714 酒が酒を飲む
タマノーラの商人ナバロが、納品で森の住み家を訪ねてきた。
「ウォルト君。タマノーラの皆で作ったアレができたんだ。約束通り持ってきたよ」
「楽しみです」
どんな仕上がりなんだろう。作るのは大変だったはず。
★
話は前回ナバロさんが訪れたときに遡る。
物々交換を終えて、空腹だというので料理を作り、ボクは食後にあることを頼んでみた。
「ナバロさんにお願いしたいことがあります」
「なんだい?」
「ちょっと外に来てもらえますか」
連れ立って猫小屋の裏に向かう。
「また小屋が増えてるね」
「この小さな蔵の中に見てもらいたいモノがあるんですけど」
ちょっと前に1人で建てた木造の蔵。造りが凝っているワケでもなくシンプル。鍵代わりの結界を解除してドアを開けると、ひんやりした空気が外に漏れ出す。
「涼しいなぁ」
「魔法で温度を一定に保ってます。中へどうぞ」
「うん。……ココは……もしかして酒蔵かい?」
「はい。自作の酒です」
コンゴウさん達から酒造りの工程を教えてもらった。
「ナバロさんは辛党なので、味見をお願いできないかと。意見も聞きたいです。ただ、素人が作ったので安全を保証できないんですが」
「とても気になる。飲んでみたい」
「お腹を下すかもしれないので、飲むのはほんの少しで」
「酒は薬だから心配いらないよ」
どちらかといえば毒だという認識だけど…。
「甕酒なんだね。渋いな」
「自分で焼いてみました。蒸留酒とか醸造酒で甕を変えてます」
「とてもいい香りだ」
ボク的にはこの空間にいるだけで酔いそうになる。一応酒の種類毎に魔法で空間を仕切って管理してるけど、やり方が正しいかは不明。
「まず、こちらを」
小さな木の柄杓で掬ってコップに移す。
「…甘い香りだ。果実を漬け込んだ酒だね」
「美味しいと思う果実を漬け込んでみました。主に柑橘なんですが」
酒の種類を選べるし、最も簡単に作れると教わった。ナバロさんはゆっくり飲み込む。
「……うん。美味いよ。爽やかな酸味にしつこくない甘味が乗って、軽い口当たりと涼しげな味わい。漬けている期間が浅いから深みがないのが残念だけど、食事と合わせるなら充分かもしれない。女性に好まれそうで、男性には酒精が物足りないだろう。ベースは若い火酒か。悪くない選択だと思う。柑橘の鼻を刺す香りが苦手な人には、もう少し違う果実を加えてまろやかにするのも手だね」
たった1口で語れるのが凄い。
「他にも幾つか漬けてるんですが」
「少しずつ頂いていいかい」
ナバロさんは少しずつ味わいながら飲み干していく。
「若いプラムは合うなぁ。舌触りが滑らかだ。香りが酒に移って相乗効果が出ているよ」
「バジルの香りが酒に移っていい感じだ。先に発酵させているのかな?凝ってる」
「草…?いや、乾燥させた川藻?とても面白い。旨味が強くて、肴との組み合わせが無限にありそうだ。酒飲みには好まれるよ」
概ね好評でよかった。悪い点もしっかり指摘してもらえて参考になる。
「少し休みますか?」
「なぜだい?」
「飲み過ぎてないかと心配で」
「あははっ。酔ってないよ。全部1口だから」
「酒豪ですね」
「好きなだけさ。他の酒も味見していいのかい?」
「是非。ただ、全般的に熟成期間が足りてないと思います」
「大丈夫。酒はなんでも美味いから」
そんなことあるかな…?
