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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
710/730

710 錯書

 ウォルトは珍しく後悔していた。


 世界の裏側で師匠の結界を解除したとき、魔法に関する知識の乏しさを痛感した。解析を嘲笑うかのような解除方法に辿り着くのに要したのが数十時間。 

 魔導師になるタメには、住み家の文献だけでは学べない手法や術式、魔法構築を学ぶ必要があると感じたから。


 金持ちでもなければ仕事すらしていない獣人に魔導書を買うお金があるはずもなく、学ぶ術がない。唯一あるとすれば、冒険者ギルドの書庫だった…けど、冒険者を辞めてしまったから見ることはできない。

 もう少し早く師匠の結界に遭遇していても結果は同じ。冒険者を辞めたことはまったく後悔してない。後悔しているのは、書庫に頻繁に通わなかったこと。


 別の学ぶ方法があるかな?我が儘で直情的すぎるから、魔導師に師事するのは無理だ。そもそも獣人に教えるなんて悪い冗談と思われるだろう。


 お金も暇もない獣人でも魔法について学べる方法…。…なにも思いつかない。友人に相談してみようかな。


 まずはオーレン達に。



「う~ん…。俺には思いつきません。ギルドの魔導書を貸りられる手段を模索してみます」

「サラさんやマルソーさんに習うのは現実的じゃないですよね」

「自分達も修練してるのをよく見かけるし、仕事もあるもんね!ハズキさん…もやっぱり忙しいかなぁ?」


 ハズキさんには習ってみたい。他にも真剣に考えてくれて有り難かった。サマラとチャチャにも訊いてみたけど「魔法に詳しい知り合いはウォルト達しかいない」と。

 

 次は誰に訊こうか……なんて偉そうに言えるほど友人は多くない。





『そういうのを待ってたんだよ!』


 魔伝送器でリスティアに相談してみたら、なぜか興奮気味。


「無理を言ってる自覚はあるから、思いついたらでいいよ」

『大丈夫!任せて!』


 既に思いついてるっぽい。リスティアは賢いけど、無茶しそうで怖いんだよなぁ…。理由すら訊き返さないし。


『夜に連絡するから、楽しみに待ってて!』

「無茶はダメだよ」

『しないってば!じゃ、しばらく忙しいから切るね!』


 …どうする気なんだろう?


