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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
691/715

691 招待

 静かな夜に住み家でウォルトが読書をしていると、魔伝送器が震えた。


 呼び出してるのはアニカだ。魔石に触って応答する。


「アニカ、どうしたの?」

『ウォルトさん、オーレンです。ちょっとアニカに借りました』

「なにかあった?」

『さっきロムーさんの奥さんが訪ねてきたんですけど』


 ロムーさんの家を訪ねたときにオーレン達の家を教えて、伝言してくれたら連絡が取れることを伝えてる。ロムーさんが森に来るのは危険だし、不必要に出歩くような人でもない。3人も快く了承してくれて感謝してる。


『トナミさんから伝言を頼まれたので連絡したんです。近々結婚の祝宴を開くみたいで、ウォルトさんに参加してもらいたいって』

「いつやるか言ってた?」


 日時はちょうど1週間後の夜。場所はフクーベの酒場を貸し切って、音楽仲間と身内だけで小さな祝宴を開くようだ。


『形式張った祝宴じゃないから気軽に来てね!だそうです。主役も普段着だからって』

「そっか。教えてくれてありがとう」


 招待されるのはマードックの時以来だ。ロムーさん達の結婚は、決まった瞬間を見届けさせてもらった。声をかけてもらえたのも光栄だし、参加させてもらおう。


『ちなみに、勝手にウォルトさんに料理を作らせてもらえるよう頼んだんですけど、トナミさんの働いてる店の方にお願いするみたいでダメでした』

「わざわざ確認してくれてありがとう」


 残念だけど、ボクはロムーさんと知り合って間もない。料理人でもないし当然だ。


 とりあえず、人間の祝宴ってどんな感じなんだろう?参加したこともないし、最低限のマナーとかあるのかな?ちょっと勉強しておきたい。知らなくてボクが恥をかくのはいいけど、ロムーさん達が迷惑を被らないよう。


「オーレン、祝宴のマナーとか知ってたら教えてくれないか?」

『俺も詳しくないから冒険者仲間に訊いて教えますね。住み家に行きます』

「ありがとう。教えてもらうんだからボクが行くよ」

『いえ。修練で教えてもらいたいこともあるんで』

「だったら待ってるよ」


 ということで、オーレン達は2日後に来てくれた。祝宴については結構ざっくりしていて、縁起の悪いような言動を控えるだけらしい。冗談でも別れを連想させるような言動はダメみたいだ。言うつもりはないので問題ない。


 ウイカとアニカにも相談したいことがあらから訊いてみよう。今日からちょっと忙しくなる。



 ★

 


 ロムーさんとトナミさんの結婚祝宴の日を迎えた。時間より少し早く店に着いたけど、2人が外で出迎えてくれた。


「ウォルト。久しぶりだね」

「ご無沙汰してます」

「来てくれてありがと~!友達なのに2人とも固いよ!」

「そうだけど、俺達にとっては普通なんだ。抱きついたりしないさ」

「再会して興奮する人達もいますが、なかなか難しいですね」

「おもしろっ!ウォルトはとりあえず入って頂戴な。私達はまだ出迎えするからね!」

「席に名札を置いてあるから、座って待っててくれるかい?」

「わかりました。飲食にかかるお金はどうすればいいですか?」

「ウォルトにはお世話になったからいらないよ」

「気持ちは嬉しいんですが、今回はお祝いなので出させて下さい。幾らですか?」

「あははっ!ウォルトって真面目だね~!500トーブだよ」

「わかりました」


 トナミさんに渡して中に入ると数人が着席してる。会話してる人は少なくて、しかも小声。静かなのに不思議と心地いい空間。カウンターがあるから、飲食店というよりバーとかいう酒場なのかな?来たことがないからよくわからない。


 ボクの席は隅に置かれた小さなテーブル。見渡すと、大きめの円卓もあれば2人掛けの小さなテーブルもある。招待客に合わせた心遣いは鈍いボクでもわかる。

 恥ずかしくないよう毛並みだけは整えて来たけど、他の招待客も自然な格好で気負わなくて済む。ただ、今のところ獣人はボクだけだ。


「いらっしゃい。飲み物はどうする?」

「花茶はありますか?」

「あるよ。ちょっと待ってて」


 給仕の女性から花茶を受け取り、ゆっくり頂きながら静かに待つ。やがて席が埋まり、時間になってロムーさん夫妻が入ってきた。誰からともなく拍手で迎え入れ、2人が並び立って注目が集まる。