「……うん。売り物にはならないけど悪くない。まだ熟成しきってない青臭い感じがいいな。人で例えるなら若人って感じだ」
次々試飲してるけど、本当に大丈夫かな…?酔ってるようには見えないからいいか。
…と、ナバロさんはあるお酒を飲んで目を見開いた。
「この酒は美味いっ!初めて飲む味だっ!酒精は弱いけど…補って余りある美味さがある…」
「東洋のハポンという国の醸造酒で、友人から作り方を教わったポン酒というお酒です」
「ポン酒…。果実のような香りと微かな甘み…。原料は果物なのか…?」
「米です」
「本当かい?!穀物からこんなに美味い酒ができるなんて考えもしない…。マイといえば、カネルラでは蒸留酒の原料だ」
「東洋原産のマイを使っていて、向こうではコメと呼ばれるようです。粘りと甘味が強くて食べても美味しいです。本場の杜氏が作ったポン酒は、身体がのけ反る美味しさだとか」
「容易に想像できるなぁ…」
ナバロさんは険しい表情で黙り込む。首を振ったり眉間に皺を寄せて、なにやら悩んでいる顔。
「ウォルト君…。その………ポン酒の作り方を教えてもらったり……とかできるかな…?」
「いいですよ」
「本当かい…?この酒は……金の成る木だよ」
「興味ないです。それに、ナバロさんは金に目が眩むような商人じゃないので構いません」
個人の利益のタメじゃない。長い付き合いでそのくらいわかる。
「タマノーラの名物にしたいんだ。人が減る一方で、コレといった名物もない。このままだと町は衰退するばかりだ。酒を造ったこともあったけど、いまいち売れなかった。ただ、酒蔵は残ってるし、タマノーラはマイの栽培も盛んで条件が揃ってる。町おこしのきっかけになるかもしれない」
「試す価値がありそうですか?」
「是非やってみたいんだ」
「では、製法を書いて渡します。知ってるのは基本だけなんですが」
「…本当にいいんだろうか?君に教えた人は、そんなことのタメに教えたんじゃないはず…」
「喜ぶと思いますよ」
「え?」
「飲みたくてもカネルラではなかなか手に入らず、渡来品を入手するしかない。いつでもポン酒を飲めたら幸せだと言っていました。このお酒もその方に飲ませるタメに作ったんです。ナバロさん達が作ってくれたら喜んでもらえると思います」
「……そう言ってもらえるなら、精一杯作ってみたい。その人に喜んでもらえるような酒を」
「後でコメの種もお渡しします」
「ありがとう。必ず形にしてみせる。できたら君にも飲んでもらいたい」
「楽しみです」
ボクにポン酒を教えてくれたのは、先代シノのカケヤさん。暗部のルーツである東洋全般に博識で、嗜好品や調味料に至るまで網羅してる。
カケヤさん自身も作ってみたものの、温度管理が難しくて美味しくできないと言ってた。本格的に作るなら、それなりの道具や建物も必要になる。ボクならほとんどの問題を魔法で解決できるから…と教えてくれた。このポン酒は、もっと熟成したら届けようと思っている。
「まだ他の酒も飲まれますか?」
「当然だよ。ほろ酔いでまだまだ余裕さ」
結構飲んでるけど大丈夫かなぁ?帰りはボクが町まで送るからいいけど。
「ベリー酒もいいね。まだまだ熟成が必要だろうけど、成長の途中で味わうのも乙だ。次は…蒸留酒だね」
「そろそろ肴とかいかがです?」
「必要ないよ。僕は酒を飲みながら食べないんだ」
胃によくないらしいけど、無理強いするのもよくないか。
蒸留酒も味わいながら飲み干していくナバロさん。
「荒々しさがない優しい火酒で、魚介類に合いそうだ。ドワーフが作る火酒はガツンと喉にくるけど、角がなくて飲みやすい」
「コレはジーンかな?風味付けの原料が、市場に出回る酒とは違って個性的でいい。ウォルト君らしい」
…改めて思うけど、凄いお酒好きなんだな。素人の作った酒を美味しそうに飲んで、いい表情をしてる。
「次はこの小さい甕にしよう」
「…あっ!ナバロさん!その酒はやめたほうがいいです!」
「なぜだい?」
「ドワーフの師匠達にと思って作ったんですが、ちょっとやりすぎてしまって…。ナバロさんは飲めないと思います」
「やりすぎても酒は酒だから、1口だけ頂くよ」
「ナバロさんがいいなら…」
赤い顔をしたナバロさんは、1口だけと言いながらコップになみなみ酒を注いだ。
「ちょっ…!ナバロさん?!」
「確かにドワーフは酒豪揃いだ…。でも、僕も酒を好きな気持ちは負けない!飲めるさっ!」
「勝ち負けじゃないと思いますっ!やめたほうがっ…!」
「頂くよっ!」
一気飲みしたナバロさんは…動きが止まってゆっくりと天を仰いだ。大丈夫……なのか?
