706 オブラッキオン
森の住み家にて、衛兵ボリスの訪問を受けるウォルト。
「ウォルト!お前、フクーベでまたやったな!心当たりがあるだろう!」
「相変わらず勘が鋭いですね」
「勘とかいう問題じゃない!犯人候補がお前しかいないんだ!」
木剣を打ち合いながら会話する。最近ボリスさんと話すときは手合わせしながらが通常。
「今回も特定される要素はなかったと思うんですが」
「ご丁寧に魔法で記憶を飛ばして、かなりのダメージを与えておきながら絶対に死なない程度に治癒魔法をかけている!手口が毎回同じだ!」
愉快犯じゃないから様々な手口でやる意味がないだけ。
「誰にでもできることなのに、洞察力が優れてますね。傷害罪で捕まえにきたんですか?」
「そのつもりなら最初から言ってる!理由を聞かせろっ!なぜ奴らを半殺しにしたっ?!」
「何度も亜人と呼ばれたからです」
「本当の理由は違うだろう!?お前は亜人と呼ばれる程度なら堪えることができるはずだ!」
「本当です。虚仮にされたので腹に据えかねました。あと、剣で斬られたのも理由の1つですね」
嘘は吐いてない。真実には少し足りないだけ。オーレン達のことは口にしないと決めている。彼等に対して疑念を持たれたり、迷惑をかけたくない。
「奴らが冒険者を引退することで困る者も出てくる!依頼をこなすことだけは優秀だったらしいからな!」
「優秀な冒険者は次々に世に出てきます。替えの利かない人なんてほぼいないはず」
たとえ不世出の国王が崩御しようと、時の流れは止まらないし時代は巡る。いい時代、悪い時代という記録と概念が繰り返されるだけ。替えが利かないのは、ユグさんのように世界でも稀有な存在くらいじゃないだろうか。
「行為を正当化するワケじゃないと断って訊きます。衛兵は奴らの被害に遭った冒険者や女性から相談を受けてないんですか?」
「…されていた!だからなんだ!?」
「天秤にかけるんですよね?優秀な冒険者がこなす依頼の重要さと、被害者の心の傷の深さを。そして放置することにした」
「見くびるな!奴らは何度もしょっぴいている!だが、牢にぶち込むような罪は犯さない!懲りない小悪党なだけだ!」
「納得です。誤解していました」
「毎回衛兵が捕まえなかった犯罪者をお前が成敗するような構図になっているが……やることはやってるぞ!」
「成敗なんてしてません。とりあえず、聞く耳を持たない我が儘な獣人と付き合うのは程々にしたほうがいいのでは?」
「俺が決める!」
「余計なお世話でしたか」
ボリスさんは大きく跳んで離れた。かなり剣術の腕を上げていて、最近は息も切らさない。
「ボクがやったことを衛兵は看過できないのはわかります。明確に被害者がいるので」
「あぁ。そうだ」
「仕事をする気ならどうぞ。詰所に行ってありのまま供述します。もしかして、困ってませんか?」
「困ってはいない…が、仲間が捜査に奔走する中で黙っていることを辛く感じる」
「ボクの仕業だと伝えてみては?ボリスさんはなぜか遠慮がちに感じますが、仲間に頼めばすんなりいきそうです」
「…正論だな。だが、そうしたくない俺の我が儘。捕まえるときは俺が捕まえる」
「望むところですけど、罪悪感に苛まれませんか?」
「どうした…?妙に理解があるじゃないか」
「以前とは違って、考えていることがわかる気がします。何度も腹を割って話しているからでしょうか」
自信はないけど、ボリスさんが言いそうなことを多少予想できるようになった。
「俺は衛兵だが…恩知らずじゃない。もはや道を踏み外している気がしている。この話は終わりにしよう」
まるでボクに恩があるような口振り。心当たりは全くない。
「カフィでも飲みますか?」
「冷やしてくれると助かる」
「わかりました」
冷たいカフィを淹れて居間で一息つく。
「ウォルト。お前は俺と知り合いであることを疎ましく思うか?」
「出会った頃は思ってましたが、最近は思いません。なぜです?」
「毎度詰め寄られるのは面倒くさいだろう。足枷のような存在だと思われて仕方ない」
「詰め寄られるのは面倒くさくても、動き辛くはないですね」
「捕まることを恐れないからな」