「今日は俺達のタメに集まってくれてありがとう。静かな宴かもしれないけど、楽しんでほしい」

「みんな、ありがとう!」


 2人が頭を下げると、数人が立ち上がってなにやら準備を始めた。そして、直ぐに合奏が始まる。

 演奏と歌で祝宴は始まった。初めて見るような楽器もあって面白い。招待されたのはロムーさんの音楽仲間がほとんどなのかな。料理も運ばれてきて、ゆっくり食べながら演奏を楽しむ。誰と話すでもなくゆったりと。

 こんな祝宴もいいなぁ…なんて思っていると、ちょっと厳つい表情の男性に話しかけられる。


「お前さんはロムーの友達か?」

「はい。元々はロムーさんの歌のファンだったんですけど」

「そうか。アイツのファンに獣人は珍しいだろうけど、音楽に種族なんて関係ないよな!」

「はい。素晴らし歌い手だと思います」

「俺達もアイツの歌が好きなんだよ。今日はそれぞれ歌や演奏で祝福しようってことで集まってな。無名な音楽家だけどよ、楽しんでくれ」

「はい」


 男性はニッ!と笑って席に戻った。是非演奏を聞いてみたいと思わせる爽やかさだ。


 演奏は続く。どの歌い手や演奏家もいい音を奏でる。ロムーさんとトナミさんはステージとなる部分の最前列に座り、代わる代わる献杯を受けてる。ボクも後で言葉だけでもかけようか…なんて思っていたら、ロムーさんが来てくれた。


「ウォルト。楽しんでくれてるかい?」

「はい。皆さん、演奏も歌も上手くて聞き入ってます。音楽って素晴らしいですね」


 皆で音を楽しむ。ツゥネさんの気持ちが理解できるような気がした。


「有名じゃなくても上手いよ。皆、俺に気を使って提案してくれたんだ。結婚式はやらなくても、小さい祝宴ぐらい開いたらどうかって」

「いい考えだと思います」

「それぞれ特色がある音楽家ばかりだけど、次に歌う彼女はかなり凄いと思う歌い手だよ」


 1人の女性がステージに立つ。かなり若く見えるし、なぜか裸足だ。伴奏者は…いないのかな?すぅ…と息を吸って歌い始めた。




 

 女性が歌い終え、ボクは感動の余韻に浸っていた。


 素晴らしい歌だった。透明感があるのに陰りも共存するような歌声で、人の本質を鋭く突いた歌詞を独唱で歌い上げた。目を逸らしたくなるような情景や感情を、悲壮ではなく前向きに捉える世界観に胸が締め付けられて、聴き終えると心にかかった靄が晴れたような感覚。


