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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
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693 大御所達の過去

 本日、ウォルトの住み家を先代のカネルラ騎士団長ベルナルドが訪ねてきた。


 魔法による治療で体調が回復し、治療のお礼にと剣術指南のわざわざ来てくれて、今は手合わせ中。


「うぉらぁぁっ!」

「脇が甘いな。ふんっ」

「ぐっ…!」


 ただ、手合わせしてるのはボクじゃない。たまたまオーレン達も訪ねてきていて、オーレンがベルナルドさんと手合わせ中。

 先代の騎士団長と知ったオーレンが「是非手合わせをお願いできませんか!」と頭を下げ、ベルナルドさんは笑顔で了承してくれた形。久しぶりに挑まれたらしく嬉しいらしい。


 磨き抜かれた剣術に怯むことなく、オーレンはあの手この手で攻め込む。


「ふぅぅっ…!『炎戟』!」

「いい技能を持っているな。いいぞ」


 魔法剣も闘気で簡単に相殺。『身体強化』を操るオーレンでも剣が届かない。年齢を考えると全盛期より衰えているはずのベルナルドさんは、無駄のない動きで簡単に捌く。


「素人でもわかる圧倒的な実力差ですね」

「ベルナルドさんは強すぎます!」

「でも、オーレンは楽しそうだね」


 肩で息をするくらい疲れているのに、動くことをやめず思考も止めてない。オーレンは逞しい剣士に成長してる。スザクさんやハルトさんのような強者と交流して、とにかく腕を磨いてるのは知ってる。


 10分ほどで手合わせが終わった。


「はぁっ…!はぁっ…!参りましたっ!手合わせありがとうございました!」

「いい剣だった。冒険者を辞めてカネルラ騎士にならないか?俺が推薦するぞ」

「嬉しいお誘いですが、冒険者になるのが夢だったのでお断りします!すみません!」

「そうか。仕方ない」

「もしよければ、俺の剣に対する感想を教えてもらえないでしょうか!」

「オーレンの剣は我流で特徴的な剣筋。弱点も多いが活かす方法も多い。まず…」


 2人は感想を言い合ってる。こうして冒険者も騎士も関係なく交流できるのが剣士のいいところ。ボクらも一緒に横で話を聞く。長所短所や今後の課題を教えてもらったオーレンは、やる気が漲る表情。


「オーレンはBランクか?」

「いえ。Cランクです」

「冒険者もレベルが上がっているな。俺の若い時代ならBランクと遜色ない実力だと思うが」

「昇級試験を受けてないんです。まだ早い気がして」

「上を目指すなら、何度落ちようと受けて損はないぞ。当然だが、上のランクにいくほど受注できるクエストの難度が高くなるだろう?慣れてきてCランクのクエストを星の数ほどこなしても壁は越えられない」

「でも、たまに難しいクエストがあるんです。その辺りもすんなりこなせるようになってから…って思ってるんですけど」


 オーレン達は慎重派。ゆっくり焦ることなく上を目指している。


「ふむ。クエストは、依頼者の要望があって報酬を対価に冒険者が代行する。需要と供給だと思っていないか?」

「思ってますけど、違うんですか?」

「大前提はそうだが、クエストの中には冒険者の育成を狙いとするモノが紛れている。実際は依頼者がいないクエストだ。正確に言うと、ギルドや支援者がクエストと称して冒険者に課題を与えている」

「知りませんでした」

「そういったクエストを多くこなすパーティーは、優先的に昇級を勧められる。逆に1つもこなしていないと昇級しない」

「え?!しないって…絶対にですか…?」

「あぁ。冒険者の間でもあまり知られてないだろうな。得意だからとか、同じクエストばかりこなして依頼件数を稼ぐ冒険者を昇級させないのには、実力不足による死者や無駄な負傷を防ぐ狙いがある。実力を正確に判断する材料として課題クエストがあるんだ。Cランクでは達成が困難だと思われるモノは課題の可能性が高い。こなしてみるといい」