「衛兵の存在は犯罪の抑止力として有効だと思います。捕まったなら罰を受け、牢で身動きがとれず家族も白い目で見られてしまう。ただ、少なからず無視する者がいるから犯罪は起こる」
「お前も含めて…か」
「犯罪に手を染めるつもりはありません。今回に限れば全て正当防衛ですよ。結果としてボクは無傷で、舐めていた相手が怪我をしただけ」
目撃者がいなくて誰も立証できないけど。
「実際に現場を見ていないから訊く。お前はわざと先制攻撃させるように唆しているんじゃないのか?」
「そんな高等話術は持ち合わせていません。ただ、反論すると獣人に言われるのが気に食わないといった反応が返ってきます」
「そして向こうは実力行使に出る…と」
「ボクは理由もなく他人に絡んだことはないです。絡まれてばかりで。大した理由もなく絡まれて、反論すれば攻撃される。反撃すれば衛兵が出てくる。負のループというヤツでしょうか」
誰よりボクが飽き飽きしている。住み家にいるとき以外は姿を消して行動しようと思うくらいに。
「反撃して、気が済んだら綺麗に治療するという選択は?」
「ないです」
「ケンカで再起不能にするのはやり過ぎだと思わないのか」
「言ってる意味がわかりません。治癒師や魔導師なら治せる怪我なのに、なぜ再起不能になるんですか?」
前にも似たようなことを言われて不思議に思っていた。ボクでも完璧に治療できる程度の怪我しか負わせてない。
ボリスさんは困った顔で黙っているだけ。
「再起不能になったのなら治療の失敗です。雑な治療を受けたら後遺症が残るかもしれない…程度の怪我ですから」
「…認識の違いだな。お前はちゃんと手加減しているのか…」
「手加減というより、同程度の力で反撃しないと罪に問われるので、努めて自分が受けるダメージを予測して反撃してます。ボリスさんに調べられるのを前提に」
「ハッキリ言ったな」
「事実なので」
勘のいい知人を持つと苦労する。
「忠告しておくぞ。正当防衛が成立するには、もっと軽い怪我でないと認められない。万人が見て同程度でないと」
「冗談ですよね…?アレより軽い怪我となると、打撲くらいになりますよ…?ボクは剣で斬られたんですけど…」
「実際には斬られてないだろう。だから認められない」
「なるほど。斬られたうえでの反撃なら認められるということですか。言質とりましたよ」
わかりやすくていい。
「嫌な予感がするな…。どういう意味だ?」
「まず斬られてから確実に息の根を止めます。衛兵が認めたと主張しますね」
「ダメに決まってるだろう!意味を履き違えるな!そんなこと一言も言ってない!」
「じゃあどうしろって言うんですか?具体的に言ってくれないとわかりませんよ」
「仕方ないな…。いいか?まず、絡まれても直ぐに反撃してはいけない」
「無理です」
話は終わった。
「できるだろう。お前の防御は一級品だ」
「手合わせなら可能かもしれませんが、悪意には悪意で返します」
「ひたすら堪えるんだ」
「無理難題を…」
「まぁ聞け。俺は衛兵で、仕事柄多くの犯罪者を見てきた。様々な判決を聞いて、量刑にも多少は詳しいつもりだ。細かい理屈はわからないが、今回のお前の行動は過剰防衛にあたる。コレは絶対にだ」
ボリスさんは真剣な表情。匂いからも嘘は吐いてない。
「お前は分別がついてない。なにより自分らしくあることを優先するのを知っているけれど、俺が言いたいのは認識を間違えると危険だということ。罪を犯したくないという言葉が本当なら、法をもっと知って然るべきだ」
確かに一理ある。法を遵守するつもりがなくても、知っておけば役に立つ場面はあるかもしれないな。
「逆に法を利用するくらい精通すればいい。完璧な法なんてないのだから。もちろん抜け道を模索することを推奨はしない。ただ、罪に問われて後悔しなくても、捕まらないに越したことはないだろう」
「ボリスさんの仕事を減らすことになりますが」
「減っていい!衛兵が暇なのは平和な証だっ!」
「仕事の虫みたいな顔してますけど」
「お前は……人の話を真剣に聞いてるのか?」
「今のボリスさんの言葉は理解できるので、本音で話してます」
「だったらいい」
ぶっきらぼうにカフィを口に含んだ。
「ところで、ボクになにか頼みたいことがあるのでは?」
