690 振る舞い
「ウォルト!お前、またやったな!?」
「詳しく説明をお願いします」
森の住み家をボリスが訪ねてきた。そして、ウォルトと手合わせをしている最中。
木剣を打ち合いながらの会話。やらかした心当たりはないけど、なんのことだろう?手合わせ問答にも慣れてきた。
「花街で自家製薬を処方しただろう!」
「しましたが、なにか?」
「なにか?…じゃない!フクーベで話題になっているぞ!無資格の医者と薬師の仕業だろうと!」
「そのくらいでボクの仕業だと気付くなんて、流石ですね」
「そんな奴が他にいるか!夜鷹が口を割らないから様々な憶測が飛び交っている!だが、わかる奴にはわかる!お前は花街で一度やらかしてるからなっ!」
ドーランの件か。それは置いといて、夜鷹の皆が黙ってくれてることが有り難い。口が固いのは知ってたけど。
「皆さんが治ったのに問題が?」
「腕に自信があるのはわかる!だが、所詮お前は只の獣人だ!なぜ捕まるかもしれない危険を冒す!」
「ボクは気が済むように…」
「だろうなっ!」
食い気味に遮られて間合いを大きくとった。ボリスさんは息を整えてる。
「ウォルト…。人には領分がある。わかるだろう?」
「わかります。境界線は曖昧ですが」
「お前のやってることは他者の恨みを買う」
「誰のですか?」
「今回は薬師や医者だ。興味を抱く者や妬む者が必ず出てくる」
「妬むことなんてありますか?」
「お前はわかってない。素人に治療されては、医者や薬師として立つ瀬がないだろう」
「文句があるなら自分が治療すればよかっただけで、頼まれてもやらないような奴らに弁明する余地はないです。とやかく言われる筋合いはありません」
リタさんは持てる情報を使って奔走し、幾人もの医師に断られてボクを頼ったと言った。仕事を放棄して患者を無視する医者や薬師に四の五の言われたくない。全ての医者がそうだとは言わないけど。
ボリスさんは溜息を吐く。
「お前のやることは、全て子供のままごとだ。どこまで行っても紛い物。医療も調合も」
「その通りです」
「いつか大きな失敗をするかもしれない。わかっているのか?」
「いつも思ってます」
「コイツは危うい……要は危険人物だと目を付けられる。資格を持っていれば話は別だ」
「資格が全てで、たとえ失敗しても守られるという意味ですか?医者や薬師でも間違えることはあって、仕方ないと納得してもらえると」
「端的に言うとそうだ。後先考えず、利益を求めて質の悪い薬を蔓延させかねないと思われるのもあるがな。だからお前は取得するべき」
「失敗する緊張感がなくなりそうなので、どうでもいいです。質の悪い薬も流通させないので」
「このっ…!」
ボリスさんはまた打ち込んでくる。剣術を磨いてるのか、毎回力強さと鋭さが増していて研鑽を積んでると感じるな。
「ボリスさん。一応確認しますが、ボクを心配してくれてますか?」
「心配してるのはお前に関わる者達だ!お前はそんなことを望むタマじゃないだろ!」
一応理解してくれてるっぽい。
「気が済むように行動して、巻き込まれる者の身になれっ!お前の気が済もうが済むまいが迷惑を被るんだ!」
「だから静かに暮らしてます。でも迷惑を被った人から言われたいですね。知らない内にボリスさんに迷惑をかけましたか?」
「かけられてない!」
「よかったです。やっぱりボクらは会わない方がいいのでは?そろそろ頭の血管が切れそうですよ」
手合わせの度に青筋立てて怒るから、精神状態はよくないと思うんだよなぁ。でも、強く本音を語ってる。
「余計なお世話だっ!誰に会うかは自分で決めるっ!」
「だったら構いませんが、ボリスさんは余計なことを言うのであまり伝えることはないです」
「余計なこととはなんだっ?!」
「サマラにプリシオンの貴族のことを伝えましたよね?おかげで辛い目に遭いました」
ボクの行動をどうにか阻止しようと考えてるんだろうけど、ボクは正直に伝える方が揉め事に巻き込むと思ってる。法的には犯罪だという自覚があるときは特に。
「お前の勘違いが過ぎるんだ!マードックやサマラは、わかっていながら放置している!協力させるしかないだろう!」
「ボクがなにを勘違いしてるって言うんですか?」