「俺達は受けたことないクエストを片っ端から受けるんで、一周した感じではあります」

「だったら昇級試験に挑戦してみるべきだ。剣も違う景色が見えてくる」

「わかりました!ベルナルドさんは、冒険者に詳しいですね」

「元冒険者だからな」

「そうなんですか?!なんでカネルラ騎士に?」

「話すと長くなるが」

「聞かせてもらいたいです」

「それなら住み家に入りませんか?飲み物を淹れるので、飲みながら皆で話すのはどうでしょう」

「ご馳走になろうか」


 居間に移動してテーブルを囲む。ベルナルドさんには、希望通り苦みばしったカフィを淹れた。

   

「美味い。このカフィは美味すぎる。ウォルト、お礼に来たのにもてなしてもらってすまない」

「貴重な話を聞けるだけで充分です」

「そうか。俺が冒険者だった話は面白くないと思うが、伝えられることもある。まず、俺はなんの才能もない若者だった。剣もそうだし学問も。体格や身体能力だって平々凡々というヤツだ」


 照れ臭そうに笑う。


「そんな少年は、ある事件を期に冒険者に憧れた。腐れ縁の幼馴染みもいて…お前達を見ていると昔を思い出すよ」

「私達とオーレンも腐れ縁です!腐れすぎて縁が切れる寸前ですけど!」

「うるさいな!黙って話を聞けっ!失礼だろ!」


 ベルナルドさんはくっくっと愉快そうに笑う。


「育ったのは小さな町で、幼少期に魔物に襲われた。オーレンはカズラワームという魔物を知ってるか?」

「初めて聞きます」

「カネルラでも稀にしか現れない魔物だ。ウォルトは知ってるか?」

「地中を移動して、地上にいる生物を丸呑みにする巨大な線虫(ワーム)ですよね」

「その通りだ」 


 遭遇すると危険度が高い魔物で、師匠の文献でしか見たことはない。デスマンのように地中に潜み、地表の音や熱を感知して襲ってくるらしい。

 一度食事を終えると長期間休眠すると云われていて、現れる場所も時期も詳しい生態も不明な魔物。群れで出現することは知ってる。


「前触れもなく出現して、町は地獄のようだった。5~6匹現れたと記憶してる。たまたま宿をとっていただけの冒険者パーティーが奮闘して被害を抑えてくれてな。自分達も傷ついて、仲間を失っても勇敢に闘う姿が今も目に焼き付いてる。逃げ遅れた俺を助けてくれて、逞しい腕で魔物から庇ってもらった」

「冒険者にカネルラ国民を守る使命はないのに…心意気があります…」

「あぁ。助けられた命で誰かを救いたいと思った。誰かを守れる人間になりたいと。幼馴染みも似たような感情を抱いたようでな」

「2人で冒険者を目指すことになったんですか?」

「いや。奴も現場にいたが、冒険者ではなく暗部に命を救われた。任務で町にいた暗部が、逃げ遅れた自分の身代わりになって命を救ってくれたと」

「暗部も冒険者も凄いです!」 

「不謹慎かもしれないけど…他人を救うタメに命を張れるなんて格好いいと俺は思う」

「オーレンの言う通りだ。誰より格好いい彼等は、俺にとって英雄であり、未だに胸に生きている」


 命の恩人に憧れる気持ちはボクにも理解できる。状況は違っても師匠に憧れているから。ただ、格好よくはない。断じて格好よくない。


「冒険者は、健康なら誰でもなれるお手軽さが売りだ。俺はバカみたいに冒険したよ。最終的にDランクまでだったが」

「ベルナルドさんがDランク?!王都の冒険者ってレベル高すぎますねぇ~!」

「単に実力が足りなかった。それに、俺が弱すぎてパーティーを組んでくれる者もいなくてな。はっはっは!」

「俺は信じ難いんですけど…」

 

 オーレンは他の強者を知ってる。剣を交えてベルナルドさんの強さを実感しただろう。


「俺には冒険者の才能がなかった。心技体でいうと、技と体がとにかく足りなくてな。鍛えても成長速度が尋常じゃなく遅い。冒険者はランクが上がらないと生活も厳しいだろう?だから、給料が出て細々とでも食える騎士になった。騎士の方が向いてると強く勧めてくれた奴がいてな」