「なぜそう思う?」
「大きな荷物を持ってるからです。また呪具ですか?」
「依頼じゃない。この間の…母親の治療の礼に持ってきた」
ボリスさんが袋から取り出したのは鉄の箱。かなりの重量に見える。すっと手渡される。
「…驚きました。もの凄く軽いですね」
金庫のように頑丈な外観からは想像できない軽さ。指1本で持ち上げられそう。
「オブラッキオンというらしいが、蓋の土台に断片を組み合わせて嵌め込むことで箱が開く仕組みだと聞いた。譲ってくれた者がいてな。こういうのは…好きか?」
「好きです」
鉄板を細かく切り刻んだような不揃いの鉄片と、箱の蓋に嵌め込むような土台の枠がある。大小で様々な三角形の鉄片は、ざっと見て30枚以上。組み合わせの可能性は無限大にありそうだけど、きっと正解は1つ。複雑な知恵の輪みたいだ。是非開けてみたい。
「よかったらもらってくれ」
「お礼は必要なかったのにもらいすぎです。なにかお礼を…」
「いらないぞ!意味がわからなすぎる!」
「ボリスさんは無欲ですね」
「お前にだけは言われたくない…」
「そういえば、ソマリさんの治療後の経過はどうなんですか?」
「すこぶる元気だ。お前に直接お礼をしたいらしいが」
「実在しないので心苦しいです。丁重にお断りしてください」
「上手く誤魔化しておく。ただ、母はとにかく感謝している。気持ちだけ伝えておきたい」
「わかりました。では、早速…」
「今からやるのか?」
「もし、直ぐに開いたら中に入っているモノを持って帰ってもらおうと思って」
「中に入ってる?なぜわかる?」
「動かすと音がしてます。軽いモノだと思いますが」
「まったく聞こえないが…」
擦れるような音がしてる。間違いない。
「帰るのは少しだけ待ってもらえませんか?長くなりそうなら直ぐに言うので」
「いいだろう」
さて…じっくりやりたい気持ちもあるけど、大切なモノが入っているなら直ぐに返してあげたい。まず、オブラッキオンは魔道具だ。どう見ても鉄製なのに、この軽さはあり得ない。仕組みはおいおい解析するとして、まずは開けることに専念してみよう。
「どうやるつもりだ?俺も試したが、半日かけて鉄片を綺麗に組み上げることすらできなかった」
「ボクも1人では厳しいと思います。時間を短縮するタメに、4人でやります」
「4人だと?」
「たとえですよ」
いい修練になりそうだ。『割芯』が活かせる。まずは集中して…意識を4分割する。そして…全ての鉄片の形状を記憶する。
実際には動かさずに…4つの意識を混合して上手く嵌まるよう想像で鉄片を組み上げてみる。
こうか…。この部分はコレじゃ合わない…。こっちの鉄片を使ったら…。
………よし。イケそうだ。やってみよう。
「組み上げてみます」
「…あぁ」
忘れない内に素早く土台に嵌め込んでみる。
……間違えてた。修正が必要だ。ココまでの手順に問題はないはず。この部分からやり直して…………よし。
何度か修正しながら進めて、最後の鉄片が嵌まる。すると、鉄片の隙間を『同化接着』で埋めたかのように1枚の鉄板に変化した。さらに魔法陣が浮かび上がる。
「…信じられない速さだ」
「できました。次は魔法による解除が必要みたいですね」
「魔法の…解除…?」
「やり甲斐があります。もう少し待ってください」
「あ、あぁ…」
鉄板に浮かんだ魔法陣は、封印魔法陣の一種に見える。術式を理解して解除法を模索しなければ解錠できない。
複雑な術式を少しずつ読み解くのが楽しいなぁ。娯楽品として優秀すぎる魔道具だ。ボクでも解ける難度の封印。
「全て解析しました。解除していきます」
「…任せる」
構成する魔力を相殺したり、故意に術式を歪めている部分を修正したりと、少しずつ魔法陣を崩すように魔法を付与する。
この魔道具を考えた人は本当に凄い。見ず知らずの獣人に楽しみを与えてくれるのだから。見せてくれたボリスさんには感謝しかない。全ての解除を終えると、カチッと鍵が開く音が響いた。
「開きました。開けてもいいですか?それともボリスさんが開けますか?」
「頼む」
蓋の取っ手を掴むと、しっかり鉄の重みを感じる。重力魔法も解除されたようだ。そっと蓋を開けて中を覗き込む。