 そして夜を迎え、約束通りリスティアから連絡が入る。


『お待たせ!住み家にお呼ばれを所望する!』

「了解」


 空間を繋げて住み家に迎え入れるとすかさずハグをしてきた。背中に大きな鞄のようなモノを背負ってる。


「久しぶりだね!交流会以来!」

「久しぶり。お茶とお菓子を準備してるけど食べるかい?」

「もちろん!」


 紅茶と自家製ベリーのクッキー。夜食は太りやすいらしいので、甘さは控え目に。


「美味し~い!ココに来る日は、晩ご飯を減らしてるから!」

「料理人が悲しむから、普通に食べていいよ」

「わかってる!お菓子の分だけ、ほんの少しね!」


 食べ終えたリスティアは優雅に紅茶で一服。


「ふぅ~。ウォルト、またお菓子作りの腕を上げたね」

「そうかな。ありがとう」

「そして……コレを使って魔法の腕も上げてね!よいしょ!」


 リスティアはドン!と鞄をテーブルに置いた。中から取りだしたのは分厚い本。3冊もある。立派な装丁からすると…。


「リスティア…。無理を言ったんじゃないのか?」

「言ってない!魔導書に見えるんでしょ?違うんだなぁ。錯書って知ってる?」

「記されてた内容に虚偽や誤りが見つかった本だろう?」


 図鑑であったり医学書であったりと、記述の誤りが大きな影響を及ぼす書物は錯書と呼ばれ、誤情報による被害の拡大を防ぐタメに訂書と呼ばれる修正版が発刊される。

 ちなみに、金儲けや詐欺を目的として悪意をもって作られたタチの悪い本は錯書とは呼ばれない。偽書と呼ばれ、作成すると立派な犯罪になる。


「持ってきたのは錯書なの。魔導書としては既に価値が失われてる。ただし、内容に価値がないとは思わないでしょ?」

「読んだことはないけど、記述が全て誤りってことはないだろうね」

「致命的な間違いがあるらしいけど、それ以外は正しいよね。歴史書と同様に扱われてるから貸し出してもらえたの。ウォルトなら間違いもわかりそう。直ぐに実践するでしょ」

「間違いなくやる」

「少しでも学べたらいいなって。貸すからゆっくり読んでほしいの」

「ありがとう」


 そっと手に取ってパラパラと目を通してみる。


 ………ちょっと待った。


「リスティア。この錯書は…」


 宮廷魔導師独自の魔法について書かれてる…。


「今のでよくわかるね~。知りたいでしょ?」

「いいのか…?」

「クウジとロベルトの許可は取ったよ。ついでにお父様の許可もね。カネルラ国王がいいって言ってるからいいの!」 


 陛下がついでなのか…。実父とはいえ侮りすぎじゃなかろうか。嘘じゃないのはわかるけど。


「ウォルトならいいって快く許可してくれたよ。ただ、1つだけ条件があって」

「なんだい?」

「知識を得るのはいいけど流出させないで。もちろん弟子にも。防人の魔法だから」

「約束する。それにしても…よく許可してくれたなぁ…」


 いかに錯書でも、内容が内容だけに秘匿対象の図書である可能性が高い。致命的な誤り以外は貴重な魔導書なのだから。


「交流会のとき、食事もさせなかったお詫びも兼ねてるってさ。正規の魔導書は見せられないけど、錯書ならいいって」

「ボクが連続で魔法戦をやりたかっただけで、ロベルトさん達は悪くないんだ」

「知ってる。あとは私が保証したから。急に魔法を学びたいなんて、なにかあったんでしょ?使えるモノは王女でも親友でも使わなきゃ!」


 相変わらず読まれてる。そして、想像以上のことを簡単にこなすのがリスティア。


「ありがとう。お礼は必ず…」

「毎回のように水くさいこと言わないで!その代わり、私が困ったときは助けてね!」


 リスティアの笑顔になにも言えなくなってしまう。


「ありがとう」

「頼んできたんだから受け取ってよ。私も気が済むから。もしお礼したいなら、許可してくれたお父様やクウジ達になにか考えて」

「わかった。そうするよ」

「じゃ、帰ろうかな」

「リスティア。あと5分だけ待ってくれないか?」

「ん?いいよ」

 

 ……よし。全集中だ。


 リスティアが持参してくれた錯書を高速で捲りながら目を通す。『感覚強化』に『倍化』、そして割芯を駆使して一気に記憶した。


「ありがとう。内容は全部覚えたよ」

「……本気で言ってる?」

「もちろん」


 ユグさんの元で師匠の結界を解析したとき、壁を破った気がする。一時的かもしれないけど、集中力や記憶力、分析力といった処理能力が研ぎ澄まされて、絶え間なく情報の整理ができるようになった。

 貴重すぎる資料を何日も借りるのは申し訳ない。ゆっくり読みたいのはやまやまだけど、詰め込んだ内容を咀嚼しながら読み込めば記憶に深く刻まれるはず。今日は徹夜になるな。

 