「力のある者は相応に振る舞うべきだと言っている!危険性に気付け!」
「権力の話には興味がないので余所でお願いします」
「違うっ!単純な能力の話だ!優れた力を持つ者は、弱き者に力を貸して然るべき!好き勝手に暴れるタメに使うな!」
「ボクは優れてません。それこそ勘違いです」
「そこら辺にいる奴には、薬を作ったり病を診断できない!魔法に至っては限られた者のみ操れる特権のようなモノだ!全てできるだろ!」
「知識があるだけです。魔法はただ使えるだけですし」
大袈裟なんだよなぁ。知識は正しく学べば身に付くことをドナに勉強を教えながら実感してる。要は知ってるか知らないかの違い。
ボクの場合、幸運なことにガレオさんやハルケ先生のような存在がいた。魔法が使えるのも師匠から無理やり魔法使いにしてもらった。
自覚があるけど、師匠の人体実験が上手くいっただけ。
「新たな医療法や薬を編み出す人は本当に凄いと思います。そんな人達から知識を享受しているだけの獣人が優れているはずがありません」
「やはりわかっていないな!お前は同様のことを自然にやっている!」
「まったく心当たりがないんですけど」
しばらく斬り結んで大きく離れ、ボリスさんは呼吸を整えながら冷静に喋り出す。
「麻薬中毒を治療するエルフ魔法も今では普通に知られている。お前から教わって何人が助かったか」
「昔から存在している魔法で、珍しくもないと思います」
「人間とエルフは基本交流しない。過去に試そうと頼んだことすらなかったろう。目から鱗だ。お前はエルフと交流できて、それだけで他人より優れている」
「ボクはエルフが嫌いです。好ましい人としか交流しません」
「…今、カネルラ各地で魔法使いになりたいという者が増加している。知ってるか?」
「知りません。なぜですか?」
「サバトの…お前の影響だ。武闘会で観客を酔わせ、ドラゴンを討伐した魔導師に憧れて魔導師を目指す若者が増えている。若者に限らないが」
「信じ難い話です。対戦したフレイさんに憧れるならわかるんですけど」
ボリスさんは木剣を向けてくる。
「信じようと信じまいと勝手にしろ。だが、紛れもない事実。お前はカネルラ中に影響を及ぼす獣人で…性格が変わらないとしても自覚はするべきだ!はぁぁっ!」
ボリスさん渾身の一太刀を防いで袈裟斬りを寸止めした。
「ここまでだな…」
「おつかれ様でした。飲み物でもいかがです?」
「頂く」
居間に招いてカフィを淹れる。
「美味い…」
「ちょっと訊きたいんですが、ボクにどう振る舞えと?」
「金を稼ぐとか名声を得ることは望まなくていい。お前の力で救われる者が沢山いる。そんな者達の力になってほしい。そして、もう少し周囲の声に耳を傾けることを望む」
「無理です」
「即答か!だったらなぜ訊いた?!」
「最近では腹を割って話せます。話だけでも聞いてみようかと。でも、できるかは別です。たとえばの話なんですけど…」
「なんだ?」
「ボクに憧れる者がいるとして、貴方は目指すように勧めますか?」
「勧めない」
「ですよね。ボクもです。人に誇れる部分がないのに、どうやって救うのかわかりません」
オーレン達も目標だと言ってくれるけど、できれば見習ってほしくない。自他共に認める自分勝手な獣人が人を救うなんておかしな話だ。
「衛兵なのに、やることが犯罪と紙一重の獣人を評価して大丈夫ですか?」
「自虐的だな。俺個人の評価だ。衛兵としてじゃない」
「ボクはボリスさんの希望には添えません。行動を制限するつもりならお断りです」
街には優秀な人材が星の数ほどいるのに、森に住む生兵法の獣人に資格を取れなんて動きづらくする方便としか思えない。
「もし頭数を増やしたいのなら、ボリスさんが衛兵を辞めて医者や薬師になる方が早いと思います」
「この歳でなれるワケがない。無理だ」
「ボクも無理です。貴方と同じ理由で。わかってもらえましたか?」
「ぐっ…。…仮に俺が医者の資格を取ったら、お前も取るというのはどうだ?」
「お断りします。薬を卸したり、手伝うことくらいならできると思いますけど」
「なるほどな。1つの選択ではある…か。お前はどんな理由で治療しているんだ?」