「手紙が入ってます。持ち主に返してください」
「…了解だ」
紙なら軽くて納得。いやぁ、楽しかったし相当頭が疲れたな。でも気持ちが充実してる。
「オブラッキオンもお返しします。他の人にも楽しんでもらいたいので」
「そうか……。…っ!重いなっ…?!」
「ちょっと待って下さい。元に戻します」
魔法陣の術式に加えて、付与されていた魔法も全て開ける道程で解析できた。ボクでも元に戻せる。鍵となる鉄片も元通りの形に魔法で切り刻み、時限的に発動する『同化接着』やその他の魔法を付与する。
「もう大丈夫です。軽くなりましたよ」
「……ウォルト」
「なんですか?」
「お前は……法を学ぶ前に自分を知るべきだ。俺は……お前を見てると………悲しくなる」
「同情される要素がありましたか?」
「また……機会があれば伝える……。今日は帰る……」
足取りの重いボリスさんを見送って、新たな発想を得た知恵の輪をキャロル姉さんのタメに作ることにした。
★
フクーベの自宅に帰ったボリスは、ウォルトから預かった手紙を眺めていた。
「どうするか…」
オブラッキオンは衛兵の同僚から譲ってもらった。しかも、既に衛兵を辞めて旅に出ている。今頃外国にいるだろう。入手経路は不明だが、処分に困って貰ってくれる者を探していた。
ウォルトは珍しいモノ好きだと知っていて譲ってもらったが、まさか返ってくるとは…。確かに邪魔で仕方ない。メリルに有効活用できないか訊いてみるとしよう。
「……読んでみるか」
なにも書かれていない封筒には、1枚の紙が入っている。二つ折りの便箋を開くと、三行程度の短い文章が書かれていた。
「……この箱を開けし者は連絡されたい…?開けた者の情報提供のみでも……多額の報酬を約束する……だと?署名は……ベルマーレ商会の会長…?」
カネルラで1、2を争う大商会だ。俺でも名前くらいは知っている。
このオブラッキオンとやらは……一体なんだ?開けた者を登用したいとか、新しい才能を探している…といったところか。
だが、悪い意味で探している可能性も捨てきれない。優秀な者はやっかみで狙われることも多々ある。それこそサバトのように。
なんにせよ、俺には関係ない。手紙を破いてゴミ箱に捨てた。ソファに深く腰掛けて天井を見上げる。
「アイツは……なぜ平然と日々を過ごしていられるんだ…」
今日のオブラッキオンの解錠…。端から見ていただけで異才だとわかる。初見の魔道具を驚異的な短時間で解錠した。どんな手を使ったか知らないが、解決策を導いて実行したのは紛れもなくウォルトの力。端から見てわかるのは、凄まじく集中していたことだけ。生まれて初めて見る獣人の姿だった。
俺は獣人を色眼鏡で見ている。マードックもそうだが、基本的に脳筋で粗暴な者ばかり。冒険者時代を含めて過去に遭遇した奴らは大差ない。偏見や誤解ではなく、そういう種族だと言い切れる。
ウォルトは獣人において希少種だ。明らかに他と一線を画す猫人は、万人が羨むような能力を持ち、限られた者にしか披露することなく獣人という呼称を体現するかのように森に引きこもる。
治療だってそう。医者や治癒師にできないことを軽々こなして「楽しかった」と屈託なく笑う。そんな能力を存分に発揮しようとする気配すらない。日向を好む種族に生を受けながら、ひたすら影に身を潜めて能力を隠し続ける。
存在に気付き、逆鱗に触れた者のみを捕食した後、何事もなかったように日常に戻る。そんなダンジョンの深層に潜む怪物のように。
優れた知識や技能を持つ者は、称賛されるべきだというのが持論。恵まれた才能があろうとなかろうと、磨き抜いた能力は誇っていい。限度はあれど傲慢に生きる権利があると考えるのは、特別に憧れる凡人の思考だろうか。
……いや。やはり間違ってない。
傲慢に生きるということは、他人の意見に左右されないこと。目立たずに、とことん世を忍ぶことも許される。中途半端な実力者は、あらゆる手段で大衆の面前に引きずり出されるが、真に特別な存在は誰にも止められはしない。
相手の意向に従うことしかできないんだ。ウォルトはおかしくなどなかった。俺が特別の意味を履き違えていただけ。
やはり悲しくなる。
俺という人間の、あまりの凡庸さに。