「現実的な理由だったんですね!Dランク冒険者からカネルラ騎士団長になるなんて誰も思わなかったんじゃないですか!」

「自分が想像できないのだから、他人は皆無だろう。最終的に騎士団長になったが、実力以外の事情も絡んでいた。冒険者でSランクになるほうが遙かに困難だろう。ウイカ、評議会の存在を知ってるか?」

「私は初めて聞きます」

「Sランクに上がるには、必ず評議会の同意が必要。いかに強く賢くても、昇級を決定するのは評議会。冒険者ギルドに影響力を持つ、最古の支援者と呼ばれる集団だ」

「強い権力があるんですか?」

「何者なのかは明らかになっていない。何人いるのかもだ。冒険者ギルドの極秘事項になる。俺も騎士団長になってから知った」

「私達に教えてもいいんですか?」

「ウォルトの弟子なら口外しないだろう。それだけで信用に値する」

「誰にも言いません」

「冒険者は、力を持つ者が偉いワケでも長生きするワケでもない。評議会は最高ランクを与えるに相応しいか見定める最後の砦。買収行為や怨恨を防ぐ目的もあるだろう」

「なるほど。あり得そうです」


 貴重な話を聞いている。オーレン達にとってはまだ先のことでも、重要事項は知っておいて損はない。ボクもちょっと訊いてみようか。


「ベルナルドさんは、冒険者に復帰されないんですか?」

「俺が?なぜだ?」

「騎士を引退されて、今なら昔の夢を追うことができます。Fランクからのスタートになるとしても年齢制限はないはずです」


 冒険者登録するとき説明された。ギルドによって違うのかもしれないけど。


「考えたこともなかった」

「冒険者時代も充実していたのでは?」

「確かに楽しかった。俺は独り身で、病も完治したとみていい。暇は山ほどある。身体が動く内にやってみるのもいいな」

「そうなったら私達は仲間ですね!」

「俺に剣術を教えて下さい!」

「即決できないが、人生の選択肢が増えた。情報を仕入れておくか。今の冒険について教えてくれ」


 4人は新旧冒険者として情報交換を始めた。ボクは滅多に活動しない『なんちゃって冒険者』。ちょっと席を外して更地に向かうことに。




 周囲を見渡して……彼処か。姿は見えないけど近くの木陰に人の気配。近付いて話しかける。


「お久しぶりです。カケヤさん」

「ご無沙汰しております」

「お待たせしています。よければお茶でもと思いまして」


 遁術で姿を消したままのカケヤさんに水筒を差し出す。


「いつから気付いていたのですか?」

「ベルナルドさんと一緒に来られた時に。体調を気にして同行されたのでは?」

「貴方には脱帽です。有り難く頂戴します」


 水筒に入れた抹茶を飲んでくれる。オーレン達がいることに気付いた時点で、カケヤさんは1人森に身を潜めた。ずっと観察していたのかピクリとも動かなかった。精神力と忍耐力が並外れてる。


「ウォルト殿の弟子を信用しないのではなく、人との関わりは最低限でありたいだけなのです」

「理解しています。彼等はベルナルドさんと楽しく会話していて、さっきカケヤさんの話もお聞きしました」


 暗部に助けられた幼馴染みとはカケヤさんのことだろう。推測だけど当たっている気がする。


「聴覚強化の術で微かに聞こえていました。お喋りで困った男です」

「カケヤさんが暗部になったのは、命を救われたからなのですか?」

「いかにも。カズラワームの襲撃時に酷い怪我を負い、死を覚悟した幼い私は1人の暗部に救われました。今でも鮮明に覚えています。2匹の強大な魔物の前に立ち塞がり、自分を囮にして相打ちになったのです」

「傷付いた子供を放っておけなかったのですね」


 カネルラ国民を守るという使命を背負った騎士や暗部。見ず知らずの国民のタメに自分の命を投げ出すのが簡単じゃないことくらいボクでもわかる。


「彼は一言も発することなく、ただ最期に黒装束の隙間から覗く両目で優しく微笑んだのです。深く感銘を受けました。この国には、言葉より行動で語る優しく勇敢な男がいるのだと。後に暗部だと知りました。人を救いたいなどと大それた考えではなく、救われた命であんな男になりたいと強く思ったのです」