「……ごぼぁっ!の、喉が焼けるっ…!がはっ…!かはぁっ…!」
「やっぱり!水をどうぞっ!」
水魔法で満たしたコップを手渡すと、これまた一気飲みする。
「…ふぅ。なんだこの酒は…?味なんて感じないし、喉と胃が焼け落ちてしまいそうだった…。吐いた息に火が着きそうだよ…」
「酒精を高めたいと思って、蒸留を繰り返したんです。ドワーフはいつも平然と飲んでるので、どこまで飲めるか知りたくて。繰り返す内に味がほぼなくなって、酒精の化け物みたいな酒ができました」
「素人がそこまでやれることが凄いよ…。普通は……そこまで……」
「ナバロさん?!」
真っ赤な顔で前のめりに倒れた。慌てて身体を受け止める。やっぱり飲み過ぎだったんだな…。
酔い潰れたナバロさんを背負って商会まで送ると、直ぐに叩き起こされてヤコさんや両親にしこたま説教されている…。
「お願いして飲ませたのはボクなので」と言っても「ウォルト君は関係ない。昼間っからだらしなさすぎる」と取り合ってもらえず、ナバロさんには悪いことをした…。
ただ、ナバロさんは回復も早くて、まだ酔いが残っているのに酒蔵を見に行くと言う。同行すると、建屋は古いけど樽や道具は掃除すれば充分使えそう。
原料の米を植えるのは畑じゃなく田んぼに。こちらも問題なし。元々マイを植えてるから、農地を拡大するだけで済みそうとのこと。
「美味い酒だなぁ。初めて飲む」
「こいつぁ美味い」
「カネルラにはない味だと思う」
以前酒造りを主導していたという人々に声をかけ、ボクの手作りで悪いけどポン酒を飲んでもらった。
「もう一度酒造りをやってみないか?僕はタマノーラの名物になる可能性を感じる」
「言いたいことはわからんでもない。なにより美味い。けど、割に合うのか?」
「原料はマイだ。外仕事が増えてしまうけど、皆で力を合わせてやれたら」
「一度作ってみないとわからない…か」
しばらく意見を出し合って、最終的に挑戦してみることに決まった。帰る前にナバロさんにコメの種を渡す。
「成長を促す魔法をかけてあります。かなり早く収穫できるかと」
「ははっ。ありがとう。準備を急がないとけいけない」
「本当に手伝いはいらないんですか?」
「ウォルト君にはきっかけをもらった。感謝してもしきれない。後は僕らだけでやらなくちゃ」
「そうですか。ポン酒は寒い季節に仕込むと美味しく仕上がるようなので、酒蔵が涼しくなる魔法だけでも付与させてもらえませんか?」
「ありがとう。お願いしていいかい」
魔法陣の付与は簡単。四隅に小さな魔法陣を付与すれば、冷気と微かな風が蔵の中を適温に冷やしてくれる。
あとは、数ヶ月後に美味しいお酒ができることを願う。
★
ナバロさんは荷物の中から硝子瓶を取り出してテーブルに置いた。
「ウォルト君は下戸だよね。大丈夫かい?」
「少しだけでも飲みたいです」
どんなポン酒に仕上がっているのか。コップに注ぐと色は水そのもの。芳醇な香りが漂う。
「頂きます」
舐めるように口に含む。果実のような香りと、スッキリした酒精の味が舌を転がる。飲みやすくてお酒じゃないみたいだ。
「…美味しいです」
「ははっ。顔が真っ赤だよ」
でも実際はお酒だから、身体がか~っと熱くなるワケで。
「かなり気合いを入れて座ってます。醸造お疲れさまでした」
「ありがとう。試作だけど、上手くできたと思ってる。もっと熟成させると美味しそうだから、試行錯誤してみるつもりだよ」
「タマノーラの皆さんはなにか言ってますか?」
「昨夜、初絞りを飲んだ勢いで宴会に雪崩れ込んだ。初めて飲んだ町民も「かなり美味い」って喜んでくれてね」
「よかったです」
酔い覚ましのお茶を飲んで、気持ちを落ち着けよう。危うく寝るところだった。
「ウォルト君にお礼があるんだ」
「え?」
「身構えないでくれ。コレなんだけど……っと」
薄い木箱を渡される。軽いな。
「お姉様達が「アンタには世話になりっぱなしだよ」って持たせてくれたんだ」
「開けます」
蓋を開けると数種類の漬物が並んでる。どれも美味しそう。
「頂いていいですか?」
「もちろん」
「……美味しいです。塩気が絶妙で、漬けの年季が違いますね」
「3人自慢の漬物らしいよ」
「どれもポン酒に合いそうです」
「そうなんだ。酒に合う肴を作って、町の力になろうって張り切ってくれてね。ウォルト君にもお裾分けをって」
「感謝を伝えてもらえますか。あと、新作の茶葉を渡してもらえると」
「また漬物を渡されることになりそうで怖いな…」
ナバロさんは「たとえ名物にならなくても、町ぐるみでなにかやるのは楽しいものさ」と笑った。努力が実ってタマノーラに活気が出るといいな。
次の日、ボクは初めてカケヤさんのお宅を訪ねた。町外れに立つ古い木造の一軒家は、年季を感じる渋い造り。
