っていますが、バレたら仕方ありません」
「私……知ってもよかったんでしょうか…?」
「大丈夫ですよ。できれば内緒にしてもらえると助かります」
アプラさんは知りたくて知ったワケじゃない。ただ読み取ってしまっただけ。お願いすることしかできない。
「正直混乱してます…。サバトが獣人だと思わなかったので…」
「わかります。信じてくれるんですね」
「自分の鑑定結果を信じないなら、鑑定する意味なんてないです」
「確かに。バレたので言いますが、実はボクも魔法で鑑定の真似事ができます。人限定で」
「凄いです。私を魔法で鑑定して下さい」
「え?」
「私だけウォルトさんの秘密を知るのは平等じゃない気がします。別に秘密なんてないので、面白くないかもしれませんが」
「アプラさんの気が済むのなら…」
スクライングで情報を読み取る。質問しないと簡単な情報だけしか知れない。でも充分だろう。
名前はアプラ。種族はハーフリング。25歳。女性。出身はエンビットで………。
「えっ?!」
「どうしました…?おかしな情報がありましたか…?」
「アプラさんは……ブライトさんの娘なんですか?」
「父を知ってるんですね」
「昔からファンなんです。カンノンビラのお宅にお邪魔したこともあります」
「えぇっ…?サバトに会いたいって言ってたのに、実は顔見知りなんて…。嘘を吐いてたってこと…?」
「ブライトさんはボクがサバトだと知らないんです。旅行でカンノンビラを訪れたときに偶然出会ったので」
「そうですか…。だったら黙っておきましょう!父はとにかく好奇心旺盛で、謎を追い求めるのが生き甲斐です。いずれサバトの謎にも迫るはずです。もう調べ始めているかもしれませんね。結果、身近にいたと気付いたときの反応を知りたくて」
親に対する悪戯心だろうか。
「時間を無駄にした…って怒りそうですが」
「謎に迫る過程が好きだから怒ったりしませんよ。むしろ、予期せず真実に辿り着いたらガッカリする人です」
困ったように微笑むアプラさん。しかし、親子とは思わなかったなぁ。
「親子だから知る性格ですね」
「血は繋がってないんですけどね。母の連れ子なので。基本的に自分勝手な人すぎて、母に愛想を尽かされてるんですよ。関係は良好ですけど、今じゃたまに会いに行く親戚みたいになってます」
「そうでしたか」
血の繋がりがないから匂いは似てないのか。でも匂いは親子を証明するモノじゃない。
「執筆以外ほとんど家にいない父ですが、会えばいつも優しいです。私が家を出てからもずっと気にかけてくれてて」
「取材で忙しいんでしょうね」
フィガロの日記について考察が進んでるだろうか。ボクなりの考察も伝えたいから今度顔を出そう。
「ココに来れてよかったです。思い出しました。元々は鑑定を使って書物の編纂がやりたかったんです。図鑑を作るとか。もっと詳細な鑑定ができるようにならなきゃ無理ですけど。そのタメに冒険は続けようと思います」
苦手なことに向き合うことができるようになったんだな。
「パーティーをクビになったショックを忘れるくらいやる気が漲ってます」
「鑑定の腕が磨かれそうですね」
「そのつもりです。上達したらまた会ってもらえますか?」
「上達しなくても大丈夫ですよ。サバトだということを黙っていて頂けるなら」
「言いません。父にも怒られてしまいます。なんでバラしたんだって。妙に勘がいいので、ウォルトさんに出会ったことも黙っておかないと」
「無理しないで下さいね」
「はい。また冒険してくれるパーティーを探すところからやらなきゃ!」
ちょっと訊いてみようか。住み家で話そう。
「ほんの少し時間を下さい」
戻ってきて伝える。
「アプラさん。フクーベの冒険者にボクの友人がいるんですけど、都合が合えばアプラさんと冒険したいと言ってくれました。鑑定してもらえたら勉強になると」
「冒険者と交流してるんですね…。誤解してばかりでした」
「ボクの数少ない友人達で、まだCランクですが将来有望な冒険者パーティーです。人柄も保証します」
「是非お願いしたいです」
後日、オーレン達から一緒に冒険に行ったことを聞いた。アプラさんはできる限り戦闘に参加して、鑑定を駆使した採取や調合ができたと。
互いに満足の冒険だったらしい。フクーベに住んでないけど、今後も定期的に一緒に冒険に行くことになったみたいだ。
初対面のとき、ボクの友人だからゴッツい獣人集団が出てくると警戒していたらしく、似ても似つかぬ3人やミーリャ、ロックと直ぐに仲良くなれたと聞いた。
ボクも刺激をもらってる。鑑定されるとサバトだとバレることを知れたので、どうにか技能を防ぐ手段を編み出したい。輩に絡まれたとき、情報が漏れるのを避けるタメに。手の内を隠しながら相手を分析して、情報を集め優位に闘いを進めるがボクの戦術。
いろいろな手段を考案して、今度会えたらアプラさんに協力をお願いしてみよう。