「この本の…50頁に書かれてる内容を教えて」

「魔法陣の構成図と、魔力均衡状態についてだね。年季の入った折り目が付いてたよ」

「…合ってる」

「今から頭の中で整理して、明日から修練を始める」

「…またいつでも貸すからね?」


 リスティアは無事に部屋に帰った。この記憶能力が前から備わっていれば魔法の模倣も楽にできたなぁ。でも、今だから身に付いたんだろうし。

 魔法陣や結界の構築についての記述もあったから、存分に学ばせてもらおう。読みながら誤っている部分もほぼわかった。答え合わせはゆっくりでいい。



 ★



 カネルラ王城の敷地内別棟にあるクウジの執務室をリスティアが訪ねてきた。


「王女様。どうされました?」

「借りてた錯書を返しにきたよ」


 ウォルトが魔法の知識を欲していると聞き、錯書を借りたいと王女様から依頼されたのが昨日の夕方。


 一体どういうことなのか。


「ちゃんとウォルトに貸したよ。直ぐに返されたの」

「錯書では気に入らない…ということでしょうか…?」


 さすがに宮廷魔導師の魔導書は門外不出。厳重に管理されていて、貸し出すことなど不可能。宮廷魔導師は、辞めたとて魔法について黙秘することを誓約させられる。

 錯書ですら本来は無理なのだ。ウォルトには大きな借りがあるのと、国王陛下の許可を得たことで特別に貸し出しただけ。


 リスティア様は静かにソファに腰掛けた。


「クウジ。私ね、ウォルトは凄いって知ってるんだよ」

「魔法に関しては異存ありません」

「あはっ。でもね、昨日は呆れたの」

「呆れた…とは?」

「魔法は生まれ持った才能がないと操れないよね」

「その通りです」

「私は魔法の才能がないけど、見てて凄いことくらいわかる。ただ、細かいことはわからないの」


 リスティア様はなにを仰りたいのか。


「久しぶりにウォルトの凄さを実感した。肌で感じたっていうのかな」

「アイツの凄さとはなんでしょう?」

「錯書の内容を全部覚えたって。この厚みを…1冊5分とかからずにだよ?パラパラって一度見ただけで返されたの」

「…左様ですか」


 俄に信じ難いが…即座に魔法を模倣するような男だ。記憶能力が並外れているのは間違いない。それにしても…細かい文字と図形が羅列され、ゆうに300頁はある元魔導書を短時間で記憶するとは…。それも3冊分。


「私は逆立ちしてもできない。もうね、驚きを通り越した」

「さすがに魔法で能力を強化しているのではないかと思われます」

「きっとそうだね。でも凄い。魔導師なら…誰にもできないよね」


 リスティア様は苦笑い。


「ウォルトは言わなかったけど、なにか刺激を受けたっぽいよ。交流会かもしれないね」

「そうだといいのですが」

「第2回を計画してみる?今回の件でお礼しようとしてたから、また協力してくれるかもしれないけど」

「機会があれば是非とも。ただ…しばし間を空けたいというのが私の本音です」

「あはっ。あらゆる人に気を使う必要があるもんね。お疲れさま」

「前回の招待者から「次があれば」…と候補者が続々推薦されています。意外でした。魔導師が得を後進に譲ることなどないはずですが…やはりウォルトの魔法の影響力は想像以上なのです」

「損得なしで感じてほしいんだね」

「そうやもしれません」

 

 俺の予想では、語れる相手を欲しがっているように思える。ウォルトの魔法について自分の推測すら話せる者がいないのは苦しい。俺とロベルトさんは、暇があれば2人で考察している。


「クウジ。もしウォルトが錯書閲覧のお礼をしたいって言ったら、なにかしら宮廷魔導師に還元できそうなことを考えて頼んでいい?」

「僥倖です。是非ともお願い致したく」

「そうなったらまた相談するね」


 …カネルラの魔導師にとって、リスティア様の存在は大きい。ウォルトの親友であり、魔導師達の未来を憂いて双方をよい方向へ導こうと常に苦心しておられる。


 だが…この御方はいずれカネルラから…。


「できることは今の内にやっておかないとね!」


 笑顔の王女様が退室してドアが閉まった。


 御本人が誰より理解されている。その時まで変わらず笑っているのだろう。

 


 

 それから2週間ほど経ったある日。ロベルトさんと執務室で事務処理に勤しんでいると、リスティア様が訪ねてきた。


「クウジ。ロベルト。ゴメンね」

「王女様。どうされましたか?」

「錯書のお礼なんだけど、私がお願いする前にウォルトからされちゃった」

「王女様に責はありませんぬ」 

「クウジの言う通りです」

「ありがと。でね、お礼をされる前に辛うじてお願いできたことがあって……役に立つといいんだけど……よいしょ」


 王女様は背負っている鞄から本を取り出した。3冊並べる。


「錯書から知識を得て、ウォルトが改訂した本の複製なんだけど」

「ウォルトが改訂を…?」

「クウジ…。正規の魔導書と見比べるてみるか。より効率的に改訂されているかもしれない」

「あのね、錯書全体の改訂じゃないみたい。ウォルトは誤ってた部分だけに注目して考察したんだって。削除するんじゃなくて、なぜ間違いが起こったのかを深く考察して、誤っている部分から魔法を導いてみたって」


 誤っている部分から魔法を導く…?意味がわからない。

 

