700 総力戦
引き続き、離れた場所で見学を続けるリスティアとアイリス、そしてダナン。
白熱した議論も落ち着いてきたところで、クウジが提案する。
「次なる交流として、手合わせの魔法戦を提案したいんだが」
「賛成する」
「俺もだ」
やる気満々の魔導師達。目的はサバトとの魔法戦だよね。ウォルトも嬉しいんじゃないかな。顔が見えないから全部想像だけど、当たってる自信あり。
「儂らの出番はなさそうじゃ」
「魔法戦は、生活魔導師や治癒師には関係ないですね」
ユーティロイと他数人は、すっと人の輪から離れていく……って、え~っ?!
後をついてウォルトもこっそり人の輪から離れていく。
「…サバト殿?どうなさいました?」
「離れた場所でゆっくり観戦させて頂こうかと。邪魔してはいけないので」
「それは…さすがに酷ではありませぬか?彼奴らを御覧下され」
「え?」
魔導師は全員がウォルトを見てる。
「この場にいるのは、貴方との手合わせを望む血気盛んな者ばかり。またとない稀少な機会と捉えています。儂らは門外ゆえ叶いませんが、相手をせねば治まりませぬぞ」
「生活魔導師や治癒師でなければ、私達もお願いしたいと思いますね」
「恐れ多いです。魔導師の魔法戦を見れるだけで充分で」
「私は手合わせなど望めませぬが、魔法を交えることは腕を磨くことに繋がる…とライアンが常に申しておりました」
「ライアンさんと親交があったんですね」
「若かりし頃、共に魔法を学んだのです。奴は紛れもなく天才でした。限りなく傲慢で、けれど魔法にだけは真摯。そんな男が貴方の魔法に驚いたと言った。是非拝見したく存じます」
クウジが歩み寄る。
「サバトさん。返礼にとお招きしましたが、まだ不足しているかと。できるなら、魔法戦で互いの技量向上を図ってもらいたいのです」
「場違いじゃないでしょうか」
「魔法を愛する貴方にとって悪い話ではないでしょう。気兼ねなく挑んで頂くだけでいいのです。決して迷惑ではありません。私が保証します」
「……わかりました。そこまで言って頂けるなら、参加させて頂きます」
「ほっほっ。儂は今日までサバト殿を誤解しておりました。貴方は謙虚な方ですな。ライアンに見習ってほしかった」
「ユーティロイさん。師匠には無理です」
「わかっとるよ、クウジ。彼奴の謙虚な姿など微塵も想像できん。想像しただけで虫唾が走るわい。かっはっは!」
ライアンは誰もが認める傲慢で凄い魔導師。でも、私のような子供には優しかったことはあまり知られてない。赤ちゃんの頃は和やかに話しかけてくれたりして、ちょっと捻くれてる優しいおじいちゃんって感じだった。多分ライアンは私が覚えてると思ってなかったけど。
「クウジさん。サバトさんも参加して頂けるんですね?誰が手合わせするかを勝ち抜きの魔法戦で決めますか?」
「いいな!燃えるぜ!」
「僕も負けない!」
今年の大会を沸かせてくれた皆は気合いが入るよね。フラウは呼ばれてないけど、ウォルトと交流があるって言ってたからかな。
「待ってくれ。サバトさんは、この場にいる全員を相手にしてもいいと思っているはずだ」
「なっ…!」
「さすがにバカにしすぎだっ!」
「甘く見られているっ!いかに地獄の魔導師でも許し難いっ…!」
クウジの言葉でヒートアップしてる。虚仮にされてると思うのが普通だよね。でもクウジは嘘を吐いてない。
「クウジさん。そんな大それたこと思っていません」
「余裕ぶった発言という意味ではありません。貴方は魔法戦を好むと認識しています。可能なら全員と手合わせしてみたい…という意味です」
「であればその通りです」
「魔導師達は多少面識があったりと、後でも交流可能ですが、貴方とは滅多に手合わせなどできません。双方がよければ総当たりで手合わせ願いたく」
魔導師達は全員頷いた。
「魅力的な提案ですが、本当にいいんですか?」
「えぇ。貴方が「もう無理だ」と言えば即座に終了…ということでいかがでしょう?その後は互いに手合わせを」
「わかりました。では、よろしくお願いします」
20人以上いる魔導師達の雰囲気が一気に変わる。不敵に笑う者、ブツブツとなにかつぶやく者、怒った表情を見せる者。各々想いは違っても、とにかくウォルトに勝つつもりなのは間違いない。
「直ぐに魔法戦の準備を行う。皆に手伝ってもらいたい。障壁の展開を数人で…」
「クウジさん。手合わせに参加させて頂くお礼にやらせてもらえませんか?」
「…構いません」