家に近付く何者かの気配を感じたのか、カケヤさんは玄関の前で待っていた。
「ご無沙汰してます」
「遠路はるばる恐縮です。どうされました?」
「お渡ししたいモノがありまして」
袋に入れて背負ってきた硝子瓶を渡す。
「ボクが作ったポン酒です。熟成期間が短いんですが、どうにか飲んで頂ける味に仕上がりました」
「なんと…。有り難く頂戴します。今宵の晩酌が楽しみでなりません」
「実は、もう1本ありまして」
「なんですと?」
小ぶりの瓶を渡す。
「こちらは、カケヤさんから教わった製法でボクの友人達が作ったポン酒です。タマノーラという町で作られました」
「存じています。静かでよい町でした。ポン酒が町ぐるみで作られるとは驚きです」
「試作品を飲ませてもらって、美味だったのでお裾分けしたくて。是非こちらも」
お姉様達の漬物も半分渡す。製法を教えてくれたカケヤさんは、タマノーラにとって恩人になるかもしれない。ボクへの礼にもらったので今回は半分にした。
「よければ晩酌の肴に。心のこもった漬物です」
「見るだけで喉が鳴り、口が欲する。達人の仕事とお見受けします」
「お姉様達の長年の勘と経験が詰まっています」
「ご婦人方に感謝をお伝え下さい。また、タマノーラの皆様にも」
「わかりました。よければ、1口でいいのでお酒の感想を頂けませんか?ボクが伝えます」
「少々お待ち下さい」
カケヤさんは見事な細工が施された小さい硝子のコップを手に戻ってきた。
「東洋の工芸品で切子と呼ばれる器です。飲み口が薄く、酒を飲むのに適しております」
「細工が美しいですね。とても綺麗です」
ポン酒を注ぐと美しく揺らめく。切子か。今度作ってみたい。
カケヤさんは、ゆっくりとポン酒を口に含む。味わってほんの少しだけ飲み込んだ。
「…美味です。洗練されているとは言えず粗削りですが、淡泊な味を好む者には充分な仕上がり。濃厚な味わいを好む者もおりますが、爽やかさもポン酒の特徴。燗と呼ばれ温めて飲む手段もあるのです。このポン酒はキレのよい辛口で燗向き。もう少し熟成させたなら、味わいが変化し、季節の肴との相性を探るのも一興でしょう」
…カケヤさんもお酒が好きなんだな。饒舌になるのが共通点。
「もしタマノーラの酒造りが軌道に乗ったなら、いつでもポン酒を譲ると言っていました。製法を教わった恩人に、定期的に味を確認してもらいたいと」
「激しく甘い誘惑ですな。しかし、私はポン酒がカネルラで作られるだけで満足。いつか広まり、各地で手に入ることになれば、暗部の故郷の名も知れ渡るでしょう。入手できると思うだけで期待が膨らんで仕方ありません」
カケヤさんは積極的に交流の輪を広げないことを知ってる。でも、ナバロさん達の言葉を伝えることは大切だと思えた。
続けてボクのポン酒も批評してもらったところ、「ウォルト殿のポン酒は、甘口でまた違う味わい。果実のような香りと、米の甘味がしかと感じられます。洗練されずとも味は形を成し、丁寧な仕事ぶり。酒に特徴あれど優劣はなし」と褒めてもらえた。
「ウォルト殿。こちらを召し上がって下さい」
切子に注がれた琥珀色のお酒をほんの少し頂く。
「…とても美味しいです」
「私の所持する最高級のポン酒です。まろやかな口当たりと、酒精を感じないほど透き通る味わい。職人による珠玉の1本は、まさに水の如し。タマノーラの皆様にお渡し下さい」
「貴重なお酒なのでは?」
「名酒を2本頂きました。奥深い酒の世界を、未来ある杜氏に知って頂きたい。聞くよりも味わう方が早いかと」
預かったお酒はタマノーラまで慎重に運ぼう。そして、次はコンゴウさん達に会いに行くことに。
味もさることながら、酒精の強さにもこだわりがあるドワーフ。醸造酒では満足させられない。ボクの作った酒精を尖らせた蒸留酒の評価はどうか…。
「…ぶはぁぁっ!!コイツはいいっ!なんちゅう酒精の強さだっ!」
「美味いなっ!麦とイモだっ!ココまで蒸留するとは大したもんだぜっ!」
「確かに美味いねぇ。手間をかけた分だけちゃんと仕上がってるよ」
「ウォルト!樽ごと寄越せっ!魔法で持ってきとるだろうが!」
「この瓶で終わりです。1人1口分しかありません」
「なんじゃとっ?!全然足りんわ!っ」
「50回以上蒸留してますから」
やり過ぎたと反省していたのに、全員が軽く飲み干して満足げ。身体の作りが違うんだろう。
「俺らで作るか!こいつぁドワーフの間でも売れるぞ!たらふく飲ませてやる!」
「火酒以外でも美味い酒ってのはあるんだな!ウォルト、ありがとよ!」
「いえ」
コンゴウさん達に酔ってほしかっただけなんだ。酔うのも酒の楽しみの1つだと思うから。酒精を可能な限り尖らせたのに、残念ながらドワーフには通用せず。
美味しいと褒められたからよしとするか。それとも…もっと尖らせてみるか。