「基本的には友人の依頼です。それか、お願いしてでも治療したい人や結果に文句を言わない人。あと、珍しい症例に対する興味です」
「よくわかった」
カフィを飲み干したボリスさんは街に帰った。
★
数日後。
またボリスさんが住み家を訪ねてきた。
「ウォルト。頼みたいことがある。フクーベに同行してほしい」
「構いませんが、目的を聞いても?」
「珍しい病に罹っている患者がいる。伝染するような病ではなく、治療について意見を聞きたい」
「ボクの意見でいいんですか?」
「治療の糸口を掴めずに苦労している。成果がなくとも文句は言わないし、治療する必要もない。先方にも話は通してある。人目が気になるなら変装してもらって構わない」
「わかりました」
見立てだけなら…とボリスさんとフクーベに向かいながら、医者の診断結果や症状について訊くと、手足に痺れがあって四肢を上手く動かせないらしい。
骨が脆くなることが原因で四肢が痺れるタクル病と診断されたものの、従来の治療を受けても一向に回復に向かう様子がないとのこと。
「この家だ」
ボリスさんは玄関に現れた女性と共に中に入り、テムズさんに変装したボクは外で待機する。直ぐにドアが開いた。
「入ってくれ」
「お邪魔します」
ボリスさんに案内された先には、ベッドに横たわる老齢の女性。
「わざわざご足労願って悪いねぇ。アタシはソマリだよ」
「テムズといいます。医者ではなく魔法使いなんですが、診てもいいでしょうか?」
「ボリスから聞いてる。お願いするよ」
微笑む女性はアニェーゼさんと同年代くらいに見える。ボリスさんが薄い毛布を丁寧に外してくれた。
「身体に触れると痛みますか?」
「触ると骨に響くよ。痛み止めを飲んでるから今は大丈夫さ」
「であれば、触れずに診ます」
手を翳して『浸透解析』する。手足の先から頭の先まで入念に。
「魔法使いなのに病気も診るなんて大したもんだね」
「どちらも大したことないんですが」
「ふふっ。自慢できるくらい凄いことだろうに」
柔らかく微笑むソマリさんの体内解析は完了した。
「体内を確認しました。タクル病と聞きましたが、違う気がします」
「ありゃ。そうなのかい?初めて言われたねぇ」
「魔法で診た限り、骨が脆くなっている兆候はなくて、しっかりしています。若いですね」
「ははっ。嬉しいねぇ」
「ウォ……テムズの診断ではなんの病だ?」
「四肢に繋がる神経に異常が起きているのではないかと。股関節と両脇付近の神経が圧迫されているかのように潰れています。思い当たる病名はありません」
「そうか…。治療法は?」
「薬の服用か、魔法による直接治療でしょうか。どちらも効果は未知数です」
ボクに言えるのはこのくらい。
「すまないが…魔法による治療を試してもらえないか?今すぐできるだろう」
「できますが、いいんですか?」
やってみたいけど、治癒魔法であってもおそらく医療行為にあたる。無資格の獣人の…だ。衛兵の眼前で、しかも全く知らない人にやることじゃない。
「すまないが頼みたい」
「わかりました」
ボリスさんは真剣な表情。匂いも変わりない。口出ししないという意味だと判断する。だったら堂々とやらせてもらおう。
「ソマリさん。魔法で治療してもいいでしょうか?」
「お願いしていいなら頼むよ。なにしても治らなくて困ってるのさ。薬でも魔法でも呪いでも治るなら万々歳だよ」
「わかりました。慎重に行いますので」
「ありがとね」
治癒魔法を混合して治療できそうな魔法を探る。神経の治療に効果のある魔法が作れるか不明だけど、何事も試してみなければわからない。
解析しながら混合を繰り返し、効果を確認できる魔法を作り出した。今回は4種の混合。ゆっくり効かせて神経は元通りに。
「終わりました。ソマリさん、手足を動かしてみてください」
「……動かせるし、痛みもなくなった。テムズは凄い魔法使いだねぇ」
「よかったです。かかりつけの医師から診察を受けて下さい。一時的に治っただけの可能性もあるので」
「わかったよ。ありがとさん」
今回も1つ学んだ。微妙な魔力の混合は修練になって一石二鳥。治療させてくれて感謝だ。
「治療費はいくらだい?」
「いりません。大したことはしてないので」