ウォルトが跪いて地面に手を添えると、巨大な魔方陣が現れる。そこから闘技場の観客席の手前までドーム型に魔力が包む。魔導師達は真剣に観察して険しい表情。
「終わりました。強度は問題ないと思います」
「…えぇ。では、早速始めましょう」
「先陣として是非手合わせ願いたい」
手を挙げたのは、私も見覚えのある魔導師。前回の魔法武闘会の決勝に進んだ魔導師。
「サバトさん。初めましてお目にかかります」
「名前は存じ上げています。スメルズさん」
「顔と名を覚えて頂いているとは…。光栄です」
「魔法武闘会で素晴らしい魔法を拝見しました」
「あの頃より格段に成長しています。貴方のおかげで。まさかこんなに早く仕合えるとは。では…石畳の上に参りましょう」
2人は石畳に上がった。ウォルトはフィガロが闘ったこの闘技場に思い入れがある。だから、無様な闘いは見せない。
「サバトさん……勝負だっ!」
「はい。よろしくお願いします」
「手合わせ始めっ!」
ウォルトと魔導師達の手合わせが始まった。
★
「くっ…!魔力切れだっ…!参りましたっ…」
「ありがとうございました」
疲れきった魔導師が重い足取りで石畳から下りる。
「アイリス。もう10人だね」
「はい。次で11人目になります」
「ウォルトって魔力回復しないのかな?回復薬とか飲んでないけど」
「見たところ回復していません。ですが、回復薬ではない別の手段がありそうです。この魔導師達を相手に、回復なしでの10人抜きは困難を越えています」
「だよね。ダナンはどう思う?」
「ウォルト殿はほとんどの魔法を障壁で受け止めております。憶測ですが、相手の魔法から魔力を吸収して回復しているのではないかと」
「ありそう!」
普通ならあり得ないだろうけど、ウォルトだからね!他人の魔力を有効活用してそう。回復を待たせるのは気が引けるし、時間がもったいないと思ってるんだ。
「一撃で勝負を決めるつもりは一切なく、基本的に相手の魔力切れまで魔法を凌ぎ続ける。この闘い方で未だ平然としていることが、ウォルトさんの並外れた体力と技量を表しています」
「魔導師達も情報を共有しながらあの手この手で攻めてるけどね」
手合わせを終えた魔導師は、出番を待つ魔導師にアドバイスして協力しながら策を練ってる。それでも冷静に対処してことごとく跳ね返す。それが魔導師サバトの実力。
「サバトさん。まだ続けても大丈夫でしょうか?」
「全然大丈夫です」
「…そうですか」
手合わせを提案したクウジも若干呆れてるね。想像以上だったのかな。
「次は真打ちの僕だっ!」
次の相手は魔法武闘会優勝のナッシュ。石畳に上がって私達を見る。
「アイリスさん!存分に応援して頂いて構いませんよ!」
「勝手にどうぞ」
「冷たいなぁ!まだ武闘会で騎士をバカにしたことを根に持ってるんですか?」
「えぇ。今も剣で切り裂きたい気持ちを抑えています」
「怖いっ…!心を入れ替えたのにわかってもらえないか…。しかし!僕の魔法戦を見れば認めざるを得ない!」
「認めるとかではなく、チャラい人が大嫌いなので応援しません。魔導師としては評価しています」
「ぐはっ…!」
アイリスはハッキリ言うなぁ。性格上合わないのはわかるけど。
「ナッシュさんはチャラい魔導師なんですね。知りませんでした」
「サバトさん!それは違うっ!今の僕はチャラくなんかないっ!真実かは魔法を見ればわかってもらえるでしょう!いくぞっ!」
意気揚々とウォルトに挑んだナッシュは、10分後にはヘロヘロになって石畳を下りた。
「ナッシュ!昔より成長してるのがわかったよ!魔法はチャラくなかった!これからも頑張って!」
声をかけるとペコリと頭を下げてくれた。きっと修練を重ねてるのは間違いない。
「次は……俺の出番ですね」
次の相手は、さっきウォルトに話しかけてたセイリュウ。独特の雰囲気がある魔導師。
「サバトさん。誠意を持って交流せよというライアンさんの言葉に反しますが……乱暴に話させてもらう。気を遣っていては勝てない」
「その方がやりやすいです」
「いつもなら他人に見せない。だが、今日だけは解禁する…」
『倍化』
セイリュウの雰囲気が一変した。なぜなのかわからない。
「初めて見る魔法です。効果は、一時的な魔力の増量と質の強化でしょうか?」
「倒してから語ってやるっ!フゥッ!」
魔法戦が始まって、のっけから凄い威力の魔法が飛び交う。セイリュウはいきなり全開。必死の形相で次々に魔法を繰り出す。