「ウォルト。どうだった?」

「歌が心に響いて、ロムーさん以来の衝撃を受けました」

「彼女はアーチャ。まだ二十歳になったばかりの若者なんだよ。毎日のように曲を生み出す凄い歌い手なんだ」

「アーチャさんですね。覚えました」


 ロムーさんもそうだけど、いい歌を聴いた後は心も身体も軽くなる気がする。……あ、そうだ。


「御祝いの品をお渡しするのを忘れていました。勝手に作ってしまったんですが」


 嵩張るので『圧縮』して持参した贈り物を手渡す。自作の布袋に入れて持ってきた。


「自作なんて大変だったろうに…。気遣ってくれてありがとう…。見た目より軽いね……コレはっ…!」

「余計なお世話だと思ったんですが、この席に相応しくて作れるモノがコレしか思い浮かばなくて。必要なければ持って帰ります。遠慮なく言ってくれませんか」

「自作なのか…。凄いな…。嬉しいけど…大変だったろうに…」

「好きで作りました。お気になさらず」


 贈り物について説明すると、黙ってボクに頭を下げたロムーさんは足早にトナミさんの元に向かった。

 その後も演奏を楽しみながら花茶を飲んだり食事をする。無理に話す必要もなく、ゆったりした空気に満たされた空間。自分だけの世界に浸れる。


 ふとロムーさんが立ち上がった。


「皆、演奏で祝ってくれてありがとう…。あの………その……」

「どうしたんだ?ゆっくりでいいぞ」

「俺の……妻の………トナミの花嫁姿を見てほしいんだ」


 奥の扉が開いてトナミさんが出てきた。ボクが贈ったウェディングドレスを身に纏って。

 4姉妹から助言をもらって織り上げた純白の生地に、花嫁と称されるのだから…と花をイメージして縫い上げた。

 詳しい体型はわからないから、胸や腹部には伸縮性のある生地を隠し縫いしてある。見たところ大体のサイズは合ってたかな。


「……ロムー。変じゃない…?」

「…似合ってるよ」

「ロムー!もっと気の利いたこと言え!」

「そうよ!照れてどうするの!」

「ヒューヒュー!」


 囃し立てられる2人。鳴り響く指笛や揶揄う声に照れくさそう。


「友達のおかげで……誰より綺麗なトナミが見れた…。そして……温かい言葉をありがとう。えっと……この後は、俺に歌わせてもらいたくて…」

「そりゃそうだろ」

「そうでなきゃ締まらないわ。もちろん新曲よね?」

「うん」


 ロムーさんはボクを見る。


「それで…友達と演奏したい…。ウォルト……一緒にお願いできないかな?」


 まさかのお誘い。ボクに注目が集まる。


「いいんですか?素人ですよ」

「もちろん」

「いいぞ!ロムーが誰かと演奏するなんてまずない!珍しいこった!」

「見たいよね!どんな演奏か楽しみ!」


 とりあえず前に出てロムーさんと話す。


「ロムーさん。本当にいいんですか?」

「急な話で申し訳ないけど…いいかい」

「ボクは構いません。音楽は下手でも心から楽しめばいいって教わったので」


 歌うのはさすがに恥ずかしいけど。


「ウォルトって言ったか。お前、いいこと言うなぁ」

「そうそう。余計なことを考えず音を楽しめばいいの」


 話のわかる人ばかりで助かる。


「ウォルトもギターは弾けるから、一緒にどうかな?」

「できれば、その楽器を演奏してみたいんですが」


 ボクが指差したのは、皆がドラムと呼んでいた楽器。演奏を見ていてとても面白そうだと思った。あと、曲を知らないからギターだとロムーさんにどう合わせたらいいのかわからない。リズムだけならなんとかなりそう。


「結構難しいよ」

「簡単なリズムでもですか?」

「軽く叩いてみるかい」


 座らせてもらってバチのような2本の棒を借りる。簡単に音と名前を説明してくれた。まずはやってみよう。

 こうやって叩いてたはず。聴いた幾つかの曲を真似て叩いてみると、力の強弱なんかが確かに難しい。シンバルも鳴らすのにコツがいる。でもやっぱり面白い。


「楽しいです」

「ウォルトは…叩いたことがあるのかい?」

「初めてです。なぜですか?」

「別々の動きも苦にせず叩いてるから」

「手足を別々に動かすのは得意なので」


 思考の分割は魔法の発動で慣れてる。四重発動より両手両足を別々に動かす方が遙かに簡単。


「だったら…」


 ロムーさんからリズムと叩き方を教わる。パターンは3つしかなくて直ぐに覚えた。変調するときは曲の途中で合図してくれるらしい。


「じゃあ、いくよ」

「よろしくお願いします」


 ボクの素人ドラムが背後からリズムを刻んで、前を向くロムーさんの演奏が加わる。しっかり合わせてくれてるのか音が重なって気持ちいい。曲調はゆっくりでボクでも付いていける。

 こんな特等席でロムーさんの歌を聴けるなんて幸せだ。一緒に演奏できることも稀有なこと。


 やがてボクらの演奏に歌が乗る。


 ……予想していなかった…愛の歌…。ロムーさんの……トナミさんに贈る歌だ…。


 ボクの知るロムーさんの曲に恋慕の歌はない。初めて聴くけど優しくて温かいな。せめて邪魔しないように精一杯音を合わせよう。

 少しだけ軽く叩いてギターの邪魔をしない音に変えてみる。すると、ロムーさんがボクを見て微笑んだ。やってよかったみたいだ。


 この先、もう一度繰り返す部分が来る…。さらに柔らかく叩いて、ロムーさんの歌を強調してみたい。シャランと生意気にシンバルを鳴らしてみたり。全然言われたとおりに叩かないへっぽこドラムだけど、ボクは楽しんでる。