「ちゃんと受け取っておくれ。動けるようになったら働けるんだ。ちょっとだけ待ってもらえたら嬉しいよ」
「本当に大丈夫です。完治してなければ受け取れませんし、報酬はボリスさんに払ってもらいます。いいですよね?」
ボリスさんを見ると小さく頷いた。
「優しい息子さんですね」
「わかってたのかい?なんでかこの子に口止めされたんだ。アンタ達は知り合いだろうに、おかしなこと言うよねぇ」
「口にしなくても似てるのでわかります」
「ははっ。初めて言われたよ。後はボリスと話そうか」
似てるのは容姿じゃなく匂い。その後は、ボリスさんの姉か妹であろう女性にも感謝されて家を後にすることになった。玄関の外で見送ってくれる。
「直ぐに治療させてくれて気が済みました」
「……こちらこそ感謝する。魔法で治るとは…想像もしなかった…」
「経過観察は必要ですが、医者には治療が難しい病も、魔法で治療できることがあるのかもしれません。今後は魔導師にも相談してみるべきかと」
「そうだな…。……騙してすまなかった」
「ボクを騙したんですか?ソマリさんは実は母親じゃないとか?」
だとしたらまんまと騙された。かなり巧みな匂いの偽装。
「そうじゃない。事情も告げずに親族を治療させたんだぞ。気に食わないだろう」
「親族だから信用してくれ…という意味だと解釈しました。結果に文句は言わないと」
「読まれていたか。で、治療の報酬なんだが…」
「ボクの治療だと誰にも言わないこと。望むことはそれだけです」
「……了解だ。なぜお前の存在が表立たないのか理解できた気がする…。過去にその台詞を何度言ってきた?」
「さすがに覚えてません。友人は言うまでもなく理解してくれるので」
「そうか…」
「今日はありがとうございました」
混合治癒魔法による治療には幅の広さを活かせる。配合を変えながら答えを探り、少しずつ正解に近付いていく感覚が好きだ。肉や骨、神経とそれぞれ効果のある配合を覚えながら今後も研鑽しよう。
「ウォルト。お前はなんのタメに治癒魔法を磨いているんだ?」
「技量を向上させたいだけです」
「多くの患者を診て上達するという選択はないのか」
「治癒魔法だけを磨きたいなら効果的だと思います。でも、ボクはそうじゃないので」
魔法、鍛錬、薬の調合、魔道具作りに料理や裁縫、鍛冶、音楽、農業……数え上げれば両手の指で足りない。我が儘を通すには治癒魔法に特化した修練は無理。
たとえボクに飛び抜けた能力があったとしても、他にやりたいことがあれば優先する。なにもできなかった頃と違って幸せだ。
「ただ、治癒魔法を使うと決めた相手には全力を尽くします。素人にできる治療はたかが知れていても、少しでも回復してもらいたいので」
「お前もいつか誰かに治療されるときがくるだろう。そんな時に備えて多くの治癒魔法を編み出すのもいいんじゃないか?自分に返ってくるかもしれない」
「万が一編み出したとしても、治癒師には伝えないので返ってきません」
今日の魔法配合を教えるとしても、ウイカとアニカとオーレン…よくてロックまで。リンドルさんに誘われた治癒院での一件や、トゥミエでの経験から治癒師のことが苦手でエルフと同様。
フクーベにいた頃に治療してもらったことがあるけど、治療行為は支払われる金の対価だから当然。治癒院見学に行った時の態度で傲慢だと知り、たとえ世間知らずの偏見であっても想像や他人の反対で消えることはない。
出会った数少ない治癒師の中で、ステファニアさんだけが異質。彼女の思想は損得からかけ離れていて、技量も凄まじい治癒師だ。余計なお世話だから口に出さないけど、ウイカなら彼女を超える治癒師になれそう。
「好き嫌いで物事を決めるなんて、本当に自分勝手な理屈だ。子供じゃあるまいし」
「そんなに褒められても」
「俺は呆れてる」
「理解できませんか?治癒師に頼むも頼まないも好き嫌いだと思います。誰も強制できませんし」
「まぁ一理あるな」
ボリスさんから意外な一言。長く付き合うと多少なりとも人は変わる。ボクもこの人と話す嫌悪感が薄れている。ただ、どう変わっているのかは自分では一切わからず。
ボクの振る舞いも、いつかはボリスさんが納得できるモノに変化するんじゃなかろうか?そうなりたいとは微塵も思わないけど。