対するウォルトは、障壁で受け止めたり躱し続けて、5分と経たずにセイリュウは肩で息をし始めた。消耗の激しさが素人目にもわかる。
「はぁっ…!はぁっ…!なんて奴だっ…!まるっきり通用しない…!」
「凄まじい威力と魔法操作ですね。魔法を教授して頂いたことに感謝します」
「なにを言っている…?」
「こういうことです。『倍化』」
「な、なんだとっ…!」
『破砕』
「障壁をっ…!ぐあぁっ…!」
魔法を防ぎ切れなかったセイリュウは、大きく後ろに吹き飛んで大の字に倒れた。すかさずウォルトが駆け寄る。
「セイリュウさん!大丈夫ですかっ!?」
「なんとか大丈夫です…。加減されていたのに…障壁が間に合わなかった…」
「すみません…。つい試してみたくなってしまって…。効果は2割増し程度の雑な模倣なんですが…」
「…謝る必要はありません。大きな目標を与えて頂きました。死ぬほど修練に打ち込みます」
ウォルトが治癒魔法でセイリュウの治療を始めると、治癒師達が駆け寄って意見交換を始めた。エルフの治癒魔法に興味があるよね。
「ウォルト、楽しそうだね」
「魔法の話をしているときは、顔が見えずとも嬉しそうな雰囲気を纏っています」
「私は…こんな時が来ることを望んでおりました。たとえ一度きりであっても、魔導師達の心に深く刻まれるでしょう」
クウジとロベルトのおかげだ。宮廷魔導師は呼べなかったとしても、カネルラ全体のことを考えてくれて、我が儘なウォルトも楽しめる交流会に仕上げてくれた。人選は相当悩んだと思う。
「セイリュウの奥の手も通用せずか。次は俺だ。サバトさん、お願いします」
「よろしくお願いします。デルロッチさん」
「スザクから聞きました。俺の魔法を褒めていたと」
「万遍なく鍛えられていて、素晴らしいと思いました」
「厳しく育ててくれたライアン師匠のおかげです。師匠は俺にとって世界最高の魔導師。今も昔も変わりない。そんな師匠の系譜を受け継ぐ者として…貴方に勝つ!」
直ぐに魔法戦が始まった。デルロッチもライアンの弟子なんだね。ライアンは多くの優秀な弟子を育ててる。クウジもそうだし、カネルラになくてはならない魔導師達を。ウォルトの弟子達もいつかそうなるんだろう。
魔法戦では変わらず鉄壁の守りを見せるウォルト。受け止めたり相殺したり反射したりと崩れそうにない。
「なんて硬さだっ…!だが、こじ開けてみせるっ!師匠から学んだ魔法でっ…!」
「貴方の魔法を見ていると、『神鳴』と呼ばれた偉大な魔導師の魔法を思い出します。美しく強大でした」
ウォルトが今日の手合わせで初めて印を結ぶ。ほぼ防御しかしてなかったのに、突然どうしたんだろう。
「その印はっ!?まさか師匠のっ…!」
『怒天雷降』
石畳の上に雷の雨が降り、激しい音と光が弾ける。眩しくて目を開けていられない。白んでいた瞼の裏が暗さを取り戻し、目を開けて石畳の上を見るとデルロッチは無事だ。
力なく立ち尽くして、呆けたような顔をくしゃっと歪めた。
「クウジさん……。俺は……この高密度で……魔法を浴びなかった…」
「あぁ…。そうだ…」
「負け……ました…」
「ありがとうございました。デルロッチさんと対峙して、ライアンさんの魔法を鮮明に思い出したんです。まさに直系だと思います」
無言のまま力ない表情で石畳を下りるデルロッチ。表情には複雑な感情が表れてる。
その後も魔法戦による手合わせは続いて、遂に最後の1人になった。私もよく知ってる魔導師がゆっくりと石畳に上る。
「サバト殿。お初にお目にかかります。一介の魔導師ジグルと申します」
宮廷魔導師の前最高指導者ジグル。クウジに席を譲ってカネルラ中を回る旅に出たって聞いていた。クウジは居場所を知ってたのかな。
「初めまして。サバトと申します」
「謙虚な方ですなぁ。ですが、貴方は恐ろしい。いやはや優秀な魔導師達が手も足も出ないのですから」
「手合わせなので、皆さんの厚意に甘えさせて頂いています」
「ほっほっ。もしや、全員が手加減していると仰るのですかな?」
「はい」
「私の目には貴方が圧倒的な力を見せているように映っておりますが。しかし些細なこと。心が踊っておるのです。この歳になって、最上の手合わせの機会を与えられたのですから。…クウジよ」
「はい」
「感謝する。面倒事を押しつけた老い先短い兄弟子に、魔導師として最高の花道を用意してくれたのぅ」
「今回の人選に自信があります」
「ほっほっほ!そうかそうか。さて、サバト殿。しばし儂と遊んでくださいますか?」
「是非お願いします」
ジグルの魔法戦を見るのは初めてだ。凄い魔導師なのは知ってるけど、どんな魔法を操るんだろう。
2人は静かに対峙してる。…と思ったら、ウォルトが急に跳び退いた。
「お見事。『地雷』と呼吸の迎合を読まれましたか」
「過去に経験していたので」
なにが起こったのかわからない。魔導師達もざわついてる。
「現代では廃れてしまった戦法です。我々の世代の魔法戦まで熟知されておるとは、さすがですな」
「以前、痛い目を見て学ばせて頂きました。ジグルさんからも、たった今学んでいます」
「貴方と話せば、あのライアンさんが笑った理由がわかる気がします。続けていきますぞ」
ジグルは無詠唱で魔法を繰り出して、ウォルトも同じように無詠唱で防ぎきる。息遣いまで聞こえそうなほど静かな魔法戦。威力は低いのかもしれないけど、なにが起こるか予測できない。
「ほっほっ。魔法戦を楽しいと感じるのは初めての経験ですな」
「そうなんですか?」
「現代の魔法戦は、派手な魔法を繰り出し己が魔法をひけらかす。大味なのです。私の若かりし頃は、知恵を絞り手の内を隠す騙し合いのような魔法戦でした。頭が、そして心が疲れます。目にしたとて観客はつまらなかったでしょうな」
「魔法戦ではより実戦的な魔法こそ脅威ですが」
「仰る通りですが、玄人好みゆえ素人受けせず、現代のような魔法戦に変化したのでしょう。あれほど辛かった魔法戦を楽しく感じるのは、やはり相手が貴方だから。次はどう攻めるか考えるだけで高揚します。しかし参りましたぞ。こう易々と防がれては打つ手がありません」
「そうは見えません。いつ本命が来るかと戦々恐々です」
「発露しておりましたか。貴方に隠し通すのは困難ですな。ならば……小細工なしで受けて頂きましょう」
ジグルが集中を始めた。
「ダナンさん。魔力が膨張していますね」
「えぇ。凄まじい高まり。ウォルト殿をこの世から消し去るつもりでしょうな」
「もはや手合わせじゃないね!」
「今日の参加者は全員が躊躇いなく魔法を放っていて、手合わせだと思っているのはウォルトさんだけです」
「まさしく」
当然ジグルもってことだね。どんな魔法を見せてくれるんだろう。
「サバト殿は、宮廷魔導師に興味がおありですか?」
「あります」
「よい返答を頂きました。どの程度御存知ですかな?」
「騎士、暗部と並び国を守護する砦。籍を置くのはカネルラのエリート魔導師ばかりであると」
「操る魔法については?」
「ほぼ知りません」
「では、私が1つだけ披露致します」
急にウォルトの足元が凍りついて石畳に固定される。
「貴方が躱すとは思いませぬが、念を入れさせて頂きました」
「しかと受け止めさせて頂きます」
「ほっほっ!稀に見る好漢ですなぁ。では……参ります」
ジグルは流れるように印を結び詠唱した。
『無に帰す光』
翳したジグルの手元が輝く。細い光がウォルトに向かって放たれて……身体に触れる直前で消えた。ほんの一瞬だったのに、長い箱のように展開された『魔法障壁』が一直線に鋭く抉られていて、もの凄い威力だってわかる。
「見事に防がれてしまいました。これにて終了とさせて頂きたく存じます」
「手合わせでなければ身体を貫かれて死んでいました。ありがとうございました」
「ほっほっ!まだ勘違いされているようですな。またお会いできますかな?」
「機会があれば是非」
「手合わせは終了とする!参加した魔導師は各々回復に努めてほしい。参加できなかった生活魔導師や治癒師は、今から意見交換を行いたい。サバトさんも参加して頂いてよろしいですか?」
「興味があるので、是非参加させて頂きたいです」
「ほっほっ。又とない貴重な機会。しかと語らいましょうぞ」
「他種族の治癒魔法に興味があるので、詳しく教わりたいです」
魔導師達は「まだやるのか…?」って言いたそうな顔してる。実際に魔法を使ったりして活発に意見交換を始めた。
「アイリス、ダナン。ウォルトって魔法が好きすぎるね」
「悪く言えば「休め」と言っても意に介さず、厚意を無駄にする厄介者です。テラと似ています」
「耳が痛いですな。アイリス殿の仰る通りで、だからこそ人並み外れていると言い換えることもできます」
ウォルトは本当に底が見えない魔導師なんだなぁ。親友だから魔法に詳しくなくてもわかるんだよね。
今日の手合わせですら全力じゃなかったって。