 やっぱりロムーさんの歌は素晴らしくて、気を抜くと泣いてしまいそう。この人の歌が好きで堪らない。だから精一杯楽しむ。上手いとか下手じゃなくボクの気持ちを感じてもらえたら。



 演奏を終えると拍手が起こった。


「いやぁ、よかった!やっぱ音楽ってのは気持ちだ!素人とかプロとか関係ない!」

「なんか…音楽始めた頃を思い出しちゃった…。全部完璧に合ってなくてもいいんだよね…」

「2人ともいい演奏だった!味があって、感情が込もってたぞ!」


 概ね好評そう。ロムーさんがボクに向き直る。


「ウォルト。ありがとう。楽しくて仕方なかったよ」

「お粗末な演奏でしたが、こんな感じでよかったですか?」

「うん。最高だった」

「ロムーさんがよければ、もう一度同じ曲を演奏しませんか?次はもっと上手く合わせられると思うんです」

「えぇっ!?直ぐに…?」

「ははっ!そりゃいい!照れるなロムー!もう1回嫁さんに聴かせてやれ!惚れ直させろ!」

「うんうん。愛の言葉は何度聴いてもいいの!」

「そうよ!ロムーは普段喋らないんだから、私の耳元で囁くようにもっと気持ちを入れて歌いなさい!」

「トナミまで…。参ったなぁ…」


 ロムーさんは困ってるけどトナミさんは笑顔。結局、もう一度演奏することになって、二度目は宣言通り上手く叩けたと思う。

 しかも「筋がいい」と褒めてもらえた。ドラム担当の人達が色々な奏法を教えてくれて、直ぐに真似してみると驚いた顔。自分ではわからないけどリズム感がいいらしい。

 速く叩いてもリズムが狂わないのは、詠唱や多重発動で鍛えてるからだと思う。魔力混合や連続詠唱のタイミングはシビアで、一瞬でもズレると大きな隙ができる。


 最後には大人数で入り乱れた演奏を楽しんで盛り上がった。協奏曲とは違うけど、今だけ音楽家になれた気がして楽しかった。「めちゃくちゃ体力あるな~」と褒めてもらえたのも地味に嬉しかったり。ドラムを壊さないように軽い力で叩いてるし、何時間かぶっ通しじゃないと疲れないと思う。

 



 無事に祝宴は終わり、まだ盛り上がってる招待客の間を縫うように帰ろうとしてトナミさんに呼び止められた。


「ウォルト!ちょっと待って!」

「どうしました?」

「ドレス作ってくれてありがとう!こんなに綺麗な縫製ができるなんて、君ってすっごいね!」

「裁縫は趣味なんです。要望も聞かず勝手に拵えてすみません。余計なお世話じゃなかったですか?」

「なに言ってんの!もの凄く嬉しかったよ!ロムーも節約して頑張ってくれたけど…ドレスってやっぱり高いから着るのは諦めてたんだ!」

「職人ではありませんが、末永く幸せが続くよう心を込めて作りました。気持ちだけは職人に負けない自信があります」

「作りもデザインも職人顔負けだと思うけどね。本当に…ありがと!私は幸せな花嫁だ!」


 トナミさんは笑いながら涙をこぼす。純白の花嫁姿と笑顔が眩しくてとても綺麗だ。


「喜んでもらえたならなによりです」

「ふふっ…。君ってホントに謙虚すぎるよ。また家に遊びに来て!絶対に!約束ね!」

「はい。また伺います」


 会場を後にして、夜道を歩きながら思う。


 お礼を言いたいのはボクの方だ。ロムーさんの歌とトナミさんの笑顔が心に響いて気付いた。


 死ぬまで孤独で構わないと思っていたのに……誰かと共に人生を歩む幸せもあるんじゃないかって。

 

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