「紙に記録したって聞いたから、お願いして複製をもらったの」

「…拝見します」


 ロベルトさんと共に複製されたという本に目を通す。


「クウジ…。実証してみないとわからないが…」

「はい…。誤りだと思われていた部分は……実現可能だったということになりますね…」

「時代が魔導書に追いついたのか…。それとも、理想を形にできる魔導師が現れたということか…」

「当時は机上の空論、暴論と認定されたのだと思いますが…」


 魔力制御から操作、詠唱に至るまで詳細に記述されている。言うまでもなく実証済みだろう。疑う余地などない。


「役に立ちそう?」

「宮廷魔導師は新たな魔法を得た可能性があります。ウォルトが編み出した魔法ではなく、著者が正統に評価され、後進が実証するのです。結界、魔法陣についても考察されています。可能だと思わせる記述かと」

「よかったぁ。頼んだ甲斐があったかなぁ」

「感謝に堪えません。王女様にはなんとお礼を申し上げてよいのか…」

「必要ないよ。素晴らしい錯書だって興奮してた。多くを学んで、誤りだと思われる部分も突き詰めたら理解できたって。改訂された魔導書には当然同じことが書かれてると思ってるみたい」


 ウォルトの大きな勘違いだ。


「修正ではなく排除されてしまった項目であり、魔導書として不適切との判断だったはずですが、ウォルトは違うアプローチで実証しています。この手法ならば我々でも可能ではないかと」

「今回はお互いに有益だったかな!」


 魔法に関する引き出しの多さが俺達と違いすぎる。魔導書の中には、理論上可能と推測されながら鼻で笑われるような理論が山ほどあって、アイツは歴史に埋もれてしまった魔導師達の無念を晴らすことができる存在。


「クウジ。あらゆる錯書を読ませてみてはどうだ?」

「1つの手だと思います。冒険者なのだから、ギルドに保管された魔導書も閲覧できます。獣人は怪しまれるので、根回ししてからリスティア様を通じて提案してみるのも…」

「ウォルトは冒険者をやめたって言ってた。だから私に頼んだみたいで、まだまだ知識が足りないって張り切ってる」


 アイツは向上心の塊。宮廷魔導師にも見習せねば。


「王女様。つかぬことを伺いますが、ウォルトのお礼とはなんだったのですか?」

「面白いモノをくれたよ。今回覚えた知識で作ったっていう魔道具なの。いや、魔装備かな?魔力糸で編んだ肌着なんだけど」


 リスティア様は手首まで隠れる黒の肌着を着ていることには気付いていた。暑そうに見えたから。


「よく見ててね」


 リスティア様は両手を前に翳す。


『炎』


 小さな魔法の炎が灯った。


「どうかな?」

「見事な魔法でしたが…」

 

 王女様に魔法の才はないと認識している…。どういうことだ…?


「加護の力を魔力の代用にして、魔法を発動できるんだって。使えるのは設定した1種類だけだし、厳密には魔法とは違うみたい。前から「魔法を体験してみたい」って我が儘を言ってたの。発動方法は詠唱とほぼ同じで、修練して魔導師の気持ちを実感した。魔法を習得するのって大変だね」

「ウォルトから『炎』を教わったのですか?」

「そう。「リスティアは天才だ」って褒められちゃった!親友は大袈裟なんだよ~!」


 満面の笑みを浮かべながらリスティア様は退室した。


「クウジ。魔力変換の魔装備製作を頼めるかもしれんな」

「ディートベルクなどで兵器化されているというアレですか?魔力を流すだけで魔法が発動するという」

「そうだ。戦闘魔法だけでなく治癒魔法に変換も可能だろう。宮廷魔導師の装備ならば悪用されることもない。要は使いようだ」

「慎重を期す必要はありますが、案としてはアリかと」

「今まで絵空事だったことが…さも当然のように語れる。たった1人の魔導師の出現で」

「先輩。欲を出しすぎては足を掬われます」

「わかっているさ」


 俺がウォルトと親しくなれていたら、もっと違う構想を練ることができただろう。だが今さらだ。吐いた言葉はなかったことにできない。せめて、後続が繰り返さないよう忠告するだけ。


「とにかく、この本を読み込んでみるか。どんな魔法なのか興味がある」

「えぇ」



 指導者総出で本を読み、試行錯誤しながら習得することになった魔法は、後進の宮廷魔導師に受け継がれていく。


 現代に蘇らせた魔導師の名は、誰にも知られることがないままに。

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