「そうでしたか」

「私は暗部に入り、彼奴は冒険者になると言ってひたすら剣を磨き冒険していましたが、芽が出なかった。人一倍不器用だからなのですが、真面目さと辛抱強さだけは人並み以上。長い目で見て、剣のみに打ち込める環境を求めるなら騎士の方が向いていると勧めたのです」

「動向を気にかけていたのですね」

「ほっほっ。腐れ縁とはいえ、人知れず死なれては後味が悪いモノ」


 カケヤさんもベルナルドさんの話をするときだけは微かに匂いが変化する。気の置けない間柄なんだろうな。


「ウォルト殿の弟子達は、若いのに素晴らしい技量を備えています。将来は名を馳せるかと」

「カケヤさんもそう思われますか。ボクも凄い冒険者になると思ってます。今は弟子だと言ってくれますが、直ぐに追い抜かれそうで」

「老兵の些細な知恵を授けましょう。仮に彼女達が貴方を目標としている旨を口にしたなら、制止しては向上心を削ぎます。私やベルナルドは強固な意志と希望が人を育てることを知っている。成長を願うなら、黙って見守るが吉」


 カネルラの要職まで上り詰めて務めあげた2人。実力も確かで説得力がありすぎる。ボクは余計なことを言わない方がいいんだな。


「目標とされることは重圧となりますが、相手が求める理想である必要はありません。私など、英雄の人となりすら知らぬのです。ウォルト殿にとっての御師匠もそうではありませぬか?」

「確かに。魔法使いとしての目標ではありますが、見習いたくない点の方が多くて」

「ほっほっ。しかし、奴に冒険者になれとは面白い提案でした。爺の新人冒険者が誕生すれば、さぞギルドも驚くことでしょう」

「ボクは生涯魔法使いでいたいと思っているので提案させてもらったんです。衰えているとしても、現役冒険者を手玉にとる実力があるベルナルドさんが、冒険者についていい表情で語っていたので」

「奴は人生で二度救われております。あの時の冒険者と貴方に。人は、死を強く意識すると新たなことを始めたくなるのが常。可能性は少なくないかもしれません」

「カケヤさんが暗部に戻る可能性はないんですか?」

「ない、と申し上げておきます。張り詰めていた緊張の糸が切れてしまっているのです。技量の問題ではなく、今の私が戻れば死あるのみ。半端な覚悟で戻れるような甘い組織ではありません」

「やはり過酷なのですね」

「暗部として生きるのは、組織に属さずとも可能です。人知れず、表に立つことなくカネルラに貢献する先人は多い。誰にも気付かれない影の貢献であっても」

「暗部とは、ただの呼称ではなく生き方そのものということでしょうか」

「いかにも。ですが、道を違える同士もおります。暗部という組織でしか生きられず、1人の国民には戻れぬ者が少なからずいるのです。クレナイのように家庭を築き暮らす者もいますが、犯罪者へ身を落とした者も」

「なぜ犯罪者に…?」

「我々の任務は多岐に渡りますが、違法行為に対する感覚が麻痺するのが大きな要因かと。組織という足枷が外れ、常に背負っていた使命を失うと、感情の制御が難しいと実感する日々を過ごしております。元暗部が起こした事件は意外に多く、現役が責任を取るのです。暗部の弔い方で私も過去に先人を手に掛けました」


 常に淡々と話すカケヤさん。感情の揺らぎは匂いに現れない。心中は図れないけど、仲間を討つ覚悟も暗部には必要だということを知った。身も心も強靭でなければ耐えられそうにない。


「ウォルト殿のように、私も生涯暗部でありたいものです。言うほど簡単ではありませんが」

「協力できることがあれば、いつでも仰って下さい」

「心遣い痛み入ります。そろそろ戻らねばならないのでは?奴に時間は気にするなとお伝え下さい」

「わかりました」


 カケヤさんを残して住み家に向かう。


 人に歴史有りと云うけど、同じ経験をしても道が分かれる。誰もがそれぞれの人生を歩き、どこかで交わったり離れたりするんだな。


 ボクとオーレン達も、友人として深く交わるのは今だけかもしれない。途中は別々に歩くことになっても、何十年後かにカケヤさんとベルナルドさんのように一緒に歩けたらきっと嬉しいだろう。